坂口安吾の世界 〜洋書仕様「桜の森の満開の下」

洋書仕様の「桜の森の満開の下」
 このあいだ久しぶりに新宿の紀伊国屋に寄ってみたら、坂口安吾の異色時代小説「桜の森の満開の下」の英訳版がでているのを見つけました。

■正式な書名は「英語で読む桜の森の満開の下」
(坂口安吾 著/ロジャー・パルバース訳/ちくま文庫)
左からひらく横書きの洋書仕様で対訳(原文)付き。
 …なんか一瞬、逆輸入みたいな、不思議な感じがしました。
 安吾の作品は学生時代にずいぶん読みましたが、英訳であれ、仏訳であれ、その世界の異色さゆえに翻訳しがいがありそうな反面、観念的表現や、独特のカタカナ表記が生み出すジャズ風の文体を果たして翻訳しうるかどうか、やや懸念も残ったりしますけれども。

 晩年、芥川賞の選考委員を務めていたときのエピソード。……当時、直木賞候補から回ってきた作品で、賛否が分かれ侃侃諤諤(かんかんがくがく)の選考となった松本清張の『或る「小倉日記」伝』について、「作者はすでに熟練の域に達しており、その地を這うような鋭い眼は殺人犯人をも追及しうる」として、確信を持って芥川賞受賞作に推した安吾の射抜くような洞察力は「凄い!」の一語。

 せっかくなので、お奨めの安吾作品をすこし載せてみます。

 [小説]=「風博士」「木枯の酒倉から」「黒谷村」「アンゴウ」「紫大納言」「白痴」「桜の森の満開の下」「夜長姫と耳男」「不連続殺人事件」/[評論]=「不良少年とキリスト」「教祖の文学」「デカダン文学論」/[エッセイ]=「風と光と二十歳の私と」「真珠」「小さな山羊の記録」「安吾新日本地理」 …

 寺山修司同様、坂口安吾の世界も、フィールドがたいへんひろいです。

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 【エピソード1】
 学生時代の冬、旅行で北海道〜岩手〜秋田と回ったあと、新潟大学の理学部で教鞭をとっていた叔父の家に寄らせてもらい、中心街である古町(ふるまち)から歩いてゆける安吾ゆかりの寄居浜に足を運んでみました。松林の並ぶちょっとした小高い砂丘の一角に安吾の石碑が建っていました。

 「 ふるさとは/語ることなし/ 安吾

 授業をさぼっては、ここで、少年時代の安吾が、空と雲と風をながめながらボンヤリと貴重な時を過ごしたんだなあと、……。学校の机に“余は偉大なる落伍者となって歴史のなかによみがえるであろう”と彫り込んだ時代。

 【エピソード2】
 ずっと以前ですが、住んでいたアパートの老齢の大家さんの妹さんが、、東洋大学印度哲学科に入る前のほんの一時期(20歳ころ)世田谷で代用教員をしていた坂口安吾の生徒さんで、びっくりしました。親しそうに、また懐かしそうに、アンゴ先生、アンゴ先生と呼んで、いまだ尊敬の念を抱いている様子が思い出されます。

■ 注 : おばあさんがアンゴというペンネームで呼んだ点について
 安吾の本名は丙吾(=へいご)ですが、作家になるずっと以前の代用教員時代から、一種の愛称として「アンゴ(安吾)」という呼び名が使われていたか、あるいは、当時の教え子だったそのおばあさんじしんが、のちに著名な作家となった昔の恩師の名を、公的に使われているペンネームの「アンゴ(安吾)」に置き換えて記憶してきたかの、どちらかなんでしょうね。

坂口安吾デジタルミュージアム

坂口安吾映画祭 渋谷文化プロジェクト





「夜長姫と耳男」坂口安吾 〜傑作選

 オレの親方はヒダ随一の名人とうたわれたタクミであったが、夜長の長者に招かれたのは、老病で死期の近づいた時だった。親方は身代りにオレをスイセンして、
「これはまだ二十の若者だが、小さいガキのころからオレの膝元に育ち、特に仕込んだわけでもないが、オレが工夫の骨法は大過なく会得している奴です。五十年仕込んでも、ダメの奴はダメのものさ。青笠(アオガサ)や古釜(フルカマ)にくらべると巧者ではないかも知れぬが、力のこもった仕事をしますよ。宮を造ればツギ手や仕口にオレも気附かぬ工夫を編みだしたこともあるし、仏像を刻めば、これが小僧の作かと訝かしく思われるほど深いイノチを現します。オレが病気のために余儀なく此奴を代理に差出すわけではなくて、青笠や古釜と技を競って劣るまいとオレが見込んで差出すものと心得て下さるように」
 きいていてオレが呆れてただ目をまるくせずにいられなかったほどの過分の言葉であった。



 これは「夜長姫と耳男」の書き出し。飛騨地方を旅行したことで生まれた安吾の異色作の1つ。アナマロ、青ガサ、フル釜、チイサガマなど、ユニークな名が続々登場。天真爛漫な夜長姫の秘める残酷さに、耳を斬り落とされても一心不乱に冥府魔道を超えんとするミロク像を作りつづける飛騨のタクミ耳男(ミミオ)のいちずな魂が立ち向かう。同系の「桜の森の満開の下」より寓話性の強い作品。

 ほかの作品では [小説]=「黒谷村」「アンゴウ」「紫大納言」「白痴」「桜の森の満開の下」「不連続殺人事件」/[評論]=「不良少年とキリスト」「教祖の文学」「デカダン文学論」/[エッセイ]=「風と光と二十歳の私と」「真珠」「小さな山羊の記録」 …などもお奨めです。

   坂口安吾 - ウラ・アオゾラブンコ
   「夜長姫と耳男」坂口安吾 青空文庫

   ブログ 「モグラの季節」同タイトル より全文転載。
2008.05.05







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