パンクのかなた〜「蛇にピアス」金原ひとみ〜

 表題のピアス・刺青・セックス、そして暴力。これが、この小説を取り巻く品々。おもな登場人物は、私=ルイ、同棲相手=アマ、ピアス職人&彫り師=シバの3人。

 なかでも、作品の鍵を握るのが、

 左眉に三本4Gの針型のピアスを刺し、下唇にも…三本同じピアス …中略… タンクトップからは龍が飛び出し、真っ赤な髪はサイドが短く刈り込まれていて、太いモヒカンみたいな形―

 をしたアマという人物。キレると止まらないヤバさを持っている。職人のシバは、ルイが唯一「さんづけで呼ぶ」年長者で、全身がピアスと刺青のキャンバスと化している。肉体をいじるときにはイカレた顔を見せるものの、それ以外の面ではまっとうな人物といっていいかもしれない。

 問題は、この小説のメイン・テーマを、どこに、またどのように見出すか、という点ではないかと思います。描かれる世界は狭い。しかしその世界が、あたかも、この世に存在する世界のすべてであるかのように描かれる。

 上記品目に取り巻かれ日々過ぎてゆく私=ルイの中に、しみだすようなかなしみを見いだすことは可能ですが、絶望的なほど癒しがたい深いかなしみ、というほどの伝わり方はないように思います。おそらくそれは、私=ルイの「他者へそそぐ愛」というものが、十分に育まれていないせいではないだろうかと、そんなふうに感じました。

 それから、語り部でもある私=ルイは、舌のピアスのほかに、背中に「龍」と「麒麟」の刺青を、4ヵ月かけて、シバに彫ってもらうわけですが、数度でてくる刺青を彫るシーンの描写からは、sex以外の“絵”が、十分に浮ばない憾みがあります。もっとも作者の狙いは、まさに、そのsexの場面を描くことにあったのかもしれませんけれども……。

― 多分私はうつろな目をしていたんだと思う。シバさんのチンコには血管が浮き立っていた。
「濡れてんの?」
 小さく首を縦に振ると、シバさんはまた私を抱き上げ寝台に座らせた。私は無意識に足を開いていた。 …中略… シバさんは指を二本入れ、何度かピストンさせるとすぐに引き抜き、汚い物をを触ったように私の太股に濡れた指をなすりつけた。シバさんの表情を見て、また濡れていくのが分かった。
「入れて」
 そう言うとシバさんは太股でぬぐった指を私の口に押し込み、口の中をまさぐった。


 しかし、ピアスにしても刺青にしても、ヴィジュアル系の世界を扱っていることに変わりはないので、文字通り、目に浮ぶようなヴィジュアルな描写を、もうすこし狙ってほしかったという思いは残ります。

 ただ、「アマを描いたくだり」には、才能の片鱗を感じさせるものがありました。

 ルイと彼女の女友だちマキとアマの3人で飲みにいった帰り、ルイがチンピラ風の若い男2人にからまれ、ちょっかいだされたとき、突然キレたアマは、そのうちの1人を撲殺してしまう。

― アマは無言のまま、私の声が聞こえているのかいないのか、また拳を男のこめかみに叩きつける。
………………… 中 略 …………………
「アマ!」
 怒鳴ると、アマはようやく体の力を抜いた。正気に戻ったかとホッと息をついた私の目に映ったのは、男の口の中をまさぐるアマの指。 …中略… アマは私の隣りにしゃがみ込むと血まみれの右手を出し、拳を開いた。そこには一センチ程の赤い物体が二つ。すぐに、あの男の歯だと分かった。
「ルイの仇、取ってやった」


 そんな屈折した愛情表現をするアマが、その後、バイトへ出かけたきり、何の連絡もないまま、プッツリと消える。やがて、横須賀で遺体となってルイの前へ現われるアマ。しかしその体は、いじるだけいじられ、弄ばれたあげくに殺された、無慚な姿をさらしていた。

 犯人は誰なのか? 一瞬、撲殺した男の仲間(ヤクザの組員)の仕業と思われるものの、のちの警察の聞き込みから、バイセクシャル(=同性愛)の相手とのトラブルから殺されたような気配がただよってくる。

 作者は、(おそらく)不明なままにしておきたいと願う私=ルイの思いにそって、アマの死因をはっきりさせないまま物語りを終えるわけですが、アマが失踪して遺体で発見されるまでの「空白」の作り方は、この作品の中でも最もインパクトが強く、(それが意図的に設定されたものだとしたらなおさら)相当な力量を感じさせます。

 何一つその消息が語られないため、読み手は無意識裏に、いろんなことを思いめぐらすことになり、アマというパンクな男の人物像が、奇妙なリアリティを持って読み手の脳裏に消えては浮ぶという、高度な仕組みになっているわけです。


「文藝春秋3月号」芥川賞発表/金原ひとみ「蛇にピアス」 綿矢りさ「蹴りたい背中」
「文学界3月号」特別対談/金原ひとみ×村上 龍/綿矢りさ×藤沢 周/江國香織×川上弘美
今月のひと 受賞者インタビュー 金原ひとみ(「すばる文学カフェ」)[写真]

2004.2.17



映画「蛇にピアス」(監督:蜷川幸雄)公式サイト/9月20日よりロードショー

2008.08.02







 アート file

マン・レイ パウル・クレー エゴン・シーレ
ルネ・マグリット グスタフ・クリムト ジョルジュ・スーラ
ジョルジョ・デ・キリコ アンリ・ルソー展 ゴッホの災難.ゴッホ展
写真家ブラッサイの世界 生誕100年記念ダリ回顧展 葛飾北斎と安藤広重
東郷青児と竹久夢二 佐藤渓の「心象録・詩」 日本画家 松井冬子
日本画家 町田久美 束芋の「ヨロヨロン」束芋 イラストレーター 常田朝子
イラストレーター 田辺ヒロシ 古賀春江 シュールな童心 版画家 池田満寿夫の世界展
田中一村グラフィックな世界 写真家 植田正治 海外巡回展 青木繁 わだつみのいろこの宮
カオルコ個展 in NewYork 資生堂/香りと恋心〜バルビエ展 レオナール・フジタ展

 文 学 file

ル・クレジオ サン=テグジュペリの世界 メリメの「マテオ・ファルコネ」
曽野綾子さんのこと 安部公房〜砂の女〜 原 民喜  「夏の花」
林 芙美子 パリ日記 岡本かの子 試論1・2 川上弘美 「蛇を踏む」
金原ひとみ「蛇にピアス」 綿矢りさ「蹴りたい背中」 谷崎潤一郎「痴人の愛」
こどもの詩 〜川崎 洋 篇〜 寺山修司の世界〜虚空〜 中原中也賞「びるま」日和聡子
坂口安吾 洋書仕様「桜の森…」 追悼 塚本邦雄 水銀伝説の終焉 詩人・金子光晴「ねむれ巴里」







blog
index
Counter