葛飾北斎と安藤広重

 ちかごろはあまり見かけなくなりましたが、テレビの車のCMで広重の『東海道五十三次』がCG処理され、「動く浮世絵」としてたびたび登場していました。まるで息を吹き込まれたように活き活きと蘇える浮世絵師・安藤広重の世界。

      

 CMに使われたのは「蒲原・夜の雪」(写真左)と「庄野・夏の雨」(写真右)。いずれも傾斜(前者は左下から右上がり:後者は左上から右下がり)のついた構図ながら、「蒲原・夜の雪」はしんしんと積もった静かな雪景色、一方の「庄野・夏の雨」は街道を往来する人たちが突然の夕立ちで先を急ごうとする一瞬を捉えた動きのある風景です。

 安藤広重は1797年(寛政九)江戸の火消し同心の家に生まれますが、父母が相次いで他界し、不幸な少年期を過ごしています。15歳で歌川豊広に入門。翌年画名・歌川広重を拝領。27歳で火消し同心の家督を幼い息子にゆずり、やがて画業に専念。『東海道五十三次』から最晩年の『名所江戸百景』に至るまで数々の風景画の名作を残しました。

 その広重に先立つこと27年の天才絵師が葛飾北斎。こちらはインパクトが強烈なので、さほど説明する必要もなさそう。北斎は極めて早熟な天才であり、また90歳まで現役でありつづけた晩成型の天才でもありました。遠近法を無視したような大胆な構図とデフォルメは、一見するだけで圧倒されます。『富嶽三十六景』『富嶽百景』『北斎漫画』など広重をリードしながら、数万点にのぼる斬新な作品を描き続けた北斎。生涯使った雅号は30を超え、それを裏書するかのように転居の回数も90回を超えています。

 北斎は遠慮せず自分のイメージをどんどん全面にだしてゆきますが、広重の世界は、その構図においても十分な抑制が施されており、じつに対照的です。広重としてはその露骨さがどうにも堪らなかったらしく、

「造形において北斎は自己主張しすぎる!」

 と痛烈に批判しています。

 この両巨人を筆頭とする平面的で豊かな色彩をもつ浮世絵の世界が、ヨーロッパの近代絵画に絶大な影響を与えたことは、日本人のあいだでも、もっともっと認識されていいでしょう。

初稿 2001.11.25



北斎 写楽… 海をわたる

 印象派だけではなく、セザンヌに始まりピカソによって確立されたキュビスムなど、ヨーロッパの近代絵画に強烈な影響を与えた日本の浮世絵。またそれくらい、北斎・広重・歌麿・写楽といった天才絵師の作品が、海外に流出もした浮世絵。

 もともとは原作者である「絵師」のほかに、何枚もの版木を彫る「彫り師」、何枚もの版を摺る「摺り師」、という専門の職人がいて、仕上がった浮世絵を売る蔦屋重三郎(通称:蔦重)のような版元を加えた「卍」の体制で、全工程が形成されていました。 (※「版」の元字は「板」=板木・板画)
 その浮世絵コレクションでは筆頭格の「太田記念美術館」。 今年で“開館25周年”を迎えることから、それを記念して充実の「浮世絵名品展」を開催。浮世絵の初期〜明治にいたる「約300年の展開を通観できる構成」をとり、「厳選された優品のみで2ヵ月に分け約150点を一堂に展観」するとのことです。[麗]
 【会期】 1月4日〜2月26日   【会場】 太田記念美術館(ラフォーレ原宿 裏)
 また、この名品展は海をわたり、7月6日から8月16日まで、フランス国立ギメ東洋美術館に巡回。
 ● 広重作 「亀戸梅屋敷」

 以前、広重の「亀戸梅屋敷」(写真)を国宝級の摺り師が、1つ1つ順に版を摺り重ねてゆく工程を映した、テレビ東京の特集番組を見たことがあります。 最初の1枚が摺りあがった瞬間、はじめて視界に現われる喩えようもない独特の「あざやかな朱(あか)」が、ぐっと胸を打ったものでした。
広重作「亀戸梅屋敷」
 その第1版に1枚、また1枚と、版を重ね、……やがて摺り師は、境界部分を微妙な濃淡で表現する高度な「ぼかし」という技法を使い、仕上げの工程を終えました。

 緊張のとけた「ふぅ〜っ」というかすかな溜め息とともに、時空を超え、現代によみがえった広重作・名所江戸百景−亀戸梅屋敷。
2005.01.10



浮世絵名品展〜鑑賞記〜

 ひさしぶりの原宿。ラフォーレのすぐ裏手にひっそりと建っている太田記念美術館。お昼前後の時間帯でしたが、人の流れも途切れずけっこう大入り……。
北斎「凱風快晴」
 チケットを買って入る1階展示室左手には、摺り重ねられてゆく工程を、使用される版木と照合しながら一覧できるコーナーがあり、初心者にもたいへん分かりやすいサービスが施されています。 また各作品は、ガラスに鼻をこすりつけそうなくらい間近で見ることができますし、掛け軸の一部は展示された畳の間へあがって、ゆっくり鑑賞することができるようになっています。
 実際に見る浮世絵は、ネット上の画像よりもずっとスッキリしていて、線描がじつに細やかです。また、脳裏でイメージしている印象に比べると、どの絵師の作品も意外に小さいのですが、これは油彩でもあることで、マン・レイの「天文台の時刻に〜恋人たち」 なんかも大きい印象を受けるのに、実物は100号にも満たないくらいの大きさでしかありません。札幌の時計台が、実際にみると意外に小さかった! という “あの感じ” 。

 展示作品のおもなラインナップは……。
●北斎 = 凱 風 快 晴 / 神奈川沖浪裏
●広重 = 庄 野 白 雨  / 大はしあたけの夕立
●写楽 = 嵐竜蔵 金貸石部金吉 /  「とら屋虎丸」嵐竜蔵の奴なみ平
●歌麿 = 難波屋おきた / 高島屋おひさ / *浮世絵研究&販売=[アダチ版画]

 ほかに、歌川豊国 、鳥居清長、鈴木春信など約150点を展示。
 2月には入れ替えもあるようです。[粋]

 浮世絵はもともと、ブロマイドや旅のガイドブックとして制作されたものなので、絵(版画)そのもの鑑賞のほかに、描かれた当時の風俗や場所の景観(芝浦・羽田など)を今と比べて眺める楽しみなんかもあります。木と紙のやわらかい味わいが優しい…。

 展示室は1階と2階と地下1階の3つで、自然光の入る地下フロアの一角には、作品を取り入れた“グッズ・ショップ”もあります。

  会期 : 1月4日〜2月26日  会場 : 太田記念美術館(ラフォーレ原宿裏)
  巡回 : 7月6日〜8月16日  …フランス国立ギメ東洋美術館

※ 写楽の人物像については、いつか “迷推理” でも……。
2005.01.22



ギメ東洋美術館所蔵 浮世絵名品展

 太田記念美術館が開館25周年を記念して2005年に開催した浮世絵名品展で海外巡回展がひらかれたフランスのギメ東洋美術館。今回の名品展はその逆のルートで、ギメ東洋美術館の浮世絵コレクションの中から選りすぐりの名品190点を本国日本で紹介する里帰り展です。

 会 場 : 太田記念美術館
 共 催 : NHKプロモーション
 会 期 :【前期】 平成19年1月3日(水)〜26日(金)
      【後期】 平成19年2月1日(金)〜25日(日)

【大阪展】
 会 場 : 大阪市立美術館
 会 期 : 4月10日(火)〜5月27日(日)

 参 考 : Francais - Musee Guimet(フランス国立ギメ東洋美術館)
2007.01.10


 [番組] 写楽誕生〜新日曜美術館

 今回、北斎・広重・歌麿らとともに、時空を超え、はるばる里帰りする写楽作品。
 制作期間がわずか10ヵ月とされる写楽。どの絵を見ても同じようにみえますが、微妙な作風の違いから、じつは4つの時期に分けられています。おそらく番組ではその点にも触れつつ、写楽絵の特徴・特質と人物像に、わかりやすく迫ってくれるのではないでしょうか。

 写楽誕生〜新日曜美術館「役者絵の世界」−2007.01.21(日)

2007.01.20



写楽は役者だった! 〜池田満寿夫推理ドキュメント

yahoo!ブックス 写楽の謎解き番組でユニークだったのが、昨年(2006年)12月3日PM11:45〜翌AM1:05(80分)に再放映された、 NHKアーカイブス〜NHK特集「池田満寿夫推理ドキュメント・謎の絵師=写楽」(1984年)〜という番組。

 書籍化もされている “池田満寿夫の写楽考” にそって、池田満寿夫本人が写楽の謎解きをしてゆくプロセスを映像におさめたドキュメンタリー番組で、ナレーションにも参加している実験的意欲作。

 冒頭、数人の写楽説(石の森章太郎=歌麿説、福富太郎=司馬江漢説など)が紹介されたあと、浮世絵師たちと同様、版画家として国際的にも名の通っている池田満寿夫が、同じ“絵師の立場”から1点突破で着目したのは「描き手の深層心理」。

― 写楽は作品の中にかならず自画像を描いている。 絵描きとはそういうものだ」

 すべてはこの直感的推理からはじまり、自画像さがし(=写楽さがし)へとすすんでゆきます。最初のふるいは、きわめてインパクトの強いアンバランスなデフォルメをみせる1期と、バランスのとれた作品が多く登場するようになる2期以降の「作風の違い」。ここで池田満寿夫は「1期と2期では作者が違うのではないか」と推察。

― たぶんそうだ。 ……まちがいない」

 そうにらんだ彼は、「おそらく写楽は素人で、本人が描いたのは1期の28点だけ」という回答をみちびきだすことに。 その後さまざまな文献をひもとき、現役の歌舞伎役者に取材したり、写楽の墓とされる阿渡徳島を訪れたりと、さまざまな写楽捜索活動を展開。

 そのいっぽうで、的を絞った1期の全作品を精査するため、目・鼻・口・輪郭など、パーツごとに接写したオリジナルのスライドを作り、それを自宅の映写機で壁に大きく映しだして、1枚1枚たんねんに凝視してゆく作業をくりかえします。このとき、かたわらにいた陽子夫人にも、他と異なる印象を受けるパーツがないか意見を求めるシーンがでてくるのですが、結果的にこれが、池田満寿夫による写楽特定の決め手につながってゆきました。

 ひとりだけ特徴の異なる人物として陽子さんが指摘したのは、目立って団子鼻の 中村此蔵

 しかしこの時点ではまだ、池田満寿夫もその指摘に耳を傾けるにとどまり、ふたたび中村此蔵がど〜んと存在感を増すのが、その後の文献検索で、フルネーム東洲斎写楽の「東洲」の文字を歌舞伎役者の名鑑である『明和伎鑑』のなかに発見したとき。

 ここに記された末席の役者のひとりだったのが、その中村此蔵。池田満寿夫の推理はこう。中村此蔵は一級の歌舞伎役者になりたいと思ってはいたものの、夢を果たすことができす、縁あって役者絵の仕事がころがりこんできたとき、わが身を投影するかのように、花形役者の陰にかくれている無名の役者たちの姿にスポットを当ようという心理が働き、役者の世界の “もうひとつの真実” を描かんとして、あの「1期の写楽絵」が生れたのではないだろうか、というものでした。

 そして最後に、写楽の楽は「楽屋の楽」で、「楽屋を写す」ところから写楽という雅号につながったにちがいない、と ……。

NHK特集「池田満寿夫推理ドキュメント 謎の絵師・写楽」(49分) 1984年7月1日放送
参考file 版画家 池田満寿夫の世界展〜黒田コレクション〜

2007.01.20



写楽は
写楽だ

yahoo!ブックス 番組案内をだした「写楽誕生〜新日曜美術館」を見ていて、ふと感じたことがありましたので、覚え書きの意味合いで少々しるしておきます。

 それは、……歌舞伎役者のひたいに表れるシワを描いたり、役柄とはいえ、見栄えのしない無精ひげを細かく描いたり、タブーとされた女形のあごの線を描いたり、唇の中心線を墨で演出する口割りを太く強調したり、まとっている衣裳のうっすらした下地の模様まで描いていたりと、写楽がほかの絵師には見られない、きわめて専門的なディティールを遠慮なく描き得たのは、写楽じしんが歌舞伎の世界に身を置いている人間だったからではないかということです。

 池田満寿夫の写楽説が頭のすみにあったので余計にそう思えたのかもしれませんが、誰しも自分が身を置いている(あるいは置いていた)世界について語るとき、実感をバックに、けっこう遠慮なく踏み込んだ発言をするものですよね。番組を見ていて、その感覚に似た感覚を写楽の絵に感じたわけなんです。

 写楽については、唯一の資料ともいえる『浮世絵類考』という江戸時代の文献に、

    「 写楽 俗称斎藤十郎兵衛 居江戸八丁堀に住す。阿波候の能役者也 」
    「 歌舞伎役者の似顔を写せしがあまりに真を画かんとてあらぬさまに書きなせし
      かば長く世に行われず一両年にして止む 」

 と記されているわけですが、この斎藤十郎兵衛という人物は、歌舞伎に近い世界とはいえ、あくまで能役者。つじつまが合わないわけではありませんが、写楽絵に表現されているあからさまな踏み込みは、その世界へじかに身を置いた人間しか発揮しえない図太さと執念を感じさせもので、斎藤十郎兵衛とは別人ではないかという印象を抱いたのです。 あるいは、とびきりデフォルメのきいた大首絵を描いた1期28枚が写楽当人の作で、バランスが取れてくる2期以降の作品を描いたのが斎藤十郎兵衛(2代目写楽)だったと考えることもできます。

 それから、名プロデューサーである版元の蔦屋重三郎が、なぜ写楽を売り出そうとしたのかという点がスタジオでも話題になり、判然とした答えは出なったのですが、これについても、1つの推理が脳裏をよぎりました。

 当然のことながら、蔦屋重三郎は売り出す前の写楽の絵を見ているはずで、そのさい、写楽によって描かれた大胆な肉筆の役者絵を見て 「これは革命だ!」 と感じたのではないかと思ったのです。 最初に衝撃を受けたのは他ならない蔦重(つたじゅう)で、競争の激しい浮世絵出版業界において、さらに一歩も二歩も抜きんでるために、一度見たら忘れない、強烈なインパクトを持つ写楽の世界で勝負にでたのかもしれない、と考えたわけです。

 ひょっとすると、あそこまでのデフォルメを要求したのは、蔦重本人だったのかもしれないという気さえしてきます。

 絵が売れたのかどうか。これについては、ぼくも専門家の方々と同じ意見で、役者絵は今でいうブロマイドですから、あくまで見栄えのするキレイな絵を求めていた大衆からはおおむねそっぽを向かれ、話題にはなっても売れはせず、早々に、業界から退場することになってしまったという気がします。

 100年あまりも捨ておかれ、海の向こうに住む西洋人によってその真価を見いだされた写楽。この経緯が妙に痛快な気がするのは、ぼくだけでしょうか。
 ( 痛快なことなんてあるもんかぃ、という写楽の声も聴こえてきますが…… )

2007.01.21



NHKスペシャル 歌麿 紫の謎

NHKスペシャル 歌麿 紫の謎 浮世絵四天王(北斎・広重・写楽・歌麿)のなかで、他の3人の絵師に比べて、どの絵もキレイではあるけれど同じようにしか見えず、もうひとつインパクトに強烈さがないと感じていた喜多川歌麿の美人画の世界。

 そうした長年の印象にカンカーン! という半鐘の音が鳴りひびいたのは、2005年の1月から2月にかけて太田記念美術館で開催された「浮世絵名品展」に足を運んだとき(上述「〜観賞記」)でした。

 実際に目の当りにした歌麿作品は、皮膚からカラダ全体へじかに「絵のやわらかさ」が伝わってくる“実感”を与えてくれるほど繊細で、はじめて歌麿の「ふところの深さ」を思い知った瞬間でもありました。

(本 篇)  1921年、大富豪スポルディング兄弟の浮世絵コレクション6500枚をそっくり譲り受けたボストン美術館は、色が褪せてしまうという贈呈主の進言(=交わした契約書に記載された条件)を忠実に守り、一度も公開・展示を行なうことなく85年ものあいだこれらのコレクションを封印。その徹底管理のおかげで、コレクションのすべてが変色・褪色を免れ、江戸時代のあざやかな色彩をそのままにとどめている、とのこと。

 そしてこのコレクションの本格的な調査が、昨年から、浮世絵の世界的権威を結集した研究チームによって始まり、2007年春、その全貌が高精細デジタル画像で公開されるとのことでした。なかでも注目を集めているのが、完全な形で残されていた喜多川歌麿の382枚の浮世絵。

 こうしたことをベースに、番組では、これまであまり知られてこなかった歌麿作品の秘密とその人物像に迫ってゆきました。日本の研究チームが着目したのが、今回、女性の着物に惜しげもなく使用されていることが分かった「紫」。紫を多用しているのは382枚のうちの3分の1にのぼります。(長いあいだ外気にさらされてきた従来のコレクションでは、紫が完全に褪色して別の色に変化してしまっていたので、見いだしようがなかったというわけです)
 そこで、配合が次のいずれによるものであるかを検証したところ、

  々 + 露草(つゆくさ) = 紫 (うすい ・ 透 明 ・ かるい)
 ◆々 + 藍  = 紫 ( 濃 い ・ 暗 い ・ 重 い )

 色あせしやすい,痢峭箸範草」を混ぜ合わせて作られた「紫」であることが判明しました。 それにしても「歌麿はどうしてこんなに紫を使い、褪色しやすい配合を選んだのか?」。 紫は気品のある高貴な色とされ、その後、幕府のお達しで「武家以外の紫の使用を禁ずる」とされたほどでしたが、歌麿はあくまで「女性のやわらかさ・たおやかさ・色香」を表現するために「欠かせない色」として紫を使い続けたというのが研究チームの一致した見解で、,苓色しやすい配合を選んだのも、絵に「女性らしい透明感をだすため」という同様の理由から……。

 とはいえ、紫の使用を含め、浮世絵による風紀の乱れを警戒した御上(幕府)の取り締まりはいっそう厳しくなり、歌麿はタイトルを表わすのに絵文字のような「判じ絵」という手法を使って公権力の目を逃れるものの、これも老中・松平定信による「寛政の改革」により御法度に。それでも描きつづけた歌麿はやがて逮捕され、入牢(じゅろう)3日、手鎖(てぐさり)50日の処罰を受け、その2年後の文化3年(1806年)9月に他界。50歳代前半だったと伝えられています。

 追 記) 空白の1年ともいわれる寛政3年(1791)に歌麿は、幅3mに及ぶ「品川の月」という大作を描き、その翌年から画風が一変。クローズアップ技法の「歌麿版の大首絵」が登場するようになります。

 NHKスペシャル|歌麿 紫の謎
 2007年3月4日(日) 午後9時〜9時49分 総合TV

2007.03.05



ボストン美術館 浮世絵名品展

 5万点にのぼる浮世絵版画を所有するボストン美術館から、保存状態抜群のスポルディング兄弟浮世絵コレクションを含む版画132点、肉筆5点、下絵画稿類12点、版本10点 で構成される今回の浮世絵展。大多数が本国初公開。

 出展作品には、鳥居清信の「風流四方屏風」、喜多川歌麿の「画本虫撰(えほんむしえらみ)」、菱川師宣「美人絵つくし」、勝川春章「三十六歌仙」などの貴重な珍書・絵本も含まれるということなので、内容的には最大級の浮世絵展ともいえそうです。
ボストン美術館 浮世絵名品展
 会 期 2008年1月2日(水)〜4月6日(日)
 会 場 名古屋市ボストン美術館

2007.12.29



 喜多川歌麿 美人画に燃やした情熱|新日曜美術館 2008年6月1日放送
2008.06.01



NHKスペシャル|よみがえる浮世絵の日本〜封印が解かれた秘蔵コレクション〜
歌川国政(版元・上村与兵衛)〜鈴木春信〜安藤広重の新考証/2008年9月7日放送
2008.09.07







 アート file

マン・レイ パウル・クレー エゴン・シーレ
ルネ・マグリット グスタフ・クリムト ジョルジュ・スーラ
ジョルジョ・デ・キリコ アンリ・ルソー展 ゴッホの災難.ゴッホ展
写真家ブラッサイの世界 生誕100年記念ダリ回顧展 葛飾北斎と安藤広重
東郷青児と竹久夢二 佐藤渓の「心象録・詩」 日本画家 松井冬子
日本画家 町田久美 束芋の「ヨロヨロン」束芋 イラストレーター 常田朝子
イラストレーター 田辺ヒロシ 古賀春江 シュールな童心 版画家 池田満寿夫の世界展
田中一村グラフィックな世界 写真家 植田正治 海外巡回展 青木繁 わだつみのいろこの宮
カオルコ個展 in NewYork 資生堂/香りと恋心〜バルビエ展 レオナール・フジタ展

 文 学 file

ル・クレジオ サン=テグジュペリの世界 メリメの「マテオ・ファルコネ」
曽野綾子さんのこと 安部公房〜砂の女〜 原 民喜  「夏の花」
林 芙美子 パリ日記 岡本かの子 試論1・2 川上弘美 「蛇を踏む」
金原ひとみ「蛇にピアス」 綿矢りさ「蹴りたい背中」 谷崎潤一郎「痴人の愛」
こどもの詩 〜川崎 洋 篇〜 寺山修司の世界〜虚空〜 中原中也賞「びるま」日和聡子
坂口安吾 洋書仕様「桜の森…」 追悼 塚本邦雄 水銀伝説の終焉 詩人・金子光晴「ねむれ巴里」







blog
index
Counter