「岡本かの子」 試 論 1 (暫定版)

 …… 予定を変更して、岡本かの子へすこし寄り道してみます。

 散歩がてらに図書館へいって、岡本かの子の作品を初めて正面玄関から訪問しました。まず小説に目を通してほとんど「一目瞭然」だったのは、「詩人の書く散文」だということ。一句一行が「詩語」でつづられていて、いわゆる小説家の書く散文とはかなり違います。一句一行が詩としての「独立性」をはらみつつ話を紡いでいくので、一見スラスラ読めるように見えて、じつは一句一行を読み解きながらでないと「話のessence」を捉えることができない構造になっています。スラスラと流れだけで追うとessenceを取りこぼしてしまいそうです。

 それだけに流行作家になるには「条件を欠いている」とも思います。というのも、読み手の側に「詩的散文」を読み解くだけの資質が要求されるからです。さらに、情緒性よりやや理知がまさっている点も、作品の内容を一筋縄では読めない性質に「していまっている」。この辺に岡本かの子のどこにも属さない「特異性」がありますね。燦然と輝く鉱脈に突き当たった感じです。

 のちに発見された長編『生々流転』『女体開顕』は留保して『過去世』『小町の芍薬』『狂童女の恋』など短編を集めた全集本(堀切直人編)と作家・三枝和子著の評伝『岡本かの子』は借りてきました。三枝さんの評伝中ここぞというくだりでは瀬戸内晴美の『かの子撩乱』(昭和37〜)からの引用がしばしば見られます。それもそのはず。追跡しうる生き証人に取材して回って「裏付け」を取っている。しかも同じ女性としてまた女性作家として、奥の奥まで入りこんで岡本かの子の内面世界をくまなく捜索している感じです。

 三枝さんの『岡本かの子』の中に渡欧のさいインド洋上で撮影された「一枚の写真」が載っていました。この写真は何度か見た記憶があります。かの子を真ん中にして彼女を取り囲むように並んだ男4人。向かって左から一平・太郎・恒松安夫・新田亀三。この4人が4人ともカメラのレンズを一心に見つめているのに、当のかの子だけは海の遥かかなたを茫洋と見やっている。まるで何かに取り憑かれて、この世ではない世界を見つめているようです。(この一枚は評伝以上に雄弁だと思います)

 詳細についてはここでは触れませんが、なるほど『岡本かの子』を読むと何もかもが尋常ではありません。一家3人に加えて同居人でのちに島根県知事になる恒松氏と、かの子の恋人で医者の新田氏の2人を同行させたヨーロッパ行き。三角関係者が全員一つ屋根の下で暮らしたり、何もかもが「度外れ」で「世離れ」しております。これほど型破りな女性は世界でも珍しい。一世紀近くの時間差はあるものの、ショパンを筆頭に何人もの男性と浮き名を流したフランスの女流作家ジョルジュ・サンドも、岡本かの子のスケールに比べたらかわいいもの。それほどかの子の生き様は「破格」です。

 岡本かの子は「よく透る声」をしています。ビンビン透る。作風以上に、世間離れした環境で育った生い立ちが、作家としての本格デビューを遅らせてしまった経緯は、一平をはじめ彼女と彼女の才能を支え続けた男たちをも含めて悼みを覚える一方で、だからこそみんな燃焼するほど深い時間を人生の中に持ちえたのだとも思います。

 かの子の原点は間違いなく「常に短歌にある」と思います。この点を抜きにしたり、見落としたりしたら、彼女の散文の作品世界に入り込むことはできない気がします。そしてもう一点。特筆すべき特徴は、無軌道でじつに不思議な広がりをみせる彼女の情緒面と理知との「バランスが取れている」という点です。不信な顔をする向きもあるかもしれませんが、バランスが取れています。本人はそのことについて自覚を欠いていたかもしれませんけれども、決して感情に隷属していない。ボロボロの感情を感情ではない次元で乗り越えようとしています。このあたりにも「解くカギ」がひそんでいそうです。

 どうも岡本かの子の世界は、その本分ではない表層のスキャンダルな部分だけが喧伝され一人歩きしてきたような印象を覚えます。生まれ持った才能を十全に伸ばすために、むしろすすんで一人パリへ残してきた愛息太郎氏へ宛てて、滞在中のベルリンから送ったかの子の手紙の文面(下記)を見ると、彼女の素顔が垣間みえるようです。

八月二日

ベルリンの家気にいらない。歯がいたい。

あんたパリ=フランスにいて幸福よ。

でもベルリン市では、通りがかりの人が私をきれいだってほめるよ=馬鹿にしないで
ききなさい。

                                        かの子




 web site 岡本家の人々〜岡本太郎美術館

2002.01.20




「岡本かの子」 試 論 2 (暫定版 拾遺)

 …… 少々補足を施しておきます。

 かの子は愛息太郎と自分との関係を「比喩で相対化」して捉えています。帰国後『婦人サロン』(昭和7年5月号)の依頼で書いたエッセイ「オペラの辻」ではこのように記しています。

 「二度目に自分等が巴里へ入ったとき、こどもが最初に私達を誘ったのはこのカフェ・ドュ・ラ・ベイユだった。『なるほど美感の贅沢なこの子が巴里を好きで好きでたまらなくなった筈だ』と私はその時思った。
 『やっぱり巴里にこどもを取られる―仕方がないかしら』と私自身陶然として来る心のなかでうやむやにもがいた」

 そして沸きあがる太郎への母情のありようが、世俗的な下世話な低さとは異なる世界にあることを釘を刺すように書きつづる。

 「世人よ。十年二十年巴里に子を置き偉い画かきにするなぞという野心の親とは私は違う。幸い私が方向を換えた芸術の形式が私に今までの歌より多くの収入を与えるなら、私はみんな子への情痴の世界にそれをつぎ入れよう。巴里と云う恋人と同棲する子にお金の不自由をさせ度く無い」

 いうまでもなく子への情痴というのは、太郎への尽きせぬ愛情と執着の比喩です。さて帰国後落ち着きを取り戻したかの子が、パリの太郎へ送った第一信はこうです。

 「……無事かへったよ。おまへのゐない家へね。おまえのゐない家へだよ。そしてごはんたべたり□□へはいったりしてゐるよ。洋服着てるよ。上ぐつで日本の縁側どんどん歩いてゐるよ。おまへがゐたらこの無作法者なんてどなるだらう。誰も太郎さんはと聞くよ。ぐっと胸がつまるのでそれに反抗して反身になっちまふよ。涙が出るから気どってごまかして、どうもかへりませんのでと前おきするよ。そのあとの説明は察しなさい。パパおとなしいよ。いい子だよわり合ひに。おまへの事考へてときどきぼんやりしてるよ。そして二人でとしよりみたいに子のないことの愚痴をいふよ。察しなさいよ。

    遠き巴里の子想へかしふるさとの

           夜ふかき家に茶をのむ父母

                          かの子                  」


 おまへのゐない家へ、と2度たたみかけているところにかの子の気持ちのすべてが込められていて、胸のつまる思いがします。こんな素直な、そして息子と対等な立場からこぼれでてくる手紙を遥かパリで受け取る太郎さんの気持ち。その感慨はいかばかりであったろうと、思いを馳せるばかりです。やがてこうした私信が、高い評価とともに喝采を浴びる『母子叙情』となって実を結ぶわけですね。

 しかしかの子の真骨頂である理知の高さは、軍国主義色が濃くなっていく社会情勢の中にあってますますそのグローバルな客観性を発揮してゆきます。昭和十二年十二月号の『新潮』で「一九三七年の感想」を求められたさい(他の作家たちがぼかした表現で逃げ腰ななか)、かの子は一人極めて冷静に正面から文学を捉えてみせます。

 「戦争が起ってからとみに目につくのはルポルタージュ文学の再燃である。戦地派遣の文人、内地で静観する文人、共に戦局の現れをレポートしつつ、それに自家の所見と時代とを併せ訴えようとする筆法である。戦争が長引くにつれて、いよいよこの傾向は盛んになるであろう。 ―しかし、芸術は一方、おいそれと現象に呼応出来ない鈍重な性質もあり、この点では浸潤、批判、消化されて後はじめて流れ出すものもある。斯かる文学は時局より遅れて真の影響が現はれるであろう。 非常時に於ける純文学のコンディションの悪さ、この条件に堪えて行く志気と堪忍が考えられる」

 前半は現況の俯瞰的認識、後半はその認識に基いた自らの芸術観。すぐれているのはこの後半の文学芸術の「真相」を射抜いた見識の高さ。世界情勢を把握する情報も乏しく、日中事変から第二次大戦へと突入していく時代の真っ只中にあって、このようにグローバルな客観性を言語レベルで保有していることが、ちょっと信じられない。資質の高さからくる恐るべき洞察が寄与しているのは間違いないとしても、ここまではっきりと展望しうる才能は、………もはや天賦としかいいようがありません。

 林房雄や川端康成らが惜しむまもなく、岡本かの子はこの2年後の春脳溢血がもとで急逝。享年49歳。追悼式に参列した宇野千代は、目の前で接した一平の泣く姿を深く静かな筆で残しています。



 web site 岡本家の人々〜岡本太郎美術館   岡本太郎美術館HOME
 参考:作品テキスト 岡本かの子〜ウラ・アオゾラブンコ(裏青空文庫)

2002.01.25







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