川上弘美「蛇を踏む」〜そのしっぽを追う〜


 推理の主役に金田一耕助を配した横溝正史原作の映画シリーズに欠かせないのが、加藤 武扮する万年警部。いつも金田一に先んじ、「よし、わかった!」 と叫ぶお馴染みのシーン。それににた場面がでますかどうか…


 川上弘美サンの『蛇を踏む』を全篇キチンと読み返してみようと思い、先日、冒頭から読みすすめていたとき、ふと、「おや?」と思ったんです。「この風変わりな展開と書き方」…、うーんと、あれは、どっかで、似たような、世界に、出会ったことが、あるような…、そんな気がして、脳裏に浮ぶイメージを検索していたら、

― あぁ!」 と叫ぶ内なる声。

 八時までに亀は帰って来ますよ / そうのんさんに言われて / 待っていた」 というヘンな書き出しで始まる [亀待ち]や、「 墓見師に連れられて / イナダ山に墓を見に行く」 で始まる[墓見師]、「百年経つたら / 侍も若衆も皆 / 乱暴らうぜき働いて / ちやぶ台で 飯を食ふのだ」で始まる[戊辰種]、…といった不思議な詩を満載した 詩集 『びるま』 で昨年"中原中也賞"を受賞した日和聡子(ひわさとこ)サンの世界が、どうも、頭の中で、彷彿(ほーふつ)、…としているのでした。

― にてる」 直感的にそう感じました。

 ミドリ公園に行く途中の藪で、蛇を踏んでしまった、という唐突な書き出し。

 …踏んでしまってから、蛇に気がついた。〜 「踏まれたらおしまいですね」と、そのうち蛇がいい、それからどろりと溶けて形を失った。〜 曖昧なものが少しの間たちこめ、もう一度蛇の声で「おしまいですね」と言ってから人間のかたちが現われた。/「踏まれたので仕方ありません」/今度は人間の声で言い、私の住む部屋のある方角へさっさと歩いていってしまった。

 こんなふうに、畳みかけて語られる、奇妙な展開。

 現実の中に非現実がすーっと入り込み、からみあい、やがて、夢か現実(うつつ)か分からなくなって、往還し、蛇が、「もうひとりの母」に変じ、食事を作り、ビールを飲み、おしゃべりし、眠るときには蛇にもどり、翌日にはまた「もうひとりの母」に変じ、…ついには、静岡の母と蛇の母が口論になったりする。最後には、ヒワ子と蛇の母が、たがいに首を締めあい、宿命の対決を繰りひろげながら、終わる。

 ミドリ公園・カナカナ堂・コスガさん・ニシ子さん・サナダさん・ヒワ子さん …。風変わりな世界どうし、固有名詞の片仮名表記もまた、詩集『びるま』と共通するアイテムといってもよさそうです。 それにしても、どうして、こんなことになってしまうんだろう…、と思いつつ読みすすめながら、ところどころ、強く印象に残る描写がありました。

 「その蛇、それからどうしたかね」 
 両切りのピースをくわえながら、コスガさんはゆっくりと禿げあがった額をてのひらで撫であげた。
 「それからいってしまいました」
 「どこに」
 「さあ」


 会話が「さあ」で不意に途切れるので、かえって、強い余韻と自由なイメージを喚起させますね。 …それから、迫ってくるような(蛇の)目の描写。

 …… ニシ子さんの顔の中で目が光っている。最初細く窄められていた目が次第に大きくふくれ、涙を湛えながら膨張してきた。
 「その籠、何ですか」
 ニシ子さんの目がますます大きくなる。見開かれ、剥かれ、ついには白目が黒目のまわりじゅうを覆い、目玉の三分の一くらい露出したようになった。と思ったら、すぐ元に戻る。
 「籠ね。ただの籠よ」
 ふたたびニシ子さんの目が大きくなり始める。目玉だけ別個の生き物みたいに、ぐんぐん膨れた。


 このへんの描写は、さすがに生物学専攻の目、と思わせる迫力があります。(ニシ子さんのニシは「ニシキ蛇」のニシか…

 あと、「曽祖父は鳥と暮らしていたのである」のくだりや、「なんまんだぶなんまんだぶ」「住職はぱんぱんと手を叩いた」といった、ひらがなを効果的に駆使したくだりは、よく感じがでていて、一瞬ハッとさせられます。


●) 日和聡子サンについては中原中也賞「びるま」をご参照ください。
   「ヒワ子⇔ひわ」という偶然性もちょっと気になるところです。

2003.09.05







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