
| ル・クレジオ |
大学在学中フランス現代文学の講義では、当時ヌーボー・ロマンの旗手だった作家:ル・クレジオが全面的に扱われました。というのも、教壇に立つ仏文学教授の望月芳郎氏は豊崎光一氏と並ぶル・クレジオ作品翻訳の当事者だったからです。
『調書』 『発熱』 『物質的恍惚』 『巨人たち』 などの作品が主に講義の対象でした。ヌーボー・ロマン(新小説)はアンチ・ロマン(反小説)とも称され、すらすらと読めるような古典的な筋書きがなく、論理的・意識的・理性的・思想的・哲学的さらには詩的なレベルにまで到達した地点で作品が展開されるため、読み手のniveau(水準)がまず問われ、その域に達していないと十分に読みこなすことができない。 このような作品や作家はフランスだから高い値が付きますが、日本では二束三文どころか門前払いもいいところで、見向きもされません。日本人の価値観では「それが何の役に立つの?」というわけです。しかし人間の「意識」一つとってみても、われわれは最も身近な自分自身のことさえ果たしてどれだけ認識し得ているか、はなはだ疑問です。胸に手をあててみると、おそらく、未知の領域がかなりあるのではないでしょうか。 その点西欧の人たちは、ある意味ではとても謙虚で、持続性に満ちた飽くなき探究心を持っており、人間の未知の領域へもどんどんメスを入れてゆきます。精神分析の祖G・フロイトしかり、そこから派生したA・ブルトン、L・アラゴンらシュールレアリスム文学しかり、S・ダリ、M・エルンストらのシュールレアリスム絵画しかり、膨大な記憶の中に無意識と真実を追究したM・プルーストの 『失われた時を求めて』 しかり …… 。枚挙にいとまがないほどです。 ル・クレジオは地中海に面した温暖で風光明媚な南フランスのニースの出身で、物質的豊かさばかりを追究してきた現代文明に常に警鐘を鳴らしてきました。行き着いた先は「ごらんの通り」です。しかも戦火という「負のおまけ」までついている。 在学中ル・クレジオとともに(当時)仏現代文学の旗手のひとりだったアラン=ロブ・グリエという作家がうちの大学に来校し、当日の授業でキャンパスに来ていたクラスメイトは夕刻その講演を聴くため迷わず(大講堂ではなく)体育館へ全員が向かいました。とくに興味もなければ理解もしていない作家の顔を拝んでもしょうがないと思い、ぼくはひとり反対方向へ背を向け、帰路についたわけです。 流行は追うものではなく「自分でつくるものだ」というのが学生時代からのぼくの自論で、それと同レベルにおいて、「文学は芸能界とは違うだろう」という思いもあり「作家は芸能人にあらず」と考えたからでもあります。もっとも、書籍がアクセサリーとして一役買うように、作家や作品がアクセサリーになったっていいじゃないか、という考えもあるので、あくまで個人的な価値観・判断にすぎないわけですけれども、「いったいきみたちのどこに自分というものがあるんだい?」というのが当時のぼくの偽らざる心境でありました。 注記) ル・クレジオ作品には『砂漠』(望月芳郎訳・83)『調書』(豊崎光一訳・66)などいろいろありますが、1988年11月にフランス国営ラジオ「フランス・キュルチュール」の番組<肉声で>において放送されたル・クレジオと、番組司会者で「ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール」誌記者ジャン=ルイ・エジーヌとの数度の対話を再現した『もうひとつの場所』(中地義和訳:新潮社:¥2000)というラフな本もあります。図書館などにもありますので、興味のある方はどうぞ。ル・クレジオはじつは気さくな作家です 2001.12.17 後 述 : 仏語の不勉強は棚にあげて少々とんがっております。 したがって、段落2の解釈部分はちと雲行きが……。 下記の寺山修司Fileは、バルセロナにおける寺山修司とル・クレジオとの対話(「地平線のパロール」寺山修司著/収載)から始まり、そのあとの「追記」の欄に、40年ぶりの来日を果たしたル・クレジオの特集を組んだ文芸誌「すばる」5月号(2006)にもすこし触れています。 |
アート file |
文 学 file |
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