メリメの傑作短編 「マテオ・ファルコネ」

 プロスペル=メリメの珠玉の短編「マテオ・ファルコネ」。メリメと聞いてピンとこない方には、「カルメン」の原作者といえば「ああ」とか「へぇ〜」という声がでるしょう。しかし「カルメン」に劣らず、この短編も凄い。フランスの作家の中でもちょっと変わった位置にいる超博学なメリメ。

 * 山あいで、妻のジョゼッパ、ひとり息子の少年フォルチュナトと暮らすマテオ・ファルコネは、その昔、1本スジの通った名うてのアウトロー。……両親が不在のとき、追われて逃げ込んだマテオの昔仲間をフォルチュナトが警官に……。杉 捷夫(すぎ としお)さん翻訳の岩波文庫版(表題「エトルリアの壺」)がおすすめなのですが、絶版のようなので図書館などで検索してみては……。



「マテオ・ファルコネ」筋書き 〜記憶をたよりに〜

 かつて人望のあるアウトローとしてその名を馳せたマテオ・ファルコネ。いまは山あいの地で、妻のジョゼッパ、ひとり息子の少年フォルチュナトと、静かに暮らしている。
 両親が山へ出かけたあとフォルチュナト1人の家へ、警官に追われているアウトロー時代のマテオと同じ稼業の男がやってくる。撃ち合いかなにかで怪我をしている。誇りたかい父マテオ・ファルコネを知っているという男の事情を飲み込んだフォルチュナトは、積んだワラの中に男をかくまい、その上に乗る。

 ほどなくして、男を追ってきた警察署長が数人の警官とともにやってくる。署長に対して、最初のうちは横柄な態度でとぼけ続けるフォルチュナト。しかし、フォルチュナトの口を割るためのワイロとして、署長が「ほら、この懐中時計をやる」ともちかけるところから、話の展開が微妙に変化しはじめます。

 やがてフォルチュナトはこの誘惑に負けて、かくまっていた手負いの男を署長に“ 売 る ”わけですが、かたくなに閉ざしていた彼の心が、振り子のように揺れ動きながら、少しずつ少しずつ目の前の懐中時計の“ とりこ ”になってゆく様子を、猫の姿に置き換えて描写するくだりがじつに圧巻なんですよね。

 ……で、売り渡した男を警官が連行していこうとするところへ、ちょうどマテオとジョゼッパが帰ってきます。勝ち誇ったような署長と、悪態をつく男の話しぶりから、事の次第を理解するマテオ。そしてジョゼッパ。

「フォルチュナトだと!」
「フォルチュナトですって!」

 警官一行が引きあげるや、マテオはフォルチュナトを土手のある場所へ連れてゆき、お祈りをするようにいう。ありったけの祈祷をとなえようとするフォルチュナト。しかし、……。

「おとっさんもうしないよう。後生だからかんべんしてくれよう」
「お祈りをするんだ!」

 マテオは、命乞いをする息子に、一切の弁明を許さない。信頼を寄せた仲間を売り渡したフォルチュナトは、マテオ自らの手によって裁きをつけられる。

 訳者の杉捷夫さんは、メリメの文章を評して「純度のたかい水を飲むような味わい」 というような表現をされていたと記憶していますが、たしかにその言葉どおり、コクのある物語りを無駄のない文章で紡いでゆくメリメの手腕は、分かりやすい表現を駆使しながら、ヒンヤリした清冽な地下水の凛々しさをたたえていて、見事です。

2006.07.07







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