ひらいた世界〜「蹴りたい背中」綿矢りさ〜

 第130回芥川賞受賞2作品を掲載した「文藝春秋 三月特別号」本日発売。1年ぶりに買いました。金原ひとみさんの『蛇にピアス』は、読むにあたって、ピアスをつける工程や刺青をいれる作業(場)の実際の様子、それと、それぞれの専門用語にも明るい必要があるので、この作品をキチンと読むには、いくらか時間を要するかもしれません。

 通覧したかぎりでは、リスカ(リストカッターの略)と呼ばれる肉体への自傷行為に走る「所以(ゆえん)」などともクロスする、かなり"現代的に屈折した"世界をあけ透けに描いてみせた「個のもがき」のようにも見受けましたが、やはりすこし時間をかけて読み解いてみるのが筋でしょう。

 というわけで、もうひとつの受賞作『蹴りたい背中』について、感想をすこし述べてみます。

 書き出しのやや物足りない弱さをのぞけば、この作品は、とてもよく書けた小説だと思います。心理への行き届いた眼といい、高校1年生の女の子の視界を活写して、あかるい。

 理科の実験室・部活・ライブといった描かれるその行動範囲から、「狭い」という印象を抱きがちなんですけれども、どっこい、作品の中では、外の世界へと向かう活発なベクトルが満々としており、内向してゆく閉じた作品とは異なり、外界に対して「ひらいた世界」というポジティヴ感があふれている、そんな印象をつよく抱く作品です。

 作中には、ハッとする箇所や、さりげなく(爆)を誘う場面がたくさんあって、あなどれない「アジな味」を秘めています。たとえば、授業中に女性ファッション誌を愛読している、じぶん(=主人公の女の子)と似た匂いのするマイナー系の「にな川」という男子生徒に向けるまなざしをつづったくだりでは、

― 私たちはクラスメイトたちが楽しげに笑う度に、先生が班内で協力してスケッチしましょうと言う度に、一つずつ年老いていく。そして雑誌を見たり、プリントを千切ったりして、なんとか暇な時間を塗り潰すことで、急激な老化を必死で食い止めているのだ。

 と、微妙なシンパシィ(共鳴)をあらわし、その彼に誘われていった「彼の家の彼の部屋」では、話に夢中になる彼を尻目に、

― 「で さ」 口から唾が飛んできて、思わず目をつぶった。彼はごめんと言って慌てて私の目の下についた唾を親指でぬぐった。うぶ毛の擦れるしゃっという音が微かに耳に響き、指の腹の生あたたかい感触が肌の上に残った。と、彼は素早く私の背後にまわり、来た、ブラジャー外されるかも。手の中の菓子を握りしめ脇の下に力を入れたら、目の前にメモ用紙とボールペンが差し出された。

 と、ひとりコーフンしてみたり。とても筆が行き届いているんです。これは、作者の眼が、作中の人物を客観的に把握している証拠で、余裕すら感じさせる。

 ラストへ至る伏線もぬかりなく、

― この、もの哀しく丸まった、無防備な背中を蹴りたい。痛がるにな川を見たい。いきなり咲いたまっさらな欲望は、閃光のようで、一瞬目が眩んだ。  瞬間、足の裏に、背骨の確かな感触があった。 … (中略) …  「ごめん、強く……叩きすぎた。軽く肩を叩こうとしたんだけど。もう帰るって、言いたくて。」 ドアをノックするような手の動きを加えながら、嘘がすらすら口から出てきた。

 という具合。

 この『蹴りたい背中』は、デティールもよく描かれているので、映像化もしやすいと思わせる作品です。漫画の原作にしてもいいかもしれない。

 自転車で転んで、ひざがしらにこしらえた擦り傷を隠さず受賞の記者会見に臨んだ彼女。かわいらしい顔立ちの裏に、サービス精神があり、したたかで、あかるい、才能豊かなもうひとつの顔が、垣間見えます。 (宇多田ヒカル系か……)

「文藝春秋3月号」芥川賞発表/金原ひとみ「蛇にピアス」 綿矢りさ「蹴りたい背中」
「文学界3月号」特別対談金原ひとみ×村上 龍/綿矢りさ×藤沢 周/江國香織×川上弘美
“綿矢りささん 不思議世界への扉開こう”(リンク切れ)
“作家の読書道:第8回 綿矢りさ”(WEB本の雑誌)[写真]
2004.02.10

オリチャンに想いを寄せるにな川の背中に寄せるハツの初恋







 アート file

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 文 学 file

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