
| 曽野綾子さんのこと |
たまたま見かけたポスターの講演案内をふと思いだし、新宿から地下鉄にのって講演場所の“銀座ガスホール”へ足を運んだのが、1995年10月4日の夕刻。最高裁や日弁連の主催する「法の日」にちなんだイベントの一環で、講演者は作家の曽野綾子さん。 業務終了につき、裏手の出入り口からガスホールに入館。関係者用以外のエレベーターが停止しているため、上をめざす階段にはすでに長い列が……。ほとんど女性で、20歳代後半〜30歳前後くらいの若い人の姿もけっこう見受けられました。 むっと汗ばんできたころ長い列が動きだし、目的の階でようやく涼しさ回復。女性陣にならって、受付けでもらった法律関係の冊子一式の入った茶色の封筒で席を確保したあと、ロビィに戻ってひとやすみ。 と、そのときでした。関係者用のエレベーターがふいに開き、なかから、骨格のしっかりした肩幅のある1人の女性が、談笑しながら初老の男性や若い男女とともに降りてきました。 その場に居合わせた人たちはみんなおしゃべりに夢中で、誰ひとり気づく様子もありませんでしたが、その骨格のしっかりした女性が講演者である曽野綾子さんご本人だったわけです。 曽野さんはぼくの真ん前をとおって中二階ふうの階段をのぼってゆき、ほどなくしてひとりでまた、階段を降りてきました。そのさい、正面からバチッと目が合うかっこうになったので、かるく会釈など差しあげたような次第でありました。 そんな曽野さんがいったん演壇にあがると、肩幅のたくましさが消え、スレンダーに映るので不思議な気がしたものです。講演は、事前の「創作と人間の心」というテーマをキャンセルし、おもにご自身の戦争体験と聖書の世界を織りまぜながらすすみました。 足を運ぶにあたり、あらたに買って読んだ曽野さんの『夜明けの新聞の匂い』と『失敗という人生はない』という2つの著書が手元にあります。そのうち、小説群から抽出した一節でテーマ別に構成されたアンソロジーである後者から……。 ― 何よりよかったのは、私たちが失うのを恐れねばならない何ものも持っていなかったということです。人間は所有しない時に、魂の健康さをとり戻します。 ( 『時の止まった赤ん坊』 曽野綾子 ) 2004.12.18
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