寺山修司の世界 〜虚 空〜

寺山修司の文庫シリーズ/画 林静一

さかさまに映る記憶に魔法かけ いつかの少女時空かけるや

時代に息を吹き込んだクリエイターの世界は、当人の即物的生死を超え、営々と流れ続ける
地下水脈のように、時間(とき)の荒波にもさほど浸蝕されず、枯渇しないで屈強に受け継がれてゆく。




 寺山修司の対話集『地平線のパロール』はスペイン・バルセロナにおける寺山修司とフランス ヌーボーロマンの作家ル・クレジオとの対話「事物のフォークロア」から始まっています。 むろん話は、寺山修司の質問癖が紡いでゆきます。 (参考:file「ル・クレジオ」

― きみはなぜ、未開社会に興味を持つのか?
と、私はボクシングのグローブに似たかたちのパナマ半島を思い浮かべながら訊いた。
― ほんとのことを言うと、インディアンにはそんなに興味はないんだ。
と、ル・クレジオは答えた。ただ、自分が集団生活でどれくらい耐えられるか、ためしてみたいんだよ。
                     ( 中 略 )
― 歯が痛いんだ。
と私が言うと、ル・クレジオは、
― 面白い話があるよ。
と言った。ヒポクラテスの教訓だよ。にんげんは、同時に二つの痛みを感じることができないんだそうだ。だから、もし歯が痛むのがいやだったら、もっと楽なところ、たとえば指の腹を針で突くとか、てのひらをつねるとかすると、歯の痛みの方は感じなくなるんだそうだよ。
― やってみるかい?
と、ル・クレジオは料理用のフォークを私の方に向けて言った。


 こんなふうに話は続いていきます。 このあとも寺山修司は「フランスは悲劇的か喜劇的か?」とか、「地球は丸いのに、書物はなぜ四角だと思う?」とか、「生れてから今日まで、およそ何マイル歩いたと思うか?」といった質問を次々に投げかける。

 このくだりを読んだ大学生当時、仏現代文学の講義で『発熱』や『調書』や『物質的恍惚』の著者としてイメージしていた饒舌でメタリックで少々過激な印象の「ル・クレジオ像」とかなり違うので「眉唾な対話」という感想を抱いていましたが、近年図書館でみつけた「フランスのメディア」のインタビューに応じているル・クレジオの回答を読むと、寺山修司がこの『地平線のパロール』でレポートしてみせたル・クレジオ像とよく重なるので、かなり驚いたことがあります。

 メディアのインタビューに答えているル・クレジオの印象は、「事物のフォークロア」にあるように、極めておだやかで、奇をてらわない、ヒコーキや船の好きな「親(ちか)しい作家」でありました。 … ということは、あとで登場する天才画家サルバドール・ダリとの対話や、映画監督のゴダール、ルイ・マルとのやりとりも同様に「信憑性あり」という認識でよさそうです。

 さて、俳句・短歌から出発して、演劇・映画の世界まで、じつに幅広く活動した「寺山修司のツボ」(= テーマ)のひとつが、同書の「●読む映画」のくだりにあります。

― 『書を捨てよ町へ出よう』という映画を作っている。
なぜ書を捨てるのか? 書を持って町へ出ようというほうが理にかなっているのではないか、と言う人がいる。書物と町とは二律背反ではないのだ、ということなのであろう。 だが私は書を持って町へ出よう、ではいけないのである」
と書き、「書物は言語をとじこめた紙の牢である」 と続ける。

 さらに「言語は知識人の専有物になりつつあり、メガネをかけた司書たちだけが、この時代の運命について議論しあっているように見うけられる」 といい、(解放が)「書物の中にしか見出されないと思い込んでいる知識人たちから、言語を奪い返すということがどういうことかについて考えてみたい、というのが私のこの映画の意図であった。 私は肉声でしゃべれる人ばかり配役し、町に氾濫している言葉を採集してみることからはじめた」 とあります。

 寺山修司の考える言葉とは、「生存そのものと不可分な言葉(=肉声)」ということなのでしょう。しかし果たして、その言葉たち言語たちを寺山修司は、レンズとスクリーンを通して「書斎の紙の牢」から解放させることができたのでしょうか ……。

 飛行場でかもめを撮っていた森崎が、ふといったことば。
― 速いものはいくらでも撮せるのに、速度を撮すことができないのはなぜかな?


(「地平線のパロール」/同書)


■寺山修司 本
<文庫本>
『書を捨てよ町へ出よう』 『誰か故郷を想わざる』 『家出のすすめ』 『不思議図書館』 『花嫁化鳥』 『青蛾館』 『青女論 さかさま恋愛講座』 『寺山修司少女詩集』 『幸福論』 『ポケットに名言を』 『さかさま文学史 黒髪篇』 『地球をしばらく止めてくれ ぼくはゆっくり映画が観たい』 『地平線のパロール』 『黄金時代』 『臓器交換序説』 『月蝕機関車』 … (ほか多数
<単行本>
『寺山修司全歌集』 『戯曲/毛皮のマリ−』 『寺山修司演劇論集』 『寺山修司全シナリオ』 『ジオノ・飛ばなかった男』 『寺山修司メルヘン全集1〜10』 『勝者には何もやるな』  『遊撃とその誇り』 … (ほか多数

<注記1>
 文庫本のうち、寺山修司の原点が比較的素直に反映されている本 …… 思春期のみずみずしい感性を垣間見ることができる『誰か故郷を想わざる』と、出発点であり、のちに方法論として駆使した演劇や映画に秘めた「劇性の萌芽」がちりばめられている「短歌の世界」がまるごと詰まった『黄金時代』 ……この2冊は個人的にもおすすめです。
<注記2>
 死後20年にもなろうかというのに、いまだ全集本が刊行されていないのは、書いた文章が膨大でその全容がつかめないことと、もし刊行すれば全100巻にはなろうという破格の見積もりから、出版社サイドが怖気づいてしまうためとも言われています。


web-site)
■鉛筆のドラキュラ   ■寺山修司記念館   ■同記念館旧ページ

2002.11.22

追 記)
 文芸誌「すばる」5月号(2006)の <特集 ル・クレジオ「大陸」の終焉>の「歌、記憶の石垣、指のなかの木屑 −ル・クレジオとの対話− 今福龍太」の中で、40年ぶりの来日を果たしたフランスの作家ル・クレジオの案内役を務めた今福龍太氏が、上述のバルセロナにおける寺山修司との対談について問いかけるくだりが詳述されているのですが、当のル・クレジオは翻訳もされていないため「地平線のパロール」の存在も、そこにそのときの対話が記されていることもまったく知らなかったそうで、今福龍太氏があらためて、「……書物はなぜ四角だと思う?」という寺山修司の問いかけに当時、自分が何と答えたかを覚えてるかどうか訊ねてみたところ、ル・クレジオは「書物は四角じゃない、って答えたかな」といっています。そして今福龍太氏は「そう、そのとおり」と。

 ル・クレジオは懐かしそうに寺山修司のエネルギッシュぶりに言及したあと、「シュウジは昂奮ぎみに、これからダリに会うんだといっていた」ことを、エピソードの1つとしてつけ加えています。

 参考=「すばる」5月号 目次
 注記=ル・クレジオは2008年ノーベル文学賞受賞




[寺山修司の周辺本]

 ごく身近なところにいた人たちの筆による寺山修司本。元夫人・九條今日子さんの「ムッシュウ・寺山修司」や母はつさんの「母の蛍」、萩原朔美さんの「思い出のなかの寺山修司」などは割と知られているところですが、もう1冊おすすめしたいのが住み込みの劇団員第2号となった前田律子さんの「居候としての寺山体験」という本。

 前田さんは第1号・東由多加さんの長崎西高校の後輩で、家出同然の天井桟敷参加組。先輩・東由多加さんとカーテンで仕切った相部屋となった初日の晩、「間違いがあってはいけない」と落ち着かない寺山修司が部屋を覗きにきて「ぼく信じてますからね」と何度も念を押す話や、公演で前田さんに脱ぐシーンを頼み込んだときの口説きの話、飼っていたペット(モルモットのような小動物)に気づかず打ち合わせのためド〜ンと座ったソファで圧死させ、あとでひどくしょげてしまった話など他の本にはない “ 寺山修司の抱腹絶倒な素顔 ” を伝えるエピソード満載の貴重な1冊です。




寺山修司 短歌 〜思いつくままに〜

北へ走る鉄路に立てば胸いづるトロイカもすぐわれを捨てゆく
吸いさしの煙草で北を指すときの北暗ければ望郷ならず
見るために両瞼をふかく裂かむとす剃刀の刃に地平をうつし    *両瞼…りょうめ
剃刀を水に沈めて洗いおり血縁はわれをもちて絶たれん
新しき仏壇を買いに行きしまま行方不明のおとうとと鳥
売りにゆく柱時計がふいに鳴る横抱きにして枯野ゆくとき
大工町寺町米町仏町老母買ふ町あらずやつばめよ
すでに亡き父への葉書一枚もち冬田を越えて来し郵便夫
一本の樫の木やさしそのなかに血は立ったまま眠れるものを
マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや
かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰をさがしにくる村祭
夏蝶の屍をひきてゆく蟻一匹どこまでゆけどわが影を出ず
夏蝶の屍ひそかにかくし来し本屋地獄の中の一冊           *屍…かばね
煙草くさき国語教師が言うときに明日という語は最もかなし
蛮声をあげて九月の森に入れりハイネのために学をあざむき
ふるさとの訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし
そら豆の殻一せいに鳴る夕母につながるわれのソネット        *夕…ゆうべ
ころがりしカンカン帽を追うごとくふるさとの道駈けて帰らん
かぶと虫の糸張るつかのまよみがえる父の瞼は二重なりしや
麻薬中毒重婚浮浪不法所持サイコロ賭博われのブルース
目の前にありて遥かなレモン一つわれも娶らん日を怖るなり



追悼歌
あおぞらにトレンチコート羽撃けよ寺山修司さびしきかもめ    −福島泰樹



ダービーと寺山修司

 きょう午前1:00すぎ、NHKアーカイブスで1978年第45回日本ダービーのドキュメントが再放送された。ナビゲーターは今は亡き寺山修司。番組のフォーカスは騎手学校「花の15期生」と呼ばれた岡部幸雄・柴田政人・福永洋一の3人。前年ラッキールーラでいちはやくダービーを制した同期伊藤正徳は乗り馬がなく不出場。全員の年齢は当時29歳。

 番組開始から10分ほど経ったころ、府中・東京競馬場の4コーナー付近から青森訛りでぼそぼそと語りはじめたのは寺山修司。彼がレースに見ようとしているもの、それは何層にも重なるドラマ。生い立ちから始まるジョッキー一人一人のドラマ、一頭一頭の競争馬のドラマ、競馬ファン一人一人のドラマ、時間のドラマ、偶然性のドラマ、勝利のドラマ、敗北のドラマ、などなど。まさに寺山修司版ダービー劇場だ。

 例によって質問癖が顔をだす。
岡部幸雄に対して、柴田政人に対して、福永洋一に対して、同様の質問を投げかける。

1.自分の乗る馬で勝てると思うか
1.全出走馬の中で一番乗ってみたいのはどの馬か
1.(騎手学校の卒業写真を見せながら)事故で他界したり騎手稼業
   を辞めた同期もいるがダービーを控えて何か感慨はあるか
1.レース中何を感じ何を考えるのか

 ぼそぼそと続く年長者・寺山修司の取材に対して、むしろ堂々と答える各ジョッキーたち。答え方はそれぞれながら、回答自体は似たり寄ったり。

 番組の中盤で岡部の500勝記念パーティの模様がインサート。 会場には、当時競馬評論や予想も手がけていた現参議院議員の大橋巨泉や元歌手の山田太郎(馬主)、同春日八郎(馬主)の顔も見える。同期伊藤正徳の祝辞スピーチのさい、先にダービーを制したことに話が及んだときの主賓岡部幸雄のキッと睨むような鋭い表情が印象的だった。/ダービー前夜祭には、騎手会長・加賀武見やスピードシンボリで欧州遠征も果たした故・野平裕二の顔もあった。

 ダービー当日。
 カメラは関係者しか入れない場所へも入ってゆく。内側から見るパドック、地下馬道。テスコガビー・カブラヤオーの菅原泰夫、牝馬の名手嶋田功、キタノカチドキの武邦彦(豊の父)、故・全演植氏のサクラグループ主戦騎手小島太、のちにアイネスフウジンで2冠を制する中野栄治などの顔も見える。23年前の風景はみな若々しい。

 鼓笛隊の演奏パレードのあと各馬本馬場入場。
 高らかに出走のファンファーレが鳴る。
 ゲートイン完了。
 そしてスタート。

 実況の音声はまったく入っていない。
 レースの動く映像のみだ。

 やがて小島太鞍上のサクラショウリがゴール前できわどく抜け出して優勝する。

1着:サクラショウリ  小島太
2着:アグネスホープ 嶋田功(?!)
3着:カンパーリ    福永洋一 /全20頭中20番人気!!
*  勝ちタイム2分27秒 ……… は当時の標準時計。

 岡部・柴田は着外に沈み、涙を呑んだ。  岡部幸雄はこの7年後に皇帝と呼ばれたパーソロンの仔シンボリルドルフで四歳クラシックを総ナメにし7冠を達成。また柴田政人も12年後、ウイニングチケットで念願のダービーを制覇する。

 第45回日本ダービーは150億円余の売上げを計上して、無事終了した。最後に競馬場を後にする観客の流れと向き合うアングルで寺山修司が現れる。
「人は馬券を買うとき、自分自身によく似た境遇の馬の馬券に一票を投じる。競馬ファンが握りしめているのは、実は馬券なんかじゃない。自分自身の過去と未来だ」
こんな趣旨の自論を展開して、番組は終了したのだった。


    「 思い出は遠い草原に なみだを君のたてがみに 」
                                       寺山修司


2001.12.10



寺山修司 言葉の蒐集人さま宛

 言葉の蒐集人さま。

 ( 前 略 )

 寺山修司の言葉は「極上のアクセサリー」になりますが、アクセサリーで終わってしまうと寺山修司の世界は、たちまちありふれた「床の間の掛け軸」に収まって、止まってしまいます。寺山修司という人は、泳ぎをやめると死んでしまう鮫とおんなじで、動きが止まると死んだも同然。

 誤解を恐れずに言えば、寺山修司の世界は 「スタイルに始まりスタイルに終わる」。こつこつとした、地味で、手垢まみれの決してかっこよくもない実生活の息づかいが、すっぽりと抜け落ちている。

 しかし、そのスタイルとスタイルの間には無限の空間が広がっていて、こつこつとした実生活の退屈さを乗り切る想像力に満ち溢れています。

 視野の多角性、視点の意外性、イメージの喚起力、意味の広義性、煽動性、抒情性、……等々いくらでもありますが、とりわけ、発想の転換性は抜群です。これは他の追従を許さないものがあります。寺山修司の世界は活用の仕方ひとつで、百万千万の援軍になりましょう。名言拾遺作業楽しみながらおすすめください。

 それでは蒐集人さんの労をねぎらい、寺山修司にちなんだオリジナルの短歌(うた)を贈ります。

 ● ポケットに華種子蒔きてカモメ翔び
   あと追い少女空とゆびきり

 ● 天球に言葉の星座突き刺さる
   花嫁化鳥さかさま伝綺

 ● 上海異人娼館青女論花粉航海月蝕は雨


2003.10.25



寺山修司の合いカギさがし

 
さかさまに映る記憶に魔法かけ いつかの少女時空かけるや

 散文ファイルに「寺山修司の世界〜虚空〜」という原稿を載せていますが、その末尾に併載した「寺山修司本」のうち、単行本と、一部の月刊誌くらいでしか読むことのできなかった短歌の類、それと『書を捨てよ町へ出よう』 『誰か故郷を想わざる』 『家出のすすめ』 『不思議図書館』 『花嫁化鳥』 『青蛾館』 『青女論 さかさま恋愛講座』 『寺山修司少女詩集』 『幸福論』 『ポケットに名言を』 『さかさま文学史 黒髪篇』などの、当時発行されていた角川書店の文庫本はほとんど読んでいます。

 小梅ちゃんでお馴染みの林静一さんが表紙画を描いた文庫本は、買い揃えるだけでも楽しいものがありました。  林静一さんの公式サイト「心象花」

 寺山修司の書く文章は、縦横に詩的言語がはりめぐらされているうえ、同一テーマで構成される1つの章においてさえ、「複数の視点」が同居したまま、(ときには唐突に「引用文」を挿入しながら)「ハイペース」で(本文が)展開されるので、読みすすむ速度に比例した速度で内容を解析してゆくのは、なかなかむずかしい。

 本気で読み解こうと思ったら、繰りかえし読んでみるしかありませんね。でないと、あまりに高速でワイザツなため、

― はて、要約すると、この本には何が書いてあるの?

 てなことになりかねません。実際、寺山ワールドを読み解くための「たった1つの合い鍵」を見いだすのに(ぼくの場合)3年の歳月を費やしたのですが、それくらい巧みなレトリックが重層的かつ多次元に施されているわけなんです。なので、やはり、繰りかえし読んでみるしか手が、……。

 なお、文庫本のうち、寺山修司の原点が比較的素直に反映されている本 …… 思春期のみずみずしい感性を垣間見ることができる『誰か故郷を想わざる』と、出発点であり、のちに方法論として駆使した演劇や映画に秘めた「劇性の萌芽」がちりばめられている「短歌の世界」がまるごと詰まった『黄金時代』 ……この2冊は個人的にもおすすめです。

 タイトル下の「……いつかの少女時空かけるや」は、マイ短歌の一首です。

2004.06.05



寺山修司生誕70年記念
アングラ演劇傑作ポスター展
 3月27日、そして先々週にも再放送された教育テレビ日曜夜7:45分からのNHKアーカイブス「あの人に会いたい ― 寺山修司 篇 」。亡くなる1ヵ月前のインタビュー映像。病いのため頬がこけ、多少やつれて見えはするものの、創作劇とその着想などについて答える訛りまじりの流暢な語り口は、やはりどこまでいっても寺山修司。 (聞き手はたしか、寺山修司論も手がけている評論家の三浦雅士さん)
  NHK映像ファイル「あの人に会いたい」(寺山修司〜2004年度放送分)

 2つの誕生日をもつその寺山修司の生誕70年を記念して、昨年全国で開催された「ジャパン・アヴァンギャルド−アングラ演劇傑作ポスター展」の作品86点を一同に集めた展覧会が、足立区の“Theatre 1010(センジュ) アトリエ”にて開催中です。 (【終了】2005年5月)

 制作者には、横尾忠則、粟津 潔、赤瀬川原平、宇野亜喜良、及川正通、金子國義、榎本了壱、林 静一、合田佐和子など、豪華アーティストがずらりと顔を揃えており、ポスターの領域を超えた芸術の薫りを漂わせています。

会  期 : 4月28日(木)〜5月18日(水)
会  場 : THEATRE1010 アトリエ/劇「血の起源」「奴婢訓」 同時上演。
web-site ジャパン・アヴァンギャルド/アングラ演劇傑作ポスター展
web-site 寺山修司生誕70年記念/ポスター展&血の起源・奴婢訓

 5月8日pm10:00からの教育テレビ「芸術劇場」情報コーナーで、この傑作ポスター展と劇「血の起源」の模様が紹介されました。

2005.05.01



私のこだわり人物伝 寺山修司 −美輪明宏

 因縁浅からぬ美輪明宏さんが、時代のトップランナーだった寺山修司を、その出会いから、じんわりと語ってゆく4回シリーズ。タイトルもズバリ「私と彼のただならぬ関係−寺山修司」。後半では、母のはつさんと三島由紀夫を通してみた寺山修司の人物論や、元夫人の九條今日子さんとの対談などがオンエアされる予定です。

 ナレーターは寺山修司の著書「黄金時代」冒頭に配置された現代百人一首で最後(とり)をつとめる歌人の福島泰樹さん。奇想天外な物語りとイメージがスペクタクルに展開する舞台の様子を収めた貴重な映像も必見。

私のこだわり人物伝−美輪明宏

……( 後 略 )……


 ※ この案内は当時のBLOGにアップしたものです。

2006.04.02



 ●詩とは、青春を、想像力の中で組織することだ。  ポール・エリュアール

 ●競馬とは、偶然性を、想像力の中で組織することだ。  寺山修司

 美輪さんのお話のなかに、「他人のものはわが物、わが物はわが物」という寺山修司の見境なしの貪欲さについて(なかば肯定的に)言及するくだりがありましたが、このアフォリズム的一節なんかもその一例でしょう。拝借の仕方も堂に入っています。

 こと寺山修司に関しては、短歌界デビューの頃から喧伝されてきたパクリの問題などもありますが、その方向よりは、発想や想像力の地平を拓くためならどんなものでも活用する「旺盛な実験精神」と「創造的エネルギー」、そしてそれらが示唆する「全方位的ベクトル」に真価を見いだす方向のほうがずっと意味があるだろうと、個人的には思ったりします。

2007.10.01



寺山修司 映像作品
      

「田園に死す」(左)  と  「草迷宮」(右)

2007.11.08


 日本中央競馬会のCM(1973)
 出演・ナレーション 寺山修司



 カモメは飛びながら歌を覚える。
 人生は遊びながら年老いてゆく。

 遊びっていうのは、もうひとつの人生なんだな。

 人生じゃあ負けられないようなことでも、
 遊びでだったら負けることができるしね。

 人はだれでも遊びっていう名前の劇場を持っててね。
 それが悲劇だったり、喜劇だったり、
 出会いがあったり、別れがあったりするんだ。

 そこで人は主役になることもできるし、
 同時に、観客になることもできる。

 人はだれでも2つの人生を持つことができる。
 遊びは、そのことを教えてくれる。



 カルメン・マキ 時には母のない子のように(1969)
 作詞:寺山修司 作曲:田中未知

 この歌が大ヒットした当時のカルメン・マキ自身は、独り歩きする作られたイメージがイヤでしょうがなかったと、後年、語っていましたが、少年だった僕じしんは、子守唄のように聴いたひとりです。

 * ともに画像をクリックすると動画へ飛びます。
 * カルメン・マキのほうは画像がちょっと荒いのですが、
  音源はとてもイイです。
 * 参 考 = カルメン・マキ official site
  「カルメン・マキ&OZ」時代のパンチの利いたロックもよかった…。

2008.03.31


2008.04.14


テラヤマ博 2008 演劇篇 新宿公演
2008.04.19


映画「サード」予告(1978年)
監督 東陽一
原作 軒上泊
脚本 寺山修司
出演 永島敏行 森下愛子 ほか







 アート file

マン・レイ パウル・クレー エゴン・シーレ
ルネ・マグリット グスタフ・クリムト ジョルジュ・スーラ
ジョルジョ・デ・キリコ アンリ・ルソー展 ゴッホの災難.ゴッホ展
写真家ブラッサイの世界 生誕100年記念ダリ回顧展 葛飾北斎と安藤広重
東郷青児と竹久夢二 佐藤渓の「心象録・詩」 日本画家 松井冬子
日本画家 町田久美 束芋の「ヨロヨロン」束芋 イラストレーター 常田朝子
イラストレーター 田辺ヒロシ 古賀春江 シュールな童心 版画家 池田満寿夫の世界展
田中一村グラフィックな世界 写真家 植田正治 海外巡回展 青木繁 わだつみのいろこの宮
カオルコ個展 in NewYork 資生堂/香りと恋心〜バルビエ展 レオナール・フジタ展

 文 学 file

ル・クレジオ サン=テグジュペリの世界 メリメの「マテオ・ファルコネ」
曽野綾子さんのこと 安部公房〜砂の女〜 原 民喜  「夏の花」
林 芙美子 パリ日記 岡本かの子 試論1・2 川上弘美 「蛇を踏む」
金原ひとみ「蛇にピアス」 綿矢りさ「蹴りたい背中」 谷崎潤一郎「痴人の愛」
こどもの詩 〜川崎 洋 篇〜 寺山修司の世界〜虚空〜 中原中也賞「びるま」日和聡子
坂口安吾 洋書仕様「桜の森…」 追悼 塚本邦雄 水銀伝説の終焉 詩人・金子光晴「ねむれ巴里」







blog
index
Counter