
取引先との会合との帰り道、何の気まぐれか兄サマは車での迎えを断り、 徒歩十数分掛かる会社までの道のりを「歩いて帰る」と言い出した。 いつも側に携えているジュラルミンケースをオレの手から取り上げて歩きだす。 裾の長い特注の服を好む兄サマではあるが、今日は都合上白いスーツと青いネクタイだった。 自身の僕(しもべ)を匂わすカラーリング、普通の人ならばどこか浮いて見えるであろうその格好ですら、 気品の漂うその立ち姿に、ますますオレは兄サマへの尊敬の念を深くした。 カフェとパフェと平和な日。 「モクバ、疲れてはいないか?」 「うん、大丈夫だよ兄サマ!」 「そうか、疲れたら言え、その辺のカフェにでも入って休むからな」 「うん!」 城之内のヤローは兄サマを優しさのかけらもないとか言うけど、 俺からしてみたらそんなことはない。それどころかとても優しい。 現に、今だってコンパスの違うオレを、振り返って気遣ってくれた。 先程ジュラルミンケースを自ら持ったのだって、俺に負担を掛けないようになのだ。 いや、怖い時はたまにあるけれど、それだって決して意味もなく怒るものではない。 兄サマの行動には必ず何かしらの理由があって、それは大概が正しいのだ。 「あ、」 「ん?どうした、モクバ?」 オレの上げた声に、歩みを止めて振り返る兄サマ。 けれどオレの視線の先には振り返った兄サマの表情はなかった。 今日から新しく始まった、偶然通りかかったカフェの、チョコレートパフェの写真。 「・・・・・モクバ」 「あ、うん!ごめんね兄サマ、早く会社に帰らなきゃ」 「・・いや、普段歩かないせいか少し疲れた、休んでもいいか?」 オレが疲れていないのに、兄サマが疲れる距離なはずはない。 つまるところ。オレの心情を察して、兄サマはこう言ってくれたのだ。 オレがチョコレートパフェを食べてもいいと、許してくれているのだった。 「・・・・うん!ほら、入ろう兄サマ!」 「あぁ、そうだな」 ほら、やっぱり兄サマは誰よりも優しいんだぜ! そう心の中で誰にでもなく自慢して、オレは兄サマの手を取った。 微かに青い瞳に優しさを滲ませた兄サマは、手を振り払うことなくカフェに足を踏み入れた。 「2名、禁煙席だ」 「かしこまりました、こちらへどうぞ」 柔らかな声音のウエイトレスに案内され、広めの席に通された。 ジュラルミンケースを足元に置いた兄サマは、椅子に座ると足と腕を組んだ。 オレは兄サマの向かいのソファーに座って、テーブルに備え付けてあるメニューをさっそく取り出した。 透明なガラスのコップに入った氷水とおしぼりを運んできたウエイトレスに、 「お決まりになりましたらお呼びください」と言われ、返事もなくメニューをめくる。 「・・兄サマ、決まった?」 「あぁ、俺はコーヒーでいい」 「え?それだけ?」 「あぁ、腹は空いていないからな」 不満と疑問を滲ませたオレの声に、兄サマは少し目を伏せた。 やはりオレのわがままを通してくれるために言ってくれたのだろう。 それを思うと機嫌が良くなって、ボタンを押した。すぐにウエイトレスがやってくる。 「はい、お伺いいたします」 「チョコレートパフェが1つと、ホットコーヒーを1つ」 「かしこまりました」 笑顔を浮かべて軽く頭を下げると、ウエイトレスは踵を返して去って行った。 そういえば、このカフェはレンガ造りの壁に観葉植物も設置されていてなかなかの内装だ。 店内に流れている曲はジャズで、落ち着いた雰囲気を醸し出している。 キョロキョロと見るオレに対し、兄サマはただじっと中に張られているポスターを眺めている。 「兄サマ?」 「なんだ、モクバ」 「そういえばここってKCの系列じゃなかった?」 袋詰めになっているおしぼりを開けて手を拭くと、畳んで袋の上に置く。 そんな律義さを兄サマは遊戯達には見せないと思うと、なんだか特別な気がしてそれに倣った。 「・・なぜそう思う?」 「いや、店名とか見てなかったからよく分かんないけど・・」 「そうだ、KCの系列だぞ。主に若い女性をターゲットにした店だが」 さらりと言って、兄サマはおもむろに氷水を口に含んだ。 倣って口をつけると、ほのかにレモンの味がした。 しかし、兄サマはこの店を主に若い女性をターゲットに、と言っていた。 自分たちはどう見ても、高校生男子(しかもスーツ姿)と小学生である。 「じゃ、ここじゃないほうが良かった?」 「いや、構わん。俺はこの新発売のパフェを試食していないからちょうどいい」 「いいの?」 「あぁ、お前の舌を信じよう。意見は参考にさせてもらう」 「・・うん!」 甘いものを好んで食べない兄サマの代わりに、新しいデザートの試食は幾度かしたが、 実際に会社の新メニュー会議で口をつけるのとはまた違った新鮮さがあった。 それは兄弟2人きりで外食をあまりしないせいかもしれないが、 単純に、こういった店で向かい合って座って、ただのんびりしているということが嬉しかったのだ。 「お待たせいたしました」 そう言ってウエイトレスがホットコーヒーとチョコレートパフェを運んできた。 食器音が聞こえないように配慮して置かれたホットコーヒーを、兄サマは見降ろしていた。 次に、オレの目の前にチョコレートパフェが置かれた。口元が釣り上がるのがわかる。 「ご注文は以上でよろしいでしょうか」 「あぁ」 兄サマが短く返答すると、ウエイトレスは伝票をテーブルに置き、頭を軽く下げて踵を返した。 目の前に置かれたパフェを見て、兄サマは少し考え込んでいるようだった。 下にはコーヒーゼリーにミルクが掛けられ、その上に直方体に切られたスポンジが乗っている。 とかされたチョコレートがその上から掛けられ、バニラアイスと生クリームがトッピングされている。 生クリームの上にはシロップ漬けのチェリーとミントの葉が乗っていた。 そのパフェに、上から自分でホットチョコレートを掛けて食べるのだそうだ。 「・・・兄サマ?どうかしたの?」 「いや、甘そうだな」 それだけ言って、兄サマはホットコーヒーに口をつけた。 ミルクも砂糖も入れず、ブラックのままで飲むのが兄サマの飲み方だった。 パフェの感想を言った時一瞬眉間に皺を寄せたのは、 間違いなく甘いであろうパフェの味を想像したからだろうか。 「いただきます」 「あぁ」 ロングスプーンを持って一口。チープなシロップ漬けのチェリーを口に入れる。 兄サマはそれに眉を寄せたけれど、チープなものをあまり好きではないからだろう。 高級志向、というわけではないのだけれど、兄サマは缶詰やスナック菓子を好んで食べない。 これでいて、実は健康には気を使っているのだ、多分。 (もしかしたらそういうものが嫌いなだけかもしれないけれど。) 「・・・チョコは掛けないのか?」 「ううん、掛けるよ。チェリー先に食べちゃおうと思って」 「・・・そうか」 そう言ってまた一口、兄サマはコーヒーを飲んだ。 オレはコーヒーをまだブラックで飲めないけれど、兄サマは平気で飲んでいる。 そんな仕草にも気品が漂う兄サマは、やっぱりオレの自慢なのだった。 ホットチョコレートを上からかけると、ホイップクリームやバニラアイスの上を流れ落ちていった。 そんなクリームとバニラアイスを一口分掬って口に入れる。 「・・・甘そうだな」 「うん、おいしいよ、兄サマ!」 「そうか、営業部に伝えておこう」 「はい、兄サマにも!」 もう一口分掬ったクリームとバニラアイスを差し出せば、兄サマは怪訝そうな顔をした。 甘いものを好かないからだろう、そのあと眉間に皺を寄せた。 それでもオレは、兄サマにもオレの感じたおいしさをわかってもらいたかったのだ。 「はい、あーん」 「・・・モクバ、お前の分なのだからお前が食べればよかろう」 「いいの、兄サマにも食べてほしいんだ!」 えへへ、と笑えば、少しばかり呆れたような顔をしてそっと息を吐く。 仕方なしに、とばかりに開けられた口に、オレはロングスプーンでアイスとクリームを差し入れた。 少しばかり無言の時間が続き、兄サマはコーヒーを飲んでから言った。 (おそらく口の中に残る甘さを相殺するためだと思うのだが、兄サマの顔はしかめっつらだった。) 「・・・・甘い、な」 「そりゃ、パフェだもん」 「よくこんな甘いものを・・」 「えへへ、でもおいしかったでしょ、兄サマ?」 「・・・まぁ、ホイップクリームとバニラアイスだけだからな、否定はしない」 そうして兄サマはコーヒーのおかわりを頼んでいた。よほど甘かったのだろうか。 オレはむしろ甘いからおいしいのだと思いながら食べていたのだけれども。 食べ進めていけば、オレのその様子をたまに見ながら、兄サマは本を取り出して読んでいた。 (こんなときにまで、何か別のことをしなくてもいいと思う。) 「兄サマ、もう一口食べない?」 「いらん」 「コーヒーゼリーだけ、ね?」 「・・・・・・」 「ほら兄サマ、あーん」 「・・・・・・」 そして、下に入れてあるコーヒーゼリーも兄サマに食べさせたところ、 そちらはあまり不機嫌そうな顔はしなかったのでおそらく気に入ったのだろう。 いつもの会社へのなんてことはない帰り道だったのだけれど、 こんなふうに少しばかり寄り道をしてみるのもたまにはいいんじゃないかな、とつい思ってしまった。 あとがきという名の懺悔 某方に去年の10月オンリでお会いした時に書くってお約束したもの。 そして今ごろになってupとかおま、どんだけ遅いのwwwww っていう・・むしろこれを覚えているんだろうか・・・(遠い目 そんなことを想いながらとりあえず日記にも同じのをupしてきた。 コンセプトは「モクバにパフェあーんされる社長」です(真顔