不完全な満月 

 

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 第一幕『歪な世界』
 

 

 



「はぁ……はぁ……」 
……走らなきゃ、走らないと。 捕まってあんな奴らに使われるなんて。

そんなの、そんなのいや……。
走ってると見慣れない場所まで辿り着いた。そして、走るのを止めた。

──ぽつ、ぽつ、ぽつ


……雨が降ってきた。寒い。 
誰にも見せなかった涙。雨が降っていれば誰も気付かないだろう。  
そう思うと少女は静かに、声を殺して泣いた。
 

全ては、この能力のせい──

 

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私の名前は……、あったのだろうが忘れてしまった。  
そう、私は物心ついたときには孤児院にいた。
なのに孤児院でも先生や子供達にも遠ざけられていた。  
銀髪の所為とか性格とかもあったのだろうが、それよりも私の能力が大きな原因だった    

 

それは、ある時だった。 私は得意だった手品をみんなに見せた 。

それなのに、私は迂闊だった。  
 

「私は……そんな筈じゃ」 
 

時間を止めてる時に私はよくナイフの手品の練習をしていた。
が、運悪く時間が止まってる子供に怪我をさせてしまった  
咄嗟に時間停止を解除した。
その子供は訳が分からず自分の血を見つめてる 私はその子供に謝ろうとした。


「ごめんなさい……私が時間を止めてる時にナイフが……」    

「……」

子供にしてみれば意味の分からない惨状だったに違いない。
呆然として私を見つめる子供。

「ごめんなさい」

必死に謝る私。
二人とも立ち尽くす。私は謝ることしか出来なかった  


そして、先生がやってきた。
怪我した子供は医務室に運ばれた。 
私は他の先生に薄暗い部屋に入らされた。

先生が迷いと悲しみの交じった低い声で話す。
 

「どうしてあんな事に?」
「時間を止めてるときに間違ってナイフが……」
「時間なんか止まるわけないだろう」
「信じてください!私はっ……」

「先生は貴女が魔女だなんて信じたくない」


先生はため息をついた 、そして話を変えた。
 

「……ナイフはどこで手に入れたんだ?」
「キッチンです……」
「馬鹿な、あそこ入ったらおまえみたいな子供はすぐに放り出されるだろう」
「時間を止めたんです」    
「・・・・・・」

結局話は有耶無耶に終わった    

 

その後も私は信じてもらおうと皆に何回も説得した。
だが信じてもらえなかった。  

それもそうかもしれない。世間では『魔女狩り』というものが有ると聞いた。
教会が魔法や異能者に対して恐れを抱き、根絶やしにするという。
 

ああ・・・・・・、もしかして私は魔女なの?          

 

 

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「魔女は近寄るな!」

 

そして私の居場所は無くなった。
しかし、その後も孤児院でなんとか生活していた。

幸い、あの子供は無事だった。


そして、ある日私のもとに白いコートを着た人たちに迎えられた。
先生が時間を止める力を持ってると言って私を売ったのだろう    

いや、もしかしたら私がいればこの孤児院は教会の手で火をつけられたに違いない。         


「さぁ、行こうか」

白いコートを着た男が手を差し伸べながら言う。
私は差し伸べてきた手を握ることは無かった。

 

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 私はとある研究所に連れていかれた。
 どうやら教会ではなくほっとした。

研究員が私に質問を浴びせる。
家のこと、孤児院での生活。そして、時間について……。
熱心に聞いてくる研究員に私は嬉しかった   

私は遠ざけられていない。
誰であろうと私は嬉しかった。      


二週間後。
私の能力を調べるために実験が行なわれた。
痛かった。全身の感覚がおかしい。
ただ、実験が終わると研究員の人たちに優しくしてもらった。    
その実験は毎日行なわれた。 

 

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…あれから一年ぐらいたっただろうか?

実験は嫌だが幸いな事に、もう慣れてしまった。
ある日実験が終わると、女性の研究員が私に誕生日を尋ねてきた。
私が自分の誕生日は知らない事を知ってるのだろうか?
 

「分からない…です」

私は言った。すると女性は、

「んじゃここに来た日を誕生日にしたら?」
「ぇ……?」
「はい、これ」  
 
女性の研究員が差し出したのは銀の懐中時計だった。
精巧な銀の装飾がされており、蓋を開けるとカチッカチッと懐中時計特有の針の音が聞こえた。 
蓋を閉じ、ぎゅっと銀の懐中時計を握り締める。


「ありがと……初めてのプレゼント……」
「うふふ、よかったわね。  …この時計はあなたの時を刻めるように。そう思って。」  

 

そういって女性の研究員は持ち場に帰った。  
私はずっと懐中時計を握っていた。
これからの実験がつらくないとさえ思えた。      

そんな私の誕生日。  


 

だけど“それは”突然やってきた。

 

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その夜、私はずっと懐中時計を見ていた。
飽きなかった。針の音、銀の装飾。 この懐中時計は私の初めてのプレゼントなのだから 。
 

……懐中時計で兇涼賛砲魏鵑辰榛△世辰拭  
 

──ドーン

突如施設内に轟く爆発音。    
うとうとして眠りにつきそうな私は我に返った。      
何事だろうか?私の部屋からドアを開けて外を伺おうとした。    


研究員が慌ててやってくる

「入ってきちゃだめっ!!!」  

あまりの気迫に私はドアを閉めた。
 


……なにがなんだか分からない。
この施設に何が起こったのだろうか    
何一つ音がしない私の部屋は緊張に包まれた。      


何一つ、では無かった。  
 

チッ……チッ……チッ……
 

私が持っている銀の懐中時計の針の音が鳴り響く。

 

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あれからの数分がとても長く感じられた。
扉をこっそり開けようとしたが、どうやら外部から鍵を掛けられたようだ  



──ガシャン  

 

沈黙を破るかのように扉の外で何かが割れる音がした。
ふと、壁に耳をあてて外の音を拾う。          

「やめろぉぉ!!! あの娘だけは!あの娘だけは……!」

私に手を差し伸べたあの研究員が叫んでいた。
寒気がして自分の体を抱きしめる。

……もしかして、私の体震えてる?


気付くと私は懐中時計を握り締めていた。      
また叫び声が聞こえた。      
何が何だか分からない。
……さっきまで何もなかったのに。  

   

──ガチャ   

 

扉のドアに鍵が差し込まれた 、やっと外に出られるのかな?

そう思い扉に駆け寄った。       


──ガチャリ……

扉が開いた。
扉の隙間から光が差し込む。       
……そこに研究員の姿は無かった。  

そこにいるのは拳銃を私に向けた知らない男    

知らない男が口を開く        


「お前が……時間を操れる娘か?」

 

 

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「……ぇ、……ぁ」

 


思考は動くが言葉が出ない。  
これが恐怖?      
恐い、恐い、恐い───…

「やめなさい!その娘に触れるなっ!」  


あの人だ、一年前に手を差し伸べた研究員。  



「うるせぇな。邪魔だ」  


男は研究員のみぞおちに蹴りを入れる。  
研究員はドサッと音を立てて床に倒れる。
 
 

「や…めろ……その娘に、は……」


ふと男が持っていた拳銃を研究員に向ける。    


「私たちの大事な娘なんだ!!!」


研究員が叫んだ。    

 

──ドン……    

 

研究員は動かなくなった。     

 

 

動かなく……なった?




すると二、三人の研究員達がこちらに向かってきた。
 


「所長?……所長!! しっかりしてください!!」


一人の研究員が涙声で動かなくなった人間に話し掛ける。
一方他の研究員達は所長を殺した男に目を離さないようにずっと睨んでいた。

そして、沈黙を男破るように男は当初の目的を話した 

「この娘を貰いにきた」

 
研究員たちを嘲笑うかのようにそう吐き捨て、
男は私に近づいてきた、 片手には銃が握られている。 
 

「駄目っ! あなたには渡さない! この娘は私たちの宝物なんだからっ!」


一人の女性研究員が私をかばう様に前に立ちふさがった。    

この人、見たことある。  


ああ、私に懐中時計をくれた……。     
 

 

 

 

 

「……研究対象に情でも?」

 

一瞬、時が止まった。

 

 



「あんたには……」


女性研究員が言いかけた時、    
 

──ドン              
 

 

 

 

銃声が響いた。

 

 

 

 

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血の雨が私の体を染めた。     

私は目の前で倒れる彼女に寄った。 
 

「私は大丈夫……だか……ら」    


 

言葉を紡ぐ。    

 

「だから」  

衰弱しきった体。

ありったけの一言を、

 

 

   


「逃げて!!」    


私はあまりの突然の出来事に戸惑っていた。     

すると彼女は微笑んだ。
そして声の無い言葉を言った。       

言葉に出なかったが口の動きで分かった

私は涙をこらえた      

 

 


そして彼女は動かなくなった。            

 

 


『あなたは時間を操れるでしょう、逃げるのよ』  

 

 

 

           

私は時を操れる。だが、この施設に入ってからは実験以外はほとんど力を使わなかった。
・・・だけど、使うときが来たのかもしれない。

                    


「逃げて!」


 

 

私をかばうように次々と研究員が私の前に出る    

男も無常にも銃で研究員達を殺していく。

 


何人も私の前に出ては動かなくなっていく      

 

 

 

「や……めて……」  
 

 

朱に染まる白い無機質な部屋。



「私は逃げる……」


自分に言いきかせるように、

   


「くく、お前は逃げられない。」          

 

殺人鬼が冷めた言葉を放つ。


「私は……逃げてやる!」    

 

 

    

私は時間を操れるんだ。          

ゆっくりと、目を閉じる。               


 

 

時よ……止まれ 。

 

 

 

 

 

 

 

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逃げる。

走って、走って 足が折れるくらい走った。

ここまでくれば大丈夫だろう。        

……雨が降ってきた。       

あれ?視界がぼやけてる。         

私…………泣いてるの?

 

 

 

 

 

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雨が血を洗い流す。
だが、服には染み付いていて雨では落ちなかった。
 

さっきの記憶が甦る。あの光景は衝撃的だった。
あんなにも人が……、吐き気がする。
 

「少し歩こうかな……」
 

必死に走り続けたからもう走りたくなかった。

これからのことを考えただけで虚しくなる。
これから先どうすればいいのだろうか


私の能力のせいで皆死んだ。 だったら私は…

懐にあったナイフを取り出す。

 

 


──いっそ首を切り、終止符を付けるべきか

 

 


その時、研究員の人たちの事を思い出した。

命懸けでかばってくれた。

私を大事にしてくれた。


なによりも…暖かった。


守ってくれたのに死ぬなんて。

私がどうかしていたかもしれない

 

「私……生きてやるんだから……」


天に向かって私は叫んだ。

 

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「誰だ!」

男の叫び声が聞こえる。

私は振り返った。

雨が降っていて深夜だ。
視界は悪すぎる。

男……いや、男たちはライトを持ちながらこちらに向かってくる
復讐だ。 時間は私のモノなのだから 私は唐突にそう思った

ナイフを持って構える。

ナイフの輝きに男達は気付く

 

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それは俺たちが探していた子供だった。
男達ははやく目的を達成すべく走った。

男の一人が少女の顔見た。

そこに・・・恐怖は無かった。

男は少し驚いた。
さっき死を見た子供が……と。


感じられるのは只一つ 純粋な殺気。

 

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男達の一人が私を捕まえようとする。
 

止まれ、止まれ、止まれっ


すると男達の動きが止まった。
雨の滴も止まった。

 

まるで、全てが凍って動かなくなったように。

その時が止まった世界、色彩の無い灰色の世界で私はナイフを握り締めた。

 

時を止めると疲れる。この力は、持続するには限界がある。

 

すぐさま、私は男の後ろに回った
 

解除。

 

「・・・なに?!」
 

背中をナイフで切り刻む。

男の悲鳴と同時に私は的確に相手の心臓を貫く。

男は痙攣し、獣のような叫び声を放った後に、動かなくなった。

ナイフを男から抜くと血があふれ出てきた。 ・・・気持ち悪い。

 

そしてゆらりと、次の奴に狙いを定める。

相手も少女に気づいたのか、鉄の棒を振り回し、殺気を込めた一撃を放とうとする。



止まれ、解除 避ける

止まれ、解除 避ける

止まれ、解除

 

「ひっ───!?」

 

血の雨が降る。

 

・・・次は誰?


 

 

止まれ……解除。

サーベルを持った男を滅多刺しにする。



崩れ去る男達。 

止まれ 止まれ 止まれ 止まれ 止まれ 止まれ ────!!

 

 

 

 

 


私が動かしていたもの……。

 

 

それは復讐という名の狂気

 

 

 

 

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はぁはぁ……。

あれから三十分か


一時、時間の止まった灰色の空間で息を整える。

能力も使いすぎた。今時を止めてるだけでもつらいのに。

意識が朦朧としてる。

片目を開き、周りを見渡す。・・・あと男は三人。

 

 

「これで最後」

 


……解除。

 

 

「はや──」

 

 


すかさず男の足をナイフで切る。

次に崩れ去ったところをナイフで心臓を貫く。

次の男も首を切った。

雨じゃなかったら血の雨が降っていただろう。

首の一閃に男は仰け反り、隙を見せる。私はそれを見逃さなかった。

強く握り締めたナイフで心臓を貫き、息の根を止めた。

 

「・・・・・・」

 

 

 

残るは最後の男。

こいつには見覚えがある。
 

研究員達を殺した男。

躊躇なく皆を殺した、イカれてるやつ。
 

すると、突然男は笑った。
 

「馬鹿だよなぁ……? 研究の成果も無いのに。しかも情を…… 全くもって無駄だ

お嬢さん、あんたは人間じゃない。殺人兵器だ。 それをかばって死んでいくなんてな……」


そう言い放ち、笑う男。

手には銃。朱にそまったそれは、きっと研究員の返り血だろう。

 

 

私は男の挑発を無視し、キッと睨んだ。


 

止まれ、

 

ありったけのナイフを

 

止まれ、

 

精製、解除
 

コマ送りのように少女は動く。

少女の回りにナイフがどんどん出現する。
 

止まれ

精製、精製、精製、精製、精製、精製、精製、精製、精製

 

 

 

 

 

解除
 

男が気付いたときには少女は後ろにいた。
 

 

 

止まれ
 

 

 

ありったけのナイフを投げ付ける。

ナイフは脳天へと、違うナイフは心臓へと、憎しみを込めた一撃は男を死に追いやるには十分すぎた。

 

 

 


 

「……解除」

 

 

 

 

殺人鬼の断末魔の叫びは無情にも聞こえなかった。
否、一瞬で殺された。

 

 

 

 

 

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終わった。

 

能力を使い、過ぎた。

 

ちょっ……と休も、う、か……な…………。

 

 

 

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力なくまま私は倒れた。

ふいに、懐中時計が光った。

 

 


カチッ・・・時間が止まり、灰色の、凍った世界へ招かれる。
カチッ・・・時間が動き、色は染まり、現の世界へと戻される。

 

 

 

 


もうどうでもいい。

休ませてよ

時間止めなくていいから。


 

カチッ・・・時間が止まる 
カチッ・・・時間が動いた

 

 

やっと思いで懐中時計を懐から出す

 

時計の針がありえないくらいのスピードで進んでいる。

 

それ、を見ていくう…ち……に、

 

 

 

 

 

 

 

意識が……遠退いて……い……く…。

 

 

 

        

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