12.通りゃんせ 本居長世 編曲(わらべうた)

通りゃんせ  通りゃんせ
ここはどこの  細通じゃ
天神さまの  細道じゃ
ちっと通して  下しゃんせ
御用のないもの  通しゃせぬ
この子の七つの  お祝いに
お札を納めに  まいります
行きはよいよい  帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ  通りゃんせ

通りゃんせ  通りゃんせ
ここは冥府の細道じゃ
鬼神様の細道じゃ
ちっと通して下しゃんせ
贄(にえす)のないもの通しゃせぬ
この子の七つの弔いに  供養を頼みに参ります
生きはよいよい  還りはこわい
こわいながらも
とおりゃんせ  とおりゃんせ

通りゃんせ』は

江戸時代、各地に置かれていた関所の厳しい査照の様子を遊戯化した、いわゆる関所遊びの唄とも言われている。江戸時代からあったこの唄を、大正時代に本居長世が東京の旋律をもとに編曲・発表したことから、正式に広まることになった。いろいろな解釈がある不思議な歌で、歌の通り「天神様の細道を行く時の歌」である。

天神様の細道は、通ってもいいですけれど、帰りは怖いとは何の意味のことなのでしょう。
それは天神様の細道の関所を通れますか、それを御了承の上で御通りなさい、といった内容からきているからです。

「行きはよいよい」は「行きは好いですけれど」という解釈のほかに下記の通りある。
1.行きは容易だとしても
2.行きは酔った勢いでそれで良しとして行っても
3.行く時には宵で酔いながら行ったとして

それでは「帰りは怖い」そのわけは、
1.天神様に本心で現実にその目的で行って来たかどうだか、天神の道に相応しい目的と心と行いで行って来たかどうだかを審判されるからという理由。
2. この歌には、昔からいた人さらいへの対処が含まれているからだという説。
3. 「ご用のないもの」という歌詞が江戸には「手形のないもの」と歌われたようです。
その為「関所越えの歌では」という説もある。

乳幼児の死亡率が高かった時代、7歳まで無事に育った子供は、神様の神霊が宿ったお札のご加護であり、そのお礼の意味で7歳になったら、神社にお札をお返しする通過儀礼があったのでしょう。7歳になったら大人として社会の一員として認められるようになる。

しかしそれは、今まであった神様のご加護を断ち切り、自分自身で生きていかねばならないことを意味する。それで「行きはよいよい、帰りは怖い」と歌われたのだと思う。

ところで「天神様」ということですので、菅原道真公を祀る神社でしょう。それではどこの天神様なのか、これまた不明です。関所という説から言えば、埼玉県川越市の三芳野神社や神奈川県小田原市の菅原神社が舞台であるという説が有力で共に発祥の碑がある。