ショッピングセンター内のスタバ。店名がアラビア語。

2007年11月6日〜11月7日
シャルジャ・ドバイ
1AED≒33円

市内を流れる運河。
都市名 シャルジャ&ドバイ
訪問日(滞在日数)

2007年11月6日〜11月7日 (2日間)

宿泊先(金額)

ホテルフラッツ(コンドミニアム 33AED )

コメント

今回はカラチ〜イスタンブールのフライトの経由地でUAEをストップオーバーをすることに。最近日本でも有名になりつつあるのはドバイをハブ空港にしているエミレーツ航空だけど、僕らの乗ったエアーアラビアは隣町シャルジャをハブとして運行している。
約30時間のストップオーバーだったので、シャルジャにて泊まった翌日にドバイ観光。ドバイはいわゆる「オイルマネー」でかなり潤っている街。高層ビルは建っているし、市内のショッピングセンターはブランド品の店舗が軒を連ねていた。隣町のシャルジャもその勢いの影響か、マンションの建設ラッシュ。砂漠の荒野に建設中の高層マンションがニョキニョキと生えているさまはなんだか不思議な光景でした。
まあパキスタンからのフライトだと、穴ぼこの空いていない道路とガラス窓がしっかりとはまっている建物を見るだけでカルチャーショックなのですが。。。

お薦め場所

ドバイのシティセンターショッピングマーケット

総合☆ ★★★☆☆くオイルマネーを実感)
マナリ〜スピティ〜キナウルは特別ページを作成しました。
以下のリンクを参照ください。
パスーの吊り橋巡り
紅葉のフンザとバルティットフォート
都市名 フンザ(カリマバード、パスー)
訪問日(滞在日数)

2007年10月23日〜10月31日 (9日間)

宿泊先(金額)

ハイダーイン(T200Rs、6泊)
パスーイン(T 150Rs、2泊)

コメント

「沈没地」とはパッカー用語。「なんとなく日数を重ねて滞在してしまう場所」とでも言うような場所のことである。ここフンザは世界でも有数の沈没地。今回の旅でも目的地のひとつであったけれど、パキスタンの山の中にそんな場所があるのかと半信半疑であったのも事実。
でも実際に滞在してみて、その良さをしみじみ実感。人も親切だし、宿で出される夕食も美味しく、しかもお腹いっぱいになるまで食べさしてくれる。そしてなにより窓から見える谷の景色が素晴らしく美しい。訪れた時期が晩秋ということもあって、紅葉した木々と白い氷河、そして秋晴れの蒼い空。ほとんど文句のつけようのない時間が流れていく。

僕らは結局1週間ほどの滞在でしたが、飛行機の予約がなければ「沈没」していたことは間違いないでしょう。。。ある意味、終わりを決めて訪れたほうがいい場所かもしれません。
時期的にはカラコルムハイウェイが閉じる直前といったところでしたが、周辺のトレッキングコースも日帰りのものであれば十分に散策可能でした。ちなみに僕らが行ったのは以下のとおり。

■パスー
・ユンズバレートレッキング 所要1日 
難易度・・・日本での山経験はある程度必要。
・吊り橋巡り(パスーから近い1箇所のみ) 所要3時間 
難易度・・・入り口を間違えなければ問題なし。

■フンザ(カリマバード)
・ウルタル氷河 所要1日 
難易度・・・氷河の手前の道が分かりにくいが迷い込むことはない。1000m以上の高度差を登りきる体力必要。
・イーグルネスト 所要半日 
難易度・・・隣町の高台にあるレストラン。お散歩コースにちょうど良い。

お薦め場所

宿から谷を見下ろしくつろぐ。
周辺トレッキング

総合☆ ★★★★★く噂どおりにやっぱり良いところ!)
飲食物はすべて有料
区間(時間) 2007年11月6日 カラチ(パキスタン)〜シャルジャ(UAE)   4時間30分
2007年11月7日 シャルジャ〜イスタンブール(トルコ)
 5時間
交通機関(種別、金額) 空路(座席、US$234)
コメント 当初の計画ではイランの砂漠を砂埃にまみれながらローカルバスで爆走する予定が、快適な空の旅にてトルコ、イスタンブールへ。安全の為とはいえ、旅のグレード?が上がったことに間違いは無く、空港に着いた途端にオノボリサン状態。エスカレーターがしっかりと動いていることに驚いたり(いままでの国だとエスカレーターはあっても動かないことが多い)、快適な温度の空調に感動したり(冷え過ぎやかび臭さが無い)。。。
僕らの乗った航空会社は中東エリアでは格安航空会社として知られているAir Arabia。ネット予約専門の会社でドバイの隣の首長国のシャルジャをハブとしている。当然のことながらカラチからイスタンブールへ行くにも一旦、シャルジャで降りて、飛行機を変える必要が出てくる。その乗り換え時間はなんと30時間。。。まあUAE自体が初めてだし、1日観光するにはちょうど良い。
格安航空会社らしく、機材はA320でほぼ統一。駐機時間も短く、僕らが搭乗したときには着いてから30分ぐらいで出発してしまった。もちろん機内サービスは最初に出てくる水以外はすべて有料。簡単な軽食で\1,000以上するところをみると、従来の航空運賃が高かった理由が少しわかる。
シャルジャ経由で2フライトを搭乗したが、大きな遅延も無く、「安かろう悪かろう」ではなくて一安心。まあ砂漠の国を経由するので致し方無いけれど、シャルジャ到着時点で気温30度。イスタンブールは気温3度。。。この温度差は少ししんどいかな。

※Air Arabiaでの注意点?
 ■カラチの空港に入る際にはセキュリティの関係上、航空券が必要。Air Arabiaの場合は航空券の発券はされず、すべてE-Ticketのため、確認証をプリントして来ないと入れない。僕らは予約番号しか控えてこなかったので、いろいろなオフィスをたらいまわしにされ、かなりてこずった。
 ■預ける荷物は基本的には最終目的地まで運ばれるらしい。カラチでのチェックインの際にはシャルジャでピックアップできると聞いていたが、シャルジャではセキュリティーの問題とやらで出来ないと言われ、1日以上着の身着のままで行動する羽目に。
総合☆ ★★★★☆
飛行機はやはり快適
市内にある市場
都市名 カラチ
訪問日(滞在日数)

2007年11月5日〜11月6日 (2日間)

宿泊先(金額)

ホテルパリス(T250Rs、1泊)

コメント

カラチはパキスタン最大の都市、ただしイラン〜インド間のルートからは外れ、しかも見所も少なく、治安もあまり良いとはいえない、ということで旅行者にはあまり馴染みの無い街である。なぜそんな街に僕らが行くことになったかというと、当初の予定であった陸路移動をイランの治安悪化によって断念し、空路によってトルコへ移動しようと決意したから。

ラホールのパキスタン人にも「カラチの人は信用するな」と脅されていたので、かなりビビリながらの到着になったものの、その心配は杞憂。日本人旅行者が珍しいのか、笑顔で手を振ってくれたり、屋台でオマケしてくれたりとパキスタンの他の街以上に優しく接してくれた。
ただ宿だけはタイミングが悪かったのか、元々のキャパシティが少ないのか、満室であったり、予算オーバーだったりと折り合いがつかず、結局、2時間ほど探し歩く羽目になってしまいました。。。

お薦め場所

屋台のフルーツポンチ
(メロンがたくさん入っていて絶品!)

総合☆ ★★★☆☆く噂ほどにはひどくない)
座席は通路脇
区間(時間) 2007年11月4日 ラホール〜カラチ  19時間
交通機関(種別、金額) 鉄道(AC座席、1325Rs)
コメント ラホールからカラチ間はバスも出ているが、前回の移動がバス続きだったのと、せっかくだからパキスタンの鉄道も乗ってみたいということで鉄道をチョイス。座席は長時間の移動&砂埃対策で、ちょっと高いけどACの座席に(AC無しの寝台で900Rsほど)。実際にチケットを買ってみると座席クラスは「Bussiness Seat」。Daw Woo社の件もあって、高級車両なのでは?との期待が高まったが、残念ながらそこまで上等の席とは言えず、AC寝台車の通路脇の席。リクライニングも出来ず、向かい合わせであまり足も伸ばせず。まあ冷房もしっかりと効いているし、座席もクリーンだし、大きな期待をしなければ快適です。
総合☆ ★★★★☆
やっぱりパキスタン、過剰な期待は禁物!
カラコルムハイウェイを走るだけあって中国の国旗が。
区間(時間) 2007年10月23日 ラワールピンディ〜アリアバード(フンザ)  20時間
2007年11月1日 アリアバード(フンザ)〜ラワールピンディ  19時間
交通機関(種別、金額) NATCOバス(夜行座席、850Rs)
NATCOバス(夜行座席、850Rs)
コメント ラホール〜ラワールピンディからの同日乗り換え。前が高級バスと言えど、この日は乗車時間が24時間以上という怒涛の移動日。まずはDaw Woo社のバスターミナルからローカルバス会社の集まるへTaxiで移動(130Rs)。
ここから政府系のバス会社NATCOのターミナルでチケットを無事に購入できたものの、指定座席がなぜか最後列。。。バスの後ろ(後輪よりも後ろ部分)はとにかく揺れる揺れる。道路の凹凸でお尻が跳ね上がるほど!しかもこの列だけリクライニングも出来ず、前の座席がリクライニングするとかなりの圧迫感。短時間の移動ならまだしも、今回は約20時間の長旅&山岳地帯。北インドで鍛えたから大丈夫かなあとも考えていたけれど、とても辛い時間となりました。。。
尚、この路線はパスポートチェックがあります。何回かはその都度違うようですが、僕らのときは2回でした。

往路は1日1本の直通バス。今回は前回の反省を踏まえて前日までにしっかり予約。それでも席は後ろから数えたほうが早い。この路線は出来るだけ早いうちに席を取っておいたほうが賢明です。
それでも最後列でないだけで居心地は断然Good。前回の苦しさを改めて実感できる移動となりました。
尚、復路はなぜか10台くらいの隊列を組んで、夜間移動。どうやらテロ&山賊対策のためのようです。
総合☆ ★★☆☆☆
同じバスでも座席が重要!
ランチボックス付。もちろん飲み物もサービス!
Daw Woo社バスと同社経営のサービスエリア
区間(時間) 2007年10月23日 ラホール〜ラワールピンディ  4時間30分
2007年11月2日 ラワールピンディ〜ラホール  7時間30分
交通機関(種別、金額) Daw Woo社バス(昼便、480Rs)
Natco社バス(昼便、150Rs)
コメント ラホールからのバスはとてもデラックスらしい、というのは事前の情報で得ていたけれど、これほどまでとは驚き。まずは専用のバスターミナルでチケットを購入(前日の夜に電話にて予約済み)。ターミナルの待合室も革張りソファーで座り心地がいいし、待っている客層も品がいい感じ。そして搭乗時間。インドバスの癖で荷物を屋根の上に上げそうになるが、日本の大型バスのように下のトランクへ。そしてこのたび初めてのバッゲージタグ付。いざ乗車しようとすると金属探知機でボディーチェック&出発前にビデオカメラで乗客を撮影(セキュリティのため)。シートは革張りでリクライニング可&まくら付。もちろん座り心地は文句なし。7:00に定刻通り出発。
ターミナルを出ると、お水のサービス。そのあとにサンドイッチの入ったランチボックスのようなものが出され、そしてジュースが振舞われる。フライトアテンダントならぬバスアテンダントがサービスをしてくれる。
インドと比べ道路事情も格段によく、高速道路がしっかりと整備されている。軍事用に転用されるのか、高速道路は日本のよう。極めつけはサービスエリア。大きな駐車場と軽食コーナーはDaw Woo社が運営しているらしい。。。
インドの田舎のローカルバスが続いていただけに、このバスには驚かされっぱなしでした。

ラホールピンディからラホールは、フンザからのバス会社「Natco」をそのままチョイス。ローカルバスでもそんなに時間は変わらないと聞いていたけど、これが大失敗。各街に停車はするし、常に満員状態だし、そしてなにより時間が倍以上!チケットを買う際に乗車時間を聞いていたけど、それを鵜呑みにしてしまった。。。人が良かったフンザ滞在の反動が現れてしまいました。。。
総合☆ ★★★☆☆
良さも悪さも値段に比例!
店員も客もすべて男のむさ苦しいアイスクリーム屋

2007年9月21日〜11月6日
ラホール〜フンザ〜ラホール〜カラチ
1パキスタンルピー(Rs)≒1.9円

モスクを見るとイスラム世界に来たと実感。
都市名 ラホール
訪問日(滞在日数)

2007年10月21日〜10月23日 (3日間)
2007年11月2日〜11月4日 (3日間)

宿泊先(金額)

オアシスGH(D 200Rs、2泊))
リーガルインターネットインのオーナー宅(D 150Rs、1泊))
リーガルインターネットイン(D 150Rs、1泊))

コメント

インド国境とのすぐ近くにあるラホールはカラチに次いで2番目の大都市。アムリットサルから数十キロしか離れていないし、大きな違いはあまり期待はしていなかったけど、それは大きな間違いでした。新市街にはマクドナルドやKFCなど外資系ファーストフードが立ち並んでいるし、街並みもビルが立ち並んでいる。インドなら綺麗なビルがあってもやっているんだか、やってないんだか分からないことが多いけど、ここはしっかりやっている!という当たり前のことになぜか2人で感動してしまった。

ただ街の作りは旅行者泣かせで、とても大きくて歩き回れない。しかも古い車が多いのか、大気汚染がインド以上に凄い。スモッグが掛かって日の入りが早まるほど。。。旧市街の城壁の中に限ればぶらつくには最適。古くからの店が立ち並んで、冷やかして歩くのが楽しい。
あと2回目に訪れたときは、宿の周りで食三昧。鳥の串焼きやフルーツポンチ、そして世界一むさ苦しいアイスクリーム屋などかなり楽しめた。

ちなみにラホールは泥棒宿で有名で数々の伝説を残しているが、今回は日本人宿の2軒を周る。オアシスは新市街にある新しく出来たGH。良い噂を聞いていたけど思うことは多々あり。悪い宿ではないので今後に期待!リーガルは日本人の間では有名宿だが僕らの行ったときはあいにく満室!でもオーナーの好意でオーナー宅へ泊めてくれることに。灰色な噂も聞いていただけに嬉しかった。

お薦め場所

リーガル周辺の食べ物屋(アイスクリームはお勧め)

総合☆ ★★★★☆く大気汚染がひどい。。。)
巡礼者用食堂。無料で提供!
都市名 アムリットサル
訪問日(滞在日数)

2007年10月19日〜10月21日 (3日間)

宿泊先(金額)

Tourist GH(T 250Rs、1泊))
黄金寺院宿泊所 (D 0Rs 1泊)

コメント

アムリットサルはシーク教の聖地。シーク教の服装は日本人のイメージする「インド人」。男の人は髪を見せないようにターバンで頭を巻いている。インドの全人口の数%しかいないその信徒たちだけれど、この街にくると、みんなそんな格好をしている。
そのシーク教の総本山がアムリットサルにある黄金寺院。ここの見所は、名前の通りの見栄えもさることながら、その太っ腹ぶり。巡礼者(お寺を訪れた人、信徒かどうかは関係ない。もちろん外国人も含む)には無料の食事サービス。素朴なターリーだけど、大鍋で煮込んであって、味はまあまあ、もちろん御代わり自由。そして宿泊施設も完備。ドミトリーだけれど、そんなに綺麗ではないけれど、無料に勝るものはなし。アムリットサルへ行ったときの、お勧め体験コースです。

お薦め場所

黄金寺院体験コース
(タダメシ、タダベット。もちろんお参りも欠かさずに)

総合☆ ★★★★☆シーク教の寛大さに感謝
区間(時間) マクロードガンジ〜マナリ〜バシシト(11時間)
交通機関(種別、金額) ローカル2人掛×3人掛(夜行、210Rs)
コメント ラダック&スピティーへ向かうために、中継地点としてマナリへ向かう。ダラムサラのマクロードガンジから17時発。夜行のはずだけれど、乗客の入れ替わりが激しい。単なる路線バスの役目も持っているみたい。22時ごろにドライブイン到着。ここでターリーの夕食。その後はようやく消灯。とはいっても、いまだに人が乗ったり降りたり。しかも2人掛けの席が狭く、また肘掛もないので、バスが大きく曲がるたびに席から落ちそうになって大変(実際、眠りながら2回ほど落ちた)。

マナリ到着は朝の4時、標高が高いこともあって秋の夜明けはかなり冷える。そんな中、バスターミナル内ではチャイ屋がたくましく営業。チャイで体を温めたのち、オートリキシャで温泉街のバシシトへ(4人で100Rs)。
日本人宿?「ねぎGH」のレセプションのお兄さんを起こし、部屋を確保。やはりバス内ではしっかり寝れていなかったのか、朝の11時ごろまで就寝ローカルの夜行は席も狭く、「寝れる」とは考えないほうがいいと痛感した移動となりました。
総合☆ ★★☆☆☆
ローカル夜行は寝れないと思え!
ハイキングの先は草原の展望台
名もなきGHの屋上からの眺め
都市名 ダラムサラ
訪問日(滞在日数)

2007年9月29日〜10月8日 (10日間)

宿泊先(金額)

Rainbow GH(T 200Rs、1泊))
名もなきGH (T 150Rs 8泊)

コメント

ダラムサラはチベットの政治的、宗教的指導者であるダライ・ラマ14世が亡命政府を立てている場所。
日本人にはあまり馴染みの無いこの街のことを知ったのは、僕の友人であるMさんが住んでいて、今回の旅では当初から立ち寄ろうと決めていたところ。しかもネパールに入ったときの連絡によれば、そのダライ・ラマ14世のティーチング(説法)が日本語通訳つきで、10月1日から開催されるとのこと。これも何かの縁と思い、その日程に合わせ、北インドを駆け抜けてきたのでした。

ダライ・ラマ14世のティーチングは月曜日から金曜日までの5日間、8時15分〜11時半まで。参加者は数百人。FMラジオを通して日本語通訳が聞けます。今回は韓国人グループのリクエストで開催されたということで、当初は講堂内には韓国人だけだったが、まだ余裕があるとのことでなぜか日本人もなかに入れてくれることに。なので毎日、法王様のお顔を拝むことができました。内容は仏教概論のようでちょっと難しめ。仏教国に生まれたけれど、いままでそんな話をまじめに聞いたことが無かった身にとっては、新鮮な話でとても興味深かった。

ダラムサラはインドの英国統治時代から避暑地として栄えていたところだが、20世紀初頭の地震で廃墟に。その土地をインド政府がダライ・ラマ14世に与えたそうな。ということで元を正せば由緒あるリゾート地(軽井沢みたいな感じか)。僕らが訪れた10月初旬は快晴が続き、天気もからっとして気持ちよく過ごせた。食べ物もツーリストが多いけどローカルもあり種類が豊富。あと日本食食堂の「ルンタ」はご飯はもちろんのこと、貸本(小説を始め、ダライラマ関係も充実)もあって便利です。あと近くにはハイキングコースもあり、これもお勧め。

お薦め場所

ダライ・ラマ14世ティーチング
ハイキング

総合☆ ★★★★★滞在内容、気候、宿に文句なし!
ローカル長距離バス
区間(時間) デリー〜ダラムサラ〜マクロードガンジ14時間30分
交通機関(種別、金額) ローカル長距離バス(300Rs)
コメント デリーのISBT(長距離バスターミナル)から6:30発ということで、朝5:00起き。文字通り「朝飯前」でオートリキシャーとの料金交渉を終え、時間前に乗車完了。バスターミナルは鉄道駅よりも大きいくらいで、軽食やスナック類が買える。

定刻通りバスは出発。早朝発のためか、乗客はまばら。僕たち以外のすべてが地元民っぽい。あとで聞いたらツーリストは夜行のツーリスバスに乗ることがほとんどのこと。 バスは高速道路?を30分ほど快調に走っていたが、突如ストップ。なにやら渋滞の様子。そりゃ、高速道路のような道に信号なしで交差点が現れれば、混むよ。しかも近くにバス停があって、リキシャと近郊バスと長距離バスが客待ちをしてるし。

1時間半ほどでようやく渋滞を抜け、田園地帯を通って、街中を抜けて、田園地帯を抜けて、を繰り返す。日本の国道をひた走っている感じ。道端にはキレイ目なドライブインもある。3時間近く走ったし、どこに止まるのかな、と思っていても、運転手は脇目もふらずひた走り、結局とまったのは出発から5時間後。しかも幹線道路から外れた田舎道。。。なぜドライブインに止まらなかったのはいまでも謎です。

田んぼが広がる田舎道を走っていると、インドらしからぬきれいな看板が。文字には「Mohali Hills」。インド人も「〜〜ヒルズ」が好きなみたい。看板の絵には、インドでまったく見かけたことのない豪華生活の写真が。なんにもない田園地帯を大規模に開発していたけど、数年後にはここが高級住宅街になることがどうにもイメージできない。

途中のバスターミナルで人がどっと乗ってきて、あっという間にバスは満員。長距離便なのに通路に人が立っている。途中から山道に入り、20時くらいにダラムサラに到着。目的のマクロードガンジまでは乗換が必要なはずだけど、乗っていたバスがそのまま路線バスになることに。ちょっと待ってから出発して21時ごろようやく到着。
総合☆ ★★☆☆☆
昼間の移動も12時間を越えると辛い
オールドデリー大通り
デリー地下鉄。まだぴかぴか
都市名 デリー
訪問日(滞在日数)

2007年9月26日〜29日(3日間)

宿泊先(金額)

マイホテル(T 250Rs)

コメント

インドの首都、デリー。ダラムサラへ向かう時間が決まっていたため慌しい滞在となってしまったけれどニューデリーとオールドデリー、どちらも見て周って、その対比がおもしろかった。コンノートプレイスを中心とするニューデリーは綺麗に整備されていて、高層ビルが無い他は、近代都市の雰囲気が漂う。反対にオールドデリーへ行けば、右も左もすぐ分からなくなるような路地街が続きます。

でもお勧めはレッドフォートでも、コンノートプレイスでもなくて、出来たばかり?の地下鉄。まだ車両も駅もピカピカ!野良牛も野良犬も、観光客からお金をぼろうと企む悪いインド人もいません。セキュリティーチェックを終えて乗り込むと、身なりのいいインド人が静かに乗車しています(乗り込もうとするときに、順番関係なく我先に乗り込もうとするのはインドらしいですが、、、)オールドデリー辺りと比べると、異世界にワープしてしまったような感覚を受けます。これが一番デリーらしさを感じられるもののような気がしました。

お薦め場所

地下鉄乗車(インドの近代化?を実感)
オールドデリー散策

総合☆ ★★★☆☆
車内弁当
区間(時間) バラナシ〜デリー12時間30分
交通機関(種別、金額) 電車(2等寝台313Rs)
コメント 久しぶりの鉄道移動。切符はバラナシの旅行代理店でも買えるが、1枚につき50Rsの手数料。それが惜しくて駅へ。外人専用売り場は対応が悪いとガイドブックには書いてあったけど、驚くほど丁寧で、問題なく購入。

乗車当日、宿を出ると天気は土砂降り。オートリキシャーに乗り込むも、吹き込む雨で駅に着くころにはずぶ濡れに。しかも電車は1時間以上遅れ、やきもき。ただ、ここでも駅の係員が一緒に時間を確認してくれるなど、とても親切に対応してくれた。インド人=悪者といったイメージが強くなりかけていたので、いい出会いだった。

結局、定刻よりも1時間半以上送れて乗車。「インドの夜行列車では盗難が多い」との話を聞いていて、ちょっとビビッていたものの、隣の席はちょっと裕福そうなインド人ファミリー、近くには韓国人グループ、でなんとなく安心。席に座って一息つくと、お腹が減ってきた。インドの列車では、夕食はオーダーを取りに来てくれる。卵カレーを食べたが、これが絶品!辛さもまろやかで、しかもその味がゆで卵と合う!ちょっと高めだけれど、インド車内弁は試してみる価値ありです。

夜はいくつかの駅に止まっていたようだけれど、相変わらずの爆睡。目が覚めて、朝ごはんをワゴンサービスで食べていると、デリーに到着。もちろん遅れていた時間分だけ、デリー到着も遅れました。
総合☆ ★★★★☆
車内弁当はもういちど食べたい
沐浴風景
ガートにて読書
都市名 バラナシ
訪問日(滞在日数)

2007年9月24日〜26日(3日間)

宿泊先(金額)

シヴァカシGH(T 225Rs)

コメント

日本人の想像する最も「インドらしい」町、とはバラナシ滞在暦1ヶ月の過去を持つしかちゃんの談。行ってみると、ごみごみした古い町に、野良牛と野良犬と野良サルがあちらこちらに。聖なる河、ガンジス川の岸辺には沐浴する人、洗濯する人、魚を獲る人、観光客から金をせしめようとする人があちらこちらに。インドの混沌を感じるには、ぴったりの街なんでしょう。

この街の正しい?過ごし方は、ガート(ガンジス川の岸辺)でボーっとすること。客引きもいれば、お祈りをしている人もいれば、ボートを漕いでいる人もいる。ガンジス川は泥水でただの川にしか見えないけれど、こうしてゆっくり出来るって言うのは、聖地といわれる由縁なのかもしれない。

お薦め場所

ガートでのんびり
ごみごみした街路をあてもなく散歩
(ちょっとツーリストエリアから離れると面白い)

総合☆ ★★★☆☆
区間(時間) スノウリ〜バラナシ7時間30分
交通機関(種別、金額) チャータージープ (425Rs)
コメント 国境の門を抜け、いざインドへ。商店街に埋もれているイミグレで入国手続きをしながら、バラナシ行きのバスの時間を聞くが、ツーリストバスは出ていない、ローカルバスならあるが、あまりお勧めしないとのこと。そこへタイミングよく、「バラナシまで乗り合いジープがある」と客引きが登場。イミグレオフィスの係員も、これに乗ったほうがよいとしきりに勧める。「インド=ぼられる」と散々脅かされたため、かなり訝しながらも、車を見に行くと、真新しい7人乗りジープが止まっていた。金額は聞いていたバスの価格よりも倍ほど違っていたが、「明るいうちにバラナシに着ける」と考え、自分を納得させ乗車。ただ8時半の出発予定が、客引きがうまくいかず、9時半出発。
(後から聞いた情報によると、ツールストバスは出ているが、毎日の運行ではなく、この日は元々なかった。またローカルバスはあるが、満員乗車で、時間は12時間かかる。かなり怪しんだこのジープも、結果的には良い選択だった。)

7人乗りジープに4人の客を乗せ、出発。運転席横の座席で快適。車も道路もネパールに比べれば格段によく、時々ある市街地の渋滞に引っかかりながらも、快調に距離を稼ぐ。途中から雨と風が強くなり始め、嵐のよう。そのせいか、予定よりも遅れて薄暗い中、バラナシ到着。駅前ではなく、宿の近くまで送ってくれた。
総合☆ ★★★★☆
久しぶりに快適な移動

2007年9月23日〜10月21日
スノウリ〜バラナシ〜デリー〜ダラムサラ〜マナリ〜
1インディアンルピー(Rs)≒3円

2007年9月4日〜9月23日
コダリ〜カトマンドゥ〜ポカラ〜スノウリ
1ネパールルピー(Rs)≒1.9円

チャーターした車、、旧式のカローラ?
対向車が延々と続きます
区間(時間) コダリ〜カトマンドゥ(5時間30分)
交通機関(種別、金額) チャーターした乗用車
(おんぼろカローラ、2400Rs)
コメント 中国側の国境の町、ダムから、ネパール国境の町、コダリへ。初の国境越えとなったけれどけっこうあっさり。しかもネパール側のイミグレは通り過ぎてしまいそうな建物。ビザ代$30払って入国。

コダリ〜カトマンドゥまでは乗用車チャーター(3000Rs)、ツーリストバス、ローカルバス(約200Rs)の3つの選択肢。ツーリストバスはお昼ごろ出発、ローカルバスは何時つくか分からないということで、かなりリッチだけど前日まで一緒に旅したS氏と車をチャーターすることに。

これでお昼ごろにはカトマンドゥに到着するものだと考えていたけれど、考えが甘かった。20分も乗っていると車が突如ストップ。
前を見ると崖が崩れていてOneWayになっている。しかも車の交通整理を誰もしないので、対向車が次々と来て、こちらから通れない。。。2時間半ほど待つ羽目に。

そのあとは運転手が飛ばす飛ばす。舗装路だから多少は安心できるものの、バックミラーに写る彼のマジ顔を見ていると怖さを感じました。
結局、5時間くらい掛かってカトマンドゥ、タメルエリアに到着です。
総合☆ ★★☆☆☆
イケメンドライバーも頑張ってくれたけど崖崩れには敵わず。
屋台メシ
バスがインドっぽい
区間(時間) ポカラ〜バイラワ(スノウリ)(8時間)
交通機関(種別、金額) ツーリストのちにローカルバス(380Rs)
コメント ポカラからインドとの国境の町、スノウリへ。朝、起きると今日も快晴でアンナプルナ山群が見渡せる。バスターミナルに着くと、キレイなバスが並んでいるが、どれもカトマンドゥ行き。バイラワ行きは一見ローカル、中身もローカルなバス。出発時の乗客は10人ほどだったけれど、途中のバス停からは地元民が乗り込み、ほぼ満席でポカラ市街を抜ける。

ここの路線は、バスのせいなのか、道路のせいなのか、とにかく揺れる。横に揺られるというよりも細かく上下に揺れるので、本も読めないし、字も書けない。ということで、ひたすら車窓を楽しむしかない。そんな過酷(?)な状況の中でも、しかちゃんは貪欲に眠りをむさぼっているのでした。緑が多い山の中を抜けると、平野部へ。チベットからずっと山がちなエリアを抜けてきたので、久しぶりに見る平地がなんだか懐かしい。

定刻よりも少し遅れてバスはバイラワへ到着。バイワラ〜スノウリ間は数kmの距離。定期的にジープが走っている(10Rs)。僕らはインドのバラナシへ行くバスを捕まえるために、ネパール側で1泊。まともな宿がないなか、「Cheap Hotel」と書かれた宿へ。(T 200Rs)。外観も内観もかなりおんぼろだけれど、入った部屋が角部屋&3人部屋ということもあって快適に過ごせた。

バイラワはなんにも無い街だけれど、逆にツーリスティックになっていなくて、自然なネパールを見れる気がする。ツーリスト向けのレストランも少ないので、自然と屋台へ足が向くが、炒面(焼きそば)やmomo(蒸し餃子)、サモサなどなど、いろんなローカルフードが食べれて面白かった。
総合☆ ★★☆☆☆
ちょっと揺れ過ぎ・・・
車が抜け出せない
タトパニ温泉
集落を通ってひたすら下る
プーンヒルよりアンナプルナ方面
朝焼けのアンナプルナサウス
豪雨で川が増水
区間(時間) アンナプルナトレッキング(3泊4日)
交通機関(種別、金額) バス、徒歩(ガイド料$48))
コメント 1日目 ポカラ〜ウレリ (SuperViewG・H、100Rs)
出発前夜、雷と強い雨で何度か目が覚める。嵐の後の快晴を祈りながら眠りに戻る。
朝、目が覚めると天気はまずまず。願いが通じたか。ツアー会社で荷物をまとめ、タクシーでバスターミナルへ(150Rs)。そこからローカルバスに乗り、登り口のナヤンプルへ(60Rs/人)。
小雨が降る中、歩き始めて15分ほどでパーミットのチェックポストへ。ここで最後のトイレと思い、ホテルに立ち寄ると急に雨脚が強くなり、まさにバケツをひっくり返した状態!ガイドや周りのネパーリーも苦笑い。ここまで強い雨も珍しいとのこと。チャイを飲んで止むのを待つ。1時間ほどで小雨になり、再出発。が、雨季でただでさえ増水していた河川が濁流となってごうごうと流れる。不安になりながら進むと、午後には晴れ間が。
最後の600mの坂を登りきり、17時ごろ宿泊地のウレリへ到着。部屋からはアンナプルナサウスが望め、また夜は満天の星空。雨の中歩いたご褒美となった。

2日目 ウレリ〜ゴレパニ(Sunny Hotel、100Rs)
朝は朝焼けのアンナプルナ。今日は朝から天気が良い。ホテルで食事を取った後、7:30ごろ出発。集落を抜け、樹林帯の中を上がりながら高度を稼いでいく。標高が2600m近くなってもまだまだ深い森が広がる。
ゆっくり上がってもお昼前には、このエリアではもっとも大きな街、ゴレパニに到着。ここで標高は約2900m。晴れていればアンナプルナ山群が一望できるが、あいにくの霧で視界が悪い。明日に期待。

3日目 ゴレパニ〜プーンヒル〜タトパニ(Himalaya Hotel、100Rs)
朝、4:30起き。ようやく山の生活らしくなってきた。朝飯前でアンナプルナ山群の展望台のプーンヒルへ。1時間弱ほど登り、到着。雲がかかってしまい「絶景!」とまではいかなかったけど、なにも見えないというわけでもなく、残念半分、満足半分といったところ。
ホテルに戻り、朝ごはんを食べて出発。この日はプーンヒルを除いても、行程の中では一番長い日。約1800mの高低差を下る。集落を縫うようにして、だらだらと標高を下げていく。足がだるくなりかけたあたりで、タトパニへ続く谷の入り口が見えてきた。まだあんなにあるのか。。。
タトパニの谷へ入ってあとは平坦な道かと思いきや、そこはネパール。簡単に行かせてはくれない。土砂崩れで迂回路が。しかも高度差100m以上の高巻き。ようやく着いたタトパニにはご褒美の温泉!もちろん源泉かけ流し、河原沿いの露天風呂です。

4日目 タトパニ〜ポカラ
今日はポカラに戻る日。最終バスは15:00だけど、途中のティプリヤンまで行けば乗り合い自動車があるとのこと。気を楽にして歩き始め、予定通りミニバスに乗車(150Rs/人、ティプリヤン〜ラフガート)。
これで問題なくポカラに帰れると思ったのもつかの間。出来たばかりの?自動車道はところどころ崩れていて、いまにもバスが落ちそうな状態。しかも相変わらずの満員バスのため、急坂を登りきれずエンスト。ハンドルを切りそこね、お尻から壁に突っ込み、スッタク(川に落ちるよりかはマシだけど、、、)。乗客全員で押したり、通りかかったジープで引っ張ったり、1時間以上してようやく脱出。これで最終バスまでの残り時間に余裕がなくなった。急いで次の乗り合いバス(50Rs/人、ラフガート〜ベニ)に乗り換え、15時15分前に到着。ひさしぶりのコーラで無事を乾杯(←山料金のため、山中では高くて手が出なかった。。)。
が、やっぱりネパール、簡単には帰してくれない。本来ならポカラまではバス(165Rs/人)で、3時間ほどなのに、雨季だからなのか、バスがおんぼろだからなのか、なかなか山道を抜けない。しかも大型バスが通るというのに道の状態はほとんど変わらず冷や汗もの。5時間近く掛かって、真っ暗なポカラバスパークへ到着です。

今回、 僕らは3泊4日というアンナプルナトレッキングとしては短めのトレッキングをしてきましたが、感じたことをいくつか。
【道について】
今回のルートでは、数十分歩けば集落に着くというコースでした。そのため、道は明瞭で、迷うこともありません。また石畳で整備が進んでいるところが多く、登山というよりも農村訪問というイメージが近いところが多かったかもしれません。
【ガイドについて】
トレッキングのアレンジツアーはポカラやカトマンドゥでもツアー会社やホテルの従業員から頻繁に声をかけられます。内容を聞くと、アレンジツアーだと割高(ホテル代や食事代込み込みで$20〜$30/人)と感じたため、僕らはアレンジツアーではなくガイド手配だけをお願いしました。ガイドが必要なのかどうか、というのは意見がいろいろとあるようですが、以下の理由から、ガイドを付けました。尚、ガイドは簡単なポーターも兼任するとの約束で$12/日(ガイドの食事代、宿泊費込み、交通費は含まず)。

@雨季の終わりかけで道の状態に不安
→結果:道案内という意味では不要。途中の土砂崩れ跡の通過などでは頼りになった。
A荷物を背負わずに楽々トレッキング
→結果:トレッキングルート上は茶店やレストランなどが多くあり、休むところには困らず、体力的な問題はない。もちろん荷物が小さいことで景色を楽しんだり、写真を撮る余裕は倍増。
B日本でポーターを付けて歩くことはないから経験として。
→結果:細かなガイドはほとんどなかったので拍子抜け。ただ周りのトレッカーを見ていると、しゃべり過ぎのガイドもいたので、これは好みか。

あと、それ以外の利点としては、
Cお勧めの宿の紹介
村によって高低差がかなりあったり、同じ集落でも家々が離れている場所がある。そんなときにはガイドのお勧め宿に泊まったほうが無駄足を運ばなくてラク。値段はほぼ一律の模様。
D地元ネタをいろいろ聞ける
これは別にガイドでなくてもいいのだけど、同行している時間が長いので、いろんな話ができる。
総合☆ ★★★★☆
トレッキングは満喫。天気がよければ文句なし。
レンタルボート
レンタサイクル
都市名 ポカラ
訪問日(滞在日数)

9月15日〜22日 (7日間うちトレッキング4日間)

宿泊先(金額)

Placid Valley In(300Rs)

コメント

雨のカトマンドゥを抜け出し、ポカラへ。到着するものの、こちらもやっぱり曇りがちな天気。滞在の前半(トレッキング前)は、「本当に山があるのか??」と疑ってしまうほど。後半の2日間は待望の雨期明け!ヒマラヤの山々が街から間近に見ることが出来ました。周辺の展望台がガイドブックなどに紹介されているけれど、10時くらいには雲が上がってしまって見えなくなってしまうので、足で上がろうとしていた僕らは行きませんでした。山をゆっくり見るなら、フェワ湖のボートに朝早く乗ることがお勧め。安いしお手軽で、眺めもよしです。

あとこの街は意外に大きいので、自然とレンタサイクルが必要。大体1時間10Rs(1日50Rs)。ダムサイドからレイクサイドの反対側までゆっくり行って30分ほど。レストランや旅行代理店は圧倒的にレイクサイドに多い。

お薦め場所

フェワ湖のボート乗り

総合☆ ★★★☆☆後半に雨季が明けたのが救い
区間(時間) カトマンドゥ〜ポカラ(7時間)
交通機関(種別、金額) バス(普通座席、225ルピー)
コメント カトマンドゥ⇔ポカラ間は、ツーリストがもっとも行き来する路線。ということで朝のツーリストバス乗り場には十数台のバスが待ってました。
無事に予約したバスを見つけ、ザックを屋根の上に。ネパールでは車掌の他に、荷物係りなる少年も乗っていることが多く、運転手と合わせて3人がかりでの運行です。

車窓はあいにくの天気でヒマラヤなどはまったく見えず、くねくね道を進みます。山が緑にあふれて日本の山奥を進んでいるような気持ちにもなります。道路は主要路線からかしっかりと整備もされ、安心できます。

本を読み、一眠りして、少し遅い昼食。そこからすぐにポカラに到着です。
(しかちゃんは一眠りどころか始終爆睡でした)
総合☆ ★★☆☆☆
天気が良くなく景色はイマイチ
細い絵路地はまさに迷路
ボダナートでのんびりお茶でも
都市名 カトマンドゥ
訪問日(滞在日数) 2007年9月5日(10日間)
宿泊先(金額) ホテルエリート(T200Rs、1泊) 
シエスタホテル(T300Rs、8泊)
 
コメント 国境を越えると、そこはインドだった。いやネパールに来たはずだが。。。ネパールの首都カトマンドゥ。たくさんのチベット寺院があると聞いていたけど、どれもインドのヒンドゥー寺院っぽい。歩いている人も明らかにインド系が多い。庶民のご飯もカレー系。インドから入ればインド色が薄くなったと感じるのだろうけど、中国から来るとまさしくインド系国家と感じてしまう。

僕らが滞在したのはちょうど雨季の終わりかけ、9月中旬。しとしと降ったり、集中豪雨のように降ったり、まるで日本の梅雨みたい。深夜特急の沢木耕太郎は、この雨に沈んで、沈みきるまえにカトマンドゥを離れたけれど、いまは長期旅行者の強い味方、「日本食レストラン」がそんな沈んだ心を癒してくれる(詳細は食べ物編へ)。

古都カトマンドゥだけあって見所は多いけれど、想像した以上に良い見所は少ないように感じた(雨が多かったせいもあるけど)。そんななかで、市中心部のバザールはネパーリーの生活がダイレクトに見れて面白い。雑貨品から服、電化製品まで。細い路地に、小さな店が立ち並んでいる。所々にヒンドゥーのお寺があって、人と宗教の近さを感じられる。

注意点は停電。週に2日くらい夜、停電をするのでランプか蝋燭の準備を忘れずに(計画停電なのでホテルの従業員に聞けば教えてくれる)。
お薦め場所 日本食レストラン→長期旅行者には嬉しい存在。味もGood!
バザール→細い路地は迷路。迷いながら地元民を観察
ボダナート→半日のんびりコルラデート
総合☆ ★★★☆☆雨が多いのが残念!

中国人爆睡中

車内食の販売サービス

砂漠に登り夕日を待つ

上海バンドの夜景

裏通りのマッサージ屋

神戸から出航

トイレはピカピカ

〜中国、チベットはアジア編@へ〜
↓MAPの都市やルートをクリックしてください!↓

トイレはピカピカ
レンタサイクル