瀬戸市内の駅1

 

 水野・新瀬戸・瀬戸市役所前・尾張瀬戸

 

<名鉄瀬戸線の駅>  愛知環状鉄道の各駅は こちら

水野   さんごう ← みずの → しんせと

    

 瀬戸市内に入って最初の駅が水野駅です。かつては三郷〜水野間に根ノ鼻という駅があり、それが瀬戸市内に入って最初の駅でしたが、戦時中の1944年に休止となり、1969年に正式に廃止されています。
 水野駅の開業は1905年4月2日で、当初は今村駅と呼ばれていましたが、1939年9月1日に現駅名に改称されています。
 この駅は長らく急行列車は通過していましたが、2005年1月29日のダイヤ改正で瀬戸線の急行は尾張旭から先は各駅停車となったので、現在はすべての列車が停車しています。ただし、それ以前にもせとものまつり期間中は当駅に急行列車が臨時停車していました。
 水野駅はつい最近まで有人駅で、夜間のみ無人駅でしたが、2006年8月29日に駅集中管理システムが導入されたことにより無人化されています。瀬戸高校の最寄り駅なので朝夕は高校生でにぎわいます。
 私にはあまりなじみのない駅ですが、1995年頃に一度だけ下車した覚えがあります。

 

新瀬戸  みずの ← しんせと → せとしやくしょまえ

     

 新瀬戸駅は名鉄瀬戸線の前身、瀬戸自動鉄道(のち瀬戸電気鉄道)の開業時からある駅で、開業当初は横山駅と呼ばれていました。その後1935年に尾張横山駅に改称されましたが、1971年11月1日に現在の新瀬戸に改称されています。
 かつては駅前にあった県立瀬戸高等学校の最寄り駅として賑わいましたが、国鉄岡多線工事のため移転、跡地は愛知環状鉄道の瀬戸市駅となっています。利用客はおそらく現在では瀬戸市内の駅ではもっとも多いと思われます。かつての特急でこの駅を通過した列車もあったらしいですが、それ以外は全列車が停車します。
 愛環との乗り換え客は結構多いのですが、連絡改札口などはないので、乗り換えの際は新瀬戸駅を降りて階段を上って改札を出た後、階段を下りていったん外に出て(この部分は屋根がありません)、瀬戸市駅の改札を通って階段を上って愛環のホームに向かう必要があります。どちらにもエスカレーター・エレベーター等はないので、乗り換え時間は5分ほど見ておいたほうがいいでしょう。雨の日は傘を差す必要もあるし、お年寄りや体の不自由な方にはかなり厳しいのではないでしょうか。
 ちなみに20年ほど前まで尾張瀬戸ゆきホームの横にも出入口がありました。しかし、これも駅に着いたら直接そこから出られるわけではなく、階段を上がって改札口まで行き、同じ階段を下りる(現在の階段の間に仕切りがあり、通り抜けできない構造となっていた)必要があり、非常に不便でした。
 かつて駅北側には広大な貨物ヤードがあったそうですが、現在はバロー新瀬戸店となっています。また、南側には最近まで駅と直結して名鉄パレがありましたが、現在では取り壊されマンションと駐車場になっています。
 私はこの駅の北側にある某病院で生まれました。祖母が1988年まで現在のバローの隣に住んでいたので、私にとっては非常に思い出の多い駅です。

 

瀬戸市役所前 

  しんせと ← せとしやくしょまえ → おわりせと

         

 瀬戸市役所前駅は1905(明治38)年の瀬戸自動鉄道開業当時からある駅で、長らく「追分駅」と呼ばれていましたが、1958年に瀬戸市役所前駅に改称されています。近くにあるJRバスの車庫は現在も「瀬戸追分」で数年前までみどりの窓口もありました。隣の新瀬戸駅はこの駅から肉眼ではっきり確認できるほど近いです。
 水野駅とともに長らく急行は通過していましたが、2005年1月ダイヤ改正に伴い尾張旭以遠は各駅停車となったため、現在は全列車停車しています。2006年12月16日に瀬戸電にもようやくトランパスが導入されましたが、この駅と瓢箪山駅は下りホームが狭く、自動改札設置にはかなり苦労したようです。
 ところで瀬戸電は長らく2両編成が最長で、4両編成の運転開始は1978年の栄町開業以降だったので、多くの駅でホームを2両分延長しています。カーブの多い瀬戸電では延長部分が急カーブにかかっている駅も多く、この瀬戸市役所前駅のほかにも水野駅、大森・金城学院前駅などがあります。とくに瀬戸市役所前の場合はカーブがきつく、栄町寄り2両に乗るときは、中間のドアの場合30センチほどホームとドアの間に間隔があいている場所もあるので、乗車する際は注意が必要です(いちおう「足元にご注意ください」と放送が流れます)。尾張瀬戸から栄町寄り2両に乗って瀬戸市役所前で降りる場合(そんな利用者はほとんどいませんが)、中央のドアから降りるのはやめておいたほうが無難でしょう。

 

尾張瀬戸   せとしやくしょまえ ← おわりせと

      

 尾張瀬戸駅は名鉄瀬戸線の終点で、瀬戸市の中心駅です。ただ、基幹産業である窯業の不振などで、旧来の中心街は昔よりも寂れた感じです。かつては陶土によって駅前を流れる瀬戸川も白濁した状態が多かったのですが、近年ではそれほど濁っていません。
 利用客も減少傾向にあるようで、まだ堀川が終点だった時代の1975年には1日1万5100人、栄町まで開業した翌年の1979年には1万6915人と増加していますが、2003年の統計では1日1万0749人に減少しています。この間、年間輸送人員は1862万6000人から2925万9000人にまで増加していますから、尾張瀬戸駅の地盤沈下はかなりのものです(山田司・鈴木裕幸『せとでん100年』、148頁、中日新聞社、2005年)。
 私も、最寄りの駅が瀬戸口駅なので、瀬戸電を利用するにしても新瀬戸から乗ることがほとんどで、この駅を利用することはほとんどありません。新駅舎になってから利用したのは2回だけです。クルマの免許を持ってない頃は尾張瀬戸から名鉄バスで八幡台西まで乗り、そこから家まで歩くルートもたまに利用してましたが、最近はバスの本数が減った上、愛環も昔より利用しやすいダイヤになっているのでまったく利用していません。
 写真は現在の駅舎です。かつては大正末期に建てられたモダンな駅舎でしたが、2001年に残念ながら解体されてしまいました。ただし、駅舎のレプリカは尾張瀬戸駅から徒歩5分程度のところにある「瀬戸蔵ミュージアム」内にかつて瀬戸電で活躍したモ754とともに復元されています。