トツキトウカの長い日々。
長い、長い、ワタシの妊婦の記録。


妊婦な日々

妊婦ってナンだか特殊な人間だと思うんだ。

だって“1人なのに2人”なんだよ。
気持ちもユラユラ揺れるし。
ナンと言っても不思議なのが、妊娠後期に入ってくると
ほとんどの人が“妊婦オーラ”を出しはじめる。
"母の顔”とも言うのかもしれないけれど、
わたしはあえて“妊婦オーラ”と呼びたい。
自分自身のオーラはサスガにわからなかったケド、
おなかの大きな妊婦さんって神々しいな…と思ってしまう。


妊娠発覚

新年早々、妊娠が発覚。
実は、判定機で判明した半月くらい前から妊娠してるんじゃないか、て、予感がしてた。
予感がしてたと言いつつ、正月明けすぐにスキーに行っちゃった私。
今思うと危ないよな。
超不安定な時期にスキーしてる場合じゃないって。

でもツワリが始まる前って「妊娠してる」って自覚は全然ないのだ。
頭では「妊娠してるかも。転ばないようにしなきゃ、薬は控えなきゃ」と思うものの
油断するとすぐに忘れちゃう。
が。
産婦人科のあのムードはなかなか侮れない。
診察してもらって
「〜週目ですね。予定日は。」なんておごそかに言われると
「あ、私って妊婦なんだわ」なんて神妙な
気持ちになったりするのだから。
病院から出る時にはすっかり足元に気を付け、お腹に手をあてて歩いてる自分がいたりして。

単純すぎる。

でも初めての妊娠なんてみんなそんなモンなんじゃないのかな。
だってお腹の中に「我が子がいる」なんて、経験も無いのにリアルにイメージできるわけ無いもん。
   
何はともあれ「妊娠」という初めての出来事に浮足立った事は事実。
そしてこれから「トツキトウカ」のながーーい道のりが始まるのであった。

1999年1月のできごと。



気持ち悪い日々

妊婦はどっか調子悪くても薬を勝手に飲んではイケナイ。という事になっている。
仮に薬を飲めたとしても、ツワリに効く薬なんて無いんだろうけど。
どんなに気持ち悪かろうと辛かろうと「ツワリ」は病気じゃないんだからね。

この「とても調子が悪いんだけど病気じゃない、しごく正常な状態」という自分の状態に
ワタシはとても参ってしまった。

妊娠した当時、ワタシはOLをしていた。品川まで通っていた。
モチロン朝夕はラッシュ。

「ツワリにラッシュ」これまたこの組み合わせがメチャクチャきつい。
会社まで3つ電車を乗り継いで、電車に乗っている時間は約1時間15分。
半分くらい来たところで
決まってムカムカが最高潮に達し、
脂汗が出て来てあえ無く電車を途中下車する羽目に。

ベンチで一休みしないと辿り着けない遠い道のりになってしまった。

まだお腹は全然目立たないから席を譲ってくれる人など居るわけも無く、
1日が終るとまた明日の通勤を考えては気持ちが沈んでしまう毎日だった。


結局、妊娠発覚後約2ヶ月で退社したのだけど、ツワリが始まってからは半分くらいしか会社に
行けなくて、
同僚のみんなにはホントに申し訳ない事をしたと思う。

ツワリは個人差があると言うけど、自分がどの程度の重さなのかその当時は知りたいなって思っていた。
「人なみ」って言われたら「そうか、人なみなのか。大したことないんだ。頑張ろう」
て気持ちになれるんじゃないか、なんて思ってさ。

ナンでもいいから、気のせいでもいいからスッキリしたかったって事。

でも「どのくらい辛い」っていうのはナカナカ外に見えてくるものじゃないから、

他人とは比べられないのだよね。。

それに痛みや辛さって感じ方が人によって違うし。


まぁ、どっちにしても、こればっかりは時期が過ぎるまでジっと耐えるしかないようです。
トホ。


私の場合ツワリは2ヶ月くらい続いたのだけれど、食べては吐き、そしてまた食べては吐く。

といったあまり食べない過食症の人みたいな(?)症状で、
まぁ、食べれない人よりはズットましだったのだと思うけれど、

どっちにしても毎日がムカムカとの戦いで、とても不快な日々だった。


そして忌々しいツワリはどのように去っていったかと言うと。

私の場合。
ある日突然
「あれ?なんか今日、すごく気分が良い」と思ったら、
その日を境にムカムカは去っていったのでした。

そしてそれと入れ替えでやってきたのが「鬼のような食欲」。
「甘党への変身」。

実はツワリよりも長く辛かったのはこの食欲との戦いだなんて、この時は知る由もなかった。


食欲の鬼と化す。

ホーント、こんなところで「食欲」との戦いがあろうとは思っても見なかったよ。
正直言ってそれまで私はあまり食べ物には興味が無くて(グルメ指向じゃ無い)、
どちらかと言えば小食。
甘いものよりしょっぱいもの。ケーキよりお酒。
そんな感じだったんで、
ダイエットとか「食べたい、でも痩せたい」みたいな
そうゆう悩みを経験した事がなかった。

ところがどっこい。
ツワリが終ったあと私を襲ったのは「鬼のような食欲」だった。

昔の人が聞いたら「贅沢な悩み」って思うだろうけど、
今の妊婦さんはみんな体重管理が
一番の悩みのタネなのだ。(多分)

だいたい1ヶ月に1キロ。妊娠全般を通して大目に見ても10キロまで。
理想は7.8キロ増なんだって。

この7.8キロっていう数字がどうやって出てくるかと言うと、
まず赤ちゃんの体重が3キロくらい。

胎盤、羊水なんかが2キロくらい。つまり出産で出てしまう分が約5キロ。
乳がでかくなったり皮下脂肪がついたりって事を考えてもプラス2.3キロまででしょう。
という事なのだ。

でもね。
ホント信じられないくらいの食欲なの。

食べちゃイケナイって思うと余計に食べたくなって、もう頭の中は食べ物の事ばっかり。
で、気がついたら戸棚の中を漁ってる自分がいる。

買うと食べちゃうから余計な食べ物は買わないようにしてたから戸棚を漁ったって何もないのに、
いよいよ何も食べるモンが無いからってゴマを袋からジカに「ザー」って食べちゃってり、
料理で使うために買った卵を一気に茹でて無心に何個も食べちゃったり。

もう病的だったよ。

モチロン、ちゃんと普通に3食は食べてるのに、だよ。
なんだけど食事と食事の間の空白の時間がガマンできないのね。
で、食べた後に後悔。
何だか過食症とか拒食症の人の気持ちが少しだけ分かったような気がした。

今思うときっとあの時期、妊娠による何かしらのストレスがあって
プラス生理的に来る「食欲」がストレスのはけ口になっちゃってたのかもしれないな、て思う。

ストレスって言ったって、当時自分ではストレスを自覚していたわけでもないし、
後になって考えてみても「何が」って事はなかったんだ。
きっと妊婦ならではの「情緒不安定」とか、
妊娠したことによって考える先の事
(母になってからの事)とか、
生活の不自由さとか、そうゆう些細なことなんだと思うけど。


妊婦が精神不安定になるってホントの事だったんだね。

で、肝心の体重の方は。というと。
結局何だかんだで最終的にプラス14キロまで行きました!

ヘヘヘ。
この数字はいかに私が意思の弱い人間か物語ってる。
正直言って、それまで自分はもっと意思が強くて
自分をちゃんとコントロールできる
人間だと思っていたんで
この“体重との戦い”は自分をみつめる良い機会にもなった。

ところで。

その増えた14キロの後日談についてはどうなったかと言うと。
これはまた後日談。


マタニティースイミング

妊婦ってヤツはホントに不自由だ。
自分の体なのに自分の体でないような、大切なモノを一時的に預かってような、
なんとも言えない
気分にさせれらる。

とにかく規制がタクサンあるもんだからそんな風に思うのかもしれない。
薬飲んじゃイケナイ、タバコ吸っちゃイケナイ、酒もダメ、走っちゃダメ、チャリンコ乗っちゃダメ、
寒いところに行っちゃダメ、カゼひいてる人のそば寄っちゃダメ、栄養摂らなきゃダメ、
でも食べ過ぎちゃダメ・・・

ダメダメダメダメ!!
助けてくれーー!!その上からだ重いっちゅーの!!

これを“規制”と感じてしまう人はまだまだ母になる自覚が足りない人間である。

でも1人目って結構みんなそんなモンなんじゃないかな。
だってまだ「母」じゃないし。

自覚って言われても・・・。ねぇ。

モチロン1人目だろうが妊娠中から腹をさすっては「この子のためなら・・・」なんて思っては
品行方正に妊婦生活を送っている立派な人も世の中にはタクサンいると思います。

私はと言うと、そうゆう規制をモロ「規制」と感じてしまう自覚の足りない妊婦でございました。
オホホ。
妊娠初期から「なんかスカっと出来る事ないかのう。」て考えてたくらいで。

まぁ、結果的に「動き回りたい」という欲が水泳に走らせたと思えば結果オーライだったのかも。
もともと泳ぐのが好きで、OL時代も会社帰りに泳いだりしてたせいか、
体が不自由になればなる程「泳ぎたいな」って気持ちは高まっていった。

そんな訳で晴れてツワリが終ったゴールデンウィーク明けの5月。
妊娠6ヶ月に突入していよいよ
マタニティースイミングを始めるべく、
フィットネスクラブの門戸を叩いた。

ところで世間のみなさんは「マタニティースイミング」ってどんな事をやるんだろう?
と思っているのではないだろうか。
私も実際行ってみるまでは「妊婦がやる事だもん、所詮水中散歩程度の・・・」と
タカをくくっていたのだけれど。

甘い。
初日はホントに驚いた。
もう泳いで泳いで泳ぎまくるって感じなのよ。

ハッキリ言って、かなづちの人にはちょっとした「部活気分」を味わえるくらいのハードさ。
妊娠発覚後まるまる5ヶ月くらいまともに体を動かしてなかったってものあると思うのだけど、
3回目くらいまでは、前半ですでに「ゼェーッ!ゼェーッ!」て息上がっちゃってタイヘンだった。

では、これから通う人のために参考までにザっとメニューをご紹介。

 ○体重、血圧、脈拍を計る→お腹が張ってたり熱があったり等の異常がある人はムリしてやらない。

 ○プールに入り、前向き横向き後ろ向きで水中散歩

 ○準備体操&ヘリに捕まってバタ足

 ○ビート版で2往復

 ○クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、出産姿勢泳ぎを各100mづつくらい泳ぐ

 ○呼吸法(ロープに足を掛けて仰向けに。そして例の「スーハッ!スーハッ!」)

 ○水中座禅(座禅の格好でプールの底に沈む。息みの練習になる。)

 ○クロール、背泳ぎ、平泳ぎ、ドルフィン、出産姿勢泳ぎを各50mづつくらい泳ぐ

 ○脈拍、血圧を測っておわり。

しかもこれを1時間でこなすって言うんだから、もう休む暇もなくって感じ。
私と同じ日に入った子がカナヅチで、もう始まってすぐに「こんなはずじゃー」って泣きそうな顔になってた。
そりゃそうだ。
しかも私の通ってたスクールはカナヅチだからと言ってずっとビート版でなんて甘やかしたりはせず
「セッカクだから泳げるようになって卒業しましょう!」って方針でみんなと同じ分だけ泳がせるの。
ちなみにこの子はちゃーんと泳げるようになりました。
すばらしい。

インストラクターがまたイイ味出してた。
50近くのオバチャン先生なんだけど、これまたもうオジサンのようなオバサンで
(ゴメンナサイ)
筋肉が引き締まってて短髪、声が大きくて明るいゴーカイな、
 この道25年の大ベテラン先生だった。

私も含め初産の生徒さんが多くて、
みんな自分で自分の事「私ニンプだしー。大事にしなきゃー。」って
感じなんだけれど、
この先生に言わせると
「この位でへたばってちゃ子供なんて産めないのよ!!がんばんなさーい!」ってなモンなのだ。
ダテに何百人もの妊婦さんと接してないなって言う安心感は確かにあった。

このクラスは週1か週2なんだけど、私は最初の2ヶ月は週1で通ってたものの、
夏本番になったら
もう暑くて暑くて、水泳だけが心の支えになっちゃって、
結局電車で15分、駅から徒歩15分の道のりを、
汗ダラダラかきながら週2回通った。

振り返ってみてもホントに水泳はやって良かったって思う。
当り前かもしれないけど、水に入ってる間は体の重さをゼンゼン感じない。
妊娠する前と全く同じ
イメージで泳げる。
(ただし見た目はご想像の通り、別の生き物の集団だろうけど。)

陸に上がるともう重いわ暑いわで「しんど。」って感じなんだけど、
プールに入ってる間はホントに気持ち良かった。

それに、もしもプールに通ってなかったら、もっともっと太っていたと思うし(オソロシイ!)
もっともっとストレスを溜めてしまってたんじゃないかと思うのです。

病院によってはマタニティースイミングを進めていないところもある。(私の産院はそうだった)
理由を聞いたら「医者がそばにいる訳じゃないからキケン」
「週に1回くらい泳いだところでたいした効果はない」との事でした。
なるほど。

ちなみに私が通ってたスクールは助産婦さんがいちお居たけど、まぁ確かに医者じゃないしね。
危ないと言われればそうかもしれないけど、
子供じゃないのだからその辺の判断は色んな事を踏まえて
自分でつけて選択すれば良いのではないかと私は思います。

あと効果の程だけど・・・。
結局トータル14キロも太っちゃったし、お産も長かったし
確かに効果はどうだったのかはわかんない。
(あ、でもイキミは上手だって言われたよ。これは水中座禅のお陰かも。)

でもね、私の場合はそうゆう具体的な「効果」よりもメンタル面での効果が絶大だった。

無事出産を終えて一心地ついた時スクールの先生の顔が浮かんで、
お礼と報告を兼ねてスクール宛てに
ハガキを出した。
「これからもタクサンの妊婦さんの心の支えになってください」って。

【番外編】

○水着
あまりお腹が大きくならない人は普通の水着で通せるみたい。
でも大抵胸が巨大化するから普通の水着だとムチムチしちゃうんだよね。
ちなみに私はスゴクお腹が大きくなったので普通の水着ではトウテイ無理だったのだ。
脱ぐと異様にビローーンってなっちゃう妊婦用水着を着て張り切って泳いでたよ。

○マタニティービクス
産院で主催してるマタニティービクスにも1度だけ参加してみた。
こっちもインストラクターはママさん先生で、メニュー内容は水泳と同じく
えっ!マジ!?」ってくらいハード。
普通のエアロビのローインパクトくらいの運動量は余裕である感じでこれまたビックリした。
ただ水泳と違って、ただでさえ暑い妊婦。
夏にエアロビをやった日にゃーサウナ入ったみたいにベトベトに汗かいて、
しかも産院の会議室でやったからシャワーもなく、そのまま電車に乗って帰るのがすっごい不快だった。

そんな訳でこっちは私的に却下でした。



やっぱり揺れる妊婦心。

妊婦はホルモンのバランスが一時的に崩れる関係で、情緒が不安定になると言われている。
男子からすると、ツワリにしてもこの情緒不安定にしても「そんなモン気分的なモンなんじゃないの?」
て思うかもしれないけど(思ってても口にだせないだけと私は見てるぞ。)
妊婦ってヤツはホントに情緒が不安定になるんだね。これが。

気持ちの揺れ幅が異常に大きくなるらしく、
ちょっとした態度や言葉にすごく傷ついたり
気になったり、不安になったり、ムカツイたり。
おまけにやたらと涙もろくなる。

「ホントにちゃんとやって行けるんだろうか」と突然不安になったり、
先輩ママの「子育てなんてどうって事ないのよ」「生まれてからの方がタイヘンよ」なんて言う
お決まりのセリフまでもがスゴク不愉快に感じちゃって聞き流せない、とか。
あとは、気弱になってるせいか友達が遠くに感じたり。

逆にダンナさんの優しさがヤケに心に染みる時も多かった。

友達にしても「遠くに感じる」時もあれば、
海外からの里帰りで「後になればなる程SHONがシンドくなると思って。」て、
可愛いベビー服を持って陣中見舞いに来てくれた友達達や、
相変わらずの調子でちょこちょこメールをくれては「あそぼー。」って言ってくれる友達にすごく感激してしまったりもした。

そうゆう事も含めて、今までならそんな些細な事でクヨクヨしたり過剰に感激したりしないだろうに
“たかが妊娠”で、自分の感情をうまくコントロールできない状態に陥ってしまった事にすごく戸惑った。

何だかとても情けなかった。

しかもカッコつけちゃって「これは母になるための試練なんだ。自分の気持ちなんだから自分でなんとかしよう。」
なんてカッコつけちゃって。


結局、この不安定な気持ちを、ダンナさんを始め誰にも相談したりブチまけたりしなかった。
今思えばそんな風にシリアスに考えてしまうのも普通じゃないよね。
1人でクヨクヨしてるから余計に悪循環を誘ってたのかなって思うけど、
その時は思い込んじゃってるからわかんないの。
今思えばそれもこれも全部笑い話だけど、その当時はやっぱり心細かったんだろうな。

これの教訓は、結局自分は自分で思ってるほど何でも自分1人で出来るわけじゃないって事。
これからだって、きっと色んな事があるんだろうから。


席を譲ってくれる人なんて。

よくドラマやなんかだと、バスや電車でお腹突き出してフーフー言ってる妊婦さんには
必ず「どうぞ」
なんて爽やかに席を譲ってくれるものです。
が。
現実は甘くない。
席なんて譲ってもらえないのよ。

95%ムリよ。

ワタシはツワリがまだ残る妊娠5〜6ヶ月の時、
ちょうど姉が大きな病気をして入院してたので
週に1〜2回、約1時間電車に乗ってお見舞いに行ってた。
体が小さいせいもあって5ヶ月半くらいでもうお腹が結構目立ってたんだけど、
この間席を譲ってくれたのはたった1回。
雰囲気からいって販売系のパート帰りかなんかの身奇麗なオバサンだった。
でもなんかとても疲れてそうに見えたから、
その日は自分の体調も良かったし
譲ってくれようとしたそのオバサンの優しさにも感激してしまって
結局「大丈夫です」って断ったんだけど。

あとはマタニティースイミングも電車で通ってたんだけど、こっちは1回も声を掛けられた事はない。
まぁ最初からそんなモン期待してないけど、現実はそんなもんなのだ。

それにしても電車に関してはムカツイタ事がある。
7ヶ月の時のこと。
久しぶりに人ごみに出て行く用事があって、なるべく電車の空いてる時間を狙って家を出た。
来た電車は空席もチラホラあってホっと一安心。
ところが。
プッシューっとドアが開いたその瞬間、私の後ろに並んでいたOL風の若いネーチャンが私を押して(!)
是が非でも「端の席に」座りたかったとしか思えないくらいの勢いで、端っこ目がけて突進したのだ!
その時の私はどこからどう見ても妊婦。(か、すごいデブ)
もうスッゴイ頭に来たさ。
だって空席はタクサンあったし、たかが端っこの席座りたいだけで妊婦押すか!?
て言うか、妊婦じゃなくたって押さないだろう、て思ったらもうムカムカ最高潮。
そのネーチャンのとなりにドスンと座った私は全体重を掛けて彼女の足を踏んでやった。
チクショウメ。

まぁ、そんな人はマレだけど、
とにかく妊婦にも、赤ちゃん連れにも、お年寄りにも、席を譲る人は
ホトンドいないのがこの国の特徴です。
これはモラルとかどうとかって事はさておき、日本の特徴(文化?)として覚えて置いた方が良さそうです。

それとは逆に、だいぶ前にスゴク心温まる出来事があった。

ある夜の小田急線に、すっごいヨボヨボの外人にジーサンが乗ってた。

どのくらいヨボヨボかと言うと、
座ってるのにもかかわらずステッキでバランスを取っている程の
ヨボヨボ具合だ。
座ってたから立ったらどのくらいフラフラしてるのかは分からなかったけど、
少なくても電車が動いてる時に立ったら相当キケンな感じがするくらい
ヨボヨボのシワシワの
ヤセッポチのジーサンだった。

電車が代々木上原に着いた時、1人の妊婦が乗ってきた。
座席は新宿からの人ですでに満席。

私は「席を譲らなきゃな・・・でもセッカク新宿で2本も待って座ったのにな・・・でも譲らないとな」
なんて少しの間自分の中で躊躇してた。
時間からいって私を含めてみんな会社帰りの疲れてる人達ばかりで、
多分大方の人が同じような事
を頭のなかで考えていたんじゃないかと思う。

その躊躇してるホンの少しの間に「プリーズ」というしわがれた声が聞こえてきた。
フと目を上げると例のジーサンが杖を頼りに立ち上がって、妊婦さんをドアマンのように促してる。

カッコ良かった。

妊婦さんはジーサンのあまりのヨボヨボ具合に遠慮して手を振りながら「大丈夫」って断った。
そしたらジーサンは「君が座るのは当然の事だ、早く座りなさい」みたいな事を言った。
完全なるジェントルマン。

なんだかそのヤリトリに惚れ惚れしてしまって「私が席を譲ろう」って思ったその瞬間、
学生風の男子がすごく照れ臭そうに「どうぞ」って席を立った。
学生さんが座ってた席は妊婦さんと外人さんがヤリトリしてた席から少し離れてて、
学生さんは少し歩いて少し大きな声で「どうぞ」って言った。

外人のジーサンは自分の方がヨロヨロしてるのに
妊婦さんに「アナタはここに座りなさい」
みたいな事を言って、
そっちの席へヨロヨロと歩いて行った。

そして学生さんの方をポンっと叩いて、目をじっと見てなにか言ってからストンと座った。

すぐに席を譲れなかった自分を恥じながら、どうして席を譲る時、
なんだか少し恥ずかしい気持ちになっちゃうんだろう…て思った。

これはもう10年近くも前の出来事なのだけど。
自分が妊婦になって、
フと思い出した素敵なエピソード。


妊婦がこんなに暑いなんて。

予定日が9月15日だったんで、デカイ腹かかえて猛暑を乗りきった事になる。
1999年もメッチャクチャ暑かった。

それまでの私は暑さ寒さには割と強くて、
特に夏は、汗をホトンドかかないというありがたい体質も
手伝ってどちらかと言うと好きな季節だった。

ところが。
「9月じゃ夏が大変ね。」なんて気の毒そうに言うオバサマ方のおっしゃる意味が盛夏を待たずして身に染みた。
妊婦はメッチャクチャ暑い。

どのくらい暑いかと言うと、寝てると胸から首にかけて、まるで水を浴びたようにビッショリグッショリに濡れている。
5分と歩かないうちに背中からパンツのゴムにかけて、これまたビッショリ。
こめかみを伝う汗・・・。内側から火照ってくるような暑さ。
不快じゃ。ガマンできん。

18才からずっとロングにしていた髪を、暑さに負けて十数年ぶりのショートカットにしてしまったほど暑かった。
アナドレンね。
どうして妊婦が暑いのか。

きっと医学的に理由はあるんだと思うんだけど、体感した感じによると、
新陳代謝が異常に良くなっている感じがしたね。

汗かきの人の苦労が分かったよ。

ところで出産後、髪をロングにしていたいアナタ。
暑くても髪は切らない方が賢明でしょう。

何故なら。
出産後、髪が抜けるって話しは良く聞くと思うけど、抜けるだけじゃなくて伸びないのよ。
全然。

「髪なんて伸びるし」なんて思って余裕でバッサリ切った私だけど、
ホントにビックリするくらい産後しばらくは髪がまったく伸びませんでした。

ホント、女体って不思議がイッパイ。


変体していく体。

自分の体がこんな短期間にどんどん変化して行くことなんて、長い人生通して考えてもそうそう無いことだ。
外見的な変化だけでなく、
妊娠すると実にさまざまな症状が我がの体に起こり、色んな初体験をする。


そんな『ニンプな症状&ニンプ的初体験』アレコレ。

○ツワリ

妊娠初期に現れるとても不快な症状。これまた人それぞれ、いろんな症状があるらしい。
ドラマやなんかだと普通に話してる最中に突如「ウッ!」っと口に手を当ててトイレに走る。
っていうのが一般的だけど、周りに聞いてもそんな風になるヒトは居なかった。

出産シーン同様、これまた「ドラマのウソッパチ」って事が判明。

ツワリの症状で一般的なのが
・なんだかムカムカする。体がだるい。
・急にニオイに敏感になる。ある特定の匂いを嗅ぐとムカムカに拍車がかかる。
・サッパリしたものが食べたくなる。(必ずしもスッパイ物とは限らないようだ)
・食べ物の嗜好が変わる。
可哀相な症状として
・食べ物を見るだけでキモチ悪くなる。
・食べ物を食べてないとキモチ悪くなる。(おそろしい・・・。)
・水を飲んでも戻してしまう。
私の場合は
・食べると気持ち悪くなって吐く。(でも食べることはできる)
 特に大好きだったカニ、エビを食べると吐く。
・梅干し、ソーメン、ソバ、酢飯、冷菓子を好んで食べる。 

 特にミニストップのソフトクリームを狂ったように欲する。
・車酔いのようなムカムカ感が常に付きまとう。

・頭が重く、ダルイ。
と、一般的な症状の範疇だったようだ。

一般的な症状でおさまってるウチは、ツワリが去って行くのをジっと待つしかないと思うんだけど、
可哀相な症状が出ちゃってる人は妊娠中期以降、なんらかの不具合が生じてきそうなんで
産婦人科に相談した方がよさそうです。
多分なんらかのアドバイスや処置をしてくれることでしょう。

忘れちゃならないのがこういった症状が一切でない人がいるという事!!
ウラヤマしすぎる!
私の知人はツワリが全くなく、
普通ならピークの筈の4ヶ月にベイスターズの優勝パレードを見に行き

沿道でベイファンと一緒にフィーバーしたと言っていた。パワフルだ。

○便秘
これまた侮れないニンプを襲う不快な症状。

女子はもともと便秘がちな人って多いけど、妊娠するとこれに拍車がかかる。
ちなみに私はこれまで便秘知らずな人生だったんだけど、思いっきりハマってしまった。
便秘って辛く苦しいものなのね。

「食べ物・体重・ウンチ」。この3大テーマは、私のニンプ生活の代名詞と言っても過言ではない。
食べたい→食べてしまう→体重が・・・→そう言えば今日もウンチが出てない→体重が…
→食べたい→食べてしまう→ウンチが出てない。
クスリを飲もうか迷う。時に飲む。→でも出ない→体重が…→そうこうしてる内にまた食べたい…
と、もうケモノの様な思考回路をグルグルとさまよっていた。

幸いにして私は免れたけど、この便秘にプラスして痔持ちになってしまう人も少なくないらしい。
気の毒だ。

この事に限らず、物事っていうのは何でも
「INとOUT」のバランスが崩れると
良く無い方良く無い方へと進んで行ってしまうものなのね・・・と
身を持って体験。

ところで出産後この便秘体質はどうなるのかと言うと、私の場合、これまた見事に元に戻った。
カブが出てスッキリ、便秘も解消されてスッキリ。

メデタシメデタシ。

 
○腰痛
痛いねー。もう腰が痛いのはニンプ共通の悩みだねー。
しかもこれだけは産んでからも拍車がかかる一方だねー。
昔の人は子沢山。
妊娠する→腰痛になる→出産する→骨がもろくなる→子供抱く→更に腰が痛くなる→また妊娠する→
更に更に腰が痛くなる・・・と繰り返して行くうちに、
女の体はボロボロのぼろ雑巾のようになって行ったことでしょう。

ナムゥ。
1人でもスッカリ腰痛持ちになってしまった私は、先人の女性達に尊敬の念を抱かずにはいられないのでした。

この腰痛の他に背中痛、股関節痛、恥骨痛なんかを伴う人もいるらしい。
ちなみに妊娠中はマッサージなんかもロクにできないので、この痛みとはガマンして付合うしかない。

 
○しびれる
何がしびれるかと言うと、仰向けに寝ると手足がしびれるのだ。
妊娠後期ともなると腹の重さは結構なモンになる。
仰向けになるとこの「結構なモン」が重くのしかかった状態になる。
そして手や足といった末端の方まで血が通わずしびれると言うわけ。

いちお寝る時は横を向いて寝るんだけど、知らないうちに仰向けになってる。
(寝てるんだから仕方が無い)

夜中にトイレに起き上がろうとすると足がビリビリにしびれてたりして、
真っ暗い部屋をデカイ腹抱えて

しびれた足を引きずりつつフラフラとトイレまで歩く姿はちょっと異様に違いない。

こうゆう悩みを解消する「ニンプGOODS」も売っているのだ。
高さのある枕を2つタオルにくっつけた様な形状をしていて、
その枕と枕の間に横向きになって眠ると、

寝返りを打てないから仰向けにならない、といったかなり強引なGOODSだ。

ちなみにワタシは
最後までしびれてもしびれても知らないうちに仰向けになってる学習しないマヌケなニンプでした。

 
○頻尿
しびれると同様、でかい腹に膀胱が圧迫されてオシッコが異常に近くなる。
たいして溜まってないのに行くもんだからたいして出ない。
なんだかイライラする状態だ。

かと言って、ガマンすると膀胱炎になるらしいから
ガマンしないでイライラしないで
チョロチョロとオシッコをするしかないのであった。
これまたコレと言った解決策なし。

○不眠症
頻尿、ビリビリ(しびれ)、腰痛と来りゃ〜付いてくるのが「よく眠れない」。
ひどくなると「不眠症」。

幸い私は不眠症までは行かなかったけど、やっぱり後期はグッスリ眠れなかった。
しかも臨月に入るとこの症状に加えて「そこはかとない不安」がつきまとい、夜になると眠れない。
夜、真っ暗になってシンとすると色んな事が気になって、どうしても眠れないのだ。

でも、まぁ朝になれば眠くなったので、
もう開き直っちゃって夜は本を読んだりパソコンをやったりして
夜行性な生活を送ってた。

でもフと思うのが2人目、3人目なんて言ったら眠くなくても夜型ってワケには行かないし、
ツワリでも上の子の面倒見なきゃイケナイし、
とにかくこんな風に「あそこが痛い、ここが痛い」なんて言って自分を甘やかしていられるもの
1人目ならではなんだな、なんて思う。

救いなのは、2人目ともなると精神的な不安は随分なくなるだろうけど・・・。

でも肉体的な不快感は1人目だろうと2人目だろうと同じだもんね。
やっぱり母はツヨシなんだなぁ。


○巨乳体験
友達ですごい巨乳の子がいる。
その名も「オッパイユリチャン」だ。(ユリちゃん、勝手に名前使いました。)
同性ながら惚れ惚れするくらいの巨乳ぶりで、どうしても見てみたい欲望を押さえ切れず
「一緒にお風呂入ろうよう。」とお誘いして1度だけ拝ませてもらったことがある。
デカイだけでなく美しい乳であった。
ユリちゃんの乳が垂れて行く姿は同じ女として想像したくないね。

ちなみにこの話しを姉の友達にしたらその人曰く
「SHON変態だよ。それに私がそんな事言われたら逃げて帰るよ」って言われた。
そっかなぁ。
女同士なんだからイイじゃないか。と思ったけれど、
ホントのところユリチャンはその時どう思ったのかはナゾだ。

話しは逸れたけど、やっぱり女ならそんな巨乳な乳に憧れるものだ。
そしてそのチャンスはやってきた!
妊娠中期〜出産直後までの間、
その乳は「エエエエッ!?」っと思うくらい巨大化する。

が。
自前の巨乳と違うトコロ。
それはこっちの乳は「美しくない乳」なのであった。

どう美しくないかと言うと、まず乳首の色&形が美しくない。
でかく黒くなり、遠くから見ると2つの巨大な目玉のようになるのだ。
そして乳房の方は血管が青く浮き上がりまるでメロンのようではないか!
もう見るからに「母乳のための母乳による乳」って感じの巨乳ちゃんになってしまうのでした。

そして思い描いていた「巨乳な自分」とは遠くかけ離れガックリしつつ、
もっと深刻な心配事は「この乳、もとに戻るのか?」って事。
だって一生こんなナマナマしい乳だったらもう私って台無しじゃん!って。

結果は・・・。
乳首に関しては、色は元に戻りました。(ホッ。)
形は何だかシワっぽくなった事を除いてはおおむね元に戻りました。(ホッ。)
乳房に関しては、青筋は消えました。(ホッ。)
形は。
すごーーーく垂れて弾力がなくなり、
ペニョペニョした感じになってしまいましたぁぁぁぁぁ……。(OH!NO!)

もとの乳に戻りたいー。


正直言うと怖かった。


妊婦生活もいよいよ後期になると、
小心者の私は油断するとアレヤコレヤと考えても仕方の無い
事を考えてはソコハカと無い不安に襲われていた。
例えば「五体満足で生まれてこなかったらどうしよう、その時自分はちゃんと育てられるのだろうか」とか
「今まで楽しかった2人の生活が変わっちゃうんじゃないか」とか

「私ってちゃんと親になれるんだろうか」とか。
あとは出産の事。

「すげー痛い」って聞いてたから、どの位痛いのか想像するとなんだか怖くなったりするものの、
人前で醜態をさらすような事はしたくない。
ちゃんと出来るんだろうか、なんて事も思った。

・・・ホントに考えても仕方の無い、しょうもない事ばかりだ。

終ってみれば正に「案ずるより産むが安し」。
その通りなんだけど、何せ人間1人の人生がかかってることなのだ。
これまでの事のように「なるようになるさ」なんて気楽に思えなかった。

でもそんな風にしょうもない事をグルグル考えてる自分も何だか情けないし、かと言って
考えない様にしてても油断すると考えてる。
これはイカン!っと思い、妊娠後期にハマったものが以下の3つ。

 @読書。図書館で借りまくっては読み漁った。
 Aパズル。オタクと化した。ジグゾーとスーパーファミコンの「ピクロス」。
 Bレンタルビデオ(映画)。作品を選ばないとより危険な思考にハマる危険性あり。

つまりボーっとする隙を与えないのだ。
とりあえず目先の効果はあったものの、パズルな日々は寝不足と肩凝りを助長したのであった。

それにしてもここ10年くらいを振り返っても、こんなに心細い気持ちになったことはない。
「自分の事は自分でやる」「なるようになるさ」「楽しいと思える毎日を過ごす」
これが私の基本的モットーで、
これまでも悩み事があったとしても、
それはそれで上手く付合ってきたつもりだった。
なのにこのテイタラクだ。
情けないったらこの上ない。


結局この不安感は陣痛がくるその日まで続いた。
解決策は無かったと言う訳だ。

後になって思えば「自分の母親が居ない+自分達でやるんだ」という
頑ななまでの強い決意
が不安感に拍車を掛けていたのかもしれない。

ただこれに関して言えば、産褥期を通して結局ダンナさんと2人で遣り通したこと。
それはその後の育児に大きな自信になったし、2人の結束もより高まったように感じる。
そう思えば妊娠中の不安もムダじゃなかったのかも。

妊娠中、フと思った事がある。
人間も動物。
子孫を残し、女が子供を産み育てるという事がずっと昔から脈々と続いてきたからこそ、
今の私がいて、ダンナさんが居て、そしてまたお腹の中のBABYがいるんだ。て事。
そんなアタリマエの事を忘れていたような気がした。

鮭のメスは卵を産むと力尽きてその生涯を閉じる。
誰に言われるでもなく、川を上り、卵を産んで死ぬのだ。
哺乳類の動物も出産は命懸けで、産むたびにその寿命を削っているに違いない。
そしてオスは家族を守るために狩りをし、また繁殖のために戦ったりする。

人間は医学、化学、思想、煩悩・・・いろんな雑音に囲まれて、動物ってことをリアルに感じる時は少ないと思う。
「人間も動物」
この事をリアルに感じ考える事で、自分の周りの世界がすこしだけ変わった様な気がした。


いざとなると冷静なのが女。

いよいよその日がやってきた。
予定日は9月15日だったので、既に6日予定日を過ぎた9月21日の深夜。
生理痛のような鈍痛を感じた。
少量の出血アリ。間隔を計ると15分。

「きたっ!!15分だからまだだな。よしっ!」
ダンナさんに陣痛が来たことを告げ、オモムロに入院の支度を始める。
ノートに陣痛の間隔と時刻
を記入し、翌朝の開院時間まで待つことに。

多分出産も2人3人と経験していくうちに、陣痛がどのように来たか、とか、その時どう思ったか、
みたいな細かいことはどんどん忘れていってしまうのだと思う。
ただ私は今のところ子供はカブ1人な訳で、出産もまた生涯経験1回。
この日の事は鮮明すぎるほど覚えている。忘れられない出来事。

予定日が近づくほどに不安感は強まる一方だったのだが、
陣痛が始まった途端
ウソのように不安が消えた。
不思議なほど冷静だった。

その時の感じを例えて言うなら、100m走本番って感じ。
だんだん自分の順番が近づくにつれて胸の鼓動はドキドキ、緊張間は一気に高まり、
ちゃんと走れるか一瞬不安になったりする。
そしていよいよ自分の番。レーンに入ってスターティングブロックに足を置いた瞬間、
妙に肝が据わる感じ。
分かる?

そこまで来たらやるべき事はピストルの音を聞き逃さず、あとは思いっきり走るだけ。
そうゆう気分だった。

何だか急に世界が現実的になった。
「洗濯しちゃおうかな」「軽く掃除して・・・」「ゴミまとめてー。」
「あ、入院中の注意事項。あれも付け加えておこう」「友達にメールの返事かいちゃお」
「陣痛って生理痛の重いバージョンなのか」
そんな風に朝を迎えた。

さすがに眠れなかったけどね。

翌朝、ダンナさんと一緒に車で病院へ。
道すがら朝マックして、コンビニでジュースやら飴やら購入。
「生理痛のような鈍痛」は少しずつ痛みを増して「すごく痛い生理痛」くらいになっていたが、
ガマンできないほどじゃない。

マックで朝食を食べてる時、「今の痛みを1としたら、最終的いどの位まで行くと思う?」って聞かれた。
「10くらいかな。」って答えたのを覚えている。
まったく、ホントにその時は「大目に考えても、これの10倍痛ければ充分だろう」って思ったのよ。
結果的にはその時の希望的観測はコッパミジンに打ち砕かれ、
翌日のその時間になってもまだベッドの上でモンドリ打ってたというキビシイ現実が待っていたのだけど!

それにしてもイザとなると冷静なのがオンナだね。っと我ながら思ったよ。
具体的に「赤ちゃんがもうすぐ産まれるんだ」とか、「これから出産が始まるんだ」みたいな覚悟が出来ていた訳じゃない。
ただただ、妙に冷静だったのだ。
ここに来て、ようやく「母性」が「煩悩」に打ち勝ったのかもしれないなって思う。

とにかくそうやって、
長い長い”トツキトウカ+7日のニンプな毎日は幕を閉じた。

  

                        home  掲示板  日記