Prologue

 

 

C.E.70211日。

地球連合はP.L.A.N.T.に宣戦布告をつきつけ、全面戦争の火蓋が切って落とされた。

3日にわたる激戦によりZ.A.F.T.MS部隊が地球連合艦隊を殲滅せしめるも、地球連合のMAによる一発の核弾頭がP.L.A.N.T.の一基を打ち砕いた。

瞬時にして生み出された243721名の犠牲者―――――ユニウス・セブンの悲劇、血のバレンタインと後に人は呼ぶ。

時に214日のことだった。

 

アプリリウスホールにひしめく喪服姿の人々の只中、シーゲル・クライン議長の声が反響する。

『この地球連合の理不尽なる攻撃に対し、我々は徹底抗戦をここに宣言するものである!』

そして無数のシャッター音と閃光とが彼を照らし出す。

この218日。

シーゲル・クライン最高評議会議長による黒衣の宣言後、引き続きユニウス・セブン追悼慰霊式が行われた。

『我々は決してこの悲劇を忘れない…御霊よ安んじて眠りたまえ』

遺族代表として弔辞を読み上げるパトリック・ザラ国防委員長の傍らには、腕いっぱいに白百合を抱いて立つ喪服ドレスの少女がいた。

壇の上の少女は国防委員長の背後でぽろぽろと涙の雫を流し続けて、必死に遺族代表というその役割に耐え忍んでいるようだった。

悲しみは伝染する。

会場はすすり泣く人々の気配で満ちていた。

彼女の白い頬を伝う涙の雫がやがて白百合の花びらに落ちる。

黒い人々の群れが見守る中、悲しみを湛えた儚げな少女はやがてその涙で濡れた白百合を祭壇に捧げ、国防委員長に従って場を降りた。

そしてつぎつぎと献花台に人々が花を供えていく。

遺族なる人々は或るいは泣き崩れ、或るいは嗚咽し、互いを励ましあいながら壇へと進んでいく。

いずれこの花々は献花台もろともに凍結され、ユニウス・セブンのあった区画に永遠の慰霊碑として捧げられることが決定していた。

「ただただ残念です、パトリック。奥方のことは…言葉もありません」

国防委員長を取り巻く人々の狭間、母エザリアが声を掛ける。

イザークはその背後に控えていた。

「ああ、本当に」

この一週間でひどくやつれた面のパトリック・ザラ国防委員長は口許を覆い、眉間に皺を寄せる。

…まるで10歳も一気に年老いたようだ、とイザークは思う。

国防委員長の奥方は農学研究者で、ユニウス・セブンのラボにいた。

「何でこんなことに…やりきれんよ」

「どうぞ気を強くお持ちになって下さい、パトリック。あなたまでも泣かれればレノアも一層悲しみましょう」

ユニウス市から選出されたルイーズ・ライトナー議員は自身嗚咽しながら言う。

「けれどわたくしもただ悔しくて悲しくて…ごく平和な農業コロニーを、あれほどの人々の命を、何故ナチュラルは自爆作戦などと言えるのかと…!」

国防委員長の傍らにあった少女はレースのハンカチで顔面を押さえ、その声を荒げるライトナー議員に抱きこまれて声も上げずにただ泣いていた。

「我々はこれ以上の犠牲を生むわけにはいかぬ、絶対にだ」

不意にパトリック・ザラは口調を和らげ、少女の背に手を回す。

「臨時最高評議会がある。お前はもう邸に帰れ、アスラン」

ライトナー議員が腕を離し、ようやくに少女は振り向いた。

綺麗なエメラルドグリーンの瞳、泣き腫らして目の淵を赤く染めた眼前の彼女は緩やかに波打つ蒼い髪、透き通るような色白の肌。

身長は自分よりもやや低いといったところで、実に端整で綺麗な少女だとイザークは飽かず眺める。

「…よいのですか」

か細い、柔らかい声だった。

「よい。これ以上ここにいてもつらかろう。この数日ご苦労だった」

「お母さまのことはあなたも辛いでしょうけれど、どうぞ気を落とさずに」

母エザリアの言葉に、アスランという少女はしっかりとした言葉を返した。

「お気遣いありがとうございます」

不謹慎ではあるが、とイザークは考える。

この少女はひどく可愛い…自分がこんなことを思うのはラクス・クラインのデビューライブ以来のことだ。

「では失礼いたします」

特務隊に護衛されて辞去するアスラン・ザラの背中を見送りながら、イザークは言う。

「…国防委員長に令嬢がおられたとは知りませんでした」

最高評議会議員の子どもたちには夜会で顔を合わせる機会も多かったが、彼女だけは一度も見たことがない。

「会うのはわたくしも初めてです。あの子だけでも助かったのがパトリックには幸いだったでしょう」

見遣りながら母は言う。

母上でさえ会うのは初めて?…どういうことだろう?

それ以上聞くのも躊躇われて、とにかくもユニウス・セブンの破滅にあの少女が巻き込まれなかったことをイザークは心の片隅で感謝した。

 

 

そしてP.L.A.N.T. "Peoples Liberation Acting Nation of Technology" と改称すると同時に、地球に対しオペレーション・ウロボロスなる作戦の実施に着手した。

 

 

このP.L.A.N.T.ではZodiac Alliance of Freedom Treaty、通称Z.A.F.T.が政権を独占している。

党と政府そして軍が一体化しているこのP.L.A.N.T.において、今の自分の年齢で上へ上がることを目指すならば士官学校が目下一番早い。

イザークはぼんやりと流れていく外の景色を眺めていた。

大学のラボに多少なり未練がないわけではないが、母の期待と見事合致した自分の将来像は、もはや確固として眼前にあった。

軍の花形であるMSパイロットコースの選抜にももちろん合格した。

士官学校MSパイロット養成課程での成績優秀者は赤服に叙任され、そして順調に出世を重ねるならば隊長、白服となっていく。

―――――やってやろうではないか。この俺ならば出来る。

やがて停まった車、イザークは車から降り「いってらっしゃいませ」という運転手の言葉を背に門扉へと入る。

桜並木の向こうに、重厚な士官学校校舎が見えた。

そして同じように真新しい緑色の詰襟制服を纏った同年代の少年たちが校舎へと向かっていく。

周囲は全てライバルも同然、気を引き締めねばとイザークは闊歩する。

P.L.A.N.T.を守る為、愛する母の期待に応える為。そして何故かちらと過る国防委員長の令嬢の面影。

俺は負けん!

やがて校舎手前掲示板前でたむろしている少年たちを威圧するように見回す、ここにこの俺に叶うやつなどいはしないだろう!

「見た?」

「ああ、…こないだの放送で見てた。可愛いよなぁ…」

周囲の緑服の少年たちがざわめく。

何だ?

イザークは眉間を潜めるが、その矢先、不意に背後から声が掛けられた。

「あれ、イザークじゃん。お前も入ったんだ」

イザークは振り返る。

数年ぶりに見える幼馴染。

金髪褐色の肌のディアッカ・エルスマンは大層背が伸びて、すっかり大人の低い声に変わっていた。

昔は俺よりチビだったくせに、と思わずイザークは睨む。

「貴様もか」

「まぁね。ユニウス・セブン見たらさすがに遊んでるわけにも行かなくなっちゃって」

最もらしいことを言う、とイザークは鼻の上に皺を寄せる。

「おい、向こうのざわざわしてるのは何だ?」

「ああ、ザラ委員長の娘さんがここにいるんだってさ。お前も追悼慰霊式典TVか何かで見たろ?あの時の白百合のコ」

イザークははっとして一瞬怯む。

「な、何ィ―――――ッ!?」

人垣をかきわけて進む。

士官学校新入生には女の数が圧倒的に少ない、だから緑色の詰襟の男たちの只中で、淡紅色の制服を纏う彼女は自然目立った。

見紛うことのない少女は少しばかり臆した表情できょろきょろと周りを見回していた。

 

 

「おーお、すげぇ人気」

人だかりを前にラスティ・マッケンジーは肩をすくめた。

あの追悼慰霊式典生放送で、ザラ国防委員長と一緒にいた彼女を可愛いと思っていたのは、どうやら自分だけではなかったようだ。

ラスティは傍らの少女に声を掛ける。

「挨拶してお友達になれば?MSパイロットコースで女子って珍しいじゃん」

「いやよ。別にお友達をつくりに来たんじゃないのよ」

真新しい薄紅色の制服に身を包んで、長い髪を一つ結びにしたシホ・ハーネンフルスは顔をしかめて顔を背ける。

「そう言うなってば。お前それだから友達少ないの」

「うるさいわね。ラスティが行けばいいじゃない!」

だが先方はシホに気づいたらしい。人波を縫うように歩み寄ってきて、実に朗らかに名乗った。

「私はアスラン・ザラ。よろしく」

「…シホ・ハーネンフースよ」

アスラン・ザラは手を差し出す、だがシホはそれを一瞥して、するりと逃げてしまった。

おいおい、これでは差し出した手が虚しいじゃないか、かわいそうに。

フォローするようにラスティが進み出てその手を握り締める。

「俺が代わりにご挨拶。ラスティ・マッケンジー」

救われたような顔で彼女はまじまじと此方を眺めて、やがてしょんぼりとアスラン・ザラは言った。

「あのコに何か嫌われちゃったみたい。私何かした?」

「あいつ幼年学校から知ってるけど、ああいう性格。気にすんなよ」

話している最中、鋭利に削ぎ落とした銀髪にアイスブルーの眼差しの少年が凄い勢いで歩み寄ってきた。

「何故お前がここにいるッ!!アスラン・ザラッ!!」

綺麗な顔と裏腹に口調も凄い勢いで少年が言い募る。

「…え?そんな」

アスランは圧倒されたように一歩後ずさる、銀髪の少年は胸を張って仁王立ちした。

「士官学校とはいい度胸だッ!俺はイザーク・ジュール、覚えておけッ!」

一方的に通告されて、アスランは何とも微妙な顔を見せた。

ジュール、どこかで聞いた名前だなとラスティは記憶を手繰り寄せる。

…確か最高評議会議員あたりにそういう名前の凄い美女がいたような気がするのだが、身内だろうか。

「俺ディアッカ・エルスマン。よろしくぅ」

イザーク・ジュールの傍らにいた褐色の肌、金髪の少年は白い歯を見せてウィンクする。

陽気な見た目でいかにも軽薄そうなヤツだ、こんなヤツまで士官学校に、とラスティは思う。

わいわいと興味半分で取り巻く少年たちの只中でアスランは不安げな顔を見せる。

その時高い声が響いた。

「アスラン!よかった、探しましたよ!」

深緑色のくるくるふわふわした髪の少女めいた少年――緑服なので辛うじてそう判別できる――が駆け寄ってくる。

「ニコル」

ホッとした様子でアスランが振り返る。

「…何、知り合い?」

「そう。ニコルのお父さまにはマイウスでお世話になってたから」

おっとりとした様子でアスランは言い、傍らの少年は周囲を見回しながらにこやかに声を上げた。

「ニコル・アマルフィです、よろしくお願いします!…って、あれ?イザークとディアッカもいたんですね」

「おうよ。今頃気づくなよ」

「貴様みたいな子どもまで入ってきたのか!貴様は大人しくピアノだけ弾いておけ!」

どういう繋がりかは知らないが、実にぞんざいな金銀コンビとニコル少年は顔見知りらしい、とラスティは興味深く眺める。

ムッとした表情でニコルは口を尖らせた。

「いいじゃないですか。僕だってもうじき成人なんですから。ねえ、アスラン?」

「うーん。でもピアノはいいの?コンサートとか…」

「ピアノはまた弾けますよ。今はとにかく戦争が終わらなくっちゃ」

朗らかにニコル・アマルフィは言う、だが周囲の面々は不意を衝かれたように一瞬黙り込んだ。

そう、ここにいる全員がその思いで志願してここに集って来たのだ。

「そうね」

一言、沈痛な表情でアスラン・ザラが答えた。

『新入生の皆さんは体育館前へ移動して下さい』

場違いなほどにのんびりとしたアナウンスが青空に鳴り響いた。

 

 

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