
9
7月6日。
パシッという音が耳元で炸裂した。
これも当然の結果といえば結果、とラスティは眉間に皺を寄せる。
打たれた頬を押さえながら、ラスティは走り去るレインの後姿を見送る。
「おーお。見事な平手打ち。大したもんだね」
上から掛かる声にラスティは目を上げる。
貯水槽の上で寝転がって覗き込んでいる金髪褐色の肌の少年は、白い歯を見せて笑った。
「…見るなよ」
気恥ずかしさにラスティは少し俯く。
「勝手にここで別れ話はじめたの、お前だろ」
ラスティは貯水槽の梯子を上ってその傍らに立つ、ディアッカは煙草を指に挟んで煙を吐き出しながら笑った。
「あーあ。凄いほっぺた真っ赤だな」
「…ゴメン、ディアッカ。せっかく紹介してもらったけど、俺ってやっぱダメだったみたい」
「まぁ仕方ないか。お前も吸う?」
寝そべったディアッカが煙草のケースを差し出し、座り込んでラスティも煙草を1本つまむ。
ディアッカの煙草から火を移してもらい、そのままくわえこんで口の端でぶらぶらと揺さぶってラスティは空を振り仰ぐ。
「俺、しばらくもうこのままでいいや。別に無理に彼女とか作らないでも」
「やっぱアスランがいい?」
答えずにラスティは煙の流れる方向を目で追う。
「もういっそアイツと付き合えばいいじゃん、お前」
ディアッカは実に簡単に言ってくれる。
「それってありえないし。なんだかんだでアスランてイザークとお似合いだよ」
万事あの2人はそれなりに釣り合いが取れている…とは思う。
「そうかねえ。案外お前とアスランてイイと俺は思うけど?」
「ニコルみたいなこと言うなよ。俺は庶民、アイツはお嬢様。お前たちと違って俺はお嬢様とお付き合いできる身分じゃないよ」
「んなこと言っても、お前の親父てクィンティリスのマクスウェル議員じゃん」
ディアッカの指摘に、ラスティは瞬時息を詰める。
「…知ってた?」
ラスティは前屈みになって煙を吐き出す。頭の後ろで手を組んだディアッカはにやりと笑った。
「そりゃあね」
「でも親父にはもう10年も会ってないし、今の俺はマッケンジーだし、やっぱ庶民なわけ。アスランお嬢様とはちょっと世界が違うんだよなあ…」
ちょっと切ないが、この世の中にはままならないことがあるくらい、俺だって知ってる。
同日夜。
「やっぱりラスティはアスランと付き合うべきです」
「…はい?」
ポテトチップスをかじりながらマンガを読んでいたラスティは目を上げる。
ベッドの上に正座したニコルはひどく真面目な顔で言った。
「ラスティならいけると思うんです。僕考えたんですけど、イザークに対抗するにはラスティしかいません」
一体何を言ってるんだろう、ニコルは。
しばらく考えあぐねた後、ラスティはマンガを抱えてごろりと背中を向ける。
「寝言は寝て言おうぜ、なぁニコル。お前のお部屋は隣だよ」
「僕は本気です!こっち向いて下さいってば、ラスティ!」
ニコルは珍しく食い下がって、体を揺さぶる。
「悪いけど、今いいところだから」
「前アスランに、お前のせいで技官コースの女の子が寄ってこない〜とかって言ってましたよね?
僕知ってるんですよ。ラスティ、実は今まで何人も技官コースの女の子と付き合ってて、そのたびに振ってるってこと。えーと、ユイさんとかハーネスさんとかレインさんとか…」
耳打ちに、しぶしぶラスティは起き上がる。
「それどこで聞いてきたんだよ」
ニコルはにっこりと笑った。
「ですから、アスランと付き合いましょうよ、そしたら丸くおさまります」
「俺じゃなくてアスランに言えば?ってか、仮にもしそうなったら俺イザークに殴られるどころじゃ済まないんだけど。呪い殺されるかも」
イザークに告白を勧めて、応援するとまで言った手前もある。
約束は約束だ。
「何言ってるんですか、繁殖競争はどこだって厳しいんですよ!第一もったいないでしょう?アスランレベルの美人てP.L.A.N.T.見回してもなかなかいませんよ」
ずいとニコルが迫る。
「僕思うんです。友情から始まる愛があってもいいんじゃないかなって」
「んじゃあ俺とは違う意見だね。友情はあくまでも友情どまり。そんでもって俺とアスランは超親友でそれ以上でもそれ以下でもないの」
またラスティはごろりとベッドに寝転がった。
「そんなこと言ってて、知りませんよ?そのうち気づいても、後悔後を絶たず先に立たずですよ?」
「お前は単にアスランをイザークから遠ざけたいだけなんじゃん?」
ぺらりとラスティは頁をめくる。
「その通りです。イザークにはアスランを預けられません」
きっぱりとニコルは言った。
「ん〜お前が言うほど、イザークってどうしようもないヤツじゃないと思うよ。プライドがめっちゃ高くてむっちゃ気性が激しくて、すんごい偉そうなだけで」
「そこが問題なんだってなんでわからないんですか!」
アスランを姉同然に思っているニコルにとっては心配でしょうがないのだろう。
「とにかく俺には無理だから。他のヤツにあたって」
しばらくニコルはふくれっ面でいたようだが、やがて諦めて部屋を出て行った。
ディアッカにしろニコルにしろ、アスランと俺は結構お似合いだ、付き合えばいいのにと言う。
アイツらは他人事だからそんな簡単に言えるんだ。
休み明けの7月9日。
回を追うごとにMS模擬戦は厳しさを増して、教官の罵声もますます凄みを帯びてきた。
今となっては初日がいかに楽だったかということを思い知らされる。
プロトジンの電源を落として薄暗いコックピットの中、ハッチを開けば格納庫の薄明かりが差し込んでくる。
ラスティはヘルメットを脱いで、ようやくに頬の汗を拭った。
そのままハッチを踏み切り、反対にコックピットへ向かっていく技官候補生たちに声を掛ける。
「ちょい被弾したせいで右腕の制動が遅くなっちゃったから、修理と調整よろしく」
「了解!」
「マッケンジーさん、これ!」
すれ違いざまにドリンクパックを投げ渡されて、ラスティは「さんきゅ」と笑顔でそれを受け取る。
技官コースの女のコたちはきゃあきゃあと相変わらず賑やかでハイテンション、その有り余る元気を分けて欲しいくらいだ。
「お疲れさま!」
キャットウォーク上にはアスランがいて、降りざまラスティはハイタッチする。
「お疲れ!結果オーライだけど、もうちょいスコア伸ばせたんじゃん?」
「冗談。マクシミリアンに徹底的にマークされちゃって振り切るのが精一杯だったんだから。時間切れで助かったわ」
アスランと組んだのが幸い、暗礁地帯ペア狙撃戦は1位通過だ。
ラスティはドリンクパックの口をぱちんと開けて、ごくごくと飲み下す。
「いいなぁ。私も喉渇いちゃった」
アスランが言う。
「いる?」
「いいの?ありがとう」
アスランは受け取って、パックを口にくわえようとした瞬間、脇から伸びた手に奪われた。
「イザーク!それ私が貰ったの!」
「馬鹿、餌付けされるな」
イザークは眉間に皺を作ってそれを持った右手を上に掲げる、当然にアスランには手が届かないので彼女は足先に力をこめてふわりと上昇する。
ふん、とひとつ鼻で笑ってイザークは手を下ろした。
「これは没収だ」
「ひどい!」
イザークとアスランはもつれるようにキャットウォーク上をふわふわと漂いながらロッカールームへと進む。
結局イザークはドリンクパックを片手に男子用ロッカールームへと引き上げ、アスランは憤然とそのまま女子用ロッカールームへと入っていった。
「あーあ残念」
2人の戯れにも似たやりとりを眺めていたラスティは、甘ったるい声に振り返る。
「間接キス阻止されちゃったなぁ?ラスティ」
ディアッカがにやにやと笑っていた。
「あー…そういうことか。イザークのヤツそうならそうと言ってくれりゃいいのに」
「言えないからイザークなんだろ」
ロッカールームはむさくるしい男たちの熱気で蒸す。
ラスティはパイロットスーツの襟元を外して、上半身をはだけて、汗で濡れたTシャツを脱ぎ放った。
「ったく、くっつくんなら早くしてくれりゃあいいのに!」
「微妙なんだって。イザークには渡しません!とか言ってからこっちニコルがやたら邪魔してるし、お前とアスランてちょっと変だし」
隣のディアッカは垂れた前髪を後ろへと流して、替えのTシャツに頭を通す。
「変?俺らのどこが?」
「お前はアスランを甘やかしすぎ。アスランはお前に懐きすぎ。アイツ、毎日ラスティラスティ言ってつきまとってるじゃん。ちょっと突き放してみろよ」
それができたらとっくにそうしてるよ、とラスティは鼻白む。
アスランに泣かれたり嫌われたりするのは絶対にイヤだ。
「…ま、それができないからお前は女の子に縁遠くなるし、イザークに目の敵にされるんだけどねえ」
ラスティは替えのTシャツの袖に腕を通しながら、「ごもっともです」とだけ答えた。
「これは貴様のだろうが。いちいちアスランに渡すな!」
投げつけられたドリンクパックをラスティはキャッチする。
相変わらずイザークは仏頂面だ。
「言っておくけど…俺、別にアスラン餌付けしてるわけじゃないからな」
アスランと2人で菓子類を大量に消費していることだけは認めるとしても、だ。
「ものの例えだ」
そのまま、また廊下を戻ろうとしたイザークをラスティは呼び止める。
「で、お前の方はどうなんだよ」
「どう?」
銀髪ごしの青い目がぎろりと睨む。
いい加減コイツに睨まれるのは慣れたが、無意味に殺気を放出するのはいかがなものなんだろう?
「いや、アスランとの関係は…」
「前の休日にザラ邸に行った」
簡潔に言ってイザークは話を終わらせる。
「そっか」
アスランの家に遊びに行くくらいなら当然何らかの進展があったのだろう、とだけラスティは推測する。
もしかしたら「アスランはイザークには預けられません」とニコルが焦っているのはそのせいかもしれない。
MS運用について教官からの講評が終わって、久々の講義室での放課後を迎え、アスランが背伸びしながらやってきた。
「お腹すいちゃった〜食堂におやつ食べに行きましょ」
「はいよ」
ラスティは書類をひとまとめにしてファイルに収める。
「ニコル〜?」
アスランの声に、教室の隅の方にいたニコルは大声で応えた。
「僕はプログラミングの課題がありますから、先に行っていて下さい!」
相変わらずニコルも勉強熱心だ。
「コロニー戦のグループ分けも終わったし、数日はゆっくりできそうね」
「できないんじゃない?イザークと一緒だからいろいろ大変そう」
アスランと並んで食堂への廊下を歩き出したその時、背後から怒鳴り声が飛んできた。
「アスランッ!!」
いつものようにイザークで、いつものように身構えたアスランが応じる。
「…なぁに?」
「コロニー戦のシミュレーションをやるぞッ!」
ええええ、とアスランはイヤそうな顔をして、ささっと後ろに回りこんだ。
「おいアスラン、俺を楯にするなよ」
ラスティは少しばかり頬を染める。
背中にその胸のぷにぷにが当たってるんだけど、とは口が裂けても言えない。
「今日はもういいわ。それよりこれからおやつ食べるの、私たち。…なんならイザークも来る?」
ちら、とイザークの切れ長の青い眼差しが此方を窺う。
ラスティは肩をすくめた。
わかってるって、邪魔はしないってば。
「こりゃおやつはお預けだね、イザークはもうやる気まんまんっぽいよ。ほらアスラン」
ラスティは背後に隠れているアスランを引っ張り出してイザークの前に押しやる。
「―――――やだ、ラスティが裏切った!」
アスランを受け取ってイザークはにやりと笑う。
「お前の相手なら存分にこの俺がしてやる!これから一緒にシミュレーション室だ!コロニー戦の対策を練らなきゃならんのだからな、来い!」
首元を掴まれて、不服顔のアスランはひきずられるように元来た廊下を戻るハメになった。
「ラスティひどいィィィィ〜」
…俺もそれなりに辛いんだけどね。
7月10日。
もう朝からぶっ通しのMS演習でくたくた、チーム内で元気溌剌なのはイザークとシホくらいなんじゃないだろうか。
とりあえず寮1Fの売店で雑誌と夜食用のパンを買っている最中、ぐいっと袖を引っ張られてラスティは振り返る。
捕まえた!とTシャツ姿のアスランは胸を張っていた。
「なぁに、技官コースの女の子とお付き合いしてたの?私そんなことちっとも聞いてない!」
「…誰に聞いたんだよ、それ」
雑誌を小脇に抱えて、しかも今更、とラスティはひとつ嘆息を漏らす。
背後からついてくるアスランは声を大にして言い募る。
「教えてくれないのってひどい!私、ないがしろにされた感じがする!」
「いちいち相談することでもないじゃん」
「そんなこと言うなんて、ラスティったら凄く冷たい!」
「なあ、俺は彼女も作っちゃダメなわけ?」
「誰もそんなこと言ってないでしょ。私にも紹介するべきじゃない?って言ってるだけで」
紹介なんかするまでもないじゃないか、というかそんなことしたら向こうがドン引きだ、相手はアスランだぞ?
不機嫌なアスランがなおも背後で文句を言っているので、ラスティはポケットを探る。
包み紙が指先に触れた。
「…はいアスラン、お口あーん」
「あーん」
指先でチョコレートの粒を弾いて投げ込めば、ようやくにアスランは黙った。
イザーク曰く餌付けというのは案外真理をついているのかもしれない。
「今は俺彼女いないし、お前が聞いたのは全部終わった話。今更どうでもいいことじゃん」
むぅとアスランはひとつ唸る。
「今は違うの?」
「うん」
「ふーん。ならまぁいっか」
ヤキモチなんだろうか?…アスランの判断基準はいまいち理解できない。
7月11日。
野戦任官組を向こうに回したコロニー内遊撃戦が今週末に迫っていて、日々の演習もそれを想定した内容に切り替えられていた。
引き上げたアーモリー軍港内パイロット控えルーム、グループのミーティングでアスランが真っ先に声を上げた。
「私はラスティと組むわ」
指名を受けたラスティは不意を衝かれて目を白黒させる。
「俺?…お前イザークと組むんじゃなかったの?」
アスラン・イザークの最強コンビには教官たちも期待を寄せているというのに。
「いいでしょ、デブリ戦でも成績上々だったし、いけると思うの」
「アスランッ!わがままを言うなッ!!今まで俺とシミュレーションしてきたろうがッ!!」
苛々した様子のイザークも顔を顰めて雷を落とす。
怒鳴られてムッとしたらしいアスランは腕を組んだ。
「イザークはディアッカと組むの、それで攻守バランスが取れるわ。イザークと私じゃ攻撃一辺倒になっちゃうでしょ」
「そういう問題じゃない!何としてもヤツらには負けられんのだぞッ!!それをお前はッ!!」
「ちょっとチーム内のペアを変更するだけなのに」
「俺は絶対にイヤだからなッ!!スコアが落ちるッ!!」
「おいおい、さりげに俺をバカにしてねぇか?イザーク」
アスランとイザークを中心に揉めるグループ内で、ラスティはひとつ嘆息をついた。
放置しておいたら収拾がつかなくなる。
「はいはいみんな、ちょいクールダウン」
ぱんぱん、と手を叩いたのを合図に、ようやくにメンバーが黙る。
「俺はマクシミリアンと組むよ。アスランはイザーク。でディアッカはアンリでシホはラルフ。な?最初の予定通り!」
「えー…」
「当然だ!」
「それで決まり!異議申し立ては却下よ!」
呆れ果てていたシホが〆て、どうにかこうにか場が収まった。
ロッカールームで、相変わらず隣に陣取っているディアッカがくつくつと苦笑いした。
「アスランがなぁ…いきなりあんなこと言い出すとは予想外」
「俺もだよ」
パイロットスーツを脱いで、ラスティは制服に袖を通す。
ディアッカがちらと横目で見て言う。
「イザークが間を詰めてきてるせいかねえ、アスラン腰が引けてる気ィするよ。その分お前に逃げるんだろうね」
「お前ってホント高みの見物なのな。楯に使われてる俺の身にもなってくれよ」
「んなこと言って、ホントは嬉しいだろ?正直になれよ」
正直複雑―――――そりゃあアスランに懐かれているのは嬉しい。だけど懐かれているのと恋愛感情とはまた別モノなんだ。
ラスティは制服着たディアッカの胸元のポケットの上をトントンと叩く。
「なぁ、これ教官にチクっていい?トイレ掃除2週間は固いね」
「はいはい、余計なことを言い過ぎました」
ディアッカは大仰に肩をすくめた。
人気のない校舎の廊下を歩いている最中、どん、と背中に柔らかい衝撃が走って、ラスティは振り返る。
蒼いふわふわ髪がのぞいた。
「ラスティ〜」
やっと見つけた、とアスランは満面の笑みを見せる。
「イザークのシミュレーション責めから逃げてきたの。納得いかない!ってもう17回も連続で試合させられて、私クタクタ」
「…そっか」
ホントは嬉しいだろ?正直になれよ。
嬉しくないなんて言ったらそれは嘘だ、アスランは可愛いと思うし、つきまとわれるのも全然イヤじゃない。
例えば楯に使われたとしても、それはそれで別に全然構わない。
「なあアスラン」
「なぁに?」
「イザークとはどんな感じ?」
ふっとアスランは真顔になった。
「…最近イザーク怖いのよ。前と違う感じ」
イザークが間を詰めてきてるせいかねえ、アスラン腰が引けてる気ィするよ。
そりゃあアイツも必死だろう、好きな女のコをモノに出来るか出来ないかというギリギリのところにいるんだから。
「んじゃあ俺は?」
「ラスティはラスティ、相変わらず」
結局これだ、だからアスランは俺のところに“逃げこむ”。
「…何て言うのかな。お前のそういうところってオトコ的にはちょっとムカつくんだけどね」
「え?」
アスランはきょとんとしている。
アスランにはちっとも悪気はないんだろう、いつだってそうだ。
だけど、それで俺がどれだけ困るか、超鈍感なアスランは全然気づかないし考えもしない。
そう思うと何故かイライラしてくる、堰を切ったように不満が溢れ出る。
―――――俺ってこんなに溜め込んでたんだ?
「…マジでムカつく。お前ってわけわかんないよな。ったく」
言葉に滲む棘が抑えられなくなって、これ以上吐き出す前にとラスティはそのまま背中を向けた。
同日夕方。
レクリエーションルームのソファー上に、寝転がってうずくまっているアスランの背中を発見してニコルは歩み寄る。
「アスラン?どうしたんです?」
「…ラスティに嫌われちゃったみたい…」
どうやらアスランは落ち込んでいるらしい。
そういえば、さっき廊下ですれちがったラスティも何となく刺々しい感じだった、喧嘩したのだろうかとニコルは気を揉む。
「何があったんです?」
「…よくわからない…」
「何があったにせよ、ラスティがアスランを嫌うなんてことはありませんよ、絶対」
ぐすん、とアスランはひとつ鼻をすすった。
「ちょっとほとぼりが冷めるのを待てばいいと思いますよ。そのうちまた普通に話せるようになりますって」
隣に座ったニコルはアスランの背中を撫でる。
「ニコル優しい」
ラスティがアスランを泣かせた。
でもあのラスティが?一度だって怒ったところなんて見たこともないのに、と少しばかりニコルは途方に暮れる。
「アスランッ!!見つけたぞッ!!」
また喧しい人が来た、とニコルは顔を顰める。
削ぎ落とした銀髪をゆらゆらと揺らめかせて、イザークが大股に入ってくる。
「…イザーク。アスランは今ちょっと取り込んでますから」
「はん、寝転がってるだけじゃないか!シミュレーションの途中で逃げ出しやがってッ!!」
「やらない。やる気分じゃないもの」
ぼそりと背中でアスランは言う。
「何を抜かしとるか!アスランッ!」
「イザーク!」
ニコルの制止を振り切って、アスランの肩に手を掛けたイザークは覗き込むなり、吃驚したように手を引いた。
「おい…どうした?」
「ですから、取り込み中なんです。今はそっとしておいてあげて下さい」
ニコルは首を振った。
7月12日。
自由演習後のパイロット控えルームに甲高い声が反響した。
「ちょっと、どうしたのよラスティ!こんなスコアになるなんてッ!らしくないじゃないッ!!」
怒りに頬を赤らめたシホはラスティの腕を掴む。
「はーいはいはい、俺のどんぞこの成績のせいでチームの足引っ張っちゃってゴメンな!」
ラスティは腕を振り払い、投げやりに言って背中を向けて、ロッカールームへと姿を消した。
「え…?ホントにどうしたのよ、ラスティ!?」
シホは怪訝に見送る。
「らしくないね」
ラルフが首を捻る。
「アスランと喧嘩したんじゃないの?なんか今日、2人とも目も合わせてないし一言も口聞いてないっぽい」
ヘルメットを棚に置いて襟元を緩めたマクシミリアンが言った。
「あー…。」
「そうか…」
納得の声があちこちから上がる中、シホは顔に手を押し当てて、苛立った声を上げる。
「もう!困るのよ、そんな私情を持ち込まれたら!コロニー戦は明日なのにッ!!」
格納庫からイザークとともに引き上げてきたアスランに向かって、シホは足音荒く歩み寄っていく。
「ラスティの不調あなたのせいよ!さっさと仲直りしてよッ!」
さっと青ざめて表情が暗くなったアスランは沈黙する。
その沈黙の重さにシホはたじろいで声を低くした。
「ねえ…あなたまで、どうしたのよ」
「ごめん…」
アスランは悄然としてロッカールームへと向かった。
「アイツも不調だ、全く!」
イザークの言葉に、アンリが大仰に肩をすくめた。
「あーあ、こりゃ深刻だね。明日うちのチームは大丈夫なのかね」
7月13日。
演習時間開始を告げる甲高いサイレンの音が鳴り響く。
廃棄されて、今は専ら新兵演習場として使われているオニール型コロニー“セレニティ”内で、即座にいくつもの花火が上がった。
イザークは前線の切り込み隊長的役割を担っている、そしてペアのアスランもあわせるように攻撃的な戦法を取っている。
最大戦速で突っ込んでいき、相手が勢いに呑まれている間にその砲を放ち、見る間に数機を戦闘不能に追い込んでいく。
『C1C2Y5〜9確認』
セレニティ各ブロックに設置されたカメラで、教官たちは判定しているらしい。
ラスティもプロトジンの機関銃でジンの胸部を撃ち込み、対EMP装置を破壊する。
セレニティ内に張り巡らされた弱電磁パルスの影響で電源が落ちたジンは倒れ込んだ。
「ひとつ!」
『C53Y21確認』
その傍らを走り抜ける、廃墟のビルの向こうに動く影があって曳光弾が撃ち込まれた。
「負けられるかよ!」
レバーを手前いっぱいまで引いて機体を倒す、頭上を抜けていく弾の下でライフルの照星とモニターの照準とが一致して、ラスティはトリガーを押す。
ビルに隠れようとしたジンの胸部で爆発が確認できた。
「ふたつ!」
『C53Y51確認』
『F班!S18にジン2発見!至急支援願う!』
『C17Y3及びY43C17確認』
『A班S35でシアン機脱落!ホセイ機脱落!』
『S11にて交戦中、うわぁぁぁッ!』
『Y14C32及びC36確認』
音声回線ONの中ではあちこちの状況が飛び込んでくる。情報が雪崩れ込んでくるが戦況の把握には絶対に欠かせない。
錯綜する中でも真に必要な情報を選び出す耳を持て、とは常々教官が口を酸っぱくしている言葉だ。
すぐ背後で、機体が倒れ込み砂埃が上がった。
マクシミリアンがやられたらしい。
「B班マクシミリアン機脱落!ちっくしょう!―――――みっつ!」
続けざまの射線を避けて、縦ロールでプロトジンを撃破しながらラスティはイザークの声を聞く。
『B班残存兵と周辺各機はS11に集まれッ!!ラインを張るぞッ!!』
確かに個別撃破よりは共同戦線が有効だろう、そしてここは今S13区だ。
「C53了解ッ!」
ビルを楯に狙撃しながら、倒れた瓦礫を越えて飛翔する。
S12区を抜けると、そこは既にして混戦状態で、倒れた僚機と敵機とが無数に倒れ込んでいた。
『D班!S22で交戦中!』
『S10区にも援護頼む!』
上空のジンからマシンガンを打ち込まれて、咄嗟に応射しながらラスティはビルの陰に隠れる。
だがそこも既にして戦場だった。
すぐ傍らで狙撃された僚機が大きくつんのめるように倒れ、その巻き添えを食らってラスティのプロトジンも吹き飛ばされる。
「しくじったッ!!」
コックピットに機体が倒れ込む衝撃が走って、反動でシートのベルトが身体に喰いこむ。
直撃が来るか!?
だがその時、モニター全面に、庇うようにして眼前に立つプロトジンの背中が映り込んだ。
『ラスティ!』
ジンの楯を奪って射線を遮ったアスランのプロトジンは、精密射撃で過つことなく敵機の対EMP装置を破壊した。
「アスラン…?」
吃驚してラスティは目を見開く。
『早く起きてッ!背後からも回りこまれてるッ!』
「…おうッ!」
落ちていた重斬刀を素早く手に取り、ラスティはスロットルを一気に押し込んでペダルを踏み込み、低姿勢のままバーニア全開で猛然と眼前のジンに突っ込んだ。
足元にタックルを喰らってジンは倒れ込む。
馬乗りになって振りかざす重斬刀の切っ先でジンの対EMP装置の爆発が起こり、対峙していたモノアイから光が消えた。
『終わったらこっちも手伝って!もういっぱいいっぱいよ!』
アスランの悲鳴にも似た声色に、口許に笑みが過ぎる。
…参った。
「―――――お前が弱音吐くなんてめっずらしーのな、アスラン」
それともそれは相手が俺だからか、なんて思ってしまうのは思い上がりだろうか?
振り返りざまラスティはマシンガンのトリガーを引き、アスラン機の肩越しにその射線は相手の頭部モニターを潰した。
「見てろ、お前の後ろは俺が守る!」
アスランはキャットウォークの上で待っていて、ラスティはそのきらきらした眼差しと笑顔を見返しながら降りる。
そしてラスティも手を伸ばす―――――ハイタッチを交わせば、小気味いい音が高天井に反響した。
「上々じゃない!」
「まぁね」
ラスティも歯を見せて笑う。
セレニティ戦は、野戦任官組を抑えてPクラス勝利で締めくくられた。そして班別成績では我らがB班がダントツ。
キャットウォークに降り立つ。
アスランと並ぶとこの2日喉元で詰まっていた言葉が、するりと口から出てきた。
「ゴメンな。あの時ちょっと俺イライラしてたんだよね」
アスランは頭を左右に振った。
「…私ね、ニコルに前注意されてたの」
「何を」
「ラスティに距離感がなさすぎるって。今回ちょっとそれを思い出したの。反省した」
「アスラン」
不意を衝かれて、ラスティは絶句する。
「アスランッ!!」
いつものようにイザークの声が聞こえるが、そんなことはもうどうでもいい。
「お前って可愛い〜」
「ら…ラスティッ!?お前何してるッ!?」
「いいじゃん、勝利の抱擁くらい〜アスラン〜」
腕のなかのぷわんぷわんな感触を味わいながら、もしかしたら俺も後には退けなくなっちゃってるのかもしれない、とラスティは思った。
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