
5 その後
最後の座学テスト、軍事法学の試験前日を迎えて、放課後わらわらと皆が早々に立ち上がる。
いつになく閑散とした教室の只中、アスランとラスティは向かいあってそれぞれに持ち合った菓子を広げた。
「…で、昨日結局どうなったの?」
「一言で言うなら修羅場だね、修羅場。ユウキ教官がマシンガン持って追ってきてさぁ。俺らマジ殺されると思ったね」
「そう。でもあんな大きな花火上げておいて、よく反省文で済んだものね?」
「うん、デュプレ教官とユウキ教官も連座責任ってことで。ってか寮母さんを味方につけたのが大きかったね。学部長も寮母さんには頭上がんないみたい」
全く貴重な放課後に俺たちは何してるんだか、とラスティは思うが、この無駄話がまた楽しい。
ひとしきりの雑談に、斜め後ろの席で端末を広げていたシホが目を上げた。
「もう2人とも教室にお菓子持込みなんかして、見つかったら怒られるわよ」
アスランは振り返りざまチョコレートを口に放りこんだ。
「だってお腹空いちゃったんだもの。シホも食べる?脳の疲労回復に糖分は必須よ」
差し出されたチョコレートの箱を前に、シホは渋い顔を作った。
「いらないわ、太っちゃうから」
「多少いいじゃん。女のコはぷくぷくしてるくらいが可愛いと俺思うよ?」
ラスティはポテトチップスをばりばりと噛み砕きながらノートの頁をめくる。
「別にラスティの好みなんか知らないってば」
シホは端末の電源を落として、パタン、と閉じた。
その端末の天板に控えめにカラーリングされた文様にアスランは目を留める。
「素敵ね。それ鳳仙花?」
少しばかりムッとした表情を向け、そのまま何も言わずに端末を抱えてシホは席を立った。
「あら?」
アスランは意味もわからずに彼女を見送り、途方に暮れている。
…シホも多少は打ち解けたかと思ったが相変わらず競争心の激しいヤツ、とラスティは頬杖をついた。
MSシミュレーションの最終テスト中シホが組んだ戦陣と狙撃を見て、イザークが何気なく言った。
「まるで鳳仙花だな」―――――ということで、どうやらシホはパーソナルマークを鳳仙花に決めたらしい。
かいつまんで説明すれば、チョコレートをまた口に放り込んだアスランがしみじみと言った。
「シホってイザークのこと好きなのね、そっかぁ…だからマーレのこと振っちゃったんだ」
「あんまりマーレのこと言ってやるなよ。アイツ、もうどん底まで落ち込んじゃって、テストもさんざんだったみたいだし」
ポテトチップスを貪りつつラスティは思いを馳せる。
結構繊細なマーレだ、思い切って告白したもののシホにフラれたのが相当ショックだったのだろう。
そして同室のアンリにそうと知られたのが運のつき、マーレの失恋話は翌日にはクラス中の皆が知るところとなってしまった。
「うーん…シホ、イザークに気持ち伝えないのかしら」
「告ったりはしないと思う、シホのあの性格じゃね」
負けず嫌いの彼女のことだ、報われないと知っていて敢えての挑戦はしないだろう。
…もっともアスランの出方次第で、今後シホの恋が叶うかどうかは決まるとも言えるのだが、とラスティは思う。
「アスラン、ラスティ。僕も混ぜて下さいよ」
ニコルが売店で購入したらしい煎餅の袋を携えて顔をのぞかせた。
「あらニコル」
「どーぞ」
ニコルは椅子に座るとにっこりと笑った。
「レクルームで面白い話聞きましたよ。恋の舞踏家ディアッカ・エロスマン、アイリーン・カナーバ議員と婚約!って」
「え…えええッ!?カナーバ議員ッ!?」
煎餅に手を伸ばしたアスランが驚愕の顔で固まり、ラスティは興味深々で身を乗り出す。
「へえ、アイリーン・カナーバかぁ。美人っちゃ美人だけど、ディアッカってよっぽど年上好みなのかね」
「でも彼女ってまだ20代後半ですよ」
「ったって俺らより10は上だろ?うーん…いまいち謎だよなぁ。女の方も一体何考えてディアッカを…ってかこれも親の政略絡み?」
「どうでしょう。むしろエルスマン議員がカナーバ議員を追い回してるって話は以前聞きましたけれど」
ラスティは思わず苦笑いする。
「血は争えないね、父子で争奪戦か。それでカナーバ議員は若い方を選んだと。まあモテる女ってのはホント残酷なもんだよなぁ、アスラン?」
煎餅を頬ばっていたアスランはきょとんとした。
「ん?なんで私に話題を振るの?私何かした?」
「そりゃあもう。お前がフッた後の野郎どもを誰がフォローしてると思ってんのよ。奴らみんな俺に文句言ってくるから超迷惑」
アスランはたちどころに渋い顔になって「なんでラスティに」とぼやく。
「お前が断る時のセリフのせいだってば。もうちょっと口実考えてくれよ。『ラスティがいるから』って、なあ俺に一体何の関係があるよ?
それで誤解されてるから技官コースの女子も全然寄ってこないし、あ〜…思い出したらなんかムカついてきた」
一転アスランは実に楽しそうにころころと笑った。
「ラスティに好きな人がいるっていうんなら考えるわ。でも別にラスティもお付き合いしたい人なんていないでしょ?はい、飴あげるから機嫌直して」
「飴で俺が釣れるかよ」
ともあれアスランからもらった飴玉を口に含んで、ばりぼりとラスティは噛み砕く。
それは学校で親密なお付き合いをさせていただいているし、アスランは実にイイヤツだと思う。
だが仮に男視点から見て可愛いなぁ綺麗だなぁとは思っても、あくまでアスランは観賞用だ。
そもそも、――ラスティは思う――あの鋭利冷徹厳格で有名なザラ国防委員長が、娘の相手に庶民をなどと許すはずがないではないか。
自分には特務隊や保安局相手に立ち向かう勇気はないし、秘密裏に射殺などという事態は最も勘弁願いたいところだ。
くすくす笑って話を聞いていたニコルがチョコレートを手に取る。
「でも2人ともいいコンビじゃないですか。案外上手くいくかもしれませんよ」
「ニコルまでこんなこと言うようじゃ、俺ら卒業まで誤解されっぱなしだね。最悪」
「こら。…なんだかさりげなくとっても失礼なこと言ってるでしょ、ラスティ」
アスランの白い指先に額を弾かれて、「いてッ!」とラスティは顔を顰めた。