
8
『カタパルト接続完了』
CICの技官候補生による硬いアナウンスの声が聞こえてくる。
『…進路オールクリア。射出OK』
そのアナウンスが終わるやいなや、イザークはレバーを押し上げる。
「イザーク・ジュール、出るぞ!」
掛け声とともに一気にペダルを踏み込めば、体の前面に凄まじいGがかかった。
強くレバーを握り締めて、イザークは息を詰める。
ハッチに切り取られた四角い星空はやがて大きくなり、そして虚空にMSが飛翔する浮遊感が襲ってきた。
…ようやくGから解放された。
安堵するのも一瞬、周囲には同じように射出された他の班のプロトジン群がいる。すでに彼らは作業を始めていた。
そうだ、もうカウントが始まっている、とイザークは眉間に皺を寄せる。
「おい、F班!全員来たか!」
無線通信回線からそれぞれに応えが返る。
『ああ』
『参った…』
『やっぱ違うよなぁ、射出でビビッた』
「トロトロするな!さっさとやるぞ!」
檄を飛ばした後、イザークは同じく射出されていたケーブルをモニターで捕捉し、MSの腕を伸ばしてそれを掴む。
MS間相互通信ケーブル接続次第、規定進路で宙図が示す集合地点へ急げという指示がサイドモニターに表示されている。
無音の只中、ヘルメットの中の呼吸音はひときわ大きく聞こえる。
シミュレーションこそ幾度も重ねていたものの、こうやって実際コックピットにいると妙な孤独感が襲ってくる。
そして班で繋いでいるMS間通信回線からもそれぞれの張り詰めた緊張感が伝わってくる。
ええい、とイザークは頭を振り、ペダルをさらに踏み込む。
妙な感傷だ!まず自分は慣れなければならない、これからMSパイロットとして長い時間をコックピットで過ごすのだから!
『うわぁぁぁッ!』
『早いってイザーク!』
「これくらいで怖気づくなッ!」
『いや、飛ばしすぎ!ケーブルが切れるッ!』
イザークは舌打ちして踏み込む力を弱める。
並行したMS班を同じ速度で滑空させながらイザークはモニターにざっと視線を走らせた。
僚機コードを示す赤い点が索敵モニターには無数に点滅している――――――他の班よりも早いという確信があった、だが問題はアスラン率いるJ班。
この光点のどれがアイツだ?…今日こそ勝つ!
モニターが示す地点がみるみる近づいてくる。
ここか。
制動をかけて、滞空する。
「F班Aポイント到着しました!」
『F班到着…各機停止の上待て。タイム0:15:25。1着だな』
やった!
クリューガー教官の言葉にイザークは笑みを浮かべる。
滞空して他の班を待つ合間、眺めるモニターに、すぐ背後に急速接近する光点群が見えた。
『J班Aポイント到着しました』
アスランの声だ。
報告が終わるのを待って、イザークは無線通信回線を繋ぐ。
「どうだ、シミュレーションとは違うだろう!」
モニターの向こうでヘルメット越しのアスランが笑む。
『そうね、残念。今回は負けちゃったわ』
そう言いながらも、アスランはちっとも残念そうでないのが少しばかり腹立たしくもある。
『ねえ、見た?P.L.A.N.T.がとっても綺麗なのよ』
「…P.L.A.N.T.?」
そういえば自分はP.L.A.N.T.の外に出るのは初めてだ、と気づいて、イザークはスラスターを吹かせて機体を傾ける。
青みを帯びた銀色に輝く涙滴状のコロニーが整然と並び、緩やかに回転を続ける――――――太陽の光を受けて煌きながら、虚空にぽっかりと浮かぶ、夢のように儚い砂時計。
その周囲を飛び回る光の軌跡は、シャトルやMS群だろう。
圧巻の光景に言葉を忘れ、イザークは見惚れた。
やがてこれが自分たちが守るものだと思えば胸が熱くなる。
『…ね?綺麗でしょ?』
アスランの声に我に返る、モニターが繋がっていたことを忘れていた。
慌ててイザークは仏頂面を作り、「まぁな」と返事した。
課題をこなしながら辿りついた軍事ステーションのパイロット控えルームはほぼ満員状態。
Pクラスの面々があちこちで輪を作ってミーティングを行っているその只中で、ニコルは視線を感じてふと振り返る。
視線の向こう側にはふっと顔を背けたイザークがいた。
以前から感じていたけれども、最近彼はますます此方を見ているような気がする。
…多分自分がアスランと同じ班のせいだから、だろうけれども。
ニコルはまたミーティングの内容に気を戻す。
パイロットスーツを纏うメンバーの只中、班長のアスランが手に持つミニパネルに、点在する赤い点が浮かび上がる。
「私たちJ班が受け持つNジャマーの分布図はこれね、ノルマは各自3つ。作動確認作業完了後Dポイント集合のこと」
「了解」
「もし正常に作動しなかったら?」
「その時は連絡して。班長から教官に報告を上げることになっているから」
解散して再び格納庫へと入る最中にもまたニコルは視線を感じて、眼前を行くアスランの背中を見る。
「アスランはなんで気づかないんでしょう?」
ぼそりとニコルは呟く。
「…さすがに気づいてると思う、いくら超鈍感アスランでも」
隣を行くコートニーがぼりぼりと後頭部を掻きながら言う。
「もう意味とか考える前に慣れちゃってるんじゃないの?」
果たしてそれがいいことなのかどうなのか、とニコルは難しい顔で腕を組んだ。
本日二度目の搭乗。
どうにか慣れてきたかな、とニコルは索敵を密にしながらほっと息をつく。
モニターには僚機が数多く映し出される、その中に赤い光点が混じって見える。
ニコルは虚空に浮かぶNジャマーをまた発見して、機体をそのすぐ側に寄せた。
レバーでMSの手を巧みに動かしてカプセルを開き、その内部に点滅する光を発見する。
機体胸部のケーブルの先端をカプセル内接続ポイントに挿入し、ニコルはコックピットに持ち込んだ端末を操作して、そのNジャマーが作動していることを確認する。
ニュートロンジャマー、核分裂を失効させる唯一の手立て。
そして地球上でのエイプリール・フール・クライシスを引き起こした元凶。
核によるエネルギー供給がままならなくなった地球では億単位で死者が出ているとさえ言われる。
24万3721人の命と、数億人の命―――――それを思うときニコルは複雑な心境になる。
けれど父親たち最高評議会のギリギリの状況下での選択を、「間違っている」なんてとても言うことはできない。
核爆弾が、地球とP.L.A.N.T.とを行き交うよりはマシだった筈なのだ、…きっと。
100億と2000万の命は救われた、少なくともそう思わなければやりきれない。
そして再びカプセルを閉じると、ニコルのプロトジンは次の目標に向かって飛翔する。
『軍事ステーションの飯ってマズかったよなぁ』
『やっぱ寮母さんの飯だろ?』
ONにしている無線回線は、ノイズ混じりにも同期たちの雑談を拾う。
みんな言葉を交わすことで緊張を解そうとしているんだろうな、とニコルは思う。
そうでなければ、この無音の世界の孤独感に押しつぶされそうになる。
『3つ全部クリアだ!どうだアスランッ!!』
『同着ね』
勝ち誇っているイザークに対してアスランはいつもの調子。
再びNジャマーに機体を寄せながら、あの2人の関係ってどうなんだろう、とニコルは首を捻る。
ライバル心こそ燃やしているものの、イザークはアスランが好きで好きで仕方ないんだろう、これは同期のほぼ全員が認める事実。
一方でアスランはイザークを嫌っていないらしいというのだけは確か。
もしかしたらのもしかしたら、両想いなのかもしれない…ただ超鈍感なアスランは、やっぱり自分の気持ちにも鈍感で、実際のところは本人にもわかっていないんじゃないかな。
ニコルは作業を終了して、イザークとの通信を遮るようにアスランに向けて通信回線を繋ぐ。
「アスラン、終わりました」
『了解、お疲れ様』
アスランがモニターの向こうでにっこりと笑んで、ニコルはほっと息をつく。
アスランはくるくる表情を変える、その中でも特に彼女の笑顔が好き。
恋とか憧れとかはよくわからない―――――とにかくアスランが誰かを振った、という話を聞いて「よかった」としか思えない自分は、きっと性格が悪いのだろう。
だからイザークがあんなに見つめていても、例えば実はアスランがイザークのことを好きでも、僕は知らんぷりを通す。
あっという間のMS実習初日を終えて、アプリリウス・ワン・アーモリー軍港へと戻る。
収容されたプロトジンは次々と格納庫へと運ばれ、技官候補生たちが奥から整備の為にわらわらと現れて、機体に群がる。
ニコルは足を止めて、整備が開始されるさまを眺めていた。
「俺もうダメ、マジ疲れたー。もう眠くて眠くてたまんないね!」
ラスティが背伸びしながらあくびをする、その背中をマシューが押す。
「んじゃさっさ寮帰って飯食って寝ようぜ。明日からもっとキツくなるってさ」
それぞれに解放感と疲労感を漂わせてロッカールームに向かう同期たちの合間、ニコルは端末を忘れたことに気づいて、慌てて搭乗していた機体へと戻る。
すでにMSに取り付いていた技官候補生の整備チームをかきわけて、ニコルはキャットウォークを踏み切ってふわりと舞い上がり、ハッチに掴まった。
「すみません、端末をコックピットに忘れちゃって!」
「はいはい、これね」
コックピットにいた整備士が端末を投げる。
宙を慣性で漂ってくる端末を両手でキャッチして、ニコルは再びキャットウォークへと身を翻した。
ゆっくりと降りている最中、視界のはるか前方に並んで歩く蒼と銀の色が見えた。
アスランとイザーク?
ニコルは透かし見る。
もう人気のないロッカールーム入り口前で、2人は足を止めながらも何か話している。
…あの2人が2人きりになっているところなんて滅多に見ない、いつもディアッカやラスティや自分とかがいるから。
ふと胸騒ぎが兆す。
ニコルは積み上げられていたコンテナにそそくさと身を隠し、覗き見る。
イザークが距離を詰めて、その手を伸ばしてアスランの頭を抱え込んで、額に顔を近づけた。
「…え!?」
吃驚して、一瞬ニコルは首をひっこめる。
心臓がバクバク鳴っている。
そわそわして、ニコルはまた覗き見る。
間違いない!キスだ!
そして愕然と見守る中、アスランもイザークも別々のロッカールームへと消えていった。
まだ消灯前だというのに、寮はいつになく静か―――――多分Pクラスの面々が早々に寝付いてしまったせいだろう。
ニコルは明々としたレクリエーションルームに1人、ソファーに深々としずみこんでいるディアッカを見つける。
ディアッカは何か知っているだろうか、いつもイザークと一緒だし。
「ディアッカ、ちょっと」
「んだよ?」
寝そべってパンを食べながらTVを見ていたディアッカの隣に座って、おそるおそるニコルは口を切る。
「あの…イザークのことなんですけど」
「アイツがどうしたよ」
「…アスランと…えーっと…キスしてるところを僕見てしまって」
一瞬ぽかんとしたような顔を見せたディアッカは、たちどころに爆笑しながら起き上がった。
「ってかマジでッ!?イザークがッ!?アスランとッ!?」
その大声に、思わずニコルは中腰になる。
「あ!いえ、もしかしたら見間違いかもしれませんけど!」
でも、イザークの両手はアスランの耳元にかかっていたし、絶対に唇がアスランの額に触れていたと思う。
「いや…マジなら凄いぜ。あの不器用男が一体どうやって口説いたんだろ?」
笑い涙を拭ってディアッカはまたパンを頬張る。
「そういや、こないだ寝言で『お前が好きだァァァァッ!!』って絶叫してたっけイザーク。この土日に何か進展したのかね」
いかにも楽しそうなディアッカの傍らで、口許を曲げてニコルは鼻白む。
そんなことを聞いたら、ますます気持ちがざわつく。
「まだアイツ起きてるかな、ちょい訊いてこよう。お前も知りたいだろ?」
「…それは気にはなりますけど」
ディアッカが小走りにレクリエーションルームを出て行き、ニコルは取り残されてソファーに倒れ込む。
ショック。なんで僕こんなにショックなんだろう。
アスランがまさか誰かとそんな関係になるかもなんて、全然想像もしていなかったから。
大体――ニコルはムッとしながら思う――イザークより僕の方が先にアスランとは知り合ってたのに。
アスラン・ザラよ。よろしく。
アスランに出会ったのは2年前。
父さんの研究室に遊びに行って、出会ったのが最初。
その彼女がカレッジを中退して士官学校に入ると聞いた時は凄くビックリしたし、アスランが戦うくらいなら僕だって戦わなきゃ、と思った。
…それでずっと一緒だったのに、こんなのってない。
ニコルはひとつ嘆息をつく。
やかましいTVをリモコンで切って、まんじりともせずにディアッカの帰りを待つその合間、レクリエーションルームに人影が差した。
軍規定Tシャツに短パン、蒼い髪をひとつに束ねているラフな姿のアスランだった。
「あ…まだ起きてたんですね、アスラン」
慌ててニコルは起き上がる。
「ううん、寝てたんだけど。喉渇いちゃったから」
自動販売機の前にアスランは立つ、その後姿を眺めながらニコルはおずおずと切り出した。
「アスラン…」
「なぁに」
缶ジュースを拾い上げて、アスランが振り返った。
「その…イザークのこと、どう思ってるんです?」
「イザーク?よく怒鳴るけれど見てて飽きないわよね。後は時々可愛いなぁって思う。…たまに何を考えてるのかよくわからないけれど」
アスランはプルタブを勢いよく開けて、ジュースを一気飲みする。
あのイザークが可愛い!?いつもふんぞり返って怒鳴り散らしているあのイザークが!?
ニコルは眩暈する。
「えっと、その…好き、…なんですか?」
きょとんとしてアスランは小首を傾け、しばし沈黙した後で言った。
「好き」
好き!?
ニコルは思わずソファーに身を倒す。
まさかまさかまさか、そんな言葉をアスランから聞くことになろうとは!
これをイザークが聞いていたら、狂喜乱舞しているか鼻血を出して卒倒しているところだ!
「ん?どうしたのニコル?」
アスランが歩み寄って覗き込む。
「…ダメです、アスラン…」
ニコルはがばりと起き上がり、潤んだ目に力をこめてアスランを凝視する。
「ダメですッ!!いけませんッ!!イザークとじゃ、絶対アスランが不幸になっちゃいますッ!!」
「え?え?」
うろたえているアスランを置き去りにして、ニコルはレクリエーションルームを飛び出た。
イザークは今日一日の出来事を思い返しながら、ぼんやりと本の頁をめくる。
見た?P.L.A.N.T.がとっても綺麗なの。
確かに、生で見たP.L.A.N.T.は儚いほどに綺麗だった、としみじみとイザークは思い返す。
アスランはいつも何かしら自分の不意を衝いてくる、全くアイツときたら。
ついでに再びの額へのキスを思い返せば、また体が熱を帯びてくる。
少なくとも俺が近づくことをアイツは拒否していない、いっそ告白なんぞしなくとも遺伝子適合OKなら、もう後は万事なし崩し的に―――――。
その時ドアがシュンと開き、部屋に帰ってくるなりディアッカが声を張り上げた。
「お前アスランとちゅーしたって!?」
仰向けで眺めていた本がばさりと顔面に落ちて、イザークはしたたかに打った鼻を押さえながら、がばりと起き上がる。
「はぁッ!?」
「見たってヤツがいたから!おいマジで!?」
「…お前には関係ないだろうがッ!!こっちにくるなッ!!」
イザークはみるみる染まる顔の赤らみを感じながら、ずかずかとベッド上に上がりこむディアッカを蹴落とそうと足を繰り出す。
だが避けるディアッカの動きは早かった。
「関係ないことがあるかよ!さんざん人に迷惑かけておいて!ってかなんだよその反応は!素直に白状しろよ!」
ディアッカの眼差しは期待に満ちてきらきらと輝いてさえ見える。
「額には…した」
しかも2度目だ、もうごく自然な流れでキスに至った。
「なんだ、おでこかよ〜!んで、アスランの反応は?」
「別に」
おとといは「お返し」と頬にキスをされたが、今日は「ん」という反応だけだった。
「ってことはあの潔癖症が嫌がってないってことだなッ!?押せイザークッ!!押せば落ちるぞ、あのアスランがッ!!」
「あァァァァッ!!お前にアドバイスされる筋合いはないッ!!それから俺のベッドに上がりこむなッ!!」
イザークは枕をつかみディアッカに投げつける、ディアッカは満面の笑顔でそれを受け止めて顔をのぞかせた。
「夜這いかけろ夜這いッ!今夜ッ!」
「できるかッ!!大体相部屋だろうがッ!!」
「や、その方が燃えるだろッ!?」
「貴様と一緒にするなァァッ!!」
「―――――大声で妙な相談をしないで下さいッ!!外まで丸聞こえですッ!!」
いきなりの乱入者に、もつれこんでいたイザークとディアッカはドアの方に顔を向ける。
顔を真っ赤にして、涙ぐんでいるニコルが立ちはだかっていた。
「いいですかイザーク!このまま一気に雪崩れ込もうったって僕が許しませんからねッ!!アスランはイザークには渡しませんッ!!」
びしっと指をつきつけられての宣戦布告に、イザークは呆気にとられる。
「…はぁ?」
ニコルは憤然としてそのまま部屋を後にし、にやにや笑ったディアッカは大仰に肩をすくめた。
「はぁん、思わぬ伏兵登場だなぁ?イザーク」
「伏兵も何もあるか!」
ニコルなんて問題外だ、とイザークは鼻で笑ってディアッカをベッドから蹴落とした。