別れの時を彩るように桜並木の花びらが降り注ぐ。

生まれて初めて見る桜吹雪だった。

「今度のお花見、行けなくなっちゃった」

ぽつりとアスランは言い、ややあって傍らの彼は言葉を返した。

「うん。…知ってる。…母さんに聞いたから」

彼は俯いていた。

「そう」

アスランは自分の口から別れを切り出さずに済むことに感謝しながら、携えていたカバンの口を開く。

出発に間に合うように作りこんだ鳥ロボットは<トリィ>と鳴いた。

鶯を模したそれは自分の手から彼の手へと飛び移る。

「これは?」

彼の潤んだ紫色の眼差しが上がる。

「あげる。好きに名前をつけてあげて」

「ありがとう、アスラン…」

彼はそれきり沈黙する、だから自然アスランが話す側になった。

「戻ってこいだなんてお父さまは心配しすぎなんだと思う。地球とP.L.A.N.T.で戦いになんてならないわ、きっと」

「うん、そうだよね」

そんなに今にも泣きそうな顔をされたら、こちらまで泣きそうになる。

だからアスランは敢えて明るい声を上げた。

「それにそのうちキラもP.L.A.N.T.に来るんでしょ?待ってるから」

「…うん」

紫色の眼差しを潤ませて彼は口許を引き締めて、ひとつ鼻をすすった。

 

ふとアスランは目を開いた。

眼前の時計は起床時間5分前を指している。

夢―――――もう3年も前の出来事を何故今更思い出すのだろう。

起き上がれば何故か目頭が滲んでいて、アスランは指先で目元を拭う。

キラは、元気だろうか。

 

 

 

 

 

ヘリオポリス、虚空に浮かぶ円筒形の人工物と小惑星の合体したコロニーがモニターには映し出されている。

投下用カプセル内部に座す少年たちの中にアスラン・ザラはいた。

とうとう作戦が始まる…アスランはかすかに溜息をついた。

同僚の少年たちの会話がすぐ傍らから聞こえてくる。

「…でも、やっぱり、相手は中立国ですよ」

躊躇い混じりに一番年少のニコル・アマルフィが言う。

「じゃあ中立国だってのに地球連合のモビルスーツ作ってるのはどうなんだ。…ほらよ」

ミゲル・アイマンから投げ渡されたドリンクパックを受け取り、ラスティ・マッケンジーは「さんきゅ」と口許を笑わせた。

「そりゃあ駄目っしょ?」

「思い知らせてやるだけのことだ」

イザーク・ジュールはふふっと笑った。

「ん?どうしたよアスラン。黙りこくっちゃって、もしかして怖くなった?」

含んで笑うディアッカ・エルスマンの言葉にうっすらと目を開けてアスランは端的に答える。

「いいえ」

「脱走兵狩りでの疲れでも出たんだろ、でもこれが終われば休暇だ、休暇。あと一息よ」

ミゲルが気を紛らわすように軽口を叩く。

そう、怖くなったわけではない。

ただ気乗りしないだけ…とうとう本格的に地球連合との戦いに参入するという状況に。

けれど選択の余地なぞない。兵士はただ唯々諾々と命令に従うことを求められる。

アスランは目を閉じる。

地球とP.L.A.N.T.で戦いにならない、と信じていた―――――だが地球とP.L.A.N.T.の戦いは始まってしまった。

そして膠着状態が続いて、もう11ヶ月になる。

だから自分たちもそこへ加わるのだ、ただそれだけのこと。

『投下開始、各員衝撃体勢。天の加護のあらんことを』

アナウンスとともに赤く浮かび上がる計器、モニターが点滅する。

そして投下される浮遊感が全身を覆った。

…もし、もしこれを知っていたら、あの時自分はどういう言葉を彼に投げかけたろう?

アスランは追憶を振り払うように目を開く。

轟音の只中、皆が沈黙していた。

モニター表示と周囲の殺気立った気配から目標投下地点が間近に迫ったことをアスランは知る。

着地の衝撃。

そしてすぐにシートベルトを外し、ハッチを開けてカプセルから飛び出す同僚たちの後を追う。

作業で幾度となく気密服で虚空に出たが、時折震えるような恐ろしさを虚空は齎してくる。

気密服の中で自分の呼吸音だけが響く。

岩陰に潜む十数名の中でアスランは静かに予定時刻を待っていた。

腕時計で時間を計る…来る。

そして突然、覗き込んでいた排気口内部に張り巡らされた無数の赤い監視レーザーがふいと消えた。

…監視装置が切れたらしい、予定通りに。

時間だ。

アスランはその淵に手を掛け、黒い排気口の闇に吸い込まれるように先頭切って入る。

するりと排気口に潜り込み後に続く同僚たちの気配を確認する。

やがて通気口を覆う網の眼下、白い巨艦の姿が見えた。

それを眺め下ろしてアスランは唇を噛む。

地球連合軍の最新型特装艦!

なんというシロモノを造っているのだ、中立を謳う国のコロニーが!

全員が追いつくのを待ってアスランは振り返る。

イザーク班ディアッカ班は右、ニコル班ラスティ班は左、私達はこのまま直進―――――手合図でそれぞれに手分けする。

頷いた面々、そして瞬時に皆がぱっと散る。

柱、天井。

何の感慨もなく携えていた自爆装置を取り付けてセットする。

時間を告げる黄色く浮かび上がるカウンター表示が動き始めたのを確認して、またアスランは次の柱へと動く。

あの艦が投入されれば、また同胞の被害は甚大なものになってしまうだろう、ならばその前に爆破するに越したことはない。

 

 

外部からの爆撃を受けて地鳴りがする。

モルゲンレーテ・ヘリオポリス工場を一望できる丘の上に降り立って、少年たちは息を潜めるようにしてかがみこんだ。

案の定、工場は騒然としている。

巨大コンテナを積載したトレーラーの群れがモルゲンレーテ正門から溢れ出てくるさまが見えた。

「クルーゼ隊長の言った通りだな」

スコープを覗いていたイザーク・ジュールが淡々と言って発信機を押した。

これで場所は確定した…港口を突破したミゲル達がやってくるだろう。

「つつけば慌てて巣穴から出てくるって?」

ディアッカがくすくす笑う。

「ああ。やっぱり馬鹿なもんだ、ナチュラルなんて」

馬鹿にしきった口調のイザークをちらりとアスランは見やる。

「侮りすぎると怪我をするわ」

「何ィ?」

アイスブルーの眼差しが睨み、アスランは微かに眉間を潜めた。

自分も苛々している、つっかかってしまった。

「喧嘩してる場合じゃない、来たぞ!」

ラスティの声とともに、モルゲンレーテ工場区のあちこちで爆発が起きた。

炎上する施設、その狭間に港を突破したMSが攻撃を開始する様が見えた。

被弾した車両が爆発し、爆風が搬送作業中の人員を襲う。

始まった。

混乱と轟音の只中へと、少年兵の一団は侵入を開始した。

立ち向かってくる工員にはそれよりも早く、逃げ惑う工員を狙う時も躊躇いなく引き金を引く。

飛散する血飛沫。

「無駄弾を使わないで、ディアッカ」

アスランは憮然として言う。

「積極的自衛。生かしておいて狙われたら損じゃん」

走り抜けて、ディアッカは射撃ゲームのように次々に撃ち殺していく。

一つ溜息、アスランは腰の手榴弾のプルタブを抜き放ってトレーラーに投げ込む。

一瞬後大爆発に紛れて悲鳴が聞こえた。

手に掛けたのは一体何人目だろう?―――――全てがリアリティのない現実だ。

反抗した兵士は躊躇なく射殺される。

「運べない部品と工場施設は全て破壊だッ!!3機か、あとの2機はまだ中か?」

無駄のない動きでトレーラーに取り付いたイザークが鋭い視線でモルゲンレーテを見遣る。

「私とラスティの班で行くわ。イザーク達はこの3機を先に」

アスランの言葉にイザークの眼差しがちらりと動いた。

OK、任せる。各自搭乗したら、すぐ自爆装置を解除!」

イザークの言葉を背に、ディアッカとニコルはトレーラーの荷台に駆け上り、するりと滑り込むようにコックピットへ乗り込む。

そしてアスランはラスティとともにモルゲンレーテの工場内へと飛翔する。

 

 

座席のすわり心地は悪くない、とディアッカは思う。

すぐにOSを立ち上げる。

だが、計器の割りにナチュラルの作るOSはこれほどに乱雑で簡単なものなのかとディアッカは一瞬呆気に取られる。

「おいおい、こんなOSで動かせる気になってるのかよ、奴ら」

キーボードを叩きながらディアッカは悪態をつく。

「ナチュラルってやっぱ馬鹿?」

『ぶつぶつ言わずに急げ!…ちッ』

急かすイザークの声も苛々している。

プログラミングの速さではクルーゼ隊でも随一のイザークの反応がいつもより遅い、予想外のOSの至らなさといったところか。

ノロマで弱っちい地球上の旧人類がこんなものでP.L.A.N.T.を制圧できると思っているのなら、大層な思い上がりだ。

『ほう、ハードはすごいもんじゃないか。どうだディアッカ!』

早速にイザーク機が起き上がる姿が視界に入る。

プログラミング自体は簡単だ、多少手間がかかるだけで。

ディアッカはすぐさま計器類のチェックを入れる。

内部構造はジンと大差ない、すぐに操れるだろう。

OK、アップデート成功…ナーブリンク再構築、キャリブレート完了…動ける!」

ディアッカもレバーを押し上げる。機体が起き上がる…全ての視界が開けて、実にいい眺めだ。

『ニコル?』

『待って下さい、あともう少し…!』

「お前は丁寧すぎなんだよ、ガモフに持ってくだけなんだからさぁ」

欠伸を一つ噛み殺してディアッカは言った。

ようやくにしてニコル機が起き上がった。

「アスランとラスティは?遅いな」

モルゲンレーテ内部に侵入した筈の2人からは何の連絡もない。

『奴らなら大丈夫さ』

通信回線を開いたイザークがモニター向こうから言う。

『ともかくこの3機を先に持ち帰る。クルーゼ隊長にお渡しするまで壊すなよ!』

 

 

外からの爆発音、そして射撃の最中、工廠に横たわった地球軍の新型機動兵器が眼下に写りこむ。

「あれか」

柱の陰でラスティが呟く。

鋼の色の装甲、センサーと思しき角を生やした頭部、すらりとしたボディは明らかにZ.A.F.T.MSとは異なる形状を持っていた。

「行くわよ」

アスランは低く声をかける。

降り立って催涙弾を投げつけ、銃撃戦を再開する。

しかし思わぬ激しい抵抗だ。彼らも秘密兵器を渡すまいと死に物狂いなのだろう。

素直に機体さえ渡してくれればいいものを!!

アスランは機関銃を振りかざして狙い撃ちする。

次々とナチュラルの兵士たちが貫かれて倒れていく。

だが不利だ。

運動能力、視力、判断力全てにおいてナチュラルを凌駕している筈のコーディネイター兵たちだったが、数に勝さるナチュラルの兵士による包囲銃撃戦の只中で脱落者が出てきていた。

眼前の地球連合軍兵士がどうと倒れる。

「ハマナッ!」

呼びかける女の声、アスランは振り向きざまにその声の主を撃った。

先ほどまでトレーラーの影で指示を出していた地球軍の士官だ。

此方が放った銃弾が女の肩に命中し、血が飛び散る。

あともう一撃!

続けざまに撃とうとして機関銃がぱちん、ぱちんと妙な音を立てる。

弾詰まりを起こした?…こんな時にッ!!

アスランは眉間に皺を寄せ、機関銃を投げ捨て、ナイフを抜き放つ。

女の側には子どもが1人。

始末できるだろう、わずか一瞬で。

炎上がる只中で、女を抱き上げ振り仰ぐその少年を見てナイフ持ち振りかざす手が震える。

              キラもP.L.A.N.T.に来るんでしょ?

まさか。

「…キラ?」

返り血を浴びたバイザーごしにその少年を凝視する。

少年は呆然として呟いた。

「アスラン…?」

女性士官が発砲する、慌ててアスランは飛びのいた。

なんてことだろう、仕留め損なうなんて!

「アスランッ!!」

不意に背後から声が聞こえて、アスランは横に突き飛ばされた。

どう、と自分のいた位置で、赤いスーツの少年が倒れてみるみる血の海が出来る。

「ラスティッ…!!?」

アスランは表情が強張らせて、即座に身を翻す。

自分が迂闊だった、前しか見えていなかった!

私を守ってラスティが銃弾を受けた。

顔から血の気が引いて体が震える、だが感情に浸る時間はない。

「よくもラスティをッ!!」

アスランは足元に滑り込んできたラスティの銃を男に向ける。

銃弾はあやまたず的中し、崩れ落ちるように倒れた敵兵が2階の欄干から落下した。

それを見届けてアスランはラスティのもとへと走り寄る。

「ラスティッ!!」

「…行けよ、アスラン…急げ」

胸部を貫かれて、ラスティは息をするのももはや言葉を紡ぐのさえも困難そうだった。

「一緒に行くッ!」

抱きかかえようとして、彼は振り払うような仕草を見せた。

「行けって…!」

仕掛けられた銃撃を打ち返し、また眼前で1人倒れる。

「置いていけるわけないでしょうッ!?」

ラスティが咳き込む、吐血でバイザーごしに彼の顔が見えなくなる、体から血の気が引く。

アスランは慌ててラスティのヘルメットを脱がせて、血に塗れた彼の顔がもう真っ青であることに気づいた。

「へへ…お前と一緒で楽しかった、よ」

声にならない声でラスティは呟いて、それきり彼は息をしなくなった。

―――――愕然とする。

視界の隅で動き出す、先ほどまで地球連合の士官のいた灰色の機体。

別れを惜しむ間も与えられない。

アスランはラスティの銃を取るとトレーラーの荷台に駆け上り、するりと滑り込むようにコックピットに乗り込んだ。

座席につくと同時にOS立ち上げを開始する。

予想はされていたが、まだ全くといっていいほどOSは完成されていない。

今はただ最小限動けるだけでいい。

キーボードを叩きながら目を走らせる。

急がなければならない、だが心は先ほどの別れと邂逅に大きく揺れる。

本当にラスティは死んだのか?―――――あれは、本当にキラだったのか?

計器類のチェックを入れる。

内部構造は今まで搭乗していたジンとほぼ同じ、すぐに操れる。

全ての起動が完了する。

レバーを押し上げ、機体が起き上がる…全ての視界が開けて、炎上する工廠の荒涼たる様が目に入った。

眼下を見遣る。

ラスティが先ほどの姿のままでそこに横たわっている。

ラダーで引き上げてくれよ!と起き上がった彼が叫ぶことを期待していた。

本当に死んじゃったの?ラスティ…。

アスランは感傷を振り捨てて、炎が降り注ぐ中を離脱する。

背後ではさらなる爆発を起こした工場が大炎上して、黒煙を上げていた。

モニターを見れば、奪い損ねた最後の一機が爆煙の中から飛び出してくるところだった。

キラ・ヤマト。

あの桜花びら只中での別れに見た幼馴染の、今にも泣き出しそうな顔がアスランの脳裏をよぎる。

月にいる筈だと思っていた、こんなところでまさか地球連合軍の新型兵器開発に関わっていようなどと思ってもいなかった。

いや、今はそれどころではない!

襲来するジンから通信が入る。

ミゲルだった。

『よくやった、アスランッ!!ラスティはまだか!?』

告げるのが辛い…アスランは首を振る。

叫べば涙声になった。

「ラスティは討たれたわ!…向こうには地球軍の士官が乗ってるッ!!」

『な…ラスティが…?』

ミゲルの表情は一変険しいものとなった。

『お前はその機体を持って撤収しろッ!ヤツは俺が仕留めるッ!!』

 

 

ローラシア級艦艇ガモフ内格納庫では慌しいほどにアナウンスが流れる。

『プログラム班は待機。インターフェイスオンライン』

『データパスアクティブ』

『ウイルス障壁オンライン抗体注入完了…データベースコンタクトまで300ミリ秒。パワーパックの抑制に注意しろ』

OS整備を終えて、するりとディアッカは機体から降り、無数のコードに繋がれた灰色の機体を眺めていた。

自分が持ち帰ったこの機体は接近戦向きではないらしい。

装備からして想像はついていたが、データ吸出し作業の整備士たちの言葉から遠距離砲戦仕様・後方支援MSであることが確定した。

「ちぇっ…何だよ、シールドもサーベルも無しか」

キャットウォークの上を漂いながらドリンクをすする。

その点イザークはいい、まさに“デュエル”向けの機体だ。

色も気に入った、と満足げにOS整備に余念がなく、未だにコックピットに搭乗している。

まあ悪くないか、敵を遠方から射撃するということはその分危険度も低まるということだ、とちろりとディアッカはバスターを眺めた。

―――――仕方ないから遠くからチクチクやらせてもらうか。

「大変ですッ!ヴェサリウスから通信が入って…ッ!」

キャットウォークに駆け込んできたニコルが顔面蒼白で叫んだ。

「ラスティが討たれましたッ!ミゲルは機体を失ってエマージェンシーサインが出て―――――」

「はあ?ラスティが?」

ドリンクパックが宙を浮く。

ラスティ、オレンジ色の髪をした馬鹿馬鹿しいほど朗らかで気のいいヤツ。

同期の死を告げられても、いまいち実感が湧かずに、ディアッカは眉間を寄せる。

死んだ…死んだのか?

納得できずに、ただ思考を切り替える。

「おい、アスランは?」

一緒に行ったはずのアスランはどうなったのだ。

「彼女は奪取に成功したようです、その後でもう一機を奪取にかかったミゲルが撃墜されて」

誰が呼んだのか“黄昏の魔弾”…あの辣腕パイロットをそこまで追い詰めるほどの猛者がナチュラルにいる?

にわかには信じがたく、格納庫を一望できる控えルームに移動する。

慌しくアナウンスが流れ、ジンにD装備されるさまをディアッカは眺めていた。

ルームのモニター脇のキーを弾けば、通信が開く…ジンに搭乗したミゲルの顔は憤怒で染まっていた。

エマージェンシーで拾われたばかりで、取って返すようにヘリオポリスへ彼は行く。

「また行くの?」

からかうようにディアッカは声を掛ける。

『ナチュラルにコケにされて引っ込んでいられるかッ!』

モニターの向こうでミゲルは声を荒げる。

相当屈辱だったらしい、とディアッカは口元を笑わせる。

「んじゃあ、せいぜい先輩の意地を見せてくれよな、ミゲル?」

『お前って本当に可愛げのない後輩だよなッ!』

ディアッカの軽口を交わす余裕もなく、ミゲルは言い捨てて通信を絶った。

D装備か」

上がってきたイザークが呟いた。

「要塞陥落戦でもやるつもりなのかな、隊長サンは」

ふわりとディアッカは舞い上がる。

「でも…!」

同じくルームに入ってきたニコルが何か言いかけて口ごもる。

「ま、仕方ないんじゃね?」

ディアッカの言葉、それに呼応するようにイザークは無表情に言う。

「自業自得だ!」

そして彼は回転するがままにしていたドリンクパックを掴む。

「あんなものを作ってただで済むと思ってるんだったら、大間違いってことを思い知らせてやらなければな!」

 

 

思考がとりとめもなく巡る…悪い癖だ、とアスランは頭を振った。

コロニーの隔壁に空いた穴から虚空へと飛び出し、母艦を目指す。

他の3機は既にガモフへ入ったろう、あとはこの機体をヴェサリウスに運ぶだけだ。

だが背後のヘリオポリス、あの戦場の只中には、きっとキラがいる。

逡巡の最中、コロニーの隔壁内から一条の光が漏れ、一瞬のちに大きく弾けるさまが視界に飛び込んできた。

コロニー内部の空気が真空に流れ出る、含まれていた水蒸気が一瞬にして凍った。

それらは太陽光を受けてきらきらとガラスの破片のように輝いていた。

その只中を突破するMSの姿を認める。

隊長機が被弾している?

アスランは目を見張る。

あのクルーゼ隊長まで被弾?一体何事なの?

自分の任務と呆然の只中で、アスランは機体を引き返させた。

『アスラン!早く戻れ!』

その矢先通信が入る。

眼前を通り過ぎていくジンの編隊は大型のミサイルランチャーや特火重粒子砲を装備している。

D装備!?」

要塞攻略用の重装備だ。

通り過ぎるさまを見遣っている最中、オロールの声が通信回線から漏れてくる。

『何やってる!?アスランッ!!』

「私も行くわ、この機体に傷をつけなければいいでしょう?」

Z.A.F.T.の兵士には自己判断で現場での行動を自由決定する権限が与えられている、それを行使するだけだ。

『隊長に叱られても知らんぞ!』

「いいわ」

アスランは編隊の最後尾についた。

 

やがて侵入したコロニーには生々しく傷跡が残る。

眼下、コロニーへの損害など一切構うことなく砲撃を開始する同胞に、アスランは一瞬唖然とする。

通信スピーカーから声が漏れてくる。

『ナチュラルごときにッ!!』

ミゲル!

急いで索敵する、モニターは戦闘をしているミゲル搭乗のジンとX105ストライクとを捕捉した。

ジンのミサイルが放たれ、ストライクは回避行動に入る。

ストライクを追ったミサイルはアキシャルシャフトに命中し、爆発を起こす。

センターシャフトと地上とを繋ぐシャフトは引きちぎれ、のたうちながら、直下の建物を瞬時にして打ち砕く。

さらに襲い掛かるミサイルの中、捉えられたストライクに2発のミサイルが向かう。

爆発が起き、爆煙が起きた。

『やったか!?』

アスランは急いでモニターを拡大する―――――見える、トリコロールの影!

「ミゲル!まだよ!」

『何!?』

立ち込めた煙の中からストライクが躍り出て、ソードを振りかざす。

「ミゲルッ!!」

その一撃は真っ二つにジンを叩き斬った。

『ちくしょうッ…』

うめき声、そして大爆発が起きる、脱出の間もなかった。

アスランの体中から血の気が引く。

――――――ミゲルまで?

ミゲルのジンを倒したトリコロールの機体めがけて降りる。

幼馴染との邂逅が蘇る、きっと彼が乗っているはずだ。

キラが、平然として人を殺すの?

「キラ!?キラ・ヤマト!?」

通信回線を開いて機体を降下させる。

『アスランなんだね!?アスラン・ザラッ!!』

周囲では戦闘が続いていた。

縦横無尽に立ち回り、何ら遠慮なく攻撃を仕掛けるZ.A.F.T.MSに対し、コロニーの損傷を気にしつつ防戦する新造艦は押され気味だ。

新造艦の応射をジンの群れは交わし、ミサイルは次々と地表やシャフトに命中する。

隊長は、ヘリオポリスを陥とすつもりで指示を出したのだろう。

飛び回るジンの1機に、白亜の巨艦の放ったミサイルが命中した。

推進剤に引火してジンは爆発し、それによって付近のまた1本のアキシャルシャフトが炎上した。

シャフトは炎のモールと化して宙で途切れ、衝撃でコロニー全体が軋みを上げる。

『オロール!ちっくしょう、ナチュラルのヤツら!』

僚機からの通信に、アスランは目を見開いて目を転じる。

オロールも?

一層攻撃は苛烈を極め、コロニーのあちこちにミサイルが撃ち込まれる。

『どうして、どうして君が、ヘリオポリスに、こんなことを―――――ッ!!?』

泣きそうな声でキラが訴えかける。

「あなたこそ何故それに乗っているのッ!?コーディネイターのあなたが、地球軍のMSにッ!!」

そして何故ラスティを、ミゲルを…?

過負荷に耐えていたセンターシャフトが大きく歪む。

ついに崩壊をはじめたコロニー内部では空気の急激な流出による乱気流が吹き荒れている。

すでに崩壊していた建造物の破片やエレカが舞い上がる。

爆発の炎さえ空気を失って消えていく。

対峙するストライクとイージスの足元にも凄まじい勢いで亀裂が広がっていた。

『うわぁぁぁぁッ!!』

キラが悲鳴を上げる。

「キラッ!!」

イージスを寄せようとしてバーニアを噴射するが、気流に押され、近づくことも叶わない。

「キラッ…!!」

虚空へひきずりこまれていくストライクとの距離はただ広がるばかりだった。

―――――ヘリオポリスがバラバラに四散し、その大地は宇宙空間を漂っていた。

瓦礫や金属片に混じって、看板や建物の一部が目の前を過る。

ユニウス・セブンの悲劇を彷彿とさせて、アスランは息を飲んだ。

だが救出艇は放出されている、誰も逃れることのできなかったあの惨劇に比べれば、と首を振る。

だが…ラスティもミゲルも目の前で討たれ、オロールも撃墜された。

彼らを巻き込んでヘリオポリスは崩壊した。

怯えるようにアスランはヴェサリウス目指して機体を反転させた。

 

 

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