
9
潮風が髪を嬲って、耳元を通り過ぎていく。
アスランは、補給を受けるために浮上したクストーの上部甲板に座り込んで、静かな海を眺めていた。
透明度の高い海の深い青が陽光に煌く。
これが地球の青、地球の海。
補給艦が仕事を終えて離れていく、生まれたさざなみがクストーに打ちつける。
作業を確認していた艦長のモンローが近づいてくる。
「アスラン・ザラ」
さりげなく彼は傍らに立ち声を掛ける。
「勝算あってのことかね」
アスランは振り仰いで、艦長を見返す。
懸念、疑問、不満を艦内の兵士たちが感じているだろうことは知っていた。
この艦長はその状況に今まで黙っていたが、ここに際して年長者として一苦言呈そうというつもりなのだろう。
だから相手に反論を与える余地なくきっぱりとアスランは断言する。
「なければこのような所におりません」
やれやれ…と言った面持ちでモンロー艦長は肩をすくめた。
「ならばお手並み拝見と行くだけだがね」
足つきはオーブにいる。
ストライクのパイロットがあのモルゲンレーテ工場区にいたのだから当然ではないか、とアスランは膝を抱え込んで顎をうずめる。
今にも泣き出しそうだったキラの面差しが頭から離れない。
何故向こう側に行ってしまうのだ、と縋るような視線も、ただ心に痛かった。
―――――何故自分たちはこんなことになってしまったのだろう。
ともすれば陥りがちな思考の迷い道からアスランを現実に引き戻したのは、ニコルの声と駆ける足音だった。
「あ、トビウオの群れ!こっちにも!アスラン、見てください!」
海面を跳ねる魚たちに傍らでニコルが身を乗り出す。
興奮で上気した顔のニコルがうわぁ、と声を上げる。
アスランは目を上げる―――――確かにP.L.A.N.T.では見ることのない光景だ。
母なる地球の自然の驚異をニコルは素直に受け止め感動する、例えば空の色の移り変わりに、例えば流れる雲の変幻自在さに。
だがニコルほどすごいすごい、と感動することもできない自分はどこか醒めているのだろう。
「ずっとここにいたんですか?」
「ええ」
「…最近辛い顔ばっかりですね、アスラン」
気遣うようにニコルが傍らに座り込んで言う。
「笑ってなんかいられないわ」
アスランは膝を抱え込んでぼんやりと海と空との境目を眺める、ふとニコルも同じ方向を見遣って言った。
「大丈夫ですよ」
「うん?」
「アスランは僕が守ります!」
ニコルが胸を張って放った突然の言葉にアスランはきょとんとする。
「だから…だからっていうのも変ですけど…ストライクのこと、1人で背負い込まないで下さい。僕たちが一緒にいるんですから」
アスランはニコルの栗色の眼差しを見返す。
もしかして、とアスランは呆然として息苦しさを覚える。
もしかしてニコルは知ってるのだろうか?
ディアッカはニコルに教えたのだろうか?…ではイザークは?イザークは知っているのだろうか?
ややあって、ニコルはにっこりと笑んだ。
「僕たちは指令通り足つきを陥せばいいんです。それだけのことですよ。ね、アスラン?」
…ニコルは、知っている。
疑念は確信に変わる。
だがそれ以上をニコルに訊くことも、自ら言葉にすることも怖くて、ただアスランは「うん」とだけ答えて俯いた。
足つき―――――アークエンジェルを陥せば全て終わる、キラを討つ必要はなくなるとニコルは言外に言う。
だが、本当にそれだけで終わるだろうか。
ベッドの上でイザークが喚く。
「待ちましょうって…あれからもう3日だ!本当にあの艦はオーブにまだいるのかッ!!?」
「俺じゃなくてアスランに言えよな」
ソファーに身を預けて雑誌を読みながらディアッカは机の上の足を組み替えた。
「ちっくしょうッ!!」
罵声とともに八つ当たりの枕が飛んでくるのでディアッカは上半身をふいっとそらす。
枕は見事に壁にぶちあたり、落下した。
イザークはとにかくわかりやすいヤツだ。
ブリーフィングや作戦行動以外でアスランに接触しようとしない、最近は顔を合わす食堂でも避けるようにして背中を向けている。
多分、近づいて取り乱すことを恐れているのだろう。
だからその必死で守っている部分をちくちくとイジメて差し上げるのは、日夜平穏を邪魔されている自分の当然の権利だ。
「でもまあそぉだよね。補給まで受けちゃったし。んでどーすんのイザーク?」
「何をだ」
「ヤっちゃうんなら手ェ貸すよ、あのコ相手じゃひとりだと難しいっしょ」
満面の笑顔でディアッカは言う。
上半身を起こしたイザークは一瞬呆気に取られたような顔になり、そしてその視線が肉々しいカラーの雑誌の表紙の大見出しに移る。
複数プレイ特集、―――――イザークはさっと顔を紅潮させて反射的に怒鳴った。
「ばッ…馬鹿を言うなァッ!!なんて…なんて破廉恥なことを言うッ!?」
まんまと乗ってくる、全く一直線なヤツ。
「おーいおい、何と勘違いしてるんだよ。クーデターやっちゃう?のつもりだったんだけど」
「!!…お前ッ!!はめたなッ!?」
「やれやれ、真性むっつりスケベ」とディアッカはまた雑誌に目を落とした。
「俺がむっつりならお前はオープンスケベだッ!!大体そんな汚らわしいものを部屋に持ち込むなッ!!」
「自分がむっつりって認めるわけね。で?クーデターは?」
「ふんッ!俺もそこまで単純じゃないッ!!もしこれで足つきがいなかったらヤツの失態になるだけだしなッ!」
どかんとイザークはベッドに身を投げ出す。
相手の自滅でポイントを稼ごうなんてタイプじゃない癖によく言う。
お前がもうちっと力を抜いてくれたらどれだけやりやすいか、とディアッカは思ったが口には出さなかった。
もういっぱいいっぱいのイザークにはそもそも無理な話だろう。
そしてぺらりと頁をめくったその瞬間、コンディションイエローを知らせる甲高いアラームが鳴り響き、ディアッカとイザークは顔を上げた。
ボズゴロフ級潜水母艦クストー発令所で、モニターが熱源を捉えた。
通信士が声を張り上げる。
「レーダーに反応あり!熱源4!」
「演習か?」
モンロー艦長があごひげを撫でながら首を捻る。
「いえ、その予定はないものと」
「熱源1、離脱します!」
どよめいたクルーたちが一気に慌しくなる中、ニコルとともに発令所に入ってきたアスランは通信士に問う。
「映像回線は?」
「開きます」
オーブ艦隊にエスコートされた白亜の巨艦がその姿を現した。
来た、とクルーとパイロットたちが浮き足立つ。
「当たりましたね、アスラン!」
ニコルが喜声を上げ、アスランは頷く。
「では私たちは戦闘準備に入ります。カーペンタリアにこの顛末の報告をお願いします」
「わかった」
モンロー艦長は重々しく頷く。
おそらく再び外交筋で激しい攻防が繰り広げられることになるだろう。
少なくともオーブが中立国であるというP.L.A.N.T.の認識は完全に覆され、パワーバランスは崩れるだろう。
それともまたオーブは誰か主要閣僚を贄に捧げて乗り切るのだろうか、ヘリオポリスの時のように?
…だがそれは一兵卒である自分のあずかり知ったことではない、と思考を切り捨ててアスランは身を翻した。
コンディションイエローからコンディションレッドへと切り替わったことを知らせるアラームが鳴り響く。
『各機パイロットは搭乗準備、繰り返す…』
アークエンジェルは煙幕を張り、二機の戦闘機がその煙幕をかいくぐって上空へと出る。
撃ちかけられる無数のミサイル弾を撃ち落し爆発をかいくぐりながら、最大戦速でMS部隊は接近を続ける。
だが機上のストライクの位置が掴めない、射線が読めない、とアスランが透かし見た瞬間、すっと空気が引く気配がした。
「来るわ!散開ッ!」
突如二条の光線が走り、間一髪でデュエルとバスターが回避する、しかし1機のディンが直撃をくらって爆発した。
煙幕で此方が見えないのは先方も同様のはず。
『あの戦闘機が目だ!』
デュエルのシヴァ砲が炎を上げ、たてつづけに戦闘機を撃った。
煙幕の中に再びそれは消えていく―――――熱源確認。
『よっしゃ。そーら、いくぜ!』
バスターが両肩の砲を繋ぎ合わせて腰だめにし、真っ直ぐに戦闘機の潜り込んだ付近へと照準を合わせて打ち込んだ。
爆発と衝撃波が空気を震わせる。
瞬時煙幕が晴れ、足つき右舷部が被弾したことを確認する。
『まだまだァ』
今度は艦橋、とディアッカが笑みを湛えた声で言う。
『これで決めるッ!』
刹那巨砲を担いだストライクが飛翔して煙幕から飛び出てきた。
イージスとデュエルの射撃を交わし、ストライクが向ける砲口はやがて光を放った。
ディン部隊が立て続けに的となり、援護を失ったバスターのグゥルが貫かれ、瞬間合体砲から放たれた光条は艦橋を掠めて走り抜けた。
バスターはなす術もなく遥か下の海へと落下していく。
同じく重力に引かれて降下するストライクをイージスとブリッツが追う。
ストライクに撃ちかけられたビームを交わしたものの、しかしイージスとブリッツ目掛けてアークエンジェルの主砲とミサイルが降り注ぐ。
やむなくアスランは後退せざるを得なかった。
その傍らをミサイルを交わしながら突進していく機体が視界に入る。
『ッストライクゥゥゥッ!!』
「イザーク!突っ込まないで!!」
『黙れッ!!勝負をつけるッ!!』
デュエルはアークエンジェルへと取り付く。
着艦したストライクの砲をデュエルはビームサーベルで叩き斬る、逃れるようにストライクは空中へとまた飛翔した。
取り付いたデュエルを振り落とそうとするトリッキーな操作で白亜の巨艦は大きく傾く。
ストライクを追いながら、通信回線からはイザークの舌打ちが聞こえる。
シヴァ砲を放つ中、バレルロールで大きく足つきは回転し、デュエルもまた落下する。
デュエルは上手くグゥルに着地、だが足つきの主砲がそのデュエルを狙って光を含む。
「イザークッ!!」
デュエルはグゥルを置いて飛翔した。
爆散するグゥル、デュエルは不本意ながら海へと落下していく。
その合間にも換装したストライクがビームサーベルを抜いて迫る。
「ニコルッ!」
声を張り上げたアスランに、すぐさまニコルの応えが返ってきた。
『行きましょうッ!』
二機は巧みに連携を取り、ブリッツに挑みかかったストライクに向けてイージスがライフルの射撃で牽制する。
咄嗟にシールドで防いだストライクに、ブリッツが左手からグレイプニールを発射する。
ストライクはそれをサーベルで切り捨てた。
間髪入れずブリッツが右手のトリケロスを構え発射する。
発射の直後、戦闘機がブリッツの右腕を狙ってミサイルを放った。
その爆発に乗じて肉迫したストライクのビームサーベルが一閃し、ブリッツの右腕を弾き飛ばす。
『うわァァァァッ!』
ストライクはそのままブリッツを踏み台にさらに飛翔する。
ブリッツはグゥルもろともにバランスを崩して落下する。
アスランは眉間に皺を寄せる―――――ブリッツを撃ったあの戦闘機が邪魔だ。
スコープを引き出してアスランは戦闘機を捉え、トリガーを引いた。
ビームを受けてその戦闘機は光を含んで爆発し、音を立てて四散した。
そして再び対峙する眼下の白亜の巨艦。
向けられた主砲の光が収束して再び放たれ、間一髪で逃れたイージスの足元のグゥルが火を噴く。
咄嗟にイージスは空中へと飛び出し、MA形態に変化した。
躊躇いなくアスランはトリガーのスイッチを押した。
狙いはストライクをかすめアークエンジェルへと向かう―――――だが敵も迅速だった。
急速に艦体が傾けられたが為にスキュラのビームは機関部を掠めた程度にすぎず、アークエンジェルは左舷部から炎と煙を上げて大きく右に傾いた。
操桿士は相当な手慣れなのだろう、敵ながら凄い腕だ、とアスランは微かな感嘆をすら覚える。
だがそんな感情に駆られる余裕もなく、イージスは落下する。
一連の攻撃で敵艦に打撃を与えたものの、今のスキュラ砲でパワーを大きく削られた。
眼下に小さな島の影が見える、この辺りの群島のひとつだろう。
着地寸前にMA形態からMS形態へと戻り、逆制動をかける。
移動手段を失った、イージスもエネルギーを相当消費している。母艦はすぐ近くにある筈、と索敵する。
すぐ付近に再び此方へと向かってくるデュエルとバスターの熱源も確認できた。
―――――とその最中熱源が引っかかり、敵機接近の警報が鳴り響く。
アスランは目を上げる、ソードを携えたストライクが目前に迫っていた。
咄嗟に機を後退させながらライフルを向けたが、ストライクの長剣が振り下ろされる。
鮮やかにライフルは斬り落とされて爆発した。
『アスラァァァァンッ!!』
怒りに逆上したキラの絶叫が耳を打つ。
キラ!?
しゃにむにうちかかってくる相手に、アスランは単なる鉄塊と化したライフルを投げ捨て、腕部にマウントされたビームサーベルをONにする。
機体をぶつけるように斬りかかると、ストライクは左腕のシールドで受けた。
『アスラァァァン――――ッ!!』
怨嗟と憎悪の泣き声でキラが自分の名を叫ぶ。
あの泣き虫でお人よしのキラが、憎悪をたぎらせて自分の名を絶叫している。
不意のことに、アスランは戸惑いを禁じえない。
「―――――キラッ!?」
『君は…君はッ!!トールを殺したァァァッ!!』
守りたい友達がいるんだ…。
私はその相手を殺した?
『アスラァァァァンッ!!』
アスランはこの今の今まで、本気で戦おうとしていなかった自分を思い知る。
そしてキラも同様に、決して自分を殺そうとはしていなかったということに気づく。
…だが今は違う。
気迫みなぎるストライクのソードが弧を描いて振り下ろされ、咄嗟にシールドを掲げる。
凄まじい衝撃がコックピット内部にまで伝わってきて、アスランは顔を歪めた。
ストライクの凄まじい肉迫にひたすら防御一方の最中、PS警告音だけが耳につく。
ストライクの蹴りが側部から襲い掛かってきて、イージスはたまらずに吹っ飛び、シールドが投げ出される。
PS装甲が落ちる…落ちた!
はっとしてモニターに視線を走らせたその時、躊躇いなく眼前でストライクがソードを大きく振りかざす姿が見えた。
その陰を目前に、確実に捉えられた、と瞬時すっと体中から血の気が引く。
ペダルを踏み込むこともトリガーを引くことも忘れて、アスランはただその永遠にも思える時を待つ。
…キラ。
懊悩と逡巡の決着点が見えたような気がした刹那。
『アスランッ!!』
甲高い叫びが耳を打った。
「ニコルッ!?」
ミラージュコロイドを解除して突如現れた黒いブリッツがストライクの胸元に飛び込みスピアを繰り出す。
回避したストライクの左肩を貫通して爆発を起こしたが、しかし反射的にストライクは振りかざしていたソードをそちら側に向けた。
全てが緩やかに見える。
声を上げることさえできない。
逃げて、と言うにも間がなかった。
振りかざされたソードはコックピット部のある腹部を薙いだ。
『アスラ…ン…逃げて…』
彼の言葉を伝える最後の通信は途絶え、切り裂かれたブリッツは閃光を伴って爆発を起こした。
「…ニコル?」
白く覆う視界の只中、すぐ間近で四散する機体の陰が見えた。
何が起きたの?…嘘でしょう?
「ニコル――――――ッ!!?」
降り注ぐ部品と残骸の雨がイージスの灰色の装甲に打ち付ける。
「…よくも…」
アスランは目を見開いたまま目を転じた。
呆然としたかに眼前に立ち尽くしているトリコロールのMSがそこにあった。
海から上がってきたバスターとデュエルが視界に入ったのも気づかなかった。
「よくもニコルを…」
見開いた目から涙が伝う。
「よくも―――――ッ!!」
立ちすくんで無防備なストライクに、落ちていたビームソードを手に取り立ち向かおうとした時、制止するように眼前にバスターが立ちはだかった。
『撤退だ、アスランッ!!』
「どいてェッ!!アイツを殺せないッ!!」
目の前が真っ白だ。
上空に浮かぶアークエンジェルが援護射撃を開始する。
降り注ぐミサイルとバルカン、一発でも当たればディアクティブモードのこの機体は滅茶苦茶になってしまうだろうに、振り切れた自分を止められない。
『PS装甲落ちて何ができるってんだよッ!!』
「まだ動けるッ!まだ戦えるッ!!」
『馬鹿ッ!!何ほざいてるんだッ!!』
ミサイルをシヴァ砲で迎撃するイザークの怒鳴り声が聞こえる。
バスターの巨大砲で押し切られて、イージスは崖っぷちから強引にそのまま母艦の待つ海へと投げ出される。
『俺が時間を稼ぐからアスランを連れて行け、イザークッ!!』
通信から声が漏れてくる。
ともに海中に入ったデュエルに無理やり牽引されて、レバーを幾度引いてももはや浮かび上がることもできない。
『暴れるなッ!!』
イザークの声、悔しさにアスランはただ泣いた。
アスランは僕が守りますから!
ニコル…!
ようやくに白亜の巨艦から逃れ、母艦に辿り着く。
結構打撃を与えた筈だが、此方が蒙った損害も大きい、とディアッカは嘆息をつく。
気が滅入る―――――ラスティ、ミゲル、オロール、マシュー、そしてとうとうニコルまで殺されてしまった。
モニター越しに、ディアッカは灰色のイージス前のキャットウォークに整備士たちが集まっているのに気づく。
「何だよ、アレ」
ハッチからキャットウォークに降り立ったディアッカはそちらを眺めて足を止める。
微かに眉間に皺を寄せて佇んでいたイザークが振り返る。
「内部からロックをかけてアスランが出てこん。…あのザマだ」
整備士たちは外部スピーカーに懸命に何か話しかけている。
「今からではもう無理だ、追撃にも引き離されてるから…」
「次の機会がある、な」
やがて整備士たちは外部操作し、その壁の向こうから姿を現した白衣の医師がハッチから乗り込む。
「おい!何してんだよ!」
ディアッカは人垣を割って入り、声を大にする。
整備士の1人が答えた。
「鎮静剤。艦長命令でちょっと寝てもらおうって話」
「目の前で自分を庇って仲間がやられたんじゃ、さすがにキツイだろうしな…」
年若いパイロットを失ったことにショックを受けたのか、整備士たちの口調も重い。
抱きかかえられてコックピットからようやく姿を現したアスランはぐったりと意識のない様子で、そのまま格納庫から運び出された。
しばらく見守っていたが、ディアッカとイザークは無言のままロッカールームに足を向けた。
のろのろとした着替えの動作、ロッカールームに横たわる重苦しい沈黙。
ブリッツがその腹部をストライクのソードに薙がれた、その光景が脳裏に焼きついて離れない。
あれはまさにコックピット直上だった…とイザークの思考はそこまで及び、顔からさらに血の気が引く。
あどけない面差しのニコルを思い返す。
アイツの最後が、まさかあんなに無惨なものになろうとは、誰が想像した?
不意に、傍らで上着に袖を通していたディアッカが深々と息をついた。
「まさかな…」
途端、必死にこらえていたものが堰を切ったように溢れ出て、思わずイザークは声の限りに叫んだ。
「…ッちっくしょうッ!!」
殴りつけるロッカー、拳の痛みさえ鈍い。
そしてやりきれなさをぶつけるようにイザークは叫ぶ。
「なんでヤツがこんなところで死ななきゃならなかったッ!?こんなところでッ!!」
「ここで暴れたって仕方ないだろ。俺らがやらなきゃならないのはストライクだ」
暗澹とした表情で、それでも冷静なディアッカはベンチに座る。
「くそッ…くっそォォッ!」
なおも殴りつけるロッカー、やがてイザークは両手の拳をそのままに、ロッカーに額を押し付けて唇を噛み締める。
自然顔が歪む。
年下だと侮って、臆病者と嘲笑って、まともに相手もせずにここまできた。
こんなことなら何故もっと優しくしてやらなかったのだろう、と後悔さえ過ぎる。
ニコルはまだ15歳だった、背も小さくて、声変わりさえしていなかった。
ピアノに秀でていて、いずれはP.L.A.N.T.一のピアニストにもなれたはずだったのに。
なのにアイツは、こんな岩山のごとき島の連なる不毛な風景、荒涼たる地球の果てで、あのストライクに一撃で殺された。
目いっぱいに溢れた涙はやがてイザークの頬を伝う。
「くっそォォッ!!ちっくしょうッ!!なんでニコルがッ…!!」
またもイザークはロッカーを殴りつける、その時、突然シュンという音を立ててドアが開いた。
「…私のせいだわ。私を責めればいいでしょう、私を庇って死んだと」
その声に吃驚して、イザークはロッカーを殴る拳を止めて振り返る。
ベンチに腰掛けて身を傾けていたディアッカも目を剥く。
「アスラン!?」
眼差しに溢れる涙を慌ててイザークは拭う。
パイロットスーツのままのアスランが足取りもおぼつかなく入ってくる。
「おい、アスランッ!?お前…ッ!」
薬を打たれてまだ20分と経っていない。
儚いほどの淡い輪郭で、どこかぼんやりとした面差しのアスランが問う。
「ニコルのロッカー、…どれ?遺品、整理しなきゃ…」
イザークとディアッカの視線が一つのロッカーに向く。
歩み寄ったアスランが指先を伸ばして開けば、もはや着る人のない紅の制服がハンガーにかけられていた。
まだ温もりが残っているのかもしれない、と求めるように彼女は手を伸ばし。
ばさりと落ちる紙の群れに、3人の視線は落ちる――――――手書きの楽譜だった。
「ニコル…殺されるのは私だったのに…なんで…?」
楽譜の只中でアスランはふうっと泣き崩れる。
「もっと早く仕留めるべきだった…私の甘さがあなたを殺した…ッ!!」
彼女は制服に顔を寄せてむせび泣く。
「ストライク…絶対許さない…ッ!!絶対…ッ!!」
アスランは自分よりもっと深くニコルの死に打撃を受けている、イザークは呆然とした心持ちでそれを眺めていた。
やがて嘆息混じりに立ち上がったディアッカは、楽譜を一枚一枚拾いながら屈みこむ。
「お前まだ寝てろって。隊長がそんなんでどうするよ」
ロッカーに楽譜をおさめ、赤い制服を抱き込んでうずくまるように嗚咽するアスランを立たせて、ディアッカは振り返る。
「ちょっとセンセイのとこ連れて行って来る、これじゃまだ追加がいりそうだ」
「…ああ」
涙をこらえるように眉間を顰めたイザークは軽く頷いて、投げ渡されたニコルの赤服を受け取った。
もうこれに袖を通すべきアイツはいない。
嗚咽しながらも大人しくベッドに横たわったアスランの細腕に注射針が刺さる。
鎮静剤を打たれて、やがて彼女は目を閉じて涙が零れ落ちた。
見るだに痛々しい、とディアッカは視線を逸らす。
「ちょっと強いが、これで大丈夫だろう」
医師の言葉に頷いて、ディアッカは再びロッカールームへと赴く。
覗いたニコルのロッカーは空、たぶんイザークが纏めたのだろう。
その足でディアッカは物品搬入室へと顔を出す。
テーブルの上には、ニコル・アマルフィと走り書きされたダンボールがひとつ、乗っていた。
ちくちくとした心の痛みをこらえて目を転じる。
「おい、イザーク知らねぇ?」
奥で同じような箱を整理していた兵士が微かに振り向いて、陰鬱な声で答えた。
「どっか行ったぜ」
レクルームにも不在、自室にもいないとなれば、この狭い艦内でアイツが行く先で思い当たる先は一つだ。
どいつもこいつも世話ばっかりかける、と思いながらディアッカは医務室へと再び足を向ける。
もう診察室は無人、今は医師も看護師も不在らしい。
ディアッカはその奥へと進む。
イザークがアスランのベッドの傍らに腰掛けていた。
「何だ」
鼻声でイザークは言った。
「なあ――――ニコル、かーわいい奴だったよな」
青ざめたアスランの寝顔を眺めながら、しみじみとディアッカは言う。
「イジメてもイジメても必死でついてくる奴だったよな」
こんなことならもっとアイツの話を聞いてやるんだった、ちゃんとまともに相手をしてやればよかったと胸の奥が痛む。
イザークは低く答える。
「…ああ」
涙を飲み込むようにイザークが天井を振り仰いで、一つ鼻をすすった。
「ストライク…アイツのせいでミゲルもラスティもニコルもやられた、俺も傷をもらったッ…アスランもこのザマだッ!絶対許すかッ!!」
地を這うような怨嗟の声は、またもディアッカに微かな痛みを齎した。
自分はどれくらい眠っていたのだろう。
アスランは白い天井を眺めながら思う。
アスラン、逃げて。
耳に残る声に突き動かされるように上半身を起こし、自分に繋がっている点滴の針を抜く。
仕留める、今度こそ。
パイロットスーツを着直して、ベッドを降りる。
廊下に出た瞬間、人影とぶつかりそうになった。
「おい、大丈夫かよ」
肩にかかる褐色の手、低い声。…ディアッカだ。
「大丈夫よ。今足つきはどこ?」
「北回帰線越えられる前に追いつけってんで、猛追中」
「そう」
逃がしはしない。
発令所に入れば、モンロー艦長とイザークが振り返った。
アスランは物問いたげなモンロー艦長を見返して平坦に言う。
「ご心配をおかけしました」
「いや」
まだ時計の針は夜明け前を差していた。
緊張満ちるクストーの発令所、暗いブリーフィングルームに赤い光で計器類が浮かび上がる。
不意にオペレーターが鋭い声を上げた。
「レーダーに艦影!」
海図を見ていたアスランたちははじかれたように振り向いた。
レーダーパネルに動く光点が写っている。
「捕捉しました、足つきです。射程距離内まであと10分!」
勢いづくクルーたちの只中で、艦長がおもむろに言った。
「群島の多い海域だな。足場には不自由せんだろう…日の出も近い、仕掛けるには有利か」
「ストライク!」
イザークが声を上げ、ディアッカも唸る。
「仇討ち戦だな」
アスランはひとつ大きく息を吸い込んで、呼吸を整える。
「…戦闘準備に入ります。パイロットは控え室に全員集まるようにアナウンスを」
自分は冷静でなければならない、そう、いついかなるときよりも。
出撃を控えたパイロットルームの空気はこれまで以上に張り詰めていた。
ディンチームもストライクにより幾人ものパイロットを欠き、その仇討ち戦への意気は高い。
そして最年少だったニコルの死は、彼らの憎しみを一層増幅させる。
「…アスランみたいなタイプがマジギレするとホント怖いぜ」
壁に身を凭せかけたディアッカは呟く。
「今のアイツに余計なこと言うなよ?イザーク」
イザークは顔を顰めて振り返る、その時ドアが微かな音を立てて開く、そして皆が目を転じる。
控えルームに姿を現したアスランは、ひどく無表情で、いまだかつて見せたことの無い殺気を漂わせていた。
触れれば切れそうなほどの鋭い眼差しで彼女はパイロット全員を見回し、低い声で告げた。
「バスターは足つきを、デュエルとディン部隊はバスターを擁護しつつ戦闘機を主目標に。ストライクは私が仕留めます」
仕留める、とアスランは言った。
ニコルを失って、誰よりも辛いだろう。
その仇討ちの心意気は汲んでやりたい、あの忌々しいストライクをアスランが討ちたいというのならば、今回裏方に回ることも仕方ない。
だが。
「戦闘機か」
イザークの呟きに、アスランは極めて無機質に答えた。
「前時代の兵器だけれどストライク並みの火力を持っているわ。…邪魔なのよ。侮らずにかかって今度こそ仕留めて」
「わかった」
返答にアスランはやがて目を伏せて口許だけを笑わせた。
その艶然として壮絶で、そして触れれば壊れそうな笑みにイザークは一瞬息を呑んだ。
「じゃあもういい?行きましょう」
ヘルメットを小脇に抱えたアスランはそのまま身を翻し、真っ先に格納庫へと進んだ。
あれがアスランか?…あんなアスランを、自分は見たことがない。
後に従うパイロットたちの只中を、イザークは立ちすくんでいた。
コックピットの中で艦が浮上するのを待つこの時間さえも惜しい。
早くストライクと、キラと戦いたい。
ここまで痛切に戦いを望んだことははじめてだ。
やがて頭上のハッチが開き、垂直カタパルトがせり上がっていく。
例え命に代えても、負けるわけにはいかない。
アスラン逃げて…。
鮮やかに蘇る声に、アスランは両手を組む。
最後の最後までニコルは私を気遣ってくれた、本当に優しい子だった、こんな戦場にいるべきでないほどに。
キラを殺さずにきた私の甘さが、ニコルを殺した。
もう涙は出ない。
待っていて、ニコル。あなたの仇は必ず討つ。
アスランは目を上げて、音声回線から流れてくる管制官のカウントダウンの声を聞きながら射出の時を待つ。
そしてキラ―――――これ以上あなたが誰かを殺す前に、私のこの手で決着をつける。
それがかつては誰よりも大事だと思った相手への餞だ。
そしてようやくに待ち焦がれた射出の時を迎え、間をおかずして射出されたグゥルへと乗り込む。
並ぶデュエル、バスター、そしてディンが射出される。
白亜の艦の姿が、暁色に染まるモニターに微かに映し出された。
『おっぱじめるぜ!』
ディアッカの声とともに、バスターの超高インパルス長距離射撃砲が光を放ち、それはアークエンジェルの右舷を掠め、戦端は開かれた。
アークエンジェルは牽制するようにミサイル群を撃ちかける。
それらはことごとくバスターの砲撃によって宙で爆散した。
飛来する戦闘機は1機、デュエルとディン部隊が群がる。
撃ち掛けられるミサイルの砲撃を戦闘機は辛うじてかいくぐりながら、海面すれすれへと急降下する。
ミサイルはその機動を追って互いに競り合い、海面で爆発を起こした。
『逃げ回りおって!』
アスランはストライクが後部甲板へと降り立ち、ライフルを構えるのを見咎める。
ストライク――――――キラ!
真っ直ぐにイージスはアークエンジェルへと接近し、ストライクめがけてライフルを放つ。
ストライクはビームをシールドで受け、甲板を蹴った。
イージスの携えていたライフルはビームを真っ向から受け、武器をひとつ奪われたことにアスランは舌打ちする。
イージスを回避させた直後、ビームライフルは眼前で爆発した。
その刹那、バスターの放ったビームが砲台を潰し、艦橋背後のミサイル管が大きく誘発されて爆発を起こした。
遮る爆煙の中をストライクが切り裂くようにビームライフルを撃ちかける。
いったんアスランはグゥルをアークエンジェル直上へと移動させた。
そしてグゥルを蹴ってMS形態からMA形態へと転化させ、むき出しの艦橋を狙う。
そう、まずはストライクの逃げ場を潰せばよいのだ。
トリガーを引いてボタンを押した瞬時、鉤爪が開いてスキュラを放つ。
アークエンジェルの必死の回避、だがその光条はアークエンジェルの左舷を貫いて周辺を大きくえぐった。
アークエンジェルは左舷から煙を噴き出し、大きく傾きながら急速に高度を落としていく。
再びMS形態へと戻り、グゥルの上へと戻り、索敵を開始する。
――――――いた!
アスランは、バーニアを吹かせて煙の中から飛び出してくるストライクの動きを捉える。
それ目掛けてイージスはグゥルから飛び降りて、腕にマウントされたビームサーベルをONにして打ちかかる。
激突に揺れる甲板上、ストライクの真横に突如グゥルから飛び降りたデュエルが現れて、大きくストライクを蹴り付けた。
此方にだけ集中していたストライクはたまらず横へと吹っ飛ばされる。
『ッストライクッ!!』
「イザーク、戦闘機は!?」
『撃墜した!』
ディン部隊もアークエンジェル周辺へと集まってきていた。
刹那ストライクはバーニアを吹かせて体勢を直し、落下しながらライフルを抜いて連射する。
艦橋付近にいたディンを1機、また1機と貫いていく。
『往生際の悪いッ!!仕留めるッ!!』
デュエルはグゥルに飛び乗る、その隙に、ストライクから更に放たれた1射はデュエルの右足を貫いた。
――――――また傷つける。また?
アスランの顔から血の気が引いて、ふっと何かが途切れた。
『ちっくしょうッ!!』
そのままデュエルはバランスを失い、海へと落下していく。
だが落ちる間にもデュエルはストライクに向けてシヴァ砲を向ける。
そのビーム砲は咄嗟によけたストライクのライフルを掠め、ストライクはライフルを捨て、シールドを掲げて爆発から機体を守る。
確かに腕を上げた、けれどまだ甘い!
アスランはストライクへと猛然と突っ込む。
ビームサーベルを凪いだ刹那、ストライクの右腕が大きく視野の外へと弾き跳んだ。
そのまま体勢を崩したストライクはアークエンジェルへの着艦コースから大きく逸れる。
イージスのバーニアを吹かせて接近して回し蹴り、まともに食らったストライクは体勢を整えることもできず近くの小島の岸壁へと凄まじい勢いで弾け飛ばされる。
ストライク、この場所でなんとしても仕留めてみせる!
ストライクが岸壁へと叩き付けられ熱帯森林に落ちるのを確認しながら、後を追ってイージスはグゥルから飛び降りる。
落下の衝撃から立ち直れず、倒れたままのストライクに、ビームサーベルを大きく振りかざして迫る。
視界にはコックピットが捉えられている。
さあ、その命を寄越せ―――――キラ!
すんででストライクがシールドを掲げた。
遮られたビームサーベルが閃光を放ち、眼前のモニターとアスランの顔とを白々と照らし上げた。
あともう一発であの艦は落ちるだろう、そしてもう自分の邪魔をするものはない。
エネルギー充填を再度待つその最中、ディアッカはモニターを拡大してイージスがストライクを大きく跳ね飛ばすのを見た。
ストライクは私が仕留めます。
その言葉通りに、アスランは落とし前をきっちりつけるつもりだ。
ストライクのパイロット…私の幼馴染なの。
あの時の辛そうな横顔が脳裏を過ぎる、だが本当にできるのか、できたとしてアイツは大丈夫なのか?
ほんの一瞬の思考の最中、ピピ、と不快な機械音が耳を打った。
目を転じたその時、モニターが写し出す白い光にふっと空気が引く。
大きく傾いた白亜の巨艦が転回して、その艦首砲が此方を向いていた。
光が収束する。
焦ったディアッカはグゥルを回避させる、撃たれる前に撃つとトリガーを引いた刹那、凄まじい衝撃がコックピットを揺るがした。
轟音に警報音さえも聞こえない、サイドのコンディションモニターに映し出されるバスターの左半分が真っ赤に染まる。
艦首砲で貫かれた反動でグゥルから投げ出され、近くの小島へとまっしぐらに落ちていく。
「ッうわァァァァッ!」
体勢を整える間もなく機体は大地を擦って木々をなぎ倒し、そして岩肌にぶつかってようやくに止まる。
ディアッカはシートベルトの限界まで前のめりになる。
鳴り止まない警報音。
全身の骨が折れそうなほどの激痛の只中でモニターに視線を走らせ、レバーと周囲の機器に手を伸ばす。
「くそっ…接合パルス低下、ハイドロ停止、…動かねぇッ!」
動力系をやられたのだろう、もう反応しない。
PS装甲も落ちている、だがなおもレーザー照射されている。
モニターは不時着のアークエンジェルがその艦首砲を再び此方に照準を合わせようとしていると警告する。
その照準の中心はこのコックピット付近、ディアッカの顔から血の気が引く。
「く…」
陽電子砲の直撃を喰らえば、自分はこのバスターもろともに蒸発するだろう。
額から冷たい汗が伝い落ちる。
かつてない緊迫感と焦燥感が自分に決断を迫る、――――――ここで死ぬか、それとも?
迷わずにディアッカは咄嗟にヘルメットを脱ぎ放った。
焦れる手でそのままハッチを開き、シートから立ち上がりコックピットから這い出る。
そして、やむなくディアッカは両手をゆっくりと上に掲げた。
全てが鮮明だった。
自分の呼吸音、モニターに映し出される敵機の傷の数、次なる相手の動きまでも、あるいは思考さえも全てが見えた。
ビームの刃がストライクの左腕を溶かし切断し、シールドとともに宙を舞う。
だがその攻撃の隙を狙ったストライクの蹴りは確かにイージスを捉えていた。
凄まじい衝撃が襲い、前のめりになったアスランは微かに呻く。
そして大きく弾けるスパークとともにコックピットが大きく裂けて、外光が差し込んできた。
刹那此方のモニターが一つ失われて灰色に染まる、先ほどの攻撃で頭部が飛んだらしい。
だがそれがどうした?
アスランは頭をもたげて口許を笑わせて、一点を凝視する。
えぐられたコックピットハッチの向こうに、ごく間近にストライクが見える――――――そしてストライクの曝け出されたコックピット内部が見える。
キラ、キラ、キラ。
まさに殺したいと願ってやまない存在を見出して、アスランは笑みかける。
キラはこの自分を睨みつけ、そして獣のごとく吼えていた。
『アスラァァァァァンッ!!』
お前の命を寄越せ、その命をもって死者に贖え!
ニコルに――――――トールに。
これは自分の思考か、キラの思考か?
「キラァァァァァッ!!」
『アスラァァァァァンッ!!』
死ね、この場で死ね!
殺す、この手で殺す!
互いの絶叫が重なり、ただひたすらに撃ち合いを繰り返す。
やがてストライクの顔面に突き立てるサーベルの感触を得て、イージスはそのわずかな間に懐に滑り込みMA形態に転じる。
―――――殺れる!
その鋭い鉤爪でストライクの機体を掴んだその時、PS装甲が落ちたと知らせる警告音が耳についた。
「…こんな時にッ!」
アスランは顔を歪める。
パワーが落ちた、トリガースイッチを幾度押しても、もはやスキュラは反応しない。
いや、まだ手はある。
アスランは右手で素早くシート傍らからコントロールパネル引き出し、暗証番号を滑らかに打ち込む。
これで終わり!
勝利の感慨と、そして不意の戦慄に鼓動が大きく弾ける。
直後反射的に脱出装置が働いて、アスランは開いたハッチから投げ出される浮遊感に見舞われた。
空中に投げ出されたその直後、イージスに走る亀裂、内部から漏れる閃光が眼下に見えた。
直後衝撃波が全身を襲う、爆風に煽られて舞い上がりながら、体中が千切れそうだ、とアスランはわずかに思う。
そしてそこで意識が途切れた。