13

 

 

 

薄暗い営倉の中で、ディアッカは寝返りを打つ。

考えるのにも疲れて、寝るのにも飽きて、腹筋や腕立て伏せで長い時間を過ごすのにも辟易―――――結局最後に残るのは、人間の3大欲。

そして極めて空腹だ。

まさか餓死させられるのかと疑問に思っていた矢先、ようやく人の気配があった。

「おせーよ。マジ飢え死にするところだったぜ」

ベッドにうつ伏せでディアッカは悪態をつく。

カタン、とトレイが床に置かれて檻の中に差し込まれる音がした。

「…ごたごたしてたの、遅れてゴメン」

声に吃驚してディアッカは咄嗟に起き上がる。あの少女だった。

眺めていると、ムッとした表情にややキツイ語調で彼女が言う。

「何よ」

「いや、…まさかお前が持ってくるとは思わなかったから」

「お前ェ?」

可愛い鼻の上に皺が寄るのが見えた。

「だってお前の名前知らねぇもん」

「ミリアリアよ」

「ふうん。名前で呼んでいいのかよ」

「い・や!」

なかなか気の強い女だ、とディアッカは思う…それとも単に自分は嫌われている、というだけの話か。

「っていうかこの艦どうなってんだよ。捕虜乗っけたまんま戦闘なんて普通じゃないぜ」

数時間前、この艦が激しい戦闘を繰り広げていたのはこの営倉でもわかった。

被弾であろう衝撃と振動の凄さに、俺はこのまま死ぬんじゃないか?と思ったのも事実。

「わかってるわよ、でも仕方ないじゃない、どうしようもなかったんだから!」

むすっとしてミリアリアが言う。

鉄檻ごしに向かい合って覗き込めば、ミリアリアは圧倒されたような表情を見せた。

「んで俺はいつ降りれるんだよ、ここはどこなんだ?」

「太平洋上よ。いつ降りれるかなんか知らないわよ」

「おいおい、アラスカじゃなかったのかよ。つーかいい加減にして欲しいんだよね、俺もうここ飽きた」

「捕虜のクセに、アンタって本当にエラそうね!」

取りあえずトレイを取ってディアッカはベッドに戻る。

「ん?まだ何かあんの?」

「ねえ、アンタから見てナチュラルって何?」

ミリアリアの固い表情を眺めながらディアッカは考え込んで、パンを千切りながら言葉を選ぶ。

長い長い時間、自分が漠然と考えていたことをようやく誰かに話せるらしい。

「俺たちとは違うモノ、旧人類。…でも地球に来てみて、ナチュラルってのを見て、もしかしてあんまり俺らと変わんないかもしれねーって思ったね。

実際このメシそこまで悪くないし、ナチュラルの女のコとかお前とかって結構可愛いし」

ミリアリアは妙な顔をして口を尖らせた。

「アンタって変なヤツ!」

「言ってくれるね。でも人間だぜ。お前もわかったろ?だからあんまり俺を怖がるなよ」

「アンタなんか…怖くないもの…」

自分の言葉は図星を突いたらしい。ミリアリアの口調はひどく弱く、やがて沈黙が落ちた。

その沈黙の狭間で、足音がする。

「…ミリィ」

まだ幼さを残す少年の声だった。

「どうしたの?」

弾けるようにミリアリアは顔を入り口の方へと向けた。

「ここの人に話があって…」

ミリアリアは去り、入れ替わるようにやってきた足音は、この自分の営倉の前で止まった。

パンを頬張っていたディアッカは顔を上げる。

「…君がバスターの、パイロットだよね?」

東洋系の血が入っているのだろう面立ちの、小柄で細身な少年が問う。

記憶する限り初めてここに来るヤツだ。

「そうだけど、何?」

「僕…オーブで、君たちに会ったんだ」

「オーブ?」

ディアッカは手を止める。

「ねえ、アスラン…アスランのことを教えてよ」

ディアッカは目を鋭くして、トレイをベッド上に置いて立ち上がる。

「つーか、お前誰?」

「キラ・ヤマト」

ミリアリアの言葉を素早く思い返し、ディアッカはふっと息を呑む。

「お前か、ストライクに乗ってたコーディネイターは!」

うん、とそのおよそ兵士とも思えないような少年は消え入りそうな声で頷いた。

ニコル達を殺したのが、こんな華奢で弱々しいヤツだったなんて、とディアッカは眩暈さえ覚える。

「くそ、生きてたのか!アスランが仕留めたと思ってたのに!」

「僕も死んだと思ってたよ。…でも偶然助かって」

「そんなヤツが、今更アスランの何を知りたいんだよ!」

剥き出しの敵意のままにディアッカは声を荒げて鉄柵に歩み寄る。

鉄の柵を掴んでキラ・ヤマトは俯く。

「イージスが自爆したんだ…ストライクに取り付いて」

「自爆だって?」

―――――アスランはそんな真似を、とディアッカは顔を曇らせる。

「僕は助かったけど…あの後、アスラン、どうなったのかな…って…」

ディアッカはひとつ溜息をつく。

「俺が知りたいくらいだぜ。俺が最後にイージスを見たのは、お前のストライクと一緒に島に落ちていくところだったから」

「…死んでないよね、アスラン」

泣きそうに震えた声が静かに問いかける。

そこには敵意の欠片さえなく、ただ零れ落ちそうな心配と懸念とが見てとれた。

「…そう思いたいけどな」

鉄牢を挟んで、仇敵と自分とが同じ少女を案じているこの状態が、ディアッカには不思議だった。

 

 

最高評議会ビルエントランスに踏み込んだアスランは面食らう。

ここまで最高評議会ビルに人が溢れていたのを見たことがない、国防総省棟に進めばさらに人の数は増えた。

「全滅!?全滅だと!?そんな馬鹿な話はなかろう!」

「カーペンタリアはとにかく正確な情報を!」

何かあったのだろうか、とアスランは周囲を見回す。

少なくとも普段の国防本部の数倍の人がいるような、と視線を巡らせている只中で見知った顔に出会った。

「ユウキ隊長!」

アスランは駆け寄る。

「アスランじゃないか」

今は特務隊員兼隊長を務める士官学校の元教官が振り向いて歩み寄る。

「戻ってきたのかね。大怪我を負ったと聞いていたが、大丈夫か?」

「ええ。それよりもこれは一体何事でしょう?」

静寂であるべきロビーが声、声、声で埋まり騒然としている。

「ふむ。スピットブレイクが失敗したというので混乱している。…全滅、との報告もある」

「スピットブレイクが失敗…全滅!?パナマで!?」

クルーゼ隊も参加していた筈、イザークは!?

アスランは顔色を為す。

「…いや、それが直前になって目的地が変更された。アラスカJOSH-Aだ」

JOSH-A!?」

アスランは言葉を失う。

オペレーション・ウロボロスは完了を目前にして放棄されたのか。

何故?

「我々にも知らされなかった…上層部でうちうちに計画されていたらしい」

困惑の色も濃くレイ・ユウキ隊長は首を振る。

「あともう一つ困ったことがある。極秘に工廠で建造されていた最新鋭機が何者かによって奪取された。

その手引きをしたのがラクス・クラインということで…クライン前議長とラクス嬢が国家反逆罪で指名手配されている」

声も出ず、アスランはまじまじとユウキ隊長を眺めた。

理解がついていかない。

「とりあえず君は帰還報告と拝命だ。行きなさい」

元教官に背中を押されてアスランは我に返る。

そうだ、急がねば。

アスランはロビーから、騒然としたCIC上のガラス通路上を抜ける。

「ジブラルタルからも応援を出させろ!」

「無人偵察機じゃダメだ、今欲しいのは詳細な情報なんだよ!」

「そんな話は聞いてないぞ、どこからの情報だ!」

眼下はまるで声の渦、錯綜する情報が事態の深刻さをうかがわせる。

「連絡取れたか!?」

「俺んとこで確認取れたのはシュミット隊とポルト隊とあと…クルーゼ隊!」

…クルーゼ隊は無事?

ふと足を止めてアスランは眼下のCICオペレーターに声を投げかける。

「クルーゼ隊長は無事なの!?隊員たちは!?」

吃驚したようにそのオペレーターは此方を見上げて、ややあって大声で言葉を返した。

「全員無事ですよ!デュエルは多少破損したみたいですけどね、アスラン・ザラ!」

とりあえず彼は無事―――――ほっとする。

「ありがとう!」

そしてようやくに辿りついた国防委員長兼議長執務室。

秘書官に要件を告げてじりじりとしながら待ち構える眼前で、ドアが開く。

アスランは避け、兵士たちを従えて通り過ぎる女性に敬礼する。

「シーゲルの捕捉を急がせろ、それから工廠の本データを此方に回せ」

銀髪の女性は兵士に厳しく言い放つ―――――エザリア・ジュール議員、息子のイザークによく似た怜悧で綺麗な横顔の女性。

「わかりました」

彼女のアイスブルーの眼差しがちらと此方を向いたが、胸の痛みに思わずアスランは目を逸らす。

エザリアが足を止めて振り返ったその時、秘書官の声が遮った。

「アスラン・ザラ、どうぞ」

「はい」

秘書官の言葉とともに扉が開いて自分を導く。

「使用されたのはサイクロプスのようです。基地の地下にかなりの規模のアレイを…」

補佐官の言葉が響いて聞こえ、アスランはその言葉に怖気立つ。

…サイクロプス!?

「ともかく残存部隊の確認をカーペンタリアに急がせろ!浮き足立つなとシュナイバーに伝えろ、欲しいのは客観的な情報だとな!」

父の怒声が暗い空間に木霊する、補佐官たちの報告は続く。

「アイリーン・カナーバら穏健派議員が臨時議会の召集を求めて会議室に集まっておりますが」

「私を糾弾する気か!?…クラインの行方は!?」

「まだです、かなり周到にルートを作っていたようで…時間がかかるかもしれません」

「司法局を動かせ、カナーバ以下、クラインと親交の深かった議員は全て拘束だ」

「は…しかし…」

国防委員の躊躇に対し、どん、と机を拳で叩きつけて父は声を荒げた。

「スパイを手引きしたラクス・クライン!ともに逃亡し行方のわからぬその父!漏洩していたスピットブレイクの攻撃目標!何故わからん、簡単な図式だぞッ!!」

アスランはふっと息を呑む。

「裏切り者のクラインを、奴らこそが匿っているのだ!奴らを拘束せよ!」

「はッ!」

ぱらぱらと国防委員と補佐官たちが執務室を出て行く、その風が吹き抜けて髪を乱す。

議会はJOSH-A進攻を承認していなかったのだ、議長と一部Z.A.F.T.上層部との間だけで進められていた計画なのだろう。

結果でごり押ししようとした父の思惑は外れた、だから強権を発動させる。

アスランは座す父を眺め、そして敬礼で進み出る。

「アスラン・ザラ―――――戻りました」

「ああ」

険しい表情で父は自分をとっくりと眺めた。

「状況は把握したな。もはやお前にも動いてもらわねばならん。お前はZ.A.F.T.のトップガンなのだからな」

値踏みするような鋭い眼差しを向けられて、アスランはたじろぐ…これほどまでに他者として父と対峙したことはなかった。

気迫に圧倒されて額に汗を感じながら、アスランは首を振った。

「しかしラクス嬢がスパイの手引きなど、信じられません」

「証拠がなければ誰が彼女に疑いをかける?見ろ、工廠の記録だ」

父が指先でパネルを操作し、サイドスクリーンに映像が投影される。

機体前のキャットウォークに確かにピンク色の緩やかな髪を靡かせた少女と、赤服の兵士がいる。

あの横顔は間違いなくラクス・クライン。

赤服の兵士は…?

あの後ろ姿はどこかで、とアスランは記憶の糸を手繰る、だが思い出せない。

「この直後、機体の奪取が行われた。ラクス・クラインが手引きしたのは明々白々なのだ」

アスランは目を転じた。

「だからとラクス嬢とクライン前議長を国家反逆罪に?」

「漏れていたスピットブレイクの攻撃目標、奪取された新機体…あまりにもタイミングがよすぎる」

父は大きく息をつき、椅子に沈み込んで額に手を押し当てた。

その弱々しく、疲れたような仕草に心を痛め、アスランは目を伏せる。

「しかし納得できません。ごく一部の幹部しか知りえなかったスピットブレイクの目標変更を、何故前議長が知っているのです?」

…シーゲル・クラインと父とは昔から競い合う仲だったと聞いた、彼へのライバル心が父の目を曇らせているのではないか?

目を上げて、強くアスランは言い募る。

「そのごく一部の幹部の中に内通者がいると疑うべきではありませんか」

一瞬の間、パトリックの鋭い灰色の視線が凝視して、アスランは真っ直ぐにその眼差しを見返す。

ややあってパトリックは言った。

「その線、あわせて保安局に調べさせる」

その父の言葉にアスランはほっと息をつく。

「ならば、クライン親子についての措置は」

だがパトリックは素っ気無く言った。

「いずれにせよあの2人は始末せねばならん。スピットブレイク失敗の咎はヤツらにこそ引き受けてもらう、今以上の好機はない」

「…お父さま…」

父の本音を前に、アスランは愕然としてその言葉を脳裏で繰り返し、顔から血の気が引くのを感じていた。

シーゲル・クライン前議長とラクス・クラインとを生贄に、父はこの政治的窮地を切り抜けようとしている。

「お前もいい加減学べ。ヤツとて伊達に議長を務めたわけではない。現に今もヤツらは包囲網をかいくぐって、生き延びている…それがどれだけ脅威となるか」

「しかしお父さま、クライン議長は…ッ!」

「今の議長はこの私だッ!!P.L.A.N.T.国民は私を支持したッ!!」

突然激した様子でパトリックは中腰になり、アスランは怯む。

椅子に座り込んだ父は水の入ったコップを傾け、声色を落として言葉を続けた。

「お前は工廠に行きZGMF-X09Aジャスティスを受領せよ。そしてZGMF-X10Aフリーダムを奪還もしくは破壊、接触した人物・施設全ての排除にあたれ」

苛烈すぎる命令の前にアスランはただ呆然とする。

「何故…そこまでするのです」

ZGMF-X10A及びZGMF-X09Aにはニュートロンジャマーキャンセラーが搭載されている」

ニュートロンジャマーキャンセラー…?

一拍の間、そしてようやくに理解してアスランは声を荒げる。

「何故そんなものを使ったのですッ!?P.L.A.N.T.は核の一切を放棄すると宣言したではありませんかッ!!」

「あの力が必要となったのだ、勝つ為にッ!」

父もまた声を荒げた。

「なんてことを…ッ!!」

アスランは愕然としていた。

あのユニウス・セブンの悲劇を二度と繰り返さない為のNジャマーだった筈ではないか!

「ヤツらはサイクロプスさえ躊躇なく使うのだぞ!ならばナチュラルにあの技術が渡れば奴らは喜んで再び核を使うだろう…ッ!!それを断固阻止せねばならんッ!!」

「それはわかります、ですが…!」

「お前は命令を聞いて動けばそれでいいッ!!兵士がそれ以上を考えるなッ!!」

「お父さまッ!私は兵士ですが、それ以前にあなたの娘ですッ!!何故話を聞いて下さらないのですかッ!!」

アスランも激して机を叩いて声を張り上げる。

「もう十分ではありませんかッ!!これ以上強い力を求めないで下さいッ!!」

「勝つ為には手段を選んではおられんのだッ!!」

「勝つ為!?守る為の戦いだった筈ではありませんかッ!!」

「戦わねば守れんのだッ!!―――――お前には失われたZ.A.F.T.の兵士たちの仇討ちを求める声が聞こえんのかッ!!」

一瞬アスランは怯む。

仇討ち、そして自分はキラを手に掛けた。

だが―――――だが!

              殺されたから殺して、殺したから殺されて…それで最後はホントに平和になるのかよッ!!?

バカだ…お前たちみんな、ホントにバカだッ!!

「そうやって戦い続けて何が得られるのですッ!?」

言葉が届かないもどかしさの只中、背後でドアが開いた。

長い人影が差す。

はっとしてアスランが目を転じれば、ユーリ・アマルフィ議員だった。

深く息を吐いて、低く押し殺し震える声でパトリックは言った。

「行け、アスラン。お前に話すことはもうない」

「わかりました。命令には従います。けれど…見損ないました、ザラ議長閣下

突き放すようにアスランは言い、暗闇の議長席に背を向けた。

Nジャマーキャンセラーを開発させたことが父の失態ならば、この自分がその始末をつけなければならない!

 

 

地下工廠へのエレベーターの中、アスランは問いかける。

「アマルフィ議員、奪取されたフリーダムとは一体どういう機体なのです?」

核を搭載した最新鋭機であるならば、当然にその機体は極秘事項だろう。

アスランはその輪郭だけでも掴みたかった。

ユーリ・アマルフィはその穏和な表情を沈痛に曇らせた。

「ああ。ジャスティスは近接戦を主眼に置いて設計されているが、フリーダムは遠隔攻撃を可能とした圧倒的な火力兵器を備えている。…恐ろしい破壊兵器だよ」

そんなものが奪取された、という事実にまた怖気がして、アスランは顔を背ける。

「何故そんなものを」

「…本来はフリーダムもジャスティスも抑止力の為だった。今となっては弁解にもならないがね」

自嘲気味な口調のユーリ・アマルフィに分厚い仕様書を2冊手渡されて、アスランはぱらぱらとそれをめくった。

「整備完了まであと8時間はかかる。その間にこれを頭に叩き込んでくれ。ジャスティスとフリーダムの仕様書だ」

「はい」

―――――ZGMF-X10Aフリーダム、頭部にMMI-GAU2ピクウス76ミリ近接防御機関砲、腰部にMA-MO1ラケルタビームサーベル、MMI-M15クスィフィアスレール砲。

背中に負う翼状のバーニアの中にM100パラエーナ・プラズマ収束ビーム砲を擁する。

そしてMA-M20ルプス・ビームライフル。

どれひとつ取ってみても、想像以上に強力な装備だ。

果たして自分はこれを無傷で奪還できるか?奪還できぬならば破壊…だが下手を打てばフリーダムは核爆発を起こしてしまう。

懸念をそうと知ったのか、ユーリ・アマルフィは微かに横顔を見せて言った。

「フリーダムはウイルス防壁が完全でない状態で奪取された」

不意の言葉にアスランは顔を上げる。

「ジャスティスに核融合炉遠隔停止装置のNクリアを搭載させた。奪還が無理ならば融合炉を落してからフリーダムを討ってくれ」

「…わかりました」

アスランはジャスティスの仕様書をめくる。

―――――ZGMF-X09Aジャスティス、頭部にMMI-GAU5フォルクリス機関砲、胸部にMMI-GAU1サジットゥス20ミリ近接防御機関砲。

肩のパーツは分離してRQM51バッセル・ビームブーメランとして使用可能、腰部にはMA-MO1ラケルタビームサーベル、そしてMA-M20ルプス・ビームライフル。

そして背面の巨大なバックパックであるファトゥム‐00は分離可能、MA-4Bフォルティス・ビーム砲とM9M9ケルフス旋回砲塔機関砲が搭載されている。

これもまた眩暈がしそうなほどの武装だ、そしてそれを可能にするのが核。

思わず息苦しさにアスランがぱたんと仕様書を閉じたその時、エレベータのドアが開いて、無機質な廊下が眼前に広がった。

この付近は半重力区域で、すでに浮遊感で爪先が浮く。

「来たまえ、アスラン」

導かれてやがて入る工廠。

キャットウォークから眺めるZGMF-X09Aジャスティスは鉄灰色、大勢の整備士たちがさながら蟻のように群がって内部整備にあたっていた。

その開け放たれた中枢に禁断の火を現す記号が見えて、アスランは目を薄くする。

あの力が必要となったのだ、勝つ為に!

地球上の戦力の大半を奪われて、P.L.A.N.T.と父は追い詰められている。

その緊張感を肌で感じる。

だがこれが正しい道なのか?これが?

「…ニコルも彼女の歌が好きだと言っていたよ。いつか自分の伴奏で彼女に歌って欲しい、と…」

背中でアマルフィ博士が呟き、アスランは我に返り、言葉に詰まる。

「…ニコルのことは、本当に申し訳ありません…アマルフィ議員…」

自分が死なせてしまったニコルのことを思うとき、ただ胸が痛くなる。

「いや、いいんだ。…すまない。わかっているのだがな…戦争なんだ。それに君は仇を討ってくれたじゃないか」

悲しげにユーリ・アマルフィは首を振って微かに振り返り、アスランは「いえ」と口を閉ざす。

胸がじんわりと痛んで、目を上げられない。

しばらく沈黙していたアマルフィ博士は言葉を続けた。

「…あれからロミナはすっかり落ち込んでしまって…毎日泣いているよ」

ロミナ・アマルフィ。

ニコルによく似た面差しの可愛らしいひとだった―――――きっと彼女は泣いているのだろう、今このときも。

「戦場でニコルや多くの若者が散っていった。君のような少女までもが命を賭けて戦っている。…それなのに我々を裏切ろうとする輩がいる。それが私には信じられんよッ!」

アマルフィ博士が震える声が言葉を繋ぐ。

愛息を失って崩れ落ちるように好戦派となったその人を、ただ悲しい、とアスランは思った。

『最終起動シミュレーション開始する』

『F6の要員は端末オンライン』

「核を再び使わせない為に…頼むぞ、アスラン」

暗い瞳でユーリ・アマルフィが自分を眺めて、アスランはただ微かに頷くしかできなかった。

 

 

重い2冊の仕様書を抱えて押し寄せてくる疲労感の只中、1人工廠を出てアスランはエスカレータに乗る。

ニコルの命の代償にとキラをこの手で討った。

その見返りが、勲章とそしてあの機体―――――さらに殺せと、さらに進めと父は自分に命じる。

未だ心の痛みがおさまらないのに、自分は本当にあの機体で、Justiceと銘打たれたあのMSで戦えるのだろうか。

相変わらず雑然としている国防総省エントランスに出たところで、1人の議員服の男が突然声を掛けてきた。

「君はレノアさんによく似ているね、アスラン・ザラ」

金髪の長髪を1つ結びにした議員は笑みながら言った。

顔くらいは知っている、タッド・エルスマン議員。

彼の凭れかかる窓際の欄干に、アスランは歩み寄る。

「母をご存知ですか?エルスマン議員」

「そりゃあ美人でならしたものだよ、彼女。パトリックにとっては数多の競争相手を蹴落として結婚した愛する妻だったわけだ。

それをナチュラルに奪われたんだから、パトリックにはナチュラル排斥に走る当然すぎる理由がある、と思うがね」

アスランの唇から思わず嘆息が漏れる。

まさかあの父に限ってとは思うが、だが先ほどの感情的なやりとりのこともある。

「…個人的な怨恨で国家を動かされては困ります」

「まあお父上をそう言ってやりなさんな。パトリック1人の思惑で国が動くわけではないし、現状大勢がそう流れているんだよ。

アラスカのことが国民に知れれば、ますます彼らは戦争を声高に叫ぶだろうしね。

…心配なのはこのP.L.A.N.T.の行方だ。穏健派は拘束、シーゲルは国家反逆罪、それを認めざるを得ない我々最高評議会…私が言うのも何だが、我々は一体どこへ行くのだろうね?」

そう、誰もが知らない、この道の行きつく先を。

「ディアッカのことを私は謝らなければなりません、エルスマン議員」

そう、この人はディアッカの父親なのだ。

だがタッドはふふっと実に穏やかに笑った。

「何、気にしたもうな。大体私は心配はしていないよ。あの馬鹿息子には、とにかくどんな手段を使っても生き延びろと教えてあるからね」

その口調に息子への愛情と絶対の信頼を感じて、微かにアスランの口許に笑みが浮かんだ。

目を転じれば全面のガラス窓から、夕方の朱色に染まるアプリリウス市街地が遥かに臨めた。

「亡き人を悼むことと敵を憎むことは…切り離せないものなのでしょうか」

切り離せていたなら、自分はキラを許せていたろうか。

湧いて出る傷口からの悔恨の念はとめどなく、自分を責め立てる。

だが自分は向き合わねばならない―――――生きている限り、ずっと。

タッドはふと微笑んだ。

「それができたら憎しみの連鎖など生まれはしないよ、我々人間はどこまでいっても所詮感情の生き物だ。いくら理性的といわれる我々コーディネイターでもね。

ここを発つ前にシーゲルの邸を見てみるといい、それがよくわかる」

「…クライン前議長の?」

意味深にタッド・エルスマン議員はウィンクすると、背中を向けた。

 

 

キラ・ヤマトは時々営倉にやってくるようになった。

物好きなヤツだ、とディアッカは思いながら、ベッドから上半身を起こす。

「言っておくけど、お前って俺の敵なわけよ。仲間が大勢お前に殺されてる。この邪魔な鉄パイプさえなければ、お前に飛びかかってたっておかしくないんだぜ?」

鉄牢の向こうで、すっとキラの眼差しが薄くなる。

ちりちりと灼くような視線。

いい殺気だ、とディアッカは思う―――――これでこそあのストライクのパイロットだ。

多分自分も同じくらい剣呑な顔つきになっているだろう、と自覚しながらディアッカはその眼差しを見返す。

コイツのせいで多くの同胞が傷つけられた、そして死んだ…ミゲルも、ニコルも。

それはどうあっても忘れられない、許せない。

ややあって、キラ・ヤマトは口を切った。

「お互いさまです」

確かに、俺もまたコイツの仲間を殺したのだろう、コイツも俺が憎いには違いない。

それでもコイツがここに来るのは、この艦で俺が唯一の同類だからだろう、とディアッカは思う。

コーディネイターとしても、アスランを気に掛けているという点でも。

キラは営倉の前に座り込んだ。

<トリィ>

キラの頭に止まった緑色のロボット鳥が鳴く。

忘れもしない、オーブでアスランの指先にとまったあの鳥だ。

やはり自分とニコルの推測は正しかったことになる―――――アスランは、コイツに会ったことでアークエンジェルがオーブにいることを知ったのだ。

沈黙のはざまで、ようやくにディアッカは口を切る。

「なあ、なんでお前わざわざ地球軍にいたの?地球軍に育てられたコーディネイターじゃないんだろ?コペルニクスでの幼馴染だってアスラン言ってたぞ」

キラはふと目を伏せ、その重い口調に弁解が混じる。

「僕だって地球軍で戦いたくなんてなかった。アスランも何度もZ.A.F.T.に来いって言ってくれた、コーディネイター同士で戦う必要なんかないって。でも…」

「脅迫でもされたのかよ?両親とかエサにされて?」

「違う!」

弾かれたように、キラが中腰になる。

「…僕がやらないとみんな死んじゃうと思ったから…アークエンジェルと友だちを守りたかったから…」

何かを守りたいという気持ちは、多分自分たちと一緒だったのだ。

ディアッカは深々と嘆息をついて、苦々しさを噛み締める。

「アスランと敵になってまで守りたかったのかよ。お前のせいでアイツがどんだけ暗くなっちゃったと思ってんの?」

膝を抱え込んで顔をうずめたキラは突如として言った。

「…僕、コーディネイターだし…アスランとはずっと一緒にいたから…」

「え?」

「僕がアスランを殺したり、アスランが僕を殺したりするなんてこと…ないって、多分どこかで思ってたんだ…」

もしかしたらアスランもそう思っていたのかもしれない。

だが最後には2人とも互いへの思いを振り捨てて殺し合いをした、アスランはイージス自爆にまで踏み切った。

アスランの悲しそうな顔を思い出し、不意にやりきれなさがこみ上げてきて、ディアッカは顔を背けた。

「やってらんねぇな」

戦いは繋いでいた手さえも断ち切る―――――こんな馬鹿馬鹿しいことがまかり通っていいのか?

 

 

アプリリウス2番街にクライン邸はある。

アスランは打ち壊された門扉の隙間をぬうようにエレカを走らせ、クライン邸のエントランス前に停めて降りる。

優美なロココ調の建物には銃弾の痕ばかりが目立ち、その窓ガラスという窓ガラスは打ち砕かれている。

エントランスの重厚な扉は開け放たれて、邸の内部は無残に踏み荒らされていた。

ラクス・クラインに会いに訪れたのはわずか3ヶ月前の話だ。

だがここにかつての面影はない。

重い足を引きずるように、アスランは裏庭へと回る。

サンルームであったろう建物の周囲に散乱するガラス片を踏みわけ、アスランはぐるりと周囲を見回す。

夕闇迫る中で、この邸はさながら廃墟のように見えた。

何故ここまでする必要があったのだろう?―――――仮にも先の議長と、P.L.A.N.T.の皆が愛した歌姫の住まいではないか。

憎しみは敬意や愛情さえも容易く踏み越えてしまうものなのだろうか。

―――――不意にあのキラとの戦いのワンシーンがフラッシュバックして、また胸を締め上げる。

自分と、ここを荒らした兵士たちとの間で何の違いがある?

弾丸の痕も鮮やかな四阿、かつて咲き誇っていた花々さえも踏み荒らされている。

アスランはかがみこんで、無残に散った薔薇を手に取る。

「なんてひどい…」

無為に命を摘むことに躊躇いなぞない、これのどこに理性がある?

呆然としていたその時、ぴょん、と視界のすみになにか球体が映った。

土塗れのピンク色のボール?

<テヤンデー>

「え?」

<ミトメタクナーイ!>

飛び跳ねていくものを咄嗟に追いかけながらアスランは声を上げる。

「ハロッ!?」

ぴっと反応して顔面めがけて薄汚れたハロが跳ね返ってきて、それをアスランはキャッチする。

<ハロ・ハロ・アスラーン>

私の声に反応した!

              そうそう、これはわたくしのお友達のピンクちゃん。ご挨拶しましょうね。

そう言って彼女がハロを差し出したあの時、自分の声は登録されたのかもしれない。

ハロがぱっくりとその口を開いた。

紙切れの断片にホワイト・シンフォニーと走り書きがあった。

 

P.L.A.N.T.間中央道を走りぬけ、オクトーベル市郊外のホワイト・シンフォニー・ホールに辿りついた時、すでに周囲は夜の闇に包まれていた。

雨がP.L.A.N.T.の大地を打つ。

アスランは小走りにホールへと駆け込む。

廃墟と化したホール内からは清冽な歌声が聞こえた。

アスランは銃を手に、エントランスからホールへと入る。

あんなに一緒にいたのに…

              お互いが遠く見えなくなる

              君の手もぬくもりも笑顔も

忘れられないよ

音律を刻んで、清冽な歌声が響く。

ガラスの城と青い星と

見えない壁

君と僕はこれほどまでに

遠く離れて

              動き始めた世界は

炎に包まれ

              僕らはどこへ流されていくの?

 

あんなに一緒にいたのに

              今、言葉さえ届かない

              振り返る過去も涙さえも

              胸に突き刺さる

…あんなに一緒にいたのに…

              お互いが遠く見えなくなる

              君の手もぬくもりも優しさも

覚えているのに

…ラクス・クライン。

この荒れ果てたドームの壇上で、聴衆もないままにただ1人彼女は歌っていた。

<ラクス〜>

ハロが飛び跳ねていくのを追い、アスランはひらりと壇上に上がる。

「あらピンクちゃん、お帰りなさい」

ラクスは歌を止めて笑んだ。

「…ラクス・クライン」

銃を片手に、アスランは平坦に声をかける。

「アスラン、お久しぶりです」

舞台用の美々しい衣装を纏った歌姫がそこにいた。

「これは一体どういうことなのです」

「お聞きになったから、あなたはここへ来た。違いますか」

「信じられないのです。あなたがスパイの手引きをしたなど」

「スパイの手引きなどしておりません」

歌姫はふうわりと笑んだ。

「キラにお渡ししただけですわ、新しい剣を。彼が持つのに相応しいから」

キラ!?

ばくん、と胸が鼓動した。

「何を…キラは…」

命を寄越せと迫った。

その命をもって死者の報いを受けろと自分はキラに迫った。

殺し合い、まさに獣のごとき殺し合いを果たした。そして自分は勝利した筈だった。

「あなたが殺しましたか」

冷徹に彼女は言い、思わずアスランは震える。

…殺した。あの苦悩と逡巡から逃れたい一心で。

ふとラクスはとろけるような笑みの表情を湛えた。

「大丈夫です、キラは生きていますわ。マルキオさまがわたくしのところにお連れになりました。そして今キラは地球に」

マルキオ導師―――――地球とP.L.A.N.T.の交渉調整に立った宗教家の名にアスランははっとする。

「キラはあなたと戦った、と言っていました」

「そんな、まさか…嘘だわ」

動揺と逡巡と安堵と警戒心とが言葉を滲ませる。

「言葉は信じませんか?…ならばご自分の目でご覧になったものは?」

ラクス・クラインは立ち上がる。

「地球で、久々にお戻りになったP.L.A.N.T.で何をご覧になりました?」

問いかけられて脳裏に蘇る幾つもの光景。

繰り返される悲劇、スピットブレイクの失敗、議員拘束、為政者としての父、禁断の火。

思わずアスランは唇を噛み締める。

「あなたは一体何の為に戦うのです?いただいた勲章ですか、それともお父様の命令ですか?」

静かにラクス・クラインは問いかける。

「いいえ。…私はただP.L.A.N.T.の為に戦うだけです」

「そうですか。ならばあなたはわたくしと同じ」

ふと少女は透き通るような笑みを浮かべて一歩踏み出す。

「動かないで!」

アスランは反射的に銃口を向け、彼女はその歩みを止めた。

「現実にあなたは機体を奪取する手引きをした。ならば私は職務を全うしなければならない!」

「もしここであなたがわたくしを撃つというのならそれもいいでしょう、Z.A.F.T.のアスラン・ザラ。もはや私は私の志を継いでくれる人を見つけたのだから」

自分はいつ死んでも構わない、その意思が込められた強い言葉が耳に残る。

彼女が選んだ…それがキラ?

「あなたの選ぶ道次第では、今後再び彼はあなたの敵となるでしょう」

アスランは息を呑んだ。

「ラクス・クライン…平和を訴えながらあなたはキラに剣を与えて戦わせ…そして自身もまたP.L.A.N.T.を裂く戦いに身を投じようとする。…それは罪ではないと?」

感情を抑えながらも言葉を繋ぎつつ、怒りがふつふつと沸く。

よりにもよってあのキラに最も険しいであろう道を選ばせたこの少女に。

ふとラクスの顔が曇った。

「いいえ。わたくしが歩もうとしている道は悪しき選択なのかもしれません。けれどザラ議長たちの望む未来と、わたくしたちの望む未来とは違うのです」

彼女の言葉は甘い歌声にも聞こえる。

だがアスランは拒絶する。

「戦いは何も生まないと…ナチュラルと話し合おうとあなたたちは訴える癖に…!今度は同胞同士で戦うというのッ!?馬鹿な真似をするッ!!」

糾弾に、しかしラクスは凛然として答えた。

「言葉が届かないなら戦わねばならない。そして戦わなければ守れないのです―――――違いますか?」

それはいつか聞いた父の言葉。

多くの国民がその言葉を支持した、そして自分もそう信じた。

「…傲慢ね。あなたは政治家のつもりなの?人々はただの歌手でしかないあなたを本気で支持すると思っている?あなたの声は届かなかったのにッ!」

「何と仰っていただいても結構です、それでもわたくしはやらなければならない」

頑なな決意を前にアスランは目を薄くする。

ふと眼前のラクスと父とが重なって見えて、口許が自然歪む。

「その声と言葉と人脈でもって人々に武器を持たせる、更なる戦いに人々を導こうとする。教えてちょうだい、私の父とあなたとでどこが違うのかをッ!!」

絶叫を前に、微かに揺らいでラクスはふと悲しげな顔を見せる。

彼女は答えを持ち合わせていないように見えた。

違う、父とは違う、―――――ラクス・クラインは、私と同じなのだ。

アスランは我に立ち返ってふと気づいた。

駄目だ、先ほどの父との遣り取りのせいだろうか、キラが生きていると知ったせいなのか、ひどく頭が混乱している。

突然靴の群れの音が聞こえた。

何!?

アスランは振り返る。ホールの全ての扉が開き、ばらばらと黒服の男たちが乱入してくるさまが見えた。

保安局!?

「…何事です!」

向き直って鋭くアスランは声を発する。

「離れてください、アスランさま。射殺命令が出ているのです」

男たちの筆頭と思しき男が銃口をラクスに向けて言う。

「射殺…?民間人にあたってはまず公正な裁判が然るべき措置のはず、銃を下ろしなさい!」

特務隊所属である自分には当然その命令を下す権利がある。

アスランはラクスの前に出る。

「できません。ラクス・クラインは国家反逆罪の重犯罪人と認定されています」

議長命令だと?」

「左様です」

「釈明さえさせないか…馬鹿な真似をッ!!」

父は早々に口封じをするつもりなのだ。

「発見次第射殺との命令です、それを庇うおつもりですか?…さ、お退き下さい!」

ラクスを背で庇いながらじりじりとアスランは後退する。

やるせない怒りが身体の内側でふつふつと沸く。

…間違っている、何もかもが間違っている!―――――地球連合も、Z.A.F.T.も、父も、ラクスも、そして自分さえも!

その時、銃声が木霊した。

黒服の男たちの陣が崩れる。

照明室や桟敷席に身を隠していた何者か――おそらくはラクス側の兵士たちが――攻撃を開始したらしい。

銃弾の飛び交う中を、アスランはラクスを庇って舞台セットの裏側へと飛び込む。

銃撃戦に怯えた様子もなく、彼女は息を潜めている。

例え同胞であろうとも戦わねばならない、ラクスはその覚悟を決めているようだった。

やがて静寂が再び戻ったとき、全ての保安局の黒服たちは一掃されていた。

一人として逃がさない、鮮やかな熟練したプロの手口だ。

「クライン派が穏健派なんてとんだ欺瞞ね、兵士たちまで巻き込んで、こんな真似を」

観客席に累々と横たわる死骸に、ふっとアスランの口許から皮肉な笑みが零れる。

機関銃片手に歩み寄ってきた赤毛の精悍な兵士が口を切る。

「ラクスさま、もうよろしいでしょうか。急ぎませんと」

そして彼は様子を伺うようにちらと此方を見る、鋭い視線だ。

「ええ」

背に縋っていたラクスが笑んで離れた。

「守って下さってありがとう、アスラン」

「望んで守ったわけではないわ。あなたたちには裁判で釈明する当然の権利が与えられない。それはP.L.A.N.T.の法に反する」

銃を収めながら、ふとアスランは口調を和らげて問う。

「ラクス、何故私を待ったの?もっと早く安全に逃げることもできたはずでしょう」

「伝えたかったのです。あなたは痛みを知っている優しい人だから…」

祈るように、縋るように彼女は自分を見た。

吸い込まれそうな春霞の空色の眼差し―――――振り切るようにアスランは首を振って目を逸らす。

…ここでラクス・クラインを見逃せば、フリーダムに接触した全ての人間の排除、という命令に自分は背いてしまう。

軍人としての義務感は、自分の行為を咎める。

だが、父が自分につけたであろうこの目付けたちのことといい、射殺命令といい、納得できなかった。

お前は命令を聞いて動けばそれでいいッ!!兵士がそれ以上を考えるなッ!!

――――――だが、もう自分はただの駒には戻れない。

「早く行きなさい、ラクス・クライン。私はあなたを殺したくない」

諦めたようにラクスは目を伏せた。

「…願わくばあなたが敵とならないことを、アスラン・ザラ」

「さ、ラクスさま」

兵士たちに守られてラクスは背中を向け、アスランは死体の横たわる観客席を一瞥してホールを後にした。

 

 

身体にぴったりと密着するパイロットスーツの感触も久しぶりだ。

そして入る工廠、機体はその全ての準備を完了し、出陣の時を待ち構えていた。

キャットウォークから再びそのMSを眼前にして、アスランは足を止めた。

Justice―――――無慈悲にして公正なる裁きの女神。

迷い続ける自分に、これに乗る資格はあるのか。

自問自答の最中、ジャスティスは出立の時を今や遅しと待ち構えて自分を凝視する。

整備士に導かれて、アスランはその胸部にあるコックピットへと乗り込む。

A55警報発令』

『放射性異常なし、進路クリア』

『全ステーション発進を承認』

『カウントダウンはTマイナス200よりスタート』

手順に従って電源を入れて各部スイッチを入れている最中、G.A.N.D.A.M.C.OSが立ち上がって全周囲モニターが起動する。

外部からの光が薄暗いコックピットを照らし出す。

              今キラは地球です…

ラクスの言葉が今耳に蘇る。

「キラ…」

もう一度、自分はキラと戦うのか?それとも?

計器モニターが次々と点灯し、アスランはキーボードを引き寄せてジャスティスのデータを探る。

装備は仕様書通り、そしてジャスティス内部にはイージスの戦闘データが組み込まれている。

…近接戦仕様といい、この機体は自分用に特化されているのだ、とアスランはひとつ嘆息をついた。

Tマイナス50A55進行中』

中枢の核融合炉が稼動を開始して機体の目に光が灯る、そして機体は薄紅に染まり、ぱらぱらと接続されたケーブルが外れていく。

X09Aコンジット離脱を確認、発進スタンバイ』

カウントダウンとともに頭上の隔壁が次々と開いていき、瞬かない星空が待ち構えていた。

ジャスティスの背面に備え付けられたファトゥム‐00のブースターが点火する。

Tマイナス5

『我らの正義に星の加護を』

慎ましやかな祈りの言葉の後、アスランはペダルを踏み込む。

「アスラン・ザラ、ジャスティス出るッ!」

アスランは前をキッと見据える、―――――たゆたう時間から再び前へと踏み出す為に。

発進のGが全身にかかる、そしてジャスティスは工廠から飛翔し、虚空へと躍り出た。

そして目指すべきは、眼前に見える青い地球。

 

 

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