
21
螺旋階段の果て、薄明かり差す高天井に風が吹き抜ける。
後を追うように駆けてくる軍靴の音を、ラウ・ル・クルーゼは聞いた。
「ここが何だか知っているかね、ムウ・ラ・フラガ?」
「知るかッ!!バカヤロウッ!!」
苛立ちのごとき銃声が響く、ラウは柱に身を隠しながら、螺旋階段を駆け上がり撃ち返す。
「罪だな、君が知らないというのは!」
「ムウさん!」
ラウとムウの張り詰めた緊張の狭間で、あどけなさの残る少年の声が響いた。
「キラ!?」
ムウが応じている。
キラ?
ラウの脳裏にその名前が鮮やかに蘇る。
部下であった蒼い少女がストライクのパイロットとして名前を挙げていた、確か――――――
「キラ・ヤマト?…まだ生きていたのか」
そしてキラという名前は必然的にもう1人の存在を思い起こさせる。
ギルバートは言った、コードネームF-252KIRA、俗に“完成体”と称される亜種が生存していると。
それはあのシーゲル・クラインからの血液サンプル提供で発覚したのだという。
KIRA、最強を誇ったストライク、クラインによって奪取されたフリーダム、そして思考は一直線に繋がる。
「KIRA Hibiki―――――そうか、君がフリーダムのパイロットか!」
なんと面白いのだろう、この人の世は!
知らずラウは愉悦の笑みを漏らす。
「さあ、遠慮せず来たまえ、始まりの場所へ!キラ君、君にとってもここは生まれ故郷だ!」
この自分同様に!
ラウは一目散に施設の奥、かつて自分がもう1人の自分を拾った場所へと突き進む。
BL4+HUMANGENE
MUNIPULATION LAB
部屋一面を覆う冷却槽に並ぶ、永遠の胎児たちのモニターの脇を潜り抜け、ラウは真っ直ぐに奥の部屋へと向かう。
Prof.Ulen Hibiki M.D.,Ph.D.
その部屋に身を潜め、追ってくる足音2つに耳を澄ませて、口許を笑わせたラウは声を張り上げる。
「懐かしいかね、キラ君?君はここを知っているはずだ!」
これはお前の兄弟たち、お前の為だけに築かれた屍の山!
機体を降下させながらディアッカはひとつ溜息をついた。
よくも、よくもディアッカの機体でェェ――――――ッ!!
泣きそうなほどに悲痛な叫び声が耳から離れない。
嵐のような性格の癖に、情が篤いヤツ…というか、多分俺はイザークの『唯一の親友』だ。
多分アイツは俺の為に泣いてくれたのだろう、ニコルの時のように。
そして置き去りにされた後のイザークの孤独を考えれば、胸がひどく痛んだ。
アイツをまた1人にするには忍びない、だがあの頑固者をどうやって動かす?
ディアッカはしばし考え込む。
口説きのテクニックには自負があるが、男をオトした経験は皆無。ましてやイザークを説得するハメになるなどと想像だにしなかった。
同じようにデュエルも降下して、やがてハッチが開き、赤いパイロットスーツのイザークが身を乗り出した。
ディアッカは実に久しぶりにイザークを眺める。
削ぎ落とした髪は少しばかり伸びて毛先が不揃いになったろうか、相変わらず綺麗な顔には未だ傷が残っている。
跡を消さないのもまた強情な彼らしい。
ディアッカはバスターの足元に着地する。
一方デュエルのラダーから飛び降りて猛然と走り寄ってきたイザークは涙目で、その勢いのままに強く握った拳を振りかざした。
ディアッカはその拳の行方をただ見守る。
来る―――――来た。
全力で殴られたディアッカは倒れこんで砂埃が舞い上がる。
「ッてェ…」
口の中に砂と血の味が広がった。
覚悟していたが、これほどの痛みは久々…親父に殴られて以来だ。
パイロットスーツの襟首を掴まれてディアッカは微かに咳き込む、馬乗りになったイザークが涙をこらえるように顔を歪めるのが見えた。
「お前が生きていてくれて嬉しいッ!だがことと次第によってはお前でも許さんぞッ!!」
ホルスターから銃を抜き、銃口をディアッカの額に突きつけてイザークは喚く。
その冷たい感触に、ディアッカは大仰に肩をすくめた。
「おいおい、嬉しいって割にはご大層な歓迎っぷりだな、イザーク」
「ほざけッ!生きているなら、何で復隊しなかったッ!?何でストライクと一緒にいるッ!?何でフリーダムと、エターナルと一緒なんだッ!?」
畳み掛けるようにイザークが叫ぶ。
「この裏切り者ッ!」
「や、俺裏切ったつもりはないし」
とは言っても行動をとって見れば、裏切り以外の何物でもない。
案の定自分の言葉はイザークの逆鱗に触れた。
「何を抜かすかッ!!復隊しなかった、それだけでお前はZ.A.F.T.の裏切り者だッ!!」
激怒で顔を染めたイザークを前に、ディアッカは眉尻を下げてひとつ嘆息をついた。
「Z.A.F.T.じゃないなら敵だってんなら、撃てよ。俺もアスランもお前の敵だ」
イザークは一瞬怯む色を見せたが、それ以上の勢いで反駁する。
「アスランは―――――アスランは、もういないだろうがッ!!」
ディアッカはイザークの肩を両手で掴んで、その端整な顔を覗き込んだ。
「よーく聞けよ。アスラン生きてるぜ。今俺らと、アークエンジェルとエターナルと一緒にいる」
「…ッ!!」
心の揺らぎを映すように銃口が震えた。
だがイザークは息を呑んで、すぐさま否定するように叫ぶ。
「嘘だッ!!アスランは殺された、と!…任務放棄で…拘束後逃亡を図り…射殺されたと…ッ!!」
捏造された訃報、だがディアッカが真っ先に思ったのはイザークの精神的打撃が深刻だろうということ―――――やっぱり、とディアッカは呆れぎみにひとつ嘆息をつく。
「お前大本営発表なんか信じてんのかよ。あんなの幾らでも政治家たちの思惑で操作できるって知ってるだろ?
俺たち結構ナチュラルと上手くやってるぜ、クライン派ともな」
「アスランが…」
イザークは目を見開いたまま崩れ落ちるように両手をつく、銃が砂埃を上げて落ちた。
その言葉に縋りたい、と彼の姿は雄弁に語る。
だが縋って裏切られる失望を恐れる気持ちとの狭間で、揺れているのが手に取るようにわかる。
誰よりも愛する者を殺された痛みはまだ自分にはわからない。だが自分なら憎むだろう、殺しても殺したりないと思うだろう。
当然の対価として血で贖わせようとするだろう。
それは地獄の苦しみだろう…ミリアリアがかつて垣間見せた苦悶から伺えたように。
イザークは囁くように問う。
「アスランが…本当に生きてるのか?」
「ああ。信じろって」
上半身を起こしたディアッカは、とつとつと今までの経緯を語り出す。
「俺さぁ、ニコルの弔い合戦で…うっかり足つきの捕虜になっちゃったんだよね」
「はあッ!?捕虜ッ!?この迂闊者がッ!」
至近距離のイザークの怒鳴り声で耳がじんじんする、だがそれも随分懐かしく感じられた。
「まあそう言うなよ。そこでナチュラルと話したりなんだりするうちに、何てのかな、俺らとそう変わらないじゃんて思ったのよ。
痛いのは苦しいし、悲しければ泣くし、大事なヤツが殺されれば憎むのは一緒だし。
そこへオーブでの戦いが起きて、俺は解放されたんだけど、アイツらを見捨てていくのも後味悪くてさ…」
難しい顔のイザークは無言でただ耳を傾けている。
だからディアッカは自然饒舌になった。
「―――――殺して殺されての繰り返しって馬鹿みたいじゃん。だから…もうこんなことは止めにしようって集まったんだ、みんな」
額に押し当てられていた銃口がそろそろと外される。
吃驚したようにイザークは目を見開いていた。
「バルトフェルドも、ラクス・クラインも、…アスランもか」
「ああ」
「どいつもこいつも馬鹿な真似をッ…!!」
顔をくしゃりと崩したイザークの涙が頬を伝い落ちて、ディアッカのグローブの上で弾ける。
この鮮烈さ、この既視感―――――ミリアリアの時と一緒だと思えば妙に力が抜けた。
コーディネイターもナチュラルも変わらない、何も変わらない。
「大体そんなわずかな手勢で一体何ができるっていうんだッ!!」
イザークは顔を背けて腕で目元を拭う。
「まあ馬鹿な真似なんだろうけどさ、何もしないよりマシじゃねぇ?…ってキラが言うわけよ」
ラウは陶然として語る。
「ここは、罪業の証―――――ヒトの飽くなき欲望の果て、進歩の名の下に狂気の夢を追った愚か者たちの夢のあと」
見るがよい、昔日の栄光を語るこのオブジェの数々、為される研究の暗黒を覆い隠すかの無駄で下品な装飾を!
「貴様は一体何を言っているッ!!」
「知らぬなら教えてやろうと言っているのだ、ムウ」
ソファーの背後から応射していたムウの右肩に一発かすめ、彼は崩れるように物陰に隠れた。
「ムウさんッ!!」
少年の叫び声も聞こえる。
「殺しはしないさ、せっかくここまでおいで願ったんだ…全てを知ってもらうまでは」
息苦しい…ラウは額に浮かぶ汗を自覚する。
この場所の空気が自分に齎すのは、闇の淵を覗き込んだかの戦慄。
怯えている、この私が?
はッ、馬鹿な!
そしてラウは、かつての持ち主の痕跡が残るデスクに歩み寄り、無造作に手に取ったファイルと写真立てを投げる。
「見たまえ、比類なき驕慢と頽廃の軌跡を!」
声が交錯する。
「あッ…!」
「親父!?」
投げ渡したファイルと写真立ては、ムウとキラにひどく衝撃を与えるものであったらしい。
ラウは微かな満足を覚える、だがまだ足りぬ。
私は唯一の語り部、長き沈黙の果てに今こそ真実を語ろう。
「キラ君、君は知っているかね?かつて多くのヒトが、自らの子どもに高い能力を与えるべくこの研究施設に殺到したのだよ」
独自にコロニーを有するほどに巨大なG.A.R.M. R&D。
起業当初細々としたベンチャー企業であったが、遺伝子産業が注目を浴びるにつれて発展し、そのコロニー・メンデルは当時のフェブラリウスを凌ぐ遺伝子工学の中枢に化けた。
「高い金を出して買った夢だ、誰だとて叶えたいさ、誰だとて壊したくはなかろう。―――――だが成功するものばかりではなかったのだ」
例えば母体との不整合による流産、例えば遺伝子予定表にない特徴の発露。
それは自然の必然であった。
しかしその必然を是としない研究者たちがプロジェクトを立ち上げ、彼らは禁断の領域に踏み込んだ。
「エラーを解決し最高のコーディネーターを造りたい、その願いのもとに作られたヒビキ博士の人工子宮…君も見たろう?外の水槽に並んだアレを」
キラは呆然として自分の言葉に聞き入っている。
真実を知りたかろう?
だがこの世には知らないでよい事象もある。知ったことで業を背負う因果もまた存在する。
我々はよく似ている―――――まさに知ろうとしているキラ・ヒビキと、知ってしまった自分と。
「母体に宿るべき幾千もの命が引き出され、機械に飲み込まれ、その全てが失敗した」
「全てが失敗…?」
キラは怯える色を見せた。
「そう、失敗だ…残酷なユーレン・ヒビキは、ついに自分の子を贄としたのだよ。妻の胎内に宿った受精卵のひとつを取り出し人工子宮にかけた」
ラウは少年の記憶に刻み付けるように言葉を放つ。
「知るべき者が知らぬのは罪だ。だから私はこう言おう―――――F-252KIRA Hibiki。君は人類の夢、最高のコーディネイター…人工子宮で成功した唯一の完成体!
数多の失敗作の犠牲の上に造りだされた、ヒトの亜種だとな!」
愕然として硬直しているキラ・ヒビキを前に、ラウは高らかに謳う。
「な…何を…ッ!?…僕は…僕は…!」
うなされたように少年は言葉に抗おうとする、だが彼の声は絞り出すようなか細いものだった。
「受け入れたまえ、キラ・ヒビキ…いや、今はキラ・ヤマトと言ったほうがよいかな」
揶揄するように告げてラウは発砲する、だがキラは庇うムウによって押し倒され、背後の壁に金属音が弾きかえった。
ディアッカはゆっくりと告げる。
「さっきのフリーダムのパイロットのキラってやつ、俺らが狙ってたストライクの元パイロットなんだぜ」
「何だと?…キラ?」
イザークは思わず耳を疑う。
キラも…キラもいなくなっちゃったのよ!あなたたちと戦って!
ストライクでいつも1人で戦ってて…可哀想なキラ、守る為に戦って、でも何も守れなくて、いつも泣いてて、淋しがりやで…!!
紅い少女の言葉が瞬時過ぎる。
「アスランとキラってコペルニクスでの幼馴染だってさ。それでキラはコーディネイターだ」
イザークは自分の顔から血の気が引いていくのを感じていた。
「アスランとストライクのパイロットは幼馴染で…そのキラってパイロットはコーディネイター…だと?」
「そうそう。で最初からお互いのことを知っててずっと戦ってた、2人とも」
「…嘘だろう?」
「お前は気づかなかったみたいだけど、ストライクの話になる度にアスランのヤツ辛そうだったぜ。
ニコルも心配してたんだけど、アイツあんなことになっちゃって、そこでアスランは追い詰められて―――――」
私の甘さがあなたを殺した…!!
ニコルを失った後のアスランの慟哭、そして凄惨な決意。
「アイツがストライク討ったあとのこと俺は知らないけど、お前は知ってるんだろ?」
「…ああ」
幻のように淡い輪郭で、ベッドに埋もれていたアスランを脳裏に蘇らせて、イザークは沈痛な表情になる。
もっと奥まできて、熱を分けて、私の存在を教えて。
紐解いて知ったのは、危ういほどに儚く、触れれば壊れそうなほどに繊細な心。
「―――――お互いのことを知っててずっと戦ってた、キラも、アスランも。なあ、ダチでも戦わなきゃならないって、むごくねぇ?」
ディアッカはまっすぐにイザークを見据え、イザークもまたそれを受け止める。
それは同時に今の自分たちに突きつけられた現実であった。
ラウと銃を撃ち交わしながら、ムウとキラは転がるように階段を降りていった。
嬲る喜びと、真実を吐き出す苦痛とを抱いて、ラウはゆっくりと階段を降りる。
銃のカートリッジの交換をしながら、眼前の闇に向かって踏み出す。
「『僕は、僕の秘密を今明かそう…』」
ファーストコーディネイター・ジョージ・グレン、まさにお前の存在自体が罪であったのだ。
「『僕はヒトの自然のままにこの世界に生まれ出でた者ではない』…ヤツのもたらした混乱は、その後どこまで闇を広げたと思う?」
部屋の照明のスイッチをひとつひとつと点しながら、ラウはゆったりと言葉を紡ぐ。
「あれから人は一体何を始めてしまったのか、知っているかね?」
書類上の記号として扱われる被験者―――――命でありながら尊厳を奪われ、かたちを裂かれた研究体。
先駆への犠牲という点においては、ラットと亜種――ヒトであることを許されなかった彼ら――とで変わるところは寸部とてなかった。
「命は大事だと嘯きながら、いとも無造作に弄び、或るいは容易く踏み潰す」
地球のナチュラル、宇宙のコーディネイターと分かれてなお繰り返される相克。
「そして手段と目的とを履き違えた愚か者たちは、妬み、憎み、殺しあうばかり―――――有史以来、今に至ってもなお!
結局何を知ったとて!何を手にしたとて変わらぬ!」
それはヒトの宿業であるかもしれなかった。
「何をッ!!貴様ごときが偉そうにッ!!」
応じるムウに、厳かにラウは告げた。
「あるのだよ、私には…ヒトを裁く権利がな」
無造作に潰された無数の命の代弁者として、自分は生き残った。それは天命であったとラウは思う。
「天は我をして語らしむ。わかるかね、ムウ?」
「そんなの貴様の思い上がりだッ!!」
銃声が交錯する。
「面白いことを教えてやろう。己の死すら金で贖えると思い上がった愚か者がいた…名はアル・ダ・フラガ。貴様の父親だ」
アルは研究に邁進するユーレン・ヒビキに対し、莫大な資金援助と引き換えにある条件を提示した。
それは自身のクローニング。
「私は、アル・ダ・フラガの脳移植用に準備されたクローン体だ」
自らの声が悲痛な響きを帯びてさえ聞こえる、何故私はこんなことを最も憎むべき男に告げねばならない?
私は貴様の父親の模造品であるなどと。
『僕はヒトの自然のままにこの世界に生まれ出でた者ではない』
コーディネイターではない、さりとてナチュラルというにはいびつな命の途方もない空虚。
結局この自分は世界で異端なのだという疎外感の只中で、アイデンティティを見出そうともがいたのは過去の話だ。
「な…何だとッ!?親父のッ!?」
ムウの衝撃が心地よく響く、ラウは口許を歪めた。
「私も信じたくはないがな…生憎事実でね。もっともアル・ダ・フラガに言わせれば私は失敗作なのだそうだ。
さもありなん、私はクローン。ヤツとは同じ命数なのだから」
その現実を前に、この胸にぽっかりと空いた穴は、何をしようとも何を得ようとも塞がれることはない。
真っ黒な絶望の深遠なる淵を覗き込む恐怖は、いついかなる戦場での危機よりも背筋に迫るものであった。
技術チームとのミーティングを終えて、ジャスティスのコックピットに上がったアスランは艦橋へと繋ぐ。
「まだ?」
オペレーターが即座に答える。
『まだです』
焦りすら覚えながら、アスランはヘルメットのバイザーを下ろす。
「いくらなんでも遅すぎるわ。ジャスティス、出ます」
『待て、アスラン』
『認めません』
バルトフェルド艦長の声に重なるようなラクスの強い言葉が耳を打つ。
却下されて、アスランは眉間に皺を寄せた。
モニターに映し出されているラクスは毅然とした眼差しを向けている。
「何故?3機も戻ってきていない、向こうで何かあったと考えるべきでしょう?」
『ならばなおのことあなたには残ってもらわねばなりません。例え彼らが戻ってこないとしても、わたくしたちは戦わねばならないのですから』
合理的な判断であることは認める、だがアスランにも言い分はあった。
「主要機を3体も欠いているのに、カバーできると思うの?」
『してもらうしかありません』
「…つくづくあなたという人は…」
アスランはシートの背もたれに身をうずめて、嘆息をつく。
「私はそこまで自信家ではないし、ジャスティスの性能を過大評価もしていないのよ」
『わたくしはできる、と思っています』
これ以上の言い合いは不毛だ。
「いいわ、了解しました。待機します」
そしてほどなく、再びの事態が襲い掛かってきた。
『ドミニオン来ます!距離50、グリーンブラボー!』
「出ます」
『ジャスティスの発進を許可します』
『ジャスティスカタパルト接続、進路オールグリーン』
「アスラン・ザラ、ジャスティス出る!」
カタパルト射出、そしてすでに展開しているM1アストレイ部隊の前へと出る。
ひとまず被弾箇所を手当てしたアークエンジェルとクサナギが発進し、最終調整を終えたエターナルも後に続く。
モニターが熱源3を捕捉する、ドミニオンから発進したあの3機だ。
M1アストレイではこの連合3機に対応することはできまい。
「あなたたちは艦の守りを!あの3機は私が相手する!」
それぞれのパイロットたちの応えが返り、アスランはジャスティスを駆って敵MSへと向かう。
カラミティとレイダーから浴びせられるビームをかいくぐり、両機に接近したジャスティスはアンビデクストラス・ハルバートを抜く。
ふっと意識が拡大する、時間が滞る。
カラミティの楯を弾き飛ばし、返す刃でレイダーMA形態の翼を断つ。
両機からのビームは、背後から迫っていたフォビドゥンのビーム偏向機能によって上へと駆け上がり、ストライクダガーの群れを貫いた。
『撃滅ッ!!』
そしてMS形態に戻ったレイダーから放たれる破砕球に、ファトゥム‐00を離脱させてジャスティスは回避し、フォビドゥンに迫る。
このMSには至近距離からの物理的攻撃が有効だ。
『お前お前お前―――――ッ!!』
刺すような憎悪が肌を打つ。
振り下ろしたハルバートから伝わってくる振動は鮮やかで、これまでにない手応えを感じる。
勢いのままフォビドゥンをかわしたジャスティスに、待ち構えていたカラミティがその肩のビーム砲を向ける。
ロックオン警報音が絶え間なく鳴り続ける中、アスランは光の収束を見た。
その合間にもキーボードを叩いて攻撃角を調整する、間に合うか?
「来いッ!ファトゥムッ!!」
声に呼応するようにファトゥム‐00がカラミティを背後から襲った。
そして逸れたビームが走る全天型モニターに、黒い機影が映る。
アスランは射撃用スコープを引き出して、レイダーに照準を合わせた。
ジャスティスのビームライフルの照星と一致するか否かの瞬間、背後から驟雨のようなビームが降り注ぐ。
「エターナル?」
『ジャスティスを援護します!』
もつれるような近距離戦闘の最中にエターナルからの射撃を受けて、連合3機は一旦囲みを解いた。
ジャスティスも射線を交わし、戻ってきたファトゥム‐00を装着して、態勢を整えるべく一旦下がる。
見渡せば、この周辺宙域には無数の光芒が起きていた。
アークエンジェルはクサナギとともにドミニオンに対峙し、M1アストレイはストライクダガー群と真っ向勝負だ。
反対側の港に停留しているというZ.A.F.T.艦は未だ静観の姿勢だが、彼らがこの戦いに乗じてくることになれば戦場は混乱する。
そして―――――キラ達は無事だろうか?
アスランが表情を曇らせた矢先、意識を戦闘に引き戻すかに再びの警報音が反響した。
火を放つことでアル・ダ・フラガの手を逃れ、自分はP.L.A.N.T.に渡り養護施設で育ち、子を亡くしたクルーゼ夫妻の養子となった。
コーディネイターを装いながら生きることに不自然を覚えながら、それでも真実を押し隠して世を渡り、Z.A.F.T.のラウ・ル・クルーゼとして名を上げた。
全ては自分が抱く計画のままに。
「Heavens’ Doorが開く…我々の手によって」
ラウは息苦しさに肩を上下させながら言葉を放つ。
忌々しいこの肉体の縛りを早く解き放ちたい、残された時間はひどく少ないのだ。
「そしてこの世界は終わる、この果てしなき欲望の世界は―――――そこであがく思い上がった者たち、その望みのままに!」
キラが疾る。
ラウはその軌跡を追うように銃を放つ、だが捉えられない。
「そんなことッ…!」
キラは鋭い声を上げて、ラウに迫る。
「させるもんかッ!!」
ラウが撃つ、ムウが撃つ、そしてキラは金属片を投げつけた。
交錯する弾がはじけ、そして光の煌きとともに、この顔を覆うマスクが吹き飛んだのはわずか一瞬のこと。
金色の髪の合間から、ラウは眼前の2人を限りない憎悪でもって睨む。
ムウもキラも唖然として自分の素顔を凝視する。
これが現実の悪夢。わずか26年生きてかくも老いさらばえゆく自分を見るがいい。
「…はッ!貴様らだけで一体何が出来るッ!?もう止められはせぬさッ!!」
ラウは2人を取り残して部屋を駆け、背中に銃声を聞く。
「人は滅ぶべくして滅ぶ、自ら育てた闇に喰われてなッ!」
その哄笑の反響が建物の空気を震わせた。
「お前も来いよ、イザーク。アスランも喜ぶぜ」
友とたのむディアッカの誘いに、イザークは顔を強張らせる。
心は大きく揺れる。
彼女の笑顔、声、白い指先、抱いたぬくもり―――――会いたい、もう一度会いたい。
だが自分はZ.A.F.T.の軍人だ。
軍への忠誠、紫服を纏う母エザリアへの思慕、傷を舐めあうように肌を重ねた紅い少女の面影が、ともすれば頷きそうな自分の足を絡め取る。
「…くッ!!俺まで行ったら、一体誰がP.L.A.N.T.を守るんだッ!?地球軍はこうしてる間にもP.L.A.N.T.攻撃の準備を整えてるんだぞッ!!?」
「兵士はどうせ歯車だ。お前の代わりもすぐに配属されて穴は埋められるさ、違うか?」
ディアッカはひどく真面目な顔で言った。
「なあイザーク。地位や名誉や100億と2000万の未来よりも、たった1人の女との今を選ぶ…ってのはかなり凄いことだと思うんだけど、どうよ?」
すべてのはじまりは、蒼い少女の涙だった―――――愛した、どこまで堕ちてもいいとさえ思った。
アスランがいないZ.A.F.T.での未来に何の意味がある?
そして隊長への不信、Z.A.F.T.のありようへの疑念が波のように押し寄せる。
逡巡のただなかでイザークは銃を握り直す、グローブ越しに銃を握る手がひどく汗ばんでたまらない。
軍人としての己は冷徹に命ずる、“行くな”と。
だが俺が守りたかったもの欲しかったものとは一体なんだ?地位や名誉か?一体何の為に?
ディアッカは此方を静かに見据えて答えを待っている。
イザークが口を切ろうとした刹那、地面が揺れた。
2人は息を飲む。
これは外部からの衝撃だ…戦いが始まったのか!?
イザークの腕の通信機が受信音を発する。
ノイズ交じりに滑らかな、しかし微かな苛立ちを交えた声が聞こえた。
『…イザーク、聞こえるか?被弾した…撤退だ』
ラウ・ル・クルーゼ隊長!
焦ってイザークが受信操作をしている最中、突然ディアッカはイザークの腕をねじ上げた。
「く…何をするッ!?」
揉み合っている最中、ディアッカはイザークのグローブに装着された通信機に向かって告げた。
「悪ィな仮面隊長サンよ。コイツはそっちに戻らないから」
一体何を言っている!?
ディアッカの腕を振り払ったイザークは遮って叫ぶ。
「やめろッ!!馬鹿を抜かすなッ!!」
「あん?一緒に来ないのかよ?」
「…行くかッ!!」
断腸の思いで拒絶するイザークに、ははん、とディアッカは例の不穏な笑みを浮かべて大仰に肩をすくめた。
「そりゃあ自由だけど、俺アスランもらっちゃうよ?んで俺そっくりの子ども産ませちゃうけど文句ナシだぜ?」
この期に及んで冗談か?
呆気に取られたイザークは思わず絶句し、ディアッカをまじまじと眺める。
笑むディアッカはひどく余裕綽綽の体で、眺めるイザークの呆然は憤然へと転化した。
「…ば…馬鹿ッ!!お前にはアイリーン・カナーバがいるだろうがッ!!初恋とやらはどうしたッ!?」
ディアッカは動揺するイザークを押しのけて立ち上がる。
「やっぱなぁ、遠くの美女より側の美少女ってのが人情なわけよ、賞味期限も長いしね。イザークが来ないんなら早速種を…」
「くぅッ!!この卑怯者ッ!!」
「何とでも言っちゃってよ。イザークはお前よりZ.A.F.T.を選んだんだぞ、ってアスランに伝えなくちゃな」
「なッ…!!」
置いて行こうとするディアッカの背中に、イザークは怒鳴る。
「俺も行くッ!!」
それは全くの衝動だった、そしてその咄嗟の判断を是とする自分が背を押す。
「お?マジで?」
立ち止まり振り返るディアッカの言葉に、イザークは焦れる。
「男に二言はないッ!!」
パイロットスーツの砂を払いながらディアッカはイザークを覗き込み、「そうこなくちゃ」とにやりと笑った。
すっかりディアッカのペースに乗せられてしまった、と気づいてイザークは癇癪を爆発させる。
「くそッ!!この大馬鹿者がァッ!!」
「ははん、そりゃお互いさま」
ディアッカはさらりと流す。
してやられたイザークは前髪をくしゃりとかきあげ、やがて口許を笑わせた。
妙な爽快感だ―――――確かに大馬鹿者は自分、だがアスランやディアッカのいないZ.A.F.T.での未来など望まない!
大収穫。あの頑固者が釣れた。
負けてなんぼの賭けのつもりだったが、予想外の食いつきのよさにディアッカは唸る。
アスランてそんなにイイのか?やはり一度手合わせ願っておくべきだったか。
ともあれコックピットに上がったディアッカは首をこきこき鳴らしながら、通信回線を開く。
さすがにアークエンジェルには無線が届かない、フリーダムもストライクも応答なしだ。
索敵する。
1機のMSがレーダーに引っかかり、やがて姿を消した。
クルーゼが艦を撤退させるなどと期待するだけ無駄だ。
ドミニオンとの戦いにZ.A.F.T.が便乗してくる、想像しうる限りで最悪のパターンが脳裏に過ぎった。
急がねばならない。
「ついてこいよ、イザーク!」
『お前こそしっかり誘導しろ!』
「ったく言いやがる…」
デュエルとともにバスターは飛び立つ。
じきにシグーが去った地点に到達し、奇妙な建物の前に倒れこんでいるストライクと膝を折っているフリーダムを発見する。
熱は検出されない。
「アイツらあの建物の中か?」
バスターを降下させて2機の前に止め、ディアッカはコックピットのハッチを開く。
じきに奥からムウに肩を貸しながらよたよたと来るキラの姿が見えた。
負傷しているらしいムウは肩と脇腹に血が滲んでいる。
「おい、どうしたんだよ!」
ディアッカは慌ててラダーで降りる。
「…あ」
キラも尋常な様子ではない。汗まみれで焦点のあっていない視線を彷徨わせながら、それでも何やら大きいファイルを抱え込んでいる。
「…大したこと、ないよ」
「なわけねぇだろ!」
ムウのもう一方の肩を支え、ディアッカは苛々と叫ぶ。
「クソッ!もう無茶苦茶だ!乗れるかよ、おっさんッ!?ラダーで落ちるんじゃねぇの!?」
「年寄り扱いするな、馬鹿」
しかし語調に力がない。
ちょっと待て、とディアッカはバスターに乗り込み、バスターの手の平にムウを乗り込ませる。
そのままストライクのコックピットに導けば、やがて通信回線から『すまんな、坊主』という声が聞こえた。
「キラ!お前も大丈夫かよ!」
ハッチから身を乗り出して大声で問えば、呆然と立ち尽くしていたキラがようやく我に返ったように顔を上げた。
「あ、うん。僕は大丈夫だから…大丈夫」
いまいち不安を残す言葉で、キラがようやくフリーダムに向かった。
フリーダムがストライクを支え、バスターとデュエルとが殿で並ぶ。
急いで港を出たとき、もう既にドミニオンとの戦いは始まっており、虚空では無数の光芒が起きていた。
部屋に飛び込んできた男の影に、反射的にフレイは立ち上がる。
ラウ・ル・クルーゼ?
喘ぐ彼はまっすぐにデスクへと飛びつき、ひきだしからピルケースを掴み出すと、貪るようにカプセルを飲み干す。
激しい息遣い、その獣じみた気配にフレイは恐れをなしていたが、金髪のこぼれる横顔にはっと息を呑む。
仮面をつけていない!
フレイはもっとよく見たいという衝動に駆られて、デスクへと歩み寄る。
気づいたのかラウは慌ててマスクを鷲掴みにして目元を覆った。
そしてラウは艦橋へと音声回線を繋ぐ。
「アデスッ!!」
呻くような荒い口調で彼は怒鳴った。
『隊長!?』
「ヴェサリウス発進する!MS隊出撃用意!ホイジンガーとヘルダーリンにも打電しろッ!」
『しかし―――――』
艦長の反駁を遮り、彼は言葉を続ける。
「このまま見物しているわけにはいかんだろうッ!あの機体、連合に渡すわけにはいかんのだからなッ!!」
フレイは、この男がこれほどまでに感情的になる姿を初めて見た。
「私も出るッ!!シグーを用意させろ、すぐ艦橋に上がるッ!!」
回線は途切れる。
そして肩で息をしながらデスクに上半身を倒した仮面の男は、ひと呼吸、ふた呼吸した。
フレイは後ずさりながら息を潜めて見守る。
不意に起き上がったラウは先ほどの苦悶とは打って変わって平静、いつもと何ら変わらない笑みをフレイに向けた。
「ひッ…」
凍りつくフレイにラウはもの柔らかい口調で告げる。
「さてフレイ…君の力が必要だ」
「え?」
「君が道を開きたまえ。これが地球連合に渡りさえすれば、長かった戦いが終わる」
戦いが、終わる?
差し出されたディスクを手に取る。
『最後の鍵』、以前そうラウは言っていた。
伸ばされた手で、ゆるやかに頬を撫でられたフレイはのろのろと目を上げる。
仮面ごしの悲しそうな眼差しが見えたような気がした。
「愛しているよ、フレイ―――――例え君が不実な恋人だとしても、だ」
その言葉がちくりと心を刺した。
背後のアークエンジェルを狙ってストライクダガー群が襲来するところを、アスランはビームライフルで応射する。
ほんの一瞬で放たれたビームはストライクダガーの頭部と左脚を吹き飛ばした。
目標転換して側面から突撃してくる2機のストライクダガーのビームを認識する。
マークされた!
脚のスラスターを吹かし、宙返りで射線を避け、そのままスコープを引き寄せる。
1射目、1機目のライフルを撃ち落す。
2射目、後続機の頭部を貫く。
3射目、ビームライフルを抜き放とうとするストライクダガーの右腕を付け根から吹き飛ばす。
間断なく射撃している最中、更なる熱源の接近を警告音が告げる。
カラミティ!
『いつもいつも邪魔なんだよォッ!!陥ちろォッ!!』
巨大砲を構えた青緑のMSは縦横無尽にジャスティスめがけてビーム砲を浴びせた。
撃ち乱れるビームはストライクダガーさえも巻き添えにする。
見境ない無差別攻撃にアスランは目を薄くする。
このパイロットは戦闘のプロではない―――――そしてOS任せのナチュラルでもない。
MSを操作するのは理性ではなく破壊への衝動。
ジャスティスは襲いくるビームの射線を避けながら、光条を頼りに軌道を予測して応射した。
カラミティは執念深く矢継ぎ早のビームを放ち肉迫する。
その間合いを計りながら、ジャスティスは肩から一対のビームブーメランを抜き放ち投擲する。
回転する光の刃は狙い澄まされた角度で、カラミティの背負う大砲を両断して爆発を起こした。
後退するカラミティを乗り越えるように、今度はフォビドゥンが大鎌を振りかざしながら、レイダーはビームを吐き出しながら喰らいついてきた。
その両機を太い光芒が襲う。
『アスラン、遅くなってごめん!』
ビームは、飛来するツートンカラーのMS、フリーダムから発せられたものだった。
フォビドゥンはその防御姿勢でビームを曲げ、レイダーはMA形態となって辛うじて逃れる。
「キラ!」
無事だったのだ、と戦いの最中にもアスランは安堵する。
いた!
イザークは、戦いの渦の中心にいる薄紅色のMSを発見する。慌ててペダルを踏み込み機体を転回させて、フリーダムの後を追う。
『ちょ…待てよイザークッ!!』
バスターは相変わらず機動性に欠ける。
オリジナルのままだから仕方ないのかもしれないが、イザークにはそれがじれったく感じられた。
「待ってられるかッ!!」
連合の量産機を薙ぎ払い、ようやくジャスティスの通信回線を捕捉できる距離にまで追いつく、その時間さえももどかしい。
捉えた通信回線、映像モニターの向こう側にヘルメットのバイザー越しにも真剣な表情の少女が見えた。
「アスランッ!!」
ノイズが瞬時晴れて、吃驚したように彼女が顔を上げた。
『えッ!?…イザークッ!?』
「お前というやつはッ!!俺に相談もなしに勝手しおってッ!!」
前方からストライクダガーが二機襲来する。
会話さえままならない苛立ちに、叩き斬ってやる、とスラスターを吹かせてデュエルはジャスティスに並ぶ。
ジャスティスがすれ違いながらライフルを撃ち落し、すかさずデュエルはその反対側の腕を切り落とす。
もう1機が仲間を救おうと此方を狙撃してくれば、デュエルは敵機に肩のビーム砲を食らわせ、
射線を避けて飛んだストライクダガーは、待ち構えていたバスターの超高インパルス砲から放たれたビームに機体を貫かれて爆散した。
ひとことさえ交わす必要はなかった。
滑らかで余りにも自然な連携に、イザークは知らず笑みを浮かべる。
その直後、眼前に人面鳥にも似た異形のMAが迫ってきた。
『イザークッ!!』
ジャスティスが放つビームにMAが回避行動を取り、転回する。
守られた―――――それが矜持をちくりと刺す。
「うるさいッ!!」
イザークは慌てて表情を引き締める。
黒い連合機はMS形態へと転化してジャスティスに照準を変更した。
彼女は巧みにその射線をかいくぐり、ライフルの連射を浴びせかける。
此方から意識を逸らした一瞬の隙を衝き、機を逸さずにイザークはデュエルを滑り込ませた。
「人の恋路を邪魔するヤツはッ!!とっとと地獄に堕ちろッ!!」
デュエルはビームサーベルを一閃させて、黒い機体を上下真っ二つに叩き斬る。
レイダーは虚空に大爆発を起こした。
『ナスカ級、戦闘宙域に進攻開始しました!』
回線越しに悲鳴にも似た声が聞こえる。
Z.A.F.T.軍の同胞をすら撃たねばならない―――――これが選択の結果。腹を括ってはいたが、非情な現実だ。
『いいのね?』
端的にアスランが問いかけ、イザークは応えを返す。
「お前を撃つよりマシだからな!」
Z.A.F.T.のナスカ級3隻から次々と吐き出されるMS群が先行して虚空を疾る。
極度の緊張状態の戦場一帯に、ざわめきにも似たノイズが走る。
そしてアスランは滑らかな声を聞いた。
『地球連合軍アークエンジェル級に告げる…拘留中の捕虜を解放する。引渡しに応じられたし』
ラウ・ル・クルーゼ隊長!
間髪を置かずに1人の少女の声が木霊した。
『アークエンジェル…アークエンジェルッ!!』
誰?
アスランは視線を走らせる。
発信源は今此方へと向かい来るZ.A.F.T.軍MS部隊の只中から―――――何事?
『私フレイ、フレイ・アルスターよッ!!私ここにいるわッ!!』
どこかで聞いた名前に、アスランは記憶の糸を手繰り寄せる。
…まさかオアフ島基地で出会った少女?何故こんな戦場に?
『隊長の捕虜だ』
イザークが低く端的に言い、アスランは目を見開く。
彼女は再び捕まって、こともあろうか宇宙の戦場にまで連行されている。クルーゼの粘着質な欲望を垣間見るようで、怖気が立った。
『私、鍵を持っているわ!最後の鍵…!戦いを終わらせる為の…!』
彼女は何を言っているの?
そして視野の隅でカラミティとフリーダムがいきなり反転した。
「キラッ!?」
Z.A.F.T.のMS群の只中へとフリーダムは突進していく、アスランの背筋が凍りついた。
「何をしているの、キラッ!!」
『馬鹿、1機で敵に突っ込んでいく気かよッ!』
この声もディアッカの声も届いていないのだろう。
『フレイ、フレ――――イッ!』
キラは取り乱したように絶叫しながらカラミティの後を追う。
『キラ!?生きてたッ…!?キラ、キラァ―――――ッ!!』
『フレ―――――イッ!』
呼びかける少女の声、それに呼応するようなキラの痛恨の叫びが耳を打つ。
その一方で、Z.A.F.T.と連合の攻撃は無防備なフリーダムに集中する。
フリーダムは見る間に片腕を失い、頭部さえも吹き飛ばされてなお追いすがろうと前進を止めない。
「キラッ!!限界領域よ、戻ってッ!!」
フリーダムのひどい損傷に、これ以上は、とアスランは焦れながら、ジャスティス最大戦速で猛追をかける。
ようやくフリーダムを捕らえたその時、MSの壁の向こうで、シグーがカラミティと接触するのが確認できた。
おそらく捕虜の引渡しが行われたのだろう。
襲いくるビームをかいくぐり、ジャスティスはフリーダムを牽引しながら撤退を開始した。
『フレイ…フレイッ!!』
うなされるようにキラはその名を繰り返す。
「落ち着いて、キラッ!!」
『俺が時間を稼ぐ、さっさとキラを連れて行け!』
険しい顔でディアッカが言う。
「お願いッ!」
彼はぶちりと通信回線を切る、これ以上キラの絶叫を聞くに耐えないというように。
『フレイは僕を呼んでたのに…フレイ…僕が傷つけた…僕が守らなきゃいけないひとなのに…』
すすり泣くキラの声が通信回線からただ入ってくる。
「大事なひとだったのね」
キラのむせび泣きがひときわ大きくなり、アスランはただ痛ましいと思う。
援護射撃に守られながらジャスティスとフリーダムは滑空する。
エターナルまであと少し!
『アスラン!』
滞空していたデュエルがビームライフルで追撃のストライクダガーを撃ち落とす。
そしてジャスティスを待っていたかにデュエルのボディカラーが鋼色に染まる、イザークの舌打ちが聞こえた。
「イザーク、フリーダムを連れてエターナルに入って」
『ああ』
ズタボロのフリーダムをデュエルに委ね、ジャスティスは再び取って返す。
精密射撃で無数の爆炎を宇宙に上げるバスターがエターナル甲板上に陣取っていた。
「ディアッカッ!!あなたもアークエンジェルでバッテリー充電をッ!!」
『補助がある、まだいけるッ!』
その時、左側メッセージモニターに赤い文字が浮かび上がる。
エターナルからのレーザー通信だった。
「一斉射撃でヴェサリウスを陥す?」
『…マジかよ』
ディアッカが呟く。
確かに基艦を撃てばZ.A.F.T.の指令系統は混乱する、背後のドミニオンとて追撃はできまい。
だが自分たちは遂に同胞を撃つ。
アスランは瞑目する。
ヴェサリウス、自分が長い時間を過ごしたかつての母艦、ともに戦ってきた人々。
撃てるか?
撃てる―――――覚悟は、ある!
『警告は一度です』
ラクスの凛然とした声が聞こえた。
『わたくしたちはヴェサリウスを陥とします。乗員はすみやかに退避して下さい』
そしてエターナルが全ての主砲を向ける、バスターは合体砲を、ジャスティスも全ての砲を開く。
その全てはヴェサリウスへ。
背後から追い討ちをかけるようにクサナギのゴットフリートが放たれ、それが決定打となった。
炎を上げて脱落していくヴェサリウス艦橋に残っている人影―――――拡大モニターに、フレデリック・アデス艦長の姿が見えた。
彼は此方に向けて直立不動で敬礼していた。
慌ててアスランは馴染んだヴェサリウス艦橋CICに周波数を合わせる。
「アデス艦長ッ!!脱出して下さいッ!!」
回線越しにディアッカも苛立った声を上げた。
『そうだよ何やってるんだよッ!!脱出しろよッ!!』
おもむろに応えがあった。
『この期に及んで敵の心配をするヤツがあるか!全くお前たちときたら!』
「艦長…!」
『安心しろ、乗員は退避させた。私はこの艦とともに逝く!お前たちは信じた道を行け!』
そうだった、この艦長は頑固で律儀な信念の人だ。
そしてゆっくりと脱落していく母艦。
Z.A.F.T.軍艇の狭間をエターナル、クサナギが最大戦速で駆け抜け、アークエンジェルが後に続く。
「アデス艦長」
アスランは敬礼する。艦長には見えないだろうが、そうするしかできなかった。
『ヴェサリウス…』
ディアッカの呟き。
やがて墜落していくヴェサリウスは宇宙に大きな爆炎を上げた。
ヴェサリウスを撃ち落としたエターナルは加速し、格納庫にもその震動が伝わってきていた。
収容完了をみるなりイザークはデュエルのコックピットから飛び出て、パイロットルームの舷窓へと急ぐ。
虚空の只中で真っ二つに割れ、そして爆発した母艦の姿が見えた。
それをしたのはエターナルであり、ディアッカであり、アスランであり、そして自分だ。
同胞に刃を向けた痛みにイザークが唇を噛み締めたその時、パイロットルームのドアが開いた。
イザークは振り返る。
この戦場に不似合いな、ピンク色のふわふわした髪を束ねて結い上げている少女が傍らに降り立った。
「ラクス・クライン…?」
「大丈夫ですわ、イザーク」
彼女はにっこりと微笑んだ。
「ヴェサリウスの救難艇を確認しました。きっと皆無事です」
アデス艦長は陥ちる前に乗員たちを逃していたのだろう。
安堵するイザークの脳裏に、かつて自分がナチュラルの乗ったシャトルを撃ち落した光景が蘇った。
地球連合軍第8艦隊を陥落せしめたあの時、自分はビームライフルを向けた。
イザークは思わず手を握り締め、拳で舷窓を殴りつける。
俺は何てことを仕出かした?
ラクスは何も言わずに凝視していたが、やがて格納庫へと姿を消した。
取り残されたイザークは、パイロットスーツの通信機を操作する。
ノイズに混じって途切れがちな声が聞こえた、まだ電波は拾えるらしい。
『残存部隊はゼロ地点に集合せよ。陣営を立て直す。基艦を撃たれては追撃もままならんよ』
遠ざかりゆく滑らかなクルーゼの言葉に、イザークは目を見開く。
自分の艦が陥ちたというのに、何故…何故隊長はこれほどまでに落ち着いていられる?
今頃あの仮面の下で、例の笑みを湛えているのだろう。
―――――離れて初めて、ラウ・ル・クルーゼという男が奇妙に歪んだ形に見えた。
会いたい人がいる。
ひきずりこまれそうな闇に怯えている時、救い上げてくれたのは彼のぬくもりと強さだった。
だからもう一度、自分の足で踏み出すことができた。
けれどZ.A.F.T.に背を向けた私は、好きだとも、愛しているとも言ってくれた彼の気持ちもろともに裏切ってしまった、と思っていた。
ジャスティスから降りたアスランは、フリーダムの周囲に技術チームの面々が集まっているのを見る。
「キラ!」
アスランの声に、人垣の向こうでキラは手を上げて応えた。
気がかりではあるが、ラクスも側にいる、キラは大丈夫だろう。
アスランは振り返る。
パイロットルームから飛び出してきたイザークが見えた。
どこまでも許した、どこまでも受け入れた時間を思い返せば、胸が締め上げられるような感覚が襲ってきて言葉に詰まる。
「イザーク!」
アスランは両腕を広げて迎え入れる。
「この馬鹿ッ…!」
全力でしがみつけば、反動でイザークが後方へと流れた。
「心配ばっかりかけおってッ!」
強い力で抱きしめられて、涙が零れ出た。
隔てられても、自分たちは再び手を繋ぐことができる―――――それは希望の光のように思えた。
→22