1日の始まりは、誰にだって
たとえ 誰かが それを拒絶したとしても、
太陽は、
“ 過去 ” という名の霧から、私たちを照らし出すために。
そして今日も また、例外無く 夜が明ける。
「うそぉぉぉ!!? なんで こんな時間なの!?」
私の
“ 今日 ” は、そんな大絶叫から幕を開けた。
別に
朝くらいは 時間に追われないで ゆっくりしたいなぁ。
って思ってるわりに早く起きられないから、余裕を持って行動できないのよね……。
「行ってきまーす!」
返事は待たずに玄関を飛び出る。
肩に
ケータイを見てる暇が無いから時間は分からないけど、急げば間に合うかもしれない。
今日の1時間目は現文だっけ。
現文は いつもチャイムが鳴ってから 3分くらいしないと先生 来ないから、
せめて、先生が来るまでに入れれば……
長い住宅街を走り抜け、交通量の多い大通りに差しかかる。
ここは信号待ちが長いうえに、青になっても1分も
ここで捕まったら、遅刻は決定的ね。
前方に目を
よし! このまま全速力で走って…… って―――――
早くも点滅しだす信号。
急がないと赤になっちゃう!
車道の白線に 1歩踏み出した瞬間、無情にも信号は赤に変わった。
それでも、車道に出たからには進むしかない。
スピードを
あと もうちょっとで渡りきれると思った
その時―――――
キキィィィィィ……――――!!!
甲高く上がる金切り音。
視界に映ったのは、迫り来る白い、 車……
もう、ダメだ……
そう、思ったのに
「―――――!」
突然 背後から何かに追突され、私は体ごと歩道に突き飛ばされた。
アスファルトに倒れこみ、打ちつけられ、勢いで地面を滑る。
その後ろで、アスファルトの上を タイヤが ゴゴゴッと
一瞬の沈黙……。
まるで時間が止まったかのように、辺りは静寂に包まれた。
その一瞬の時を現実に戻したのは、カラカラ…… という味気ない音。
頬に ジンジンと熱い痛みを感じながら顔だけ起こし、視線の先に音の正体を見つけた。
それは、シルバーカラーの自転車。
何故か横倒しになってて、よく見ると フロントのカゴが大きく歪み変形している。
「―――
、大丈夫か」
……あれ?
いつも こんな時間に登校してるんだ。
よかった……。
これで、遅れた理由を言いに行く手間が省けた。
保健医 兼 クラス担任って、案外 便利かも。
「……はい。なんとか……」
そう 答えると先生は一瞬 安心したように眼光を緩めてみせたけど、
私から視線を外した途端、また
「誰か救急車を呼んで!」
先生とは違う女の人の声。
えっ? 救急車って…… そんな
たしかに体の あちこちが痛むし、今は起き上がれそうにないけど、
救急車 呼ぶほどじゃ―――――
「チッ……。 こっちは出血が ひどいな」
“ こっち ” ……?
私の他に、誰か……
先生の目線の先に目を向けようと少し体を浮かせた その時、
打ちつけた左肩が ビクン! と鼓動を打った。
途端、
意識が遠退いていく……
たった1つ―――――
それは、アスファルトに無造作に置かれた、
レンズに
声が、聞こえた。
ずっと一緒だった。
離れることが怖いくらい、大好きだった。 ……友達としてね。
家が隣同士だから よく お互いの家に遊びに行って、何をするでもなく一緒にいた。
でも、中学生になってからは どこか余所余所しく、疎遠になって……。
何が そうさせたのかは分からない。
確かなのは、“ 彼が それを望んだ ” ってこと。
思春期なりに気恥ずかしくなったのかもしれない。
嫌われたのかもしれない。
大切な人が できたのかもしれない。
彼氏が できたから、気を
思い当たる節が いろいろとありすぎて、多すぎて……
今度は、私が彼から1歩 遠ざかった。
ごめんね
なんで
なんで、こんなに困惑してるんだろ。
ただ、過去のアンタが変わっただけなのに。
精神的にも、体格も、学力も どんどん離されてく。
追いつけない、って
もう、遠くから見ることも しなくなった。
嫌われたんだ、ってことにしといたの。
嫌われたから私も嫌うんだ、ってことにして忘れようとした。
でも、 また声が聞こえたから―――――
「―――
!」
大声と共に現れたのは、制服姿の
乱れた髪を直そうともしないで顔を
「匡子…… 大丈夫?」
学校が終わったら すぐに行く とは聞いてたけど、
そんな…… まさか、走ってくるなんて。
ここまで、結構な距離あったと思うんだけど。
前のめりになり 息苦しそうに呼吸する匡子。
ホント大丈夫かな……? とりあえず、座ってもらって……
そう、ベッドから手を伸ばして、
そばに立てかけられた パイプ
「ぅうっ…… ……ッ」
やっと顔を上げてくれた途端に、抱きついてくる匡子。
震える背中や泣き声、温かな体温、
そして、確かな鼓動……。
―――
大丈夫。
私は まだ、ちゃんと現実にいる。
「のバカっ! 遅刻なんかするからだよ!
急いだりなんか、するからぁ……っ」
「……ごめん」
「ごめんじゃ済まないっ。
車に
ギュッと、さっきより強く抱きしめられる。
実際には轢かれてないんだけど。 神崎先生も大袈裟だなぁ。
それとも、単に説明するのが面倒だったのかな。
……あの人なら ありえる。
「っていうか 匡子、腕……痛い」
空気を読んで黙ってたけど、
数時間前に折れて くっつき待ちの左腕が さっきから悲鳴上げてるんですけど。
私の腕がギブスと包帯でグルグル巻きになってるのを今初めて知ったらしい匡子は、
涙で
でも、なんとなく落ち着かないのかな。
匡子の白くて
………………。
思った以上に、心配かけちゃったみたい。
ボロボロ 涙をこぼす匡子に、ごめん って謝りたかったけど、
……なんでだろ。
謝るより先に、なんだか懐かしくて。
安心したら胸が温かくなって、
謝ることこそ 大袈裟なんじゃないか って思えた。
「……ありがとう、匡子」
「うぃーっス。 よっ! 元気にしてっか、」
空気も読まず 陽気に病室に入ってきたのは、
と―――――
「おじゃましまーす」
最近では、すっかり お馴染みになった
手にあるビニール袋を
「病院じゃ食えるモンも限られてるだろうし、 コレ、差し入れ」
「ありがとう、城ヶ崎くん」
受け取った袋の中に入っていたのは、いろんな種類の お菓子や焼きそばパン。
城ヶ崎くんらしいな。
さすが、史上
でも コレ、かなり詰め込んであるけど……。
「せっかくだし、コレ、みんなで食べない?」
こんな提案を出してみたら、先輩と城ヶ崎くんは
待ってましたと言わんばかりの ガッツポーズ。
「ね、匡子も」
そう 泣いたまま微動だにしない匡子の頭を
ひとつ 大きく息を吸い込んで、うん! と
お菓子を広げ、お茶の入った紙コップで乾杯すると、
病室は ちょっとしたパーティー会場になった。
個室だからって、みんな大はしゃぎ。
泣いてた匡子も いつの間にか いつもの明るい匡子に戻って、
それでも やっぱり私の隣を陣取って離れないから可愛い。
「、明後日には退院できンだろ?」
「はい。 骨折したのは腕だけだから、
検査で異常が見られなかったら退院できますよ」
―――
そう。
私は、腕を痛めたくらいで済んだ。
でも、あの時 後ろから何かが追突して歩道に突き飛ばされなかったら、
こんな怪我くらいじゃ済まなかったかもしれない。
……誰かは―――――
あの、神崎先生の視線の先にいた人は、どうなったんだろ。
あの 自転車と眼鏡の持ち主は……
「あのね、うちの学年に転校生が来るんだって」
「……転校生?」
「うん。 こんな時期に珍しいでしょ。
なんでも、うちの学校と交流がある―――――
んとね〜 ……何だっけ? 私立の進学校なんだけど」
進学校から うちの高校に転校?
変わった物好きがいるもんだなぁ。
「ま、校名なんざ どーでもいいんだけどな、
なんとなーく気になって学年主任ンとこ押しかけて名前聞き出したら……
なんとまァ、マジで びっくり」
「知り合いだったんですか?」
「まぁ、知り合いは知り合いなんだけど〜……」
今にも笑いだしそうな藤沢兄妹。
そんなに意外な人だったの?
「何よ? 誰だったの?」
そう問いかけてみるけど、言い出しっぺの2人は
お腹を抱え、楽しそうに大声を上げている。
仕方なく城ヶ崎くんに目を向けると、
「あ、いや…… 俺は みんなと中学 違うし 誰か知んねーけど、
えと…… さいおん……じ……?」
「さいおんじ……?」
……あれ?
それって、まさか―――――
「そーそ。
ちゃんと憶えたじゃねェの。
「なッ……! おっ、俺だって、人の名前くらい……」
同じ中学出身で “ さいおんじ ” っていったら、1人しかいない。
西園寺
でも、なんでよりによって うちの学校なんかに?
たしかに近所だし 通学は便利だけど、そんな理由で学校を選ぶ人じゃない。
中学で県内トップの成績を修めたくらい勉強一筋になったのは、
偏差値の高い高校を狙ってたからだ って聞いたことがある。
志望校に受かったんでしょ?
今更、なんで転校なんかするの……。
『―――――!』
声が、聞こえたの。
あの時…………
横断歩道で後ろから突き飛ばされた時、微かに聞こえた。
声は あの頃と全然 違ってたけど、
でも、とても…… 懐かしかった。
「でも その転校生、今日来るはずだったのに
学校の近くで事故に遭ったらしくて、入院したんだって」
城ヶ崎くんの言葉に、思わず ハッとなる。
事故…… 学校の近く……って、
まさか―――――
「アイツも、転校早々バカだよな。
どんだけ ぼんやりしてンだよ。 車くらい
「兄ちゃん、そんなこと言ってたら ハルちゃん 怒りにくるよ〜。
入院してるの この病院だ って、先生 言ってたもん」
「この病院にいるの!?」
思わず身を乗り出してしまった私に、3人は驚いたみたい。
不思議そうに、3人揃って目を瞬かせている。
「どこの部屋か分かる?」
「どこって…… まさか、今から行く気?」
そう尋ねた藤沢先輩に、大きく頷く。
「確かめたいことがあるの」
もし、あの時 助けてくれたのが彼なら、私には言うべきことがある。
もう、手遅れかもしれない。
霧の中に身を置いていた時間は とても長く、深かったから。
でも、もし彼――― ハルなんだとしたら、
まだ、彼に私が見えてるんだとしたら、言わなきゃ。
……ううん。 “ 言いたい ” 。
感謝の言葉、それと―――――
フッ と微笑んでくれた先輩。
「……そんじゃ、久々に ヤローの間抜け面でも拝みに行きますか」
「あたしも付いてくよ、♪」
「俺も。 どんなヤツか興味あるし」
そう
霧の中に置いてきたまま触れることを恐れていた秒針が、
今、再び 時を刻みだす―――――