ピー!


          雲ひとつ無く晴れ渡る空の下、ホイッスルが高らかに鳴った。


          グラウンドの一角
――― 緑のフェンスで囲まれたテニスコート内。
          交錯こうさくする快打音も絶えて、
          私たちはホイッスルをくわえたまま立つ先生の前に整列する。

          所々から聞こえる呼吸音。
          それを確認してか、満足そうにうなずく先生。
          銜えたホイッスルが、首からげているのをいいことに スッと厚い胸板に落ちた。


             「みんな、前回より だいぶ上達したな!
              運動も勉強と同じ 積み重ねだからな!
              日々の努力がものをいう! 精進しろよ!以上!」

          解散! の言葉を合図に、疲労感いっぱいの ありがとーございましたー。
          それを遠い意識の中で耳にしてから、私は ぼんやり歩きだした。


             「、大丈夫〜?」

          そう 隣から顔を覗きこんできたのは匡子きょうこ
          可愛い水玉模様のハンドタオルで、額の汗をぬぐっている。
          対する私は妙に重い腕を ブラつかせて、汗を拭う気にもなれない。


             「顔色 悪いよ〜? カズっちゃんトコ 行く?」

             「ううん……大丈夫。 もう放課後だし、このまま帰るよ」

             「じゃあ、あたしも帰る〜」

          明るく
――― でも、やっぱり心配してくれてるのかな。
          匡子が曖昧あいまいに微笑んで そう言ってくれた。


          体育の後は いつも こんな感じ。
          体力、落ちてきたかな? すぐ息が上がる。

          そういえば、横断歩道で城ヶ崎じょうがさきくんに助けてもらった時も……。
          よく考えれば、いきなり走ったから 頭痛や眩暈めまいがしたのかも。

          中学の時は こんなんじゃなかった。
          午後の体育を終えて そのまま部活動で走れたくらい。
          やっぱり、あのまま陸上 続けとけば良かったな。
          ……今更 後悔しても遅いけど。


          憂鬱ゆううつまれそうになる気だるい体を引きずって、
          私たちは グラウンドから少し離れた所にある女子更衣室に向かった。










             「ハァ……」


          着替えを済ませて、匡子と帰ってきた 昼休み以来の3−2教室。
          6時間目終了のチャイムは まだ鳴ってない。
          当たり前のように教室には誰もいなくて、静けさだけが満ちていた。


             「今日は あたしたちが1番だね☆
              いっっっつも兄ちゃんかゴーが1番だもん。 たまには勝たないと〜」

          そう言って、いつもと違う雰囲気の教室を楽しげにスキップする匡子。
          体育での疲れなんて微塵みじんも感じさせない。
          うらやましいなぁ……。

          そういえば、女子が解散した後も グラウンドで声がしてたような気がする。
          ……男子、まだ終わってないんだ。

          ぼんやりと重い頭の隅で そんなことを思う。
          だからどうって わけじゃないけど。


          意味もなく出てくる溜め息を そのままに、私はロッカーに向かった。
          教室の後ろにある個人ロッカー。
          見た感じ貧相なアルミ製だけど、
          御丁寧に鍵は扉によってそれぞれ違って、盗難防止に一役 買ってたりする。
          まぁ裏を返せばスペアは無いってことだから、家の鍵より落とすのが怖いんだけど。

          そんな貴重な鍵を差し込んでグイッと回せば、扉は簡単に開く。

          たしか今日は英語の課題 出てたっけ。
          荷物は少なめにしたいし、英語だけ持って帰ろ。


          そう 中にある教科書を取り出した その時
―――――



             「……あれ?」

          教科書と一緒に何かが滑り落ちてきた。

          床に目をやれば、それは白い封筒。
          封は してないみたいで、口が開いたまま そこに横たわっている。


          ……手紙?


          ロッカーを支えに腰を下ろし、拾い上げる。
          表には細く綺麗な字で、“ 様 ” と書いてあった。
          匡子でも藤沢ふじさわ先輩でも、城ヶ崎くんでもない筆跡。
          他の友達にも、こんなに整った字を書く子は いない……と思う。

          裏にも 差出人を思わせる書きつけは何も無し。
          仕方なく封筒を開けて中を見てみると、

          折りたたまれてあったのは、小さなメモ用紙だった。
          そこには赤い文字で、


             「 “ ずっと前から あなたが好きでした。 放課後、音楽室で待っています ” ……だァ?」

             
「うわぁぁぁッ! 藤沢先輩ッ!!!」

          いきなり肩口に現れた先輩の顔に驚いて、思わずロッカーに貼り付く。


             「どっから現れるんですか、あなたはッ!!!
              っていうか、かっかか勝手に読まないでくださいっ!」

          バクバクと高鳴る心臓。 爆音に合わせて荒くなる呼吸。
          少しはマシになってたはずの疲労感が、先輩のせいで一気に蘇ってきてしまった。
          ホントもぉ…… この人にデリカシーってものは無いの!?

          私の怒声に謝る様子もなく、何食わぬ顔で腕を組んでみせる先輩。


             「なァ〜に言っとンのォ。
              そォいうのには悪いムシがついてるから、
              包み隠さず保護者であるオレに見せろって言ってンでしょ。
              フム…… メールで告白も認められるゴジセイに珍しく直筆で告白たァ、
              なかなか潰し甲斐がいが あるヤツじゃあないの」

             「なっ……なに言ってるんですか!
              告白なんて そんな
――― ……きっと、誰かのイタズラですよ」

             「いンやァ。 これは間違いなく愛を込めたラブレターだ。
              じゃなきゃ、わざわざ赤いペンで書く必要がないじゃない」

             「えっ……そうなの?」

          キョトンと先輩を見る。
          そんな私に先輩は、チッチッチと人差し指でさとしをいれた。


             「も まだまだ青いねェ。
              赤は愛情・情熱を示す色で、1番 気持ちが伝わりやすいわけよ。
              それでなくても、赤って色は人を興奮させる。
              ラブレターを送った自分もドキドキする。それを受け取った相手もドキドキする。
              これが告白の醍醐味だいごみってヤツよォ」

             「……先輩って、意外とロマンチストですよね」

          その割に、キャバクラ行かないとモテない っていう……

             「聞こえてンぞ、

          切れ長の目を更にするどとがらせ、にらみつけてくる先輩。
          それに対し私は即座に背を向けて、もう1度 問題のメモ用紙を見つめた。


          音楽室って、何か あったっけ?
          ピアノとか、鉄琴とか木琴とか
――― とりあえず、楽器よね。
          演奏でもするとか? それで感想とか求められたら嫌だなぁ。

          ううっ……行きたくないっ……。


             「行ってみれば?」


          そんな声に振り返ると、
          このまま部活に直行するつもりなのか
          体操着にバスケ部のジャージを羽織はおった城ヶ崎くんが立っていた。

          ……気のせいかな? 微妙に目が合わない。


             「もったいねーじゃん。 ……カッケー奴とかだったらさ」

             「そ〜だよ、
              あたしも付いてくから一緒に行こ〜」

          楽しそうに声をはずませ抱きついてくる匡子。
          そうね…… 匡子が付いてきてくれるなら
―――――


             「あー……匡子ちゃん?
              残念だけど、オレら部長会議だから付き添えないって」

          部長会議
――― ……そっか。
          そういえば、今年度予算のことで
          体育会系と文化系の間で もめてるって会計長が言ってたなぁ。
          会計のことだし、書記わたしには関係ないのかな?
          呼び出しは かかってなかった気がする。


          先輩の言葉によって大切な予定を思い出した匡子は、戸惑った様子で私を見てくる。


             「えぇ〜っ…… と一緒に帰りたかったのに……」

             「てなわけでごう、指揮 頼ンだわ」

          そう肩を叩く先輩に、城ヶ崎くんは 素っ気無く黙ったまま出ていってしまった。

          いつも 部活前になるとハイテンションになるのに、
          今日は どうしちゃったんだろ……。


             「で、は コレだな」

          ビシッ とばかりに眼前に突きつけられる白い封筒。
          いつの間に手から消えてたんだろ。
          どうやら手紙は 先輩が元の状態に戻してくれたみたい。
          目の前にある それを、私は渋々 受け取った。


          しばらく手紙を見つめる。

          性格がうかがえそうな、繊細な字。


          間違いで あってほしい。
          嫌がらせなら、なおのこと いい。
          その分、あの頃 以来 もらったことなんてなかった手紙に、
          少しだけ舞い上がりそうになっている自分を いましめることができるから……。


          私には、消せない人がいる。

          初めて心から好きになって、初めて愛したいと思えた人が。


          だから、待ってなきゃ。
          あの人が 帰ってくるまで。

          細い…… 唯一 私たちを繋ぐ糸。
          もし、それが切れてしまったら
―――――





             「

          柔らかな、それでいて強さを秘めた声。

          いつの間にかうつむいていた私は、視線を手紙から先輩へと戻した。
          いつもの不敵顔が、切れ長の目に穏やかな光を灯して そこにある。


             「 “ 想い ” ってのは、相手に伝わって初めて形を成す。
              伝えた相手を通して、その大きさや形状に気付くわけよ。
              相手さんが求めてンのは、に同調してもらうことじゃァない。
              成就する見込みがある “ 想い ” なのか、に映し出してもらいたいンよ」

             「映し出す
――― 私が……?」

             「他に誰が いンの?
              相手さん自身を映し出せるのは、だけなの。
              ……いいか? あくまで鏡になってやるだけだ。
              それ以上 踏み込めば、いろんなモン傷つけるだけだからな。
              悪い虫も、可愛いカノジョも、
              それを放置プレイしてるバチ当たりなカレシもねン」

          そう キザったらしくウィンクしてみせる先輩。


          ……なんでだろ。

          こんなにもイイカゲンな先輩の言葉に後押しされて
―――――
          なんて、認めたくないけど、

          心は確実に さっきより軽くなっていた。


          と言うより、明確になったのかな。

          どうせ会ったって、相手を傷つけるだけだと思ってた。
          でも、そうじゃないんだね。

          ……うん。
          逃げてちゃダメだよ。

          私に向き合おうとしてくれている人がいる。
          それなら、私もちゃんと向き合わなきゃ。










          皮肉にも 今日は掃除当番じゃなかった。
          こういう時に限って上手くいかないから、
          生きるのって難しく感じるんだよね…… とか、固めたはずの決心が揺らぐ。

          掃除があったとしても、
          どうせ この瞬間が めぐってくることは避けられないんだけど。


          匡子と先輩は部長会議。
          城ヶ崎くんは、会議に出てる先輩に代わって指揮をとるため部活動へ。
          とうとう1人になった私は、
          今 こうして 仕方なく待ち合わせ場所である音楽室に向かっている。



          第2校舎 2階
―――――

          陽の光が申し訳程度に入ってくるくらいの明るさだけど、
          逆に今日みたいに暑い日は このヒンヤリした空間の方が落ち着くなぁ。
          そうは言いつつ、さっきから ずっと体育以来の気だるさが消えない。

          聞くこと聞いて、話すこと話したら さっさと帰ろ。
          一緒に帰りたいって言ってくれてた匡子には悪いけど……。

          目標……っていうか、はっきりとした道筋が決まると、
          人って 動きやすくなるものなのかもしれない。
          ズン と下降気味だった気持ちが、その瞬間 グン と上昇した気がする。

          足取りも軽い。
          校庭に白線を引く時みたいに、
          そのままのペースで、突き当たりに見えている待ち合わせ場所を見据みすえて歩く。



          あ……

          扉が開いてる
―――――


          途端、やけに胸が痛みだした。
          比喩ひゆじゃなくて、そのままの意味で。

          ヤダなぁ……緊張してきたかも。 なんで私が緊張してるの?
          今から、手紙の差出人を傷つけるようなことしなきゃいけないのに。

          硬く握った拳が、更に内を締めつける。
          でも、すぐに脳裏をかすめた先輩の言葉に、自然と それはほどかれた。


          ……違うよね。 “ 傷つける ” んじゃなかった。
          私は、そのために行くんじゃない。

          相手のため……
          そして、自分のために行くんだ。


          1度は立ち止まったけど、また私は1歩 前に踏み出す。
          扉の前に立って、ゆっくり
――― 慎重に ドアノブを引いた。
          それなりに重さのあるそれが徐々じょじょに開いて、私の目に、整列する机の群れを映し出す。

          その先に 人影を見つけて
―――――





          えっ……





          それが映ったと同時に、足は動かなくなった。

          驚きや不安、疑心や戸惑いなんかが交錯する。
          中でも1番 強かったのが否定の感情……。
          ……どうすれば良いのか分からない。


          直立不動になってる私に対して、向こうも眼鏡越しに困惑の表情を浮かべている。
          お互いが お互いを見て困ってて……

          そんな状況が ふいに恥ずかしくなってきて、すぐに目線をらせた。
          多分、向こうも同じ行動をとったんだろう。


          また、沈黙。



          でも、なんで? なんで あんたが ここにいるのよ?
          だって、おかしいじゃない。 想像も しなかった……。

          嫌われた と思ってた。
          一緒に校内を見てまわって以来、避けられてたし。
          それに、経緯すら分からない。

          それとも、これは…… 何かの間違い?
          
――― そうだよ。偶然なんだ。 そうに決まってる。


          そんな……だって、


          よりによって、ハルが 手紙の差出人だなんて
―――――



             「……ノックくらい、したらどうなんだ。
              不躾ぶしつけだぞ。 まるで礼儀がなってない」

          動揺を隠せない様子の声音。
          昔
――― 小学校までの私なら、そんなハルを可愛く思えたはずだ。
          それで、からかったりなんかして……。

          あの頃みたいに何のへだたりも無く それを返せば良かったんだけど、
          動揺してるのは 私も同じで……


             「う……うるさいわね。 いいじゃない。
              どうせ、あんたしか いなかったんだし」

          こんな幼稚な言葉しか返せない。

          ハルの様子から見て、やっぱり、彼が私のことを……?
          ……考えたくないけど。


          でもハル、知ってるでしょ?
          私が、今井 桃也とうやと付き合ってるって。

          あんたが前の学校に入学が決まって家を出た日、家の前で偶然 会ったんだよね。
          その時、怪訝けげんそうな顔して去ってくあんたに、あの人は確かに言ってた。
          付き合い始めたんだ ってこと。
          近所に聞こえるくらい大きな声で叫ばれて、恥ずかしかったのをおぼえてる。


          失踪しっそうしてたって同じ。
          会えなくても ずっと……
          ずっと同じ気持ちで、私は あの人を待ってる。



          それとも、ハルも あの人を忘れちゃうの……?



          そんなわけない って思いたいのに、
          少し前に見た 苦しそうなハルが消せないから、疑ってしまう。


          学校も、街も、世界も、今井 桃也という1人の人間を忘れていく。
          時がてば経つほど、過去の人になっていく。

          そんな時、ハルが突然 転校してきて
――― ……私、ちょっと期待したんだよ?
          また、あの頃みたいに みんなで笑えるんだって思った。
          ハルがいたら、にぎやかな私たちに嫉妬しっとして どこからか あの人が帰ってきて、
          あの頃の続きを また みんなで描いていけるんだって。


          でも……違った。


          ハルは私たちとの日々を取り戻しに来たんじゃなくて、
          前の学校に復讐するために ここにいるんだよね。

          ……友情とか思い出とか、
          ハルと私じゃ、その重さは随分ずいぶんと違うんだよね。



             「……じゃあ、コレも忘れるため?」


          自然と言葉が落ちた。


          制服のポケットに入れておいた あの手紙を取り出す。
          乱暴に取り出したそれは少し丸められて、
          私は それを俯いたまま突き出した。


             「そうやって、何もかも否定するの?
              楽しかったこととか、みんなで一緒に過ごしたこととか、
              私にとっての大切な思い出は、ハルに してみれば邪魔なものなんだ!?
              ……そうなんでしょ? そうじゃなきゃ、こんな ふざけたこと しないよね!」

          勢いに任せて、それを床に叩きつける。
          ビッ! と何かが鳴いたような音がしたけど、構わない。
          この場にいるだけで辛くなってきて、私は思いきり地を蹴った。


          痛くって、苦しくって……

          行く宛てなんてなかったけど、それでも足は止まらなかった。










          
――― ドッ……!










          にぶい音。 鈍い痛み。


          頭から何かに突っ込んだみたいで、
          私は そのまま その何かを押し倒すかたちで その場に倒れた。



          ほのかに温かい。

          同時に、頭の中を 過去の失態が過ぎった。

          ……まさか
―――――


             「……学生手帳 32ページ『高校生活を送るにあたっての心得とルール』
              第3条
―――
              “ いかなる事由があるにせよ、廊下は走らないこと。鬼ごっこなら外で やれ ”」

          サァッと血の気が引いていくのが分かる。


          ……もしかして私、また 罰当たりなことを……?



          間髪入かんぱついれず飛び起きる反射神経に敬服。
          そのまま即座に走り去ろうとしたけど、

          残念なことに、それだけは叶わなかった。

          逃げ腰に引っかかるスカートを、
          廊下に横たわる体から伸びた手が引っ張ったから……。


          黒い短髪に、黒のヘッドホン。
          いつもながら生気の無いうつろな瞳は、真っ直ぐ私を見上げている。

          ……とりあえず、恐怖は消え失せた。


             「……捨て身のタックルでじ伏せた うえに、おのが体重をって
              ノック・ダウンに追い込む荒業あらわざを仕掛けておいて、
              謝罪も無しに捨て置くとは どういう了見だ。
              不躾。不節操。 まるで礼儀がなってない」

             「何の躊躇ためらいも無く女の子のスカートつかんでる人に言われたくないんですけど」

          負けじと こっちも対抗してみるけど、
          無神経オーラ全開の この人
――― 赤阪あかさかくんには通用しないみたい。
          通用しなければ放しても もらえないわけで……。

          とりあえず起こせ と催促さいそくされた私は、仕方なく息を吐いて彼を起こし上げた。
          ヒョロッとした長身が、廊下に立ち上がる。


             「それじゃ
―――

          そう言って また走り出そうとするんだけど……

          また引き止められてしまう。
          今度は腕だ。

          元からったイライラが、ここで一気に爆発した。


             「いいかげんにしてよ!
              何?謝れって?謝ればいいの!? 謝るわよ!!
              すいませんでした ごめんなさい 明日から廊下は走りません!

          自棄やけになって45度どころか180度近くまで頭を下げて、下げて、何度も下げる。
          そして今度こそは……! と赤阪くんの手を振り払って走り出すけど……


             「 “ 3−2 
―――


          途端、足が止まった。


             「……って、あんただろ」

             「ッ
――― そう……ですけど?」

          振り返るや いなや、目の前に白いものを差し出された。
          よく見ると それは封筒で、表に私の名前が書いてある。

          その字には、見覚えがあった。
          ……ううん。 見覚えどころか、確信に近い。


          そう
―――――

          これは、さっき音楽室で床に叩きつけてきた手紙の字だ。
          繊細で丁寧な筆跡……。

          同じ物……?
          それを、今ここで会ったばかりの彼から差し出されている。


          疑問を投げかけるように赤阪くんを見上げるけど、彼は何も答えない。
          答えなければ動きもしないので、仕方なく私は差し出された封筒を受け取った。

          手にしてみると それは やっぱり同じ封筒で、同じ筆跡。
          表を見ても裏に返して見ても、何ひとつ違わない。


             「なんで戻ってくるのよ……」

          思わずつぶやく。
          ふいに脳裏を掠めたのは、
          いつだったか匡子から聞いた この学校の七不思議だった。

             “ 呪いのラブレター ”
―――――

          その昔、ある女の子がラブレターで告白を試みるも その場で断られてしまい、
          悲しみと絶望のあまり屋上から飛び降りたんだとか。
          以来、差出人不明のラブレターが男女 問わず届き、待ち合わせ場所に行っても誰もいない。
          仕方なく帰ろうとすれば学校から出られなくて、その上 手から手紙が離れないっていう……。

          ……もしかしなくても、同じ?


          手紙を手にしたまま、しばらく茫然ぼうぜんとなった。
          また性懲しょうこりも無く私は、また……また この学校の奇妙な噂話に関与してしまったらしい。


             「……ま、そう落ち込むな」

             「落ち込むわよッ! 誰のせいで こんなことに なったのよ!?」

          そう睨みつけると、対する赤阪くんは無表情に両手を上げながら首を振って見せた。
          まぁ、たしかに彼が悪いってわけじゃないけど……。


             「……ところで、何それ」

          このに及んで そんな悠長なことをいてくる赤阪くんに苛立いらだちを覚えたけど、
          ここであせっても しょうがない。

          もし本当に呪いにかかってしまったんだとしたら、
          死ぬまで ずっと学校から出られないんだから……。


             「いいよ もう……好きに見てよ」

          赤阪くんから伸びた手に手紙を乗せて項垂うなだれる。

          あーぁ…… 私、これから どうなるんだろ。
          学校なんて夜になれば暗くなるし不気味だし、食べる物は無いし お風呂入れないし……。
          もう ホント最悪……。


          カサカサと封筒の中のメモ用紙を開く音。
          顔を上げるのが怖い。

          なんだろ……
          別に、赤阪くんに何か後ろめたいことがあるってわけじゃないのに。
          何故か、心が締めつけられる。


             「…… “ ずっと前から あなたが好きでした。 ” 」


          なッ
―――――


             「ちょッ……なんで音読す
―――

             「…… “ 放課後、宿直室で待っています ” 」


          ……えっ?

          今、なんと おっしゃいました?



             「……えぇッ!?」

          慌てて赤阪くんの隣に回って、メモ用紙に目をらす。


          “ 放課後、宿直室で待っています ”


          何度 読み返してみても そう書いてある。
          ロッカーに入ってた手紙とは また違う物なの?
          でも筆跡は やっぱり同じ。

          もう ワケ分かんない……。


             「赤阪くん、コレ誰から渡されたの?」

             「……渡されてない。 拾った」

             「拾った? どこで?」

             「……生徒会室」

          なんで生徒会室に、違う場所が示された手紙があるの?
          それに、生徒会室は生徒会役員しか入れないはず
―――――

          ……って、手紙を置く方法で相手を割り出そうとしてもダメね。
          それなら生徒会室より、
          スペアキーが存在しない個人ロッカーを開ける方が難易度 高いんだし。

          あぁ…… 頭 痛くなってきた……


             「……行くか」

             「行かないわよ! ほっとけばいいの、そういうのは」

          ただでさえ気だるくてイライラしてるのに、
          これ以上 妙な怪談に振り回されるなんて冗談じゃない!

          帰ろう。
          学校から出られないなんて、どうせ脅しみたいなものよ。
          呪いなんて、そんなのあるわけないじゃない。

          そう 階段に走りだしたんだけど、
          またもや腕を掴まれ、引き戻されてしまう。


             「もぉ…… 今度は な
―――





             カチャン……





          えっ…… なに……?

          今、上の階から何かが落ちてきた。


          アレ……




          裁断バサミ……だ





             「うそ…… 何あれ」


          さっきまで
―――――

          腕を引かれる ついさっきまで私がいた所に、丁度 落ちてきた気がする。



             「……読み忘れてた」

          そう 私の背後で静かに赤阪くんが呟く。


             「…… “ P.S. 来てくれないようなら、あなたの寿命を縮めることになります ” 」

             「もう じゅうぶん縮みましたって……」

          1度参加したゲームには最後まで付き合えってこと?
          たしかに、これじゃ確実に学校から出られないわね。

          厄介なのにはまっちゃったなぁ……。
          思わず溜め息が出てくる。


             「……この階段は使えない」

             「えっ? どういうこと」

          赤阪くんを見上げると、彼は無言で階段の方を指し示した。
          それにならって視線をやると……

          あれ? ハサミが無い……


          と、どこから取り出したのか、
          いつの間にか赤阪くんの手には数学の教科書が。

          ……え? ちょっと待って?
          まさか……えっ? そ、そんなことしないよ……ねぇ?


          とか思っている間に、
          赤阪くんの手が勢いよく振り上げられ、そして
―――――



          
投げたぁぁぁッ……!!!



          その瞬間、ほとんど まともに見えないくらいの速さで何かが教科書に襲い掛かった。
          さっき私がいた位置と同じ所……。
          獲物は仕留められたようで、教科書の動きは完全に捕らえられた。


             「うわぁ……」

          そして私たちの目に映ったのは、
          教科書の中心を的確に貫いて そこにある裁断バサミの姿だった。

          ちょ……ちょっと待って!? 冗談でしょ!?
          寿命 縮めるどころか、つ気 満々じゃない!
          もし赤阪くんが いなかったら私、あの数学の教科書みたいに裁断バサミで……。

          考えるのも恐ろしい……。


             「……連絡橋で本館に行く」

          そう 顔色ひとつ変えず廊下を歩きだす赤阪くん。


             「えっ? 教科書は……」

             「……あとで」

          あ……そですか。


          こうして私たちは赤阪くんの数学の教科書を犠牲ぎせいに、本館1階の宿直室へ向かった。


          ひとつ気がかりなのは、ハルのこと。
          彼が手紙の差出人でないことは明らかになったんだけど、
          私は謝らずに こうして先へ進もうとしている。
          不器用でも いいから、せめて ゴメン くらい言うべきだったかもって……。

          それに、多分まだ音楽室にいるんだろうから、
          階段が使えないこと言っておいたほうが絶対良かったな って。

          まぁ、運動音痴でダメ男に見えて 勘だけは鋭いから。
          大丈夫……よね?
          ……うん。大丈夫でしょ。 多分……。