旅行に お墓参り―――――
          久々に家族4人集まって過ごす夏も、明日で終わり。
          明日で、お父さんにも圭太けいたにも会えなくなる。
          まぁ、冬休みになれば2人とも また帰ってくるんだけど。

          そう分かってても、お母さんも寂しいんだろう。
          朝からずっとお父さんに寄り添ってる。

          私が こうして桃也とうやの帰りをずっと待ってるのは、
          きっと この2人を見ているからなんだろうな、とも思う。


             「あら圭太、今 起きたの」

          お母さんの声に振り返ると、
          群青ぐんじょうに染めた髪をき乱しながらキッチンの方へ歩いていく圭太が。
          いつも目がうつろだから分かりにくいけど、多分 寝起きだ。

          今日が家で過ごす最後の日なのに お昼まで寝てるとか……。
          男の子って、高校生になるとそんなものなのかな?


          無言のまま冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップにそそぐ圭太。
          それを口に運びながら、テレビに目が細くなる。

          ちょうどニュース番組に切り替わったところだ。
          清楚せいそなアナウンサーの下に、“ 花火大会 ” の見出し。

          あ…… 今日なんだ。

          近所を流れる川が映る。
          そういえば、毎年この時期だっけ。

          どこかの花火大会みたいに何万発とか上がらないし いたって質素だけど、
          夏の風物詩として この日ばかりは地元の人たちが大勢 川に集まる。
          屋台なんかも出て、結構 にぎわうのよね。


             「、今年はみさおくんたちと行かないの?」

             「あ……うん」

          そうだよね。
          いつもは、今日みたいに忘れてても匡子きょうこから連絡があって、
          3人で…… 桃也がいた時は4人で毎年 観に行ってた。

          でも、昨日も今日も誘いのメールは来てない。
          んー…… さすがに受験生だしね。自粛じしゅくしたのかな。
          まぁ、それを言ったら先輩は “ 去年も ” 受験生だったんだけど。


          ふいに、キッチンに立ったままテレビを見てる圭太に目がいく。
          そういえば、圭太とは まだ一緒に行ったことなかったんだ。

          去年は花火大会が始まる前に帰っちゃったから行けなかったけど、
          今年は一緒に観に行ける
―――――


             「圭太、一緒に行こうか」

          あからさまに迷惑そうな顔をしてみせる圭太。
          休みの日くらい ゆっくりさせろとでも言わんばかりだ。

          でも、行くなら今日しかない。
          来年もあるけど、また日程が合わなかったら いつまでも行けないじゃない。


             「そうね、ふたりで浴衣ゆかた 着て行ってきなさい。
              圭太のは…… お父さん、貸してあげて」

          2人 顔を見合わせ笑うと、
          お母さんは早速 立ち上がり、和室の方へ駆けていった。


             「圭太も、お父さんのが着れるような歳になったんだな。
              いやぁ〜、月日とは恐ろしいね」

          のんびり笑うお父さんに、肩を落とす圭太。
          圭太からは何も返事が無いけど、3対1の力は強い。
          っていうか、無理にでも連れていく!
          最後の日だもの。 今度こそ圭太に姉らしいところ見せなきゃ。

          えーっと、何準備すればいいんだっけ?
          そんなことを考えながら部屋に向かう。


             『次のニュースです。
              昨夜未明、
――― にある私立高校で、この高校に通う男子生徒が
              頭から血を流し倒れているのが発見されました』










          家を出ると、空は まだ暮れきらず
          西の空を赤く黄金色に燃やしながら留まっていた。
          30分後には、ちゃんと夜になるのかな?

          そんなことを思っていると、ようやく玄関から圭太が出てきた。
          紺地に白い絣模様かすりもようがある着物に、横縞よこじまの入った白い帯
―――――
          ホント…… 昔、お父さんが着てたやつだ。
          ちょっとすそが短いような気もするけど、よく合ってる。

          そうめると、顔をななめにうつむかせる圭太。
          一丁前に恥ずかしがってるみたい。


          あ、そうだ。 写真……

          巾着から取り出そうとしたところで、
          いつの間にか圭太が背中を向け遠ざかりかけているのに気づく。


             「あ……待ってよ!」

          下駄なのは同じなのに、向こうは結構 速い。
          着崩れないよう小走りで追いかけるけど、
          下駄が脱げかけたり走りにくかったりで 全然 距離が縮まらない!

          と、急に路地を曲がる圭太。
          ちょっと! そっち、川じゃない!
          まさか、場所 知らないなんてことないよね!?


          慌てて加速するけど、
          路地を曲がったところで すっかり見失ってしまった。

          うそ……。
          ケータイ
――― って、そういえば圭太の番号知らない。
          どうしよ……捜さなきゃ。


          このまま真っ直ぐ行けば大通りに出る。
          でも、途中に分岐する道は いくらでもあるから、
          安易に大通りなんかに出たら余計 見つからないかも。

          って、考えてても仕方ない。
          日が完全に落ちたら、捜すのは もっと困難になる。
          とにかく動かないと。

          地面を蹴り、周囲に目を配りながら進む。


          不思議な感覚だった。

          もうすぐ花火大会が始まるはずなのに、
          浴衣を着た人はもちろん、誰ひとり見かけない。

          通り過ぎる家々には灯りがともっている。
          たしかに小規模な お祭りだけど、毎年 結構 賑わうのに。
          匡子と先輩にしたって そう。

          みんな、花火大会があることを忘れてる……?



          どれくらい経ったかな。
          町内を1周してきたはずだけど、圭太は一向に見つからない。

          もしかして、先に行ってるのかな?
          それとも、家に帰ってる?

          なんとなく後者のような気がするけど。
          試しに 家に電話してみよう。


             「……あれ? 出ない」

          一旦 切って もう1度かけ直してみるけど、誰も出ない。
          2人も、花火大会 行ったのかな?

          お母さんのケータイに かけてみる。
          
――――― でも、これも繋がらない。
          人ごみの中にいて聞こえないのかな。
          どうしよ……。


          家……
          家に戻って、圭太がいるか確認しよう。

          すっかり暗くなった住宅街を照らす頼りない街灯。
          できるだけ その下を選んで歩きだそうとした その時だった。


          ぼんやりと闇を照らす街灯の下に映った それに、
          私は思わず足を止めた。

          風が、ゆっくりと吹きだす。
          火照ほてる体に、それはとても心地いい。
          なのに、心臓の鼓動は どんどん上がっていく。


          風が揺らす、柔らかな黒髪。
          長い前髪が揺れて、時折 見せる穏やかな瞳。
          今にも その目を細めて笑ってくれそうな、優しい空気
―――――



             「桃也……?」



          制服を着た桃也は、ゆったりと笑った。
          揺れるループタイに手を添えて、静かに……笑った。


          やっと 会えた。
          ずっと待ってた。

          ずっと…… 信じてた。


          まばたきするのが怖い。
          閉じれば、次 開けた時には いなくなるんじゃないかって。

          溢れる涙に視界が歪んで、
          それでも見失いたくないから すぐに手でぬぐう。
          そこに まだ桃也が立っているのを確認して、ホッとした。


          何か、言わなきゃ……。
          言いたいこと、いっぱいあったのに。

          なんでだろ……。
          いざ桃也を前にしたら、何も出てこない。
          あれだけきたいと思ってたことも、何も出てこなくて……。

          ただ 嬉しくて……
          ホント それだけで……。


          桃也の穏やかな目が私をとらえたまま、
          街灯に照らされながら、ゆっくりと右手が差し出される。

          きっと、季節に関係なく その手は冷たいんだろう。
          小さい頃は、そんな熱を持たない桃也の手が怖くて握れなかった。

          でも、今は違う。
          手は冷たくても、桃也の心は温かい。
          重ねるたびに鼓動を打ち、熱をくれる。
          温かな安堵あんどで包んでくれる。


          手を伸ばす。
          桃也の、その手に向けて
―――――



             
『あなたが手を差し出すべき人は、彼のはずだよ』



          えっ……



          声がした。
          ハープが鳴ったような、響く声。
          それは、脳裏に桃也とは また違う人物をぎらせる。

          小柄こがらで無邪気に笑う、
          自分に嘘を吐けない、不器用な男の子
―――――


          途端、一際ひときわ 強い風が襲い掛かってきた。
          その圧力に押しやられ、地面に尻餅をついて倒れる。

          吹きつける風に視界はさえぎられ、にじむ。


             「いや……っ
              
――― 桃也……!!!

          消える……
          桃也が……また、行っちゃう……!



          風がむと、もう、そこに桃也の姿は無かった。

          溢れてきた涙に、思わずひざを抱える。
          嗚咽おえつ 混じりに、それでも呼び続けて……。





             「……なんで、あいつなんだ」

          後ろで声がした。
          振り返り、見上げる。

          街灯は群青の髪を照らすばかりで、表情を黒くかげらせている。
          でも、すぐに分かってしまう。

          それは、あの時と同じ……。
          辛そうな、憎悪に歪む顔
―――――


          なんでと訊かれて答えられない。
          何年経っても、結局それは変わらなかった。

          いいかげん、答えられるようになってもいいのにね。
          ごめんね…… 進歩の無い姉で……。


          涙ばかり流れて、
          見上げる圭太の顔でさえも滲ませてしまう。

          そうして黙ったままだったのがいけなかったんだろう。
          圭太は苛立いらだたしげに背を向けると、そのまま行ってしまった。


             「ごめん、圭太…… ごめん……」

          花火……見せてあげられなかったね。
          また、見つけられなかった。

          私は何も見つけられてない。
          あの頃から ずっと…… それだけが変わらない。





          次の日、圭太は朝早くに家を出てったって お母さんから聞いた。

          置いて行かれたと言いながらも
          名残惜なごりおしそうに玄関に立った お父さんを お母さんと並んで見送って、

          私たち家族の夏は、終わった。