fantasia

夕景のあとに




高層ビルが立ち並ぶ都市。

夕暮れの街路を歩いていた。

突然強い風が吹き抜けていった。
思わずビルの谷間から空を見上げる。

夕陽が沈み暗闇へと静かに光を閉じ始める。
仄暗い時。
このひとときが俺はたまらなく好きだ。

子供の時。
遊び疲れて一目散に家路につく時。
暖かい光を浮かび出した家。蒸気で曇る窓ガラス。

人影が見える。

父、母、そして少し憎らしくも時にかわいい妹。
すべてが無条件の優しさで迎え入れてくれた。
どんなつらい時もすべてを包み込んでくれた。

目頭が熱くなってきた。


肩と肩が触れ合って我に返る。

多くの人が街路を往きかっていた。
なぜか突風の流れを正確に見ることができた。

人々は思い思いの場所へ向かい
また思い思いの場所へと戻っていく。


あれから多くの女性とつきあってきた。
ただ一歩どころか数歩引いたところから見ていた。
冷めた感覚が常につきまとっていた。


裕子は6年前突然こう切り出した。
「雄一、やっぱり私いくわ」

「え?」

行きつけのカフェテラスはまぶしいほどの
白い光につつまれている。

真剣な顔のどこかにいたずらっぽい笑いが潜む。
そんな表情だった。

「どこへ?」

一呼吸おいて裕子はきっぱり言い切った。
「アメリカ、研究に行くの」

以前から幾度となく聞いてきた話だ。
裕子は国立大学の生物学研究室から再三の
引き抜きのアプローチを受けていた。

たぶん彼女の8割くらいは知性、教養、特化された
学術分野での才能で占められていた。

ところが
男を寄せつけないほど美しく端正な顔立ちと
男を打ち負かす天才的知力を兼ね備えた彼女が
あと2割の部分で
子猫のような甘い女を演じる。

突然意味もなく抱きついてくる。

抱き返しながら
この女のこんなかわいい部分を知ってしまったら
男は逃れることなんかできはしない。
そうストレートに思ってしまう。

その時間を裕子は100%しな垂れかかってくる。
俺が疲れることなんかありはしない。
とろけるような時間がゆったりと過ぎ去っていく。

だが時にその知的部分での衝突はあった。
ほとんどが武器のように俺を粉砕した。


「もう決めたから」

「いつなんだい?」

「来月には出発する。5年は戻らない」

消滅した瞬間だと思った。


好きな人。愛する人。
その人のすべてを愛しきるなんて到底不可能だ。
ただその人の2割でも心の底から愛しきれる
確かなものがあれば…。
自分のすべてを、これからをその人に賭ける価値がある。

それが男と女の愛し方だと俺は考えていたし
いまも考えている。


目の前に巨大なマンションがそびえている。

「セントラル・ミュージアムタワー」

俺が住むマンションだ。


エレベーターは25階へ向けて
音もなく空へ舞い上がるかのように上昇を続ける。

ふと
生まれ育った家のあかりが目に浮かんでくる。
家の持つ匂いと、
夕煙の香りが記憶に甦ってくる。

また目頭が熱くなってきた。

この時代のこの都市ではあのような温もりをもった家は
ありえないのかもしれない。

2割の部分も8割の部分も俺にとって
ありのままのきみだ。
限りない素顔だ。

25階に着いた。
エレベーターホールへ降りたって前を見る。

その先に見えるもの…。

子供の時に戻ったかのような
穏やかで安らかな空間が俺を取り巻いていた。


「Just The Way You Are」

待ってくれる人が…そこにいる。(sou)



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