カウリの木




夏から秋へ移ろうこの季節。必ず訪れる場所がある。

力強く立つ唐松にわずかながら秋の黄葉が色づいている。
初夏には多くの白い小花がついていたことだろう。
季節の移ろいを唐松は無言で伝えていた。

ただ猛暑の余韻がさめやらないのか、
本格的紅葉の時には、まだしばらくかかりそうな様子だ。

唐松のあいだに石段が前方上に向かって、
まるで塔のようにそびえている。

数えたことはないが、たぶん700段、いや1000段はあるだろうか。
いつもながらその悠然とした石段に圧倒される。

決意を固め、一歩一歩踏みしめ石段をあがっていく。

のぼりきった時、視界に入ってくるのは
360度の海のパノラマ。
遠く水平線がくっきり見渡せる眺望が広がっている。


圧巻だ。

海には数えきれないほどの、大小の島が浮かんでいる。
およそ3000の島があるらしいが、そのほとんどが無人島だ。

いつ訪れても、ここは感性を揺さぶる、揺り動かす力を持つ。

流した汗と、いまも激しい動悸が
その快感をさらに陽性へと刺激していく。

私にはきわめて重要な目的があった。

一本のカウリだ。

ニュージーランドだけに生育すると言われるスギ科の針葉樹。

その昔、誰かがその種をここに植樹したんだろう。
丁寧に育てられている。
上の方は無数の枝が四方八方に伸びている。

その巨大な樹木は、この地のあるじだという雰囲気を醸し出している。

10年前のこの季節、
私はこの場所でその女性とひとつの約束を交わした。
当時つきあっていた私に、ほかの誰かを好きになりかけている
という告白をされた時だ。

途方もないショックと怒り。
ただ普通であれば「なりかけている」彼女を強引に
自分に呼び戻す若さを持ち合わせているはずだった。

その若さはなんと裏目に出てしまう。
私は彼女を突き放すような言動に出ていたのだ。

いま思えば、他の何物にもかえがたい愛するひとだった。

私は冷たい姿勢を貫きながらも
最後の最後に賭けにでた。

2人にとってここは、かけがえのない楽土だった。

もし、もし運命の糸が繋がっていたとしたら
それはいつかはわからないが、
この木に君のイニシャルを刻みつけておいてほしい。
私も戻りたければ同様にイニシャルを刻む。

私は巨大なカウリの幹の部分を指差した。

彼女は一呼吸おいて、厳かにうなずいた。

ゆっくりと歩をすすめ、カウリに近づいていく。

白っぽい樹皮が放つ明るさは南国を彷彿とさせる。
底抜けに明るい魂をもったその樹木に、私は願いをかける。

最後にするつもりだった。

カウリの正面に立ち、目を見開く。

10月とは思えない太陽光が降りそそいでいた。
一時停止された映像が再生されたような感覚だった。

そこに10年前からの変化は、微塵もない。.

唐松、万里の石段、海、島、空、風、そしてカウリ。
視界に入るものすべてが永遠の時を刻んでいる。

「もう振り返らなくていい」

海風が、そしてカウリが、やさしくささやいた気がした。(sou)
              
 
                     







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