寝台特急si




既視感があった。

数時間前、大阪駅で見かけた女性だった。
自分自身なぜその女性を記憶しているのか。意外だったが
間違いないと確信できた。

2ヶ月前、この10日間の休暇をとる予定は入っていた。
殺人的に忙しい日々が続き、休日らしい休日もとれていなかった。
このポッカリ空いた休暇は必然であったと言える。

旅に出よう、と思った。そうだ夜行列車にしよう。トワイライトエクスプレスだ。
幸運にもロイヤルの予約がとれた。
大阪から札幌まで行き、北海道に着いてからはレンタカーでも借りて
気ままな旅をしよう。
北海道は10年ほど前一度行ったきりでほとんど縁もなかった。
ただ淡いあこがれと少しのノスタルジアを感じさせる地だった。

PM3:00
大阪駅を出発して3時間が過ぎた。
豪華列車とはいえ窮屈感はいなめない。
サロンカー「デュノール」は混み合っていた。カーテンがすべて開放された車窓
からは広がる田園地帯が見てとれる。
少なからず憂鬱感を興奮、高揚へと導いてくれる。唯一空いているその女性の
向かいのソファーの前に立ちたずねた。

「こちらの席よろしいですか」

「ええ、どうぞ」
携帯電話でメールを打っていたその女性は顔をあげ、優しい笑顔で受け答えてくれた。

「失礼します」
しばらく沈黙がつづく。周囲は騒然としている。

メールを終え、パチンと折りたたんだ携帯をショルダーバッグに入れた女性は
こちらに涼しげな視線を移したずねてきた。
「おひとりですか」
私は友好的な質問に心躍りながら
「ええ。あなたも」
とたずねた。

私はどう見てもひとり旅という風情だった。
ショートの黒髪と大きい瞳、端正な顔立ちにいささか圧倒された。
美しい女性だった。ほおからのどもとにかけて、サラッとした
滑らかでつややかな肌が続いていた。
すっと伸びた形のいい指の白さと、長さにドキッとさせられる。

意外にも女性のほうから話を切り出してきた。

「仕事で一年ぶりに大阪に行ってました。実家は釧路なんです。旅情気分を
味わいたくて、寝台特急にしたんですよ」

そこからはお互いなめらかに言葉が出てきた。
交わす初めての言葉、対応、受け入れる態度、視線、表情、つながり
およそ考えられるすべてが初対面の数分に集約され、
決定づけるのではないかと、思う。

あまりにも少なすぎるお互いの情報量がしばらくの沈黙を招く。

ただもっと話したい、一緒にいたいという気持ちが強く湧き上がってくる。
何故だろうか。大阪駅で見かけたからか。それともそれ以外の何かが…。
沈黙を破るようにたずねた。

「よければ、夕食ご一緒にどうですか」
さりげなく言ったつもりだが次の戻る言葉に張り裂けそうな緊張が走る。

「いいですよ、よろこんで」
やった、心の中で軽く叫んでいた。

「さっきメニュー見ましたよ。フランス料理です。
メーンは牛フィレ肉ソテーのトリュフソース。あっそうだ、ワインも飲みますか」
「ええ、かなり飲んじゃいます」
「ボージョレ・ヌーボーあるかな。先週解禁になったばかりだけど…」
PM6:00の約束を交わした私たちはそれぞれの個室に戻ることにした。



部屋に戻り、快い緊張感から開放され澄み切った人心地へとつく。
飛行機とは違う地を這う臨場感とホテルの様なくつろぎを醸し出す異の空間。
明日未明には、青函トンネルを抜け札幌に到着する。

深い木目調のデスクの椅子にこしかけ、ノートパソコンを開けた。
Outlook Expressを起動する。
およそ20件くらいのメールが受信された。すべて仕事上のメールだ。
いや、一件の送信者欄のメールアドレスに目がとまった。

alice@OOOOOO.ne.jp。

アリスだ。

アリスとはまだ会ったことがない。北海道に住んでいることは知っている。
ネット上で知り合い一年くらい前からメールのやりとりをしている女性だった。
不思議とウマがあうと言うか、常に活字のやりとりなわけだが、
深く心に染み込んでくる言葉を送ってくれる。
あくまで自然に溶け込んでくる。とても親しい友人だった。
ひょっとしたら身内以上に自分の事を打ち明けているんじゃないか、と思える。

メールを開封した。

「…?」
そこにはこうあった。

「いまトワイライトエクスプレスに乗って旅情を楽しんでいます…」
「…?」

そうだ。送信時間は…  PM3:05。

高潮のように感情が押し寄せてきた。やがて溢れかえった。
静かに時が流れた。特急独特の揺れや耳に入るあらゆる音が
シャットアウトされていた。

さっきまで田園地帯だった光景は夕暮れの都心へと変貌をとげている。
ただトワイライトエクスプレスは、その中心を、堂々と、力強く、突き進んでいく。
左右に都会の喧騒が、イルミネーションが、スローモーションの様に散っていった。

PM5:58
私は部屋をでて鍵をかけ、ゆっくりと
ダイナープレアデスへと向かった。(sou)










COPYRIGHT (C) SOUISLAND. ALL RIGHTS RESERVED.