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卵・乳アレルギーの高校生の寮生活

野球部員として親元を離れて、3年間の寮生活を終え、4月からは自宅通学での大学生となる息子の話。
幼稚園、小学校、中学校でしてきたように、高校でも入学時には 「理解」を求めて、詳しい資料(症状と対応策)を作り、話し合いの場を設けてもらい、エピペンを携えてスタートした寮生活。遠く離れての生活に、親の出番はこの話し合った1日だけ。

休日の部活は弁当を部の世話人さん(保護者)が手配してくれるので、世話人さんも話し合いに同席して頂き、食べられるものを手配して もらうよう依頼。

後は自分で見て、選んで、交渉するもしないも本人次第。どうなるんだろう?と心配し、なるようになると腹をくくったというか、くくる以外に方法が無かった。
「寮の料理長さんが理解があり、替わりのものを出してくれるん だ。唐揚げとかうどんとか」と、「大丈夫。」しか言わないので、どんな失敗があったのかは把握で きない。
部員のお母さんから、「この間はトンカツの衣をはがして食べてい たよ。」と聞いて
「そーなんだー。」と思う位で、エピペンを使うこと無く終わって よかったよかったと、嬉しいことも辛いことも何があったかは、もう本人にしかわからな い3年間だった。
どうやっていたの?と聞くと、
1、見て大丈夫そうかどうかを判断(危なそうなものには手を出さない)
2、「?」と思ってどうしても食べてみたかったら、少し食べてみて、口の中、のどで様子を見る、のだそう。
毎日の食事と、たまの外食、修学旅行や3年生を送る会、マナー講 座(←担任の先生がホテル側に交渉してくれた)等の家庭とは違う食事を自分で選んで食べてきた3年間。
すっかり自信をつけて、親離れしていた。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★ビックリエピソード★★★★★★★★★★★★★★★★★★

スニッカーズをちょっと食べてみたらダメだった。けど、美味し かったので少しずつ食べる量を増やしてみたら、最終的に1本食べられるよう になった。
これって、負荷試験を自分でして、少しずつ食べて慣らす(長期間 かけての減感作?)もしていたのね、とビックリ。
同じようにして、バターロールも食べられるようになったそう。
(母はひたすらヘェ〜と感心。)

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

中3の時に15分茹でた卵の黄身を耳かき1杯から毎日食べて 行く減感作療法をしていたけど、高校では母の手(というより監視?)を離れて、自分なりに試行錯 誤していた(驚)。

いずれにせよ、自己流で記録も無いけれど、自分で選んで食べることに不安が無くなる迄に成長してくれて、本当に有り難く、嬉しい。
負荷試験は母親には心理的な負担が大きくて、しんどいと思うこと もあるけど、多少の失敗があっても、できるだけ食べられるものが多い方が社会へ出てから暮らしやすいことを考えると、母も本人も前向きに なりたい。
失敗して凹むこともあるけど、限界量を知る事ができたと、次に生 かすもよし。
心が疲れてしまったら、除去するもよし。

自分では勇気が出ないなら、Dr.や仲間に背中を押してもらおう。
後は子どもが自分で判断する。
楽になるのも辛いのも本人だもんね。



息子よ、お願い。食以外の色々も成長して〜〜!!
TRKママ