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「キスを。」
最近。
俺。
篠宮さんに避けられている。
気がする。
最初は気のせいだと思った。
夕食を一緒に食べましょうと誘えば、「寮長の仕事があるから・・・。」と断わられ。
休みの日に一緒に出かけましょうと誘えば「弓道部の練習が・・・。」と断られる。
いつしか疑念は確信へと変わる。
俺。
絶対。
篠宮さんに避けられている!
篠宮さんとつきあいはじめて。
一緒にご飯食べたり、一緒に登校したり、一緒に休日を過ごしたり・・・。
ごく当り前のことだったのに。
ここ最近は全くふたりで会うことなんてない。
俺。
何か。
嫌われることしたのかなぁ。
いろいろ思いを廻らす。
篠宮さんは文武両道を地で行く人。
弓道は全国2位の実力だし、医大を目指しているくらいで頭だっていいし。
しかも、真面目で面倒見がよくて。
篠宮さんを慕っている奴は結構多い。
そして。
眉目秀麗。
きりりした眉。
笑うとやさしい目。
さらりとした黒髪。
背筋を伸ばして、稟と歩く姿は。
運だけが取り柄の俺なんて、まるで手の届かない天上の人のようだ。
篠宮さんと俺。
どう見ても釣り合いが取れてないよなぁ・・・。
なんて考えていたら、泣きたくなってきた。
今日もだめもとで誘った夕食を篠宮さんに「弓道部の練習があるから」と断わられてしまい、こんなことを考えながらひとりで寮の食堂で夕食をとっていると。
「ハニーどうしたの?浮かない顔して。」
突然声を掛けられ。振り返って見れば。
笑顔の成瀬さんが立っていた。
「あ、こんばんは。成瀬さん。」
「おや、今日は騎士(ナイト)様は不在かい?」
成瀬さんがおどけたように訊く。
“騎士様”か・・・。
俺はそれを聞いたら急に悲しくなって、目を伏せる。
成瀬さんが慌てて取り繕う。
「ど、どうしたのハニー?隣、いいいかな?僕でよければ相談にのるよ!」
成瀬さんがそう言って俺の隣の空いている椅子に腰かける。
俺は一瞬迷う。
確かに、誰かにこの悩みを聞いて欲しい気はした。
誰かにこの思いを話してしまってすっきりしたいと思った。
でも。
話してしまっていいものだろうか?
でも。
成瀬さんならこういう問題に、的確なアドバイスをくれそうだし。
俺は藁をもすがる思いで、俺の悩みをかいつまんで成瀬さんに話した。
・・・
「ふーん。そうなんだ。」
俺が話終わると、それまで一言も喋らずに「うん。うん。」と話を聞いていてくれていた成瀬さんが口を開いた。
「・・・そうなんです。」
「啓太は。本当に篠宮さんが好きなんだね。」
成瀬さんがにっこり笑って言う。
そんな図星なことを言われてしまい。
俺は顔を赤らめ頭を?き?き、ははは、と誤魔化す。
成瀬さんは、まっすぐに俺を見つめると言った。
「とりあえず、啓太の想いを包み隠さずそのまま全部篠宮さんに伝えたほうがいいと思うよ。僕は。」
「はぁ・・・。」
「お互いさ、隠し事をしてるのってよくないと思うんだ。だから、ね。まずは啓太の想っていることを篠宮さんにきちんと伝えてみなよ。ね。」
そう言って成瀬さんはウィンクをした。
そうだ。
逃げてばかりじゃダメだ。
きちんと篠宮さんと話をしてみないと。
実は。
「好きじゃなくなった」「別れよう」なんて、言われるんじゃないかと思って。
それが怖くて。
篠宮さんに真正面から話をできないでいた。
成瀬さんに話を聞いてもらって。アドバイスをもらって。
ちょっと強くなれたような気がする。
「成瀬さん!ありがとうございます!俺、がんばります!」
「そう、それでこそ、啓太だよ。くよくよしてるなんて啓太らしくないよ。そう、いつも笑顔でね!」
不意に成瀬さんが俺をぎゅっと抱き寄せた。
「・・・!」
「そう、啓太には笑顔が似合ってるよ。がんばってね!」
いつもならこういう成瀬さんの行動に、「やめてください!」なんて顔を赤らめ、やんわりと拒むのだけど。
成瀬さん・・・。
俺のこと気にしてくれていて・・・。
その成瀬さんの気持ちが嬉しかった。
それに成瀬さんの胸はあたたかくて。
何だか人恋しかった俺は、その温かさに思わず身を任せてしまった。
その時―――。
成瀬さんがハッと身を起こす。
驚いた表情で俺の背後を見つめる。
俺もつられて、成瀬さんの視線の先を追って振り返る。
そこには。
―――篠宮さんが立っていた。
眼は大きく見開かれ、表情をなくした篠宮さんが凍りついたように。
咄嗟に俺は成瀬さんから離れる。
成瀬さんが何かを喋ろうと口を開きかける。
篠宮さんは凍りついた表情のまま視線を落とすと、踵を返してその場を足早に去って行った。
俺はその一部始終を、まるで映画のワンシーンを見ているみたいに、ただ茫然と眺めていた。
「啓太、篠宮さんに言ってこなくちゃ。誤解されちゃうよ!」
いつになく慌てふためいている成瀬さんが声を荒げる。
「・・・いいんです。もう・・・。」
俺はがっくりと項垂れ、唇を噛みしめる。
涙がこぼれ落ちそうなのを必至にこらえる。
「啓太、だって・・・。」
「・・・もう。いいんです・・・。もう・・・。」
きっと篠宮さん、俺と成瀬さんが抱き合ってるのを見て誤解したと思う。
言い訳しようとすればできるのだろうけど。
何だかそれはとても卑怯なことのように感じた。
篠宮さんの前では。
篠宮さんと全然釣り合いがとれなくて。
しかも、他の人に身を任せてなんかいて。
自業自得だ。
俺は。
もう終わりなんだ、と思った。
・・・
何だか物音がしたような気がして、目が覚めた。
あれから逃げるように自分の部屋に帰ってきて。
いろいろなことが頭をよぎっていくのだけど。
どれもこれも考えるのが面倒臭くて。
いや、怖くて。
俺はそのままベッドに潜りこんで目をつぶった。
今はただ眠りたかった。
だって、眠ってしまえば余計なことを考えなくて済むから。
とにかく何も考えたくなかった。
なかなか寝つかれなかったけど、眠れ眠れと念じるうちにいつのまにやら眠りについていたらしい。
(あれ?何か音がしたような気がしたけど・・・?)
耳を澄ますと、ドアをノックする音がする。
「伊藤、いるか。篠宮だ。」
その深く澄んだ声に俺の心臓がどきんとする。
(・・・どうしよう?居留守使おうか・・・?でも・・・。いつまでも逃げているわけにはいかない・・・。)
先刻の成瀬さんからのアドバイスを思い出し、俺は心を決めると、ゆっくりとドアを開けた。
「伊藤・・・。入ってもいいか?」
険しい顔をした篠宮さんが立っていた。
俺はこくりと無言で頷くと、ドアの外に立つ篠宮さんを部屋の中に促した。
篠宮さんは俺がベッドに腰かけるのを見届けると、ドアの近くに立ったまま口を開いた。
「・・・成瀬から聞いた。さっきの食堂での件だ。誤解だと・・・。そして、伊藤が悩んでいたことも・・・。」
俺は何だか篠宮さんの顔を見ることができなくて。
篠宮さんから視線を逸らす。
「伊藤。済まなかった。自分の身勝手な想いでお前に辛い思いをさせて・・・。そして、それに気付かなくて・・・。」
その言葉に篠宮さんを見つめる。
眉根を寄せ、苦しそうに言葉を吐き出す篠宮さんを。
「俺は・・・。伊藤、お前が好きだ。好きで好きで仕方がないんだ・・・。弓を引いていても、授業を受けていても、ふと気付けばお前のことを考えてしまう。
今、何をしてるんだろう?何を思っているのだろう?・・・。お前に会うと嬉しくて、お前の声を聴くと幸せで。お前といっしょにいると、もっと、お前に触れたい、キスしたい、お前を今ここで抱きしめたい・・・そんなことを考えてしまうんだ・・・。可笑しいだろ。」
篠宮さんがふっと自嘲的な笑みを浮かべる。
「だから、お前に会うのが怖くて・・・。自分の欲求が抑えつけられるか心配で・・・。だから、お前を避けていた・・・。」
篠宮さん・・・。
予想もつかなかった篠宮さんの言葉に、俺の胸がきゅっとなる。
「それがお前を苦しめていたなんて・・・。俺は最低だ・・・。伊藤。」
篠宮さんが俺のことを真剣な眼差しで見詰める。
「俺のことを殴ってくれ。お前は嫌がるかもしれんが、それでは俺の気が済まん!」
篠宮さんはそう言い切ると、床にどさっと胡坐をかいた。
「さぁ、思う存分殴れ。」
篠宮さんが唇を噛みしめ、目をぎゅっと閉じる。
どうしよう・・・。
篠宮さんの俺に対する想いは十分過ぎるほど伝わってきた。
それにしても。
篠宮さんを殴るなんて・・・。
でも、案外篠宮さんは頑固なところがあるから、きっと俺が「できません。」と言ったところで気が済まないだろう。
俺は腹を決めた。
「篠宮さん、覚悟はいいですか?」
「ああ。」
自分の腿の上に置かれた篠宮さんの両手の握り拳に力が入るのがわかった。
「いきますよ。」
篠宮さんが、目を閉じたまま無言で肯く。
俺は篠宮さんに歩み寄る。
胡坐をかく篠宮さんの前に片膝をつく。
篠宮さんの頬めがけて顔を近づける。
瞬間。
俺は篠宮さんの頬にキスをした。
何が起こったかわからないと言った表情で目を瞬かせる篠宮さん。
俺は今度はそんな篠宮さんの唇にキスをする。
「伊藤・・・?」
俺は両膝をついたまま篠宮さんの首に自分の両腕をまわし、抱きついた。
「篠宮さん、俺のこと触りたいなら触ってください。キスしたいならキスしてください。抱きしめたいなら抱きしめてください。俺も・・・。俺も篠宮さんが大好きだから、我慢なんかされるよりそっちのほうが嬉しいです。」
篠宮さんのさらりとした黒髪が俺の頬を撫でる。
「だから・・・。俺、篠宮さんのこと、殴れません。篠宮さんもそんなこと言わないでください。殴れ・・・なんて言うんだったら・・・。キスをしてください・・・。その分キスを・・・。」
俺はまた篠宮さんの唇にキスをする。
篠宮さんの逞しい両腕が俺を抱きしめる。
「済まない。伊藤・・・。」
「いいんです。篠宮さん・・・。だから・・。もっとキスを・・・。」
篠宮さんは俺を力いっぱい抱きしめるとその唇にキスをする。
やさしくて。
あたたかくて。
熱いキスを。
・・・
・・・
もう、うちの篠啓はホントに・・・。
甘甘街道まっしぐら(笑)。
成瀬さん、お疲れさま〜。
(2007.5.20)
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