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■陳述書

 

2009年1月27日

陳述書

*** *** バレンタイン

はじめに
  2003年12月9日、新宿歌舞伎町において、私に起きたことにつき、改めて陳述します。
  あの日の夜、路上に組み伏せられて無抵抗の私は警官に暴行され大怪我を負いました。新宿署に勾留されて、嫌疑不十分で釈放されるまでの10日間は、1人では歩けず足を少し動かされるだけで激痛があり耐えがたい状態でした。にもかかわらず毎日、取調室へ車椅子で搬送され、事実に反する供述調書へ署名するように取調警官から執拗に求められました。釈放後、即座に入院し、長期治療を受けましたが、後遺症が残り、リハビリのために今も通院せざるを得ない状態です。民主国家でこんな酷いことは許されません。泣き寝入りするわけに行かないと思い、家族と話し合い、悩んだ末に国家賠償法に基づき提訴しました。
  原判決は警官たちの説明を認め、私の訴えは棄却されました。私の陳述は無視され、ナイジェリア出身者の目撃証言は「歌舞伎町の黒人コミュニティの仲間」だから信じられないと判決にありました。
  控訴審において、もう一度、被害にあった本人として、ぜひお話ししたいことがあります。


1.右膝粉砕骨折の大怪我は警官の暴行で負わされたものです
  暴行を受けた時の経過は一審で陳述書を提出しました。要約すると次のとおりです。
  2003年12月9日、私は2人の男に声をかけられ、チラシを見せて店へ案内しようと彼らと歩いていました。「彼らから離れろ」という声が聞こえ、恐ろしくなった私は来た方向へ逃げようとしました。3〜4名の私服警官に遮られ、そのうちの1名がショルダーバッグで私の頭を殴り、あばら骨のあたりを殴りました。私がよろめくと、彼は私のジャッケットの襟を掴み、柔道の技で投げました。投げ飛ばされた私は地面に後頭部を強く打ち付けました。私は道に仰向けに倒れ、私の首は押さえ付けられ、私の両足は押さえられました。さらに私は手錠をかけられ、私は動きのとれない状態でした。
  そこへ客を装っていた私服警官2名(後で田名部警部補と山本巡査部長と知りました)が駆け寄ってきました。田名部警部補は私の両足の間に立って、右膝の上部、ももの内側を、大変強い力で3、4回踏み付けました。 その時、私の両足は真っ直ぐに伸びていたのではなく、両膝が少し曲がって、地面からやや浮き、右膝が外側に開いている状態でした。彼の暴行で足に激痛が走り、私は耐えられずに「足が痛い、痛い。私が何をしたというのですか。彼らは私の足を折っている。死にそうだ。」と泣き叫んでいました。周りにたくさんの人が集まってきました。暴行しているのが警官とは信じられないようでした。私にふるった暴行を見て驚き、抗議する人もいました。
  警官に同行していた通訳人は、「あなたは彼の足を折ってしまった」、「彼は『足痛い、足痛い』と叫んでいる」と日本語で言いました。でも田名部警部補は「ふうん」と言っただけでした。彼は私の足を折ってしまったことを承知していたはずです。

2.田名部警部補は看板にぶつかって骨折したとする調書への署名を私に迫りました
  深夜に連れて行かれた病院で、田名部警部補は私が看板にぶつかって骨折したと医師に説明していました。その後に続いた取り調べでも、同じ内容の調書に署名するように迫りました。看板にぶつかった事は全くありませんが、彼は暴行を繰り返して私の足を骨折させた本人でしたから、取り調べでも何をされるか不安でした。取り調べは怖しいものでした。勾留の最終日近くになって、警官の暴行による怪我であると書いたと言われたので、彼の求めに応じて供述調書に署名しました。これらの供述調書は開示されていません。
  他にも、警察病院のカルテ、暴行現場が写っていたはずの新宿歌舞伎町の監視カメラの映像ビデオは無いと言うことです。私が当日穿いていたズボンは、一旦、妻に渡したものを暴行があったかどうか調べるからと取り上げられ、1ヶ月以上経って、きれいに洗濯されたような状態で戻ってきました。このように、看板にぶつかって膝に怪我したなら、何らかの痕跡が残るはずの証拠は紛失したり、隠されたりしたのです。同じように、警官の暴行を示すはずの証拠は全く開示されていません。

3.新宿署に勾留された10日間はとてもつらく耐え難いものでした
  逮捕後、全く歩けない私はパトカーに運び込まれ新宿署へ連行されました。ポケットに所持していた携帯電話、財布、チラシなど全てのものが取りあげられました。右膝のひどい痛みのため、泣きながら医師の手当を懇願しました。病院で田名部警部補は医師に「自ら看板に足をぶつけた」と虚偽の説明をしていました。医師は右膝を診断して、骨折していて手術が必要と言いました。手術しなければ歩けるようにならないと言いました。手術は少なくとも100万円以上かかると説明されました。
  チラシを渡したことを記述した調書に署名するように警官から求められました。渡していないので署名を拒みました。しかし、署名すれば他の病院へ行けると私の妻に説明があったそうです。彼女から説得されて、私は署名しました。しかし、他の病院での診療はありませんでした。私はだまされたのです。
  私は新宿署の留置場に戻され、真夜中過ぎまで調べられました。次の日から毎日、午前午後の2回、取調室に運び出されて取り調べられました。移動の際には病院で通常使われるストレッチャーは無く、車いすに松葉杖を載せてそこにギブス固定した足を載せて運ばれました。少しでも足が床にふれると、激痛のあまり私は悲鳴を上げました。また、「気をつけて、気をつけて」と泣き叫ばざるを得なかったのです。警察官たちはそれを見聞きして嘲り笑っていました。
  このような酷い状態で取り調べられました。チラシを配っていないのにポケットにあったチラシを配ったとの供述調書に署名を強要されました。さらに、田名部刑事は「お前が自分で看板に足をぶつけたのだ」と言い、自ら看板に激突して受傷したとの供述調書への署名を繰り返し求められました。最終的には、警官の暴行による受傷と書いてあるとの説明を受けた調書に署名しました。
  このような留置と取り調べは、虚偽の供述調書を作成するためであったに違いありません。酷いことに私を暴行して大怪我を負わせた田名部警部補本人が取り調べも行いました。とても怖ろしい取り調べでした。彼は「バカ野郎」と私を罵倒しながら肩を揺することもありました。また、足を蹴るしぐさで脅すこともありました。
  留置された10日間、私は小さな布団のある小部屋に一人、入れられ、そこにはベッドはありませんでした。床の上でしかも布団が小さすぎたので足を休ませる事はできませんでした。不自由な体にはトイレのドアが重すぎて開けられず、トイレへ行きたい時は助けが必要でした。排泄する前に巡回してくる警官を待たなければなりません。巡回の警官が来なければ、来るまで我慢して待たなければなりませんでした。 新宿署の留置場は私にとって、耐え難く、非人道的なものでした。
  10日後に田名部刑事は「オーバーステイしている」として、入国管理事務所へ私を送りました。怪我の状態をみた入管職員はすぐに入院できるように手続きしました。「呼ばれたら必ず出頭します」という内容の文書が私に渡され、署名しました。その後、救急車が呼ばれ、妻を手助けして私を乗せました。だれが見ても入院せざるを得ない状態だったのです。
  原判決は、田名部警部補による逮捕に続く勾留・取り調べを前提として、樋口医師がギブス固定して留置に耐えると判断したことを肯定しています。入院治療後に呼び出して取り調べる事を考慮したうえでの判断ではありませんでした。

4.治療の希望は嘲笑われ、ほとんど拒否されました
  警察病院の樋口医師は、捜査官の取り調べのための代用監獄への留置が優先し、それを前提にして、血液の吸引、ギブス固定を行いました。他の選択肢は考慮されず、本人や妻にも説明されませんでした。
  新宿署に留置されているうちに、右膝は熱を帯び、痛みは増して行きました。私は毎日泣き続けていました。取り調べを担当した田名部警部補に、痛みのことや医師に診させて欲しいと訴えました。彼は「だめだ、調書に署名しなければ医者にはかかれない」と言いました。逮捕から3日後、雨に濡れながら車いすで移動させられました。そのせいか風邪をひいたらしく、熱が上がり悪寒がしてふるえていました。その体調について訴えても田名部警部補は決して気にかけてくれませんでした。彼は警察や彼本人が責任をとらないで済むような供述調書を作ろうとしていたのではないでしょうか。
  薬の支給など医療行為を受ける時には、しばしば供述調書へ署名するように求められることがありました。通訳を通じて痛みを訴えても聞き入れてもらえませんでした。
  原判決は受傷後10日後の手術は粉砕骨折治療で妥当な時期としています。しかし、その間に骨折部分の固定や全身検査、個別症状(発熱や激痛)への対応が必要です。それをせず、むしろ暴行して、私に大怪我を負わした警官の都合良い供述調書へ署名を迫り、不完全な固定で激痛を伴う移動を課したのです。医療の欠如をテコにして、都合の良い調書を作ろうとしたのではないでしょうか。

おわりに
  逮捕容疑については、10日間の勾留取り調べの後に処分保留で釈放されました。不法在留との疑いで入国管理事務所へ送られ、係官の手早い対応で緊急入院して約2ヶ月の治療を受けました。その経緯から考えると、重傷の私を留置して取り調べる必要性はあったのでしょうか。その重傷を負わした警官の暴行を隠すために、新宿署に勾留、取り調べがされたものと思います。無抵抗の私に加えられた不法な暴行を、当の警官の証言に基づいて否定することは全く不当です。また、暴行を隠すために都合の良い供述を得ようと、重傷の私を勾留、取り調べた措置は拷問としか言いようがありません。入国管理事務所と同じようにすぐさま入院・治療して、必要ならその後で取り調べることができたはずです。新宿署の警官たちの暴行と非人道的な処遇により、今の私は公的に認定された障害者です。
  事実を見極め、公正なご判断をいただきたく、心よりお願いします。

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