
メモ:富山県黒部市に伝わる怪談物。どういう経路で伝播されたのかはわからないが、
大分県内でも口説かれることがあったようである。
ただし、現在はあまり口説かれることはないようだ。
内容が面白く、参考になると思われるので掲載する。
日本三橋 世に囃された 越中愛本その跳橋も 時世変われば黒鉄橋と
※日本三橋=愛本の跳橋、錦帯橋、瀬田の唐橋
今は変わったその愛本に 昔ながらの粽がござる さても不思議な粽の由来
※粽=ちまき。端午の節句に食べるお菓子。
申し上げるもはばかりながら それは見もせぬ昔の事よ ところ愛本その橋詰に
※申し上げる〜昔の事よ=昔のことなので、私もこの目で見たわけではなく、
人から聞いただけだから言うのもはばかられるが。
茶屋を渡世の徳左衛門の夫婦 年も老い行く二人の中に 一人の娘のおみつがござる
※茶屋を渡世の=茶屋を経営して暮らしていた
おみつ年頃 器量が美人 諸国諸大名の旅人達も 足をとめては茶を召し上がる
近郷近在 若い衆達も おみつおみつと騒ぎはすれど おみつ何時かな顔さえ見せず
ある夜戸締まり戸口を見れば 縁に置かれた二斗樽一つ 堅い口張り〆縄張って
三日経っても音沙汰なけりゃ 父親こっそり口取ってみたら ぷんと匂うた極上酒に
我慢出来ずにあらかた呑んで あまり旨いので妻子に分けた 酔いはいいのでごろりと寝たが
※あらかた=大体。ほとんど。
酔いの疲れに寝過ぎた夫婦 慌て戸開けりゃ早や日が高い 掃除するやら朝飯出来た
おみつどうしたまだ起きやせぬ 「おみつおみつ」と母御が呼べば 何の返事も聞こえもせぬよ
そっと寝屋見りゃも抜けの殻に 夫婦二人は気も狂うばかり 「おみつおみつ」と近所はおろか
近郷近在 毎日捜す 尋ね捜せど影さえ見えぬ さてはあの酒 悪魔の酒か
誘う悪魔にかどわかされて 娘今頃七裂八裂 可愛や食われて骨諸共に
※かどわかされて=誘拐されて
可愛や=かわいそうになあ
夫婦泣き泣きその日を仮に 菩提回向と念仏ばかり 明日は娘の早や三年と
※その日〜念仏ばかり=その日を仮の命日として、お供養の念仏を唱え続けた
三年=三回忌
宵のうちから燈明上げて 泣きの涙でお参りすれば 「開けて開けて」とわし呼ぶ者は
確か覚えの娘の声じゃ もしや変化の者ではないか 見れば確かに娘のおみつ
※もしや〜ないか=もしや、狐などが化けているのではないか
懐かしいやら嬉しいやらで 抱き込むよに戸を開け入れて 娘泣き泣き言う事聞けば
「私ゃあの晩ある若者に 誘い連れられ縁づいたほどに 今は身重でもう産月」と
※縁づいた=深い仲になった。夫婦となった。
「どうぞ産ませて下さいませ」と 「それにつけても願いがござる 私ゃ産屋に入ったるならば
見たり覗いたりして下さるな」 言うて娘は産屋に入る されど可愛いや娘の初産
見ずにいらりょか放ってもおけぬ そっと寝屋見りゃ大波小波 蛇の子を産み泳がせ回る
「あっ」と叫んだ母御の声に 娘おみつは部屋より出でて 「見ない約束見られたからに
何を隠そう三年前に 私嫁いだ愛本橋の 淵の主たる大蛇でござる
さても正体見られたからは 二度と再び会われもしない ここに持ちたるこの粽こそ
いくらたっても変わらぬ粽」 委細教えて「さらば」と消える 橋は昔と変わりはしたが
淵の面影昔のままよ 茶屋の粽のその香りこそ 今に伝わる愛本粽
からむ大蛇のその物語 伝え語るもやれ恐ろしや