渡辺謙

 

「渡辺謙」と言うと、やはり主演の「独眼流政宗」での演技力と眼力・・が印象に残っていますが、「ラストサムライ」では主演のトム・クルーズよりも圧倒的な存在感で引き立っていた。これは、渡辺謙主演の映画ではないのか?と思えるほどでした。最近では年を重ねるにつれて渋さもどんどん増し、より存在感が増してきて、日本が世界に誇れる俳優だと思います。

 

 

 

Profile  

 

本     名 渡辺 謙 
生 年 月 日 1959年10月21日
出   生   地 新潟県魚沼市
身長・血液型 184cm・A型

 

 

経 歴 

 

 新潟県魚沼市出身。共に教師をしていた両親の元に生まれる。両親の転勤で幼少期を魚沼市、上越市で過ごす。新潟県立小出高等学校在学時には吹奏楽部に所属し幼少の頃から親しんできたトランペットを担当。高校卒業後の1978年武蔵野音楽大学進学を目指し上京。しかし、中学生の時、実父が病に倒れ仕事が出来なくなったこともあり学費捻出の困難などの問題から断念。劇団ひまわりに入団するも、3ヶ月程で退団した。1978年、芥川比呂志演出による演劇集団 円公演『夜叉ヶ池』を観劇して感銘を受け、翌年に同劇団附属の研究所に入所。研究生ながら蜷川幸雄演出の『下谷万年町物語』で主人公の青年役オーディションに合格した。1982年、『未知なる反乱』でテレビデビューを果たすと1984年には『瀬戸内少年野球団』で映画デビュー。その後も数々の映画に相次いで出演した。1989年、映画初主演となるはずであった『天と地と』の撮影中に急性骨髄性白血病を発症し降板。再起はおろか生命も危ぶまれたが、約1年の闘病の後、治療を続けながらも俳優業に復帰。定期的に入院治療を続けながら、TVドラマ作品を中心に活動するが、大きな仕事は出来なかった。経過は良好に見え、一応治療が終了した1993年NHK大河ドラマ炎立つ』に再び主演、完全復活をアピール。しかし発病から5年経過し完治したとみなして良いと思われた矢先の1994年に再発。だが再治療の経過は良好で、翌年無事復帰を果たす。 海外映画初出演となった2003年公開の『ラストサムライ』で、同年度の第76回アカデミー賞助演男優賞ならびにゴールデングローブ助演男優賞にノミネートされる等高い評価を得る。これを機にロサンゼルスに居を構え、『バットマン ビギンズ』や『SAYURI』など海外映画に立て続けに出演。当初通訳を要していた英会話に関しても猛勉強の末、殆どの会話を自らこなしている。2005年には米国のTIME誌が企画する「最もセクシーな外国人男性」に選出されたりするなど、現在米国における知名度が最も高い日本人俳優の一人である。



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