富野由悠季のコーヒーブレイク

第7話 『個性・自我』

 第6話、"ノストラダムスの大予言"の中で、自我の問題に触れた部分がありました。
 個性や自我についてのお話を第7話としてこちらに載せさせていただきました。
 "大予言"を無視できない人々の心の中には、一直線になった未来への不安があり、そのままマインドコントロールされやすい可能性も秘めています。
 現在、情報が溢れている社会で"言葉"にコントロールされずに、自我を持って暮らしていくためには…。

 ▼個性や自我を持った暮らし
 ▼衆人環視の中で生きているということ
 ▼一直線の思考から輪廻の思考に変えていく

 
 
▼個性や自我を持った暮らし
 自我を持てとか個性を大切にしようと言われていましたけど、ほとんどウソ八百です。
 個性を大事にした時代なんて、そんなにありません。
 個性が維持されている地域は、文化が入っていない地域です。
 例えば、去年の秋ある局で放送されたドキュメント番組で、紹介されていた地域がそういうところでした。
 中国雲南省の山奥の共同体の地域です。当然共産主義体制も浸透したところなんでしょうけど、彼らにとっては共産主義は関係ない暮らしをしていたということが解るのです。
 山の中で林業で食べているようなところで、3〜5階建てくらいの鼓楼(コロウ)を中心にひとつの村というものが成り立っています。
 その鼓楼は300年ごとに立て替えなくちゃならないんです。
 設計図もない村で釘は一本も使わずに、六角形なり、八角形なりの鼓楼を造ってしまいます。
 なんで図面もなくて造れるのか、工業化社会の人間には解らない事が起こっているんです。
 建築技術の伝承は、棟梁から棟梁に口伝えされるだけで、具体的には民家をつくって基礎技術を修得して、現物の鼓楼を見て木組みを憶えておいて、あとは頭で製材をしてしまうだけで、5階建てぐらいの木造の塔を建ててしまうのです。
 そして村人たちの意思は、「また300年後に造らなくちゃならないから、あの木とあの木とあの木は300年間切っちゃいけない」という事もおじいさんから子へ孫へ伝え実行してしまう。
 300年のサイクルでその考え方が戻り、実行され、また次の300年へ行く。だからみんないい顔しているんです。
 我々の目から見たら貧乏にしか見えない村なんだけど、彼らにはおそらく鬱病にかかっている人は居ないと思えます。
 北京の共産主義、社会主義国家というのを彼らは解らないでしょうね。解らなくてもやっていけるから解ろうと思ったことはないと思います。
 つまり村では300年に一度鼓楼を造らなければならない。造ることによって我々はここに暮らしていけるという、必要事しかないので、彼らの中には絶滅される危機というのは山がなくなり鼓楼が焼かれた時に想像できる未来事件なのです。

 鼓楼というのは一階に30畳くらいの土間でできた広場があります。そこでひなたぼっこをしているような構造なんですけど、その広場の焚き火の前で、おばあちゃんが言っています。
 「ここの炭火の前にいると安心するのよね。ここは村の子供から孫から、鶏や豚もうろうろしているし、ここが一番いいのよね。」
 我々都市に住むようになってしまった日本人には解らない生理がありますけど、こういう感覚は取り戻す必要があると思います。

 

▼衆人環視の中で生きているということ
 そういう衆人環視の中で暮らしていくのが嫌だという発想が我々にはあるんです。たしかにとてもいやらしい生活空間ですよね。
 向こう三軒両隣とか、村が全部、私がやっていることが解る場所で暮らすのがいやだ。
 だから田舎は嫌だといって、都会に出てくる若者がいます。ぼくもそうですけど。
 じゃあ、都会に出てきた人びとがみんな個性あるファッションをし、個性ある食事をし、個性のある暮らしをしているかっていうと、そうじゃなくってブランドものにすがるとか、流行にすがるとか、個性のある暮らしじゃないですよね。
 だったら田舎で暮らしているのと同じじゃないかというと、「同じじゃない」と絶対に言い切ります。
 「これが都会派の暮らしだ」と言い張ります。
 実はみんなといっしょのものでないといけないのに関わらず、自分のやっていることを見られるのは嫌だとか、監視されるのが嫌だという部分だけで他人の目を嫌っているんです。
 今、我々が言っている都会派の暮らしがいいとか、個人の自由がある暮らしがいいとか言っている言い方の基本的な心のありようはわがままなんです。
 それは個性でもなければエゴでもないし、ましてやアイデンティティでもありません。
 元々衆人環視の中でしか暮らしていけないのが我々の心だったはずです。
 だから新興宗教に入りたくなるんです。
 道場、本堂、教会といわれているところに集まってきちゃう。お題目の一つも唱えてみるということで、何とか衆人環視の中にいたい、自分も人から認められたいと思っているんです。
 だったら村の生活も基本的には変わらないはずなんですよ。でも、「生まれ故郷の街だけは嫌だ」という。
 今、我々が一見正しいといわれている考え方とか言葉遣いが、じつは根本的に狂ってるらしい、感覚的にずれてるらしい、と理解した方がいいんじゃないんですかね?
 そのずれみたいなものを、言ってしまえば埋め合わせをして、今日なら今日を狂わずに暮らしていきたいと思うわけです。
 緊張感を持って暮らしていきたい、と思ったときに、"ノストラダムスの大予言"みたいな物が欲しくてしょうがないから、信じもするし、信じもしないしという心を持つんです。
 我々が根本的に暮らしている社会の組織なのか、構造なのか、全体的なものが与えている心、精神に対して考え方とか受け止め方が、生きていく動物、生物としてつらいからそういうものを手に入れることを身につけてしまったのです。
 それだけのことです。

 

▼一直線の思考から輪廻の思考に変えていく
 100年前の人にとっては魔法かなと思うような道具の携帯電話を今の人々は寂しいからという理由で平気で使うんです。
 ところが、50年前の人、100年前の人、寂しいのは当たり前でした。だから我慢するんです。
 日常が我慢の連続です。暮らしというのはそんなものです。
 だけど、旬が来る、又春が来る、雪が溶けたらなんとかなる。というふうにです。
 我慢するという心を持っている人の心と、我慢を知らない人の心というのは、どちらの方がダメージに弱いかははっきりしていますよね。
 では、農業化社会に戻ればいいのかということですが、現在の工業化社会、商業主義の中にいても思考を変えていく必要があるのだと思います。
 現在は工業化の主張、ものの考え方に捕らわれて一直線にいつもいつも来ています。
 たしかにリサイクル論や、エコロジーも言われ始めていますが、もっとこの考えが開発されるべきでしょうね。
 冷静に我々が元々動物であって四季が繰り返す自然の中で生かされてきたものなんだ、そういう心を持って、起点を持って思考をしていくべきではないかなと思います。
 予言などの"言葉"に惑わされることはないし、"携帯電話"なしでも不安はないはずです。
 終わりのない不安や寂しさの中で生きるよりも、個性や自我を持って、ここにある未来を生きる人になりましょう。

 

インタビュー  1999.1.11

 
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