
あれからどのくらいの時が経ったのだろうか。熱が冷める事を知らず今だ繰り広げられる口論。長期に渡る口論に痺れを切らしたトゥレスはいがみ合う二人の服の襟をがしっと逞しい手で掴むと、べりっと二人を強引に引き剥がした。突然襟を掴まれ引き剥がされた事に、驚きの声を上げ同時にトゥレスを見上げる二人。
「お互いへの不満の言い合いはそこまでだ。確かめたかった事も確認できたし、それについての話もしたい。だからお前達は一時休戦。口論する時間は後でたっぷりくれてやるから、今だけは大人しくしてろ。いいな」
有無を言わせない迫力で睨みを利かせるトゥレスに萎縮した徹は何度も首を縦に振った。知り合ってからは穏和な空気を醸し出してくれていた彼だが、怒らすと一番怖い人物はトゥレスだと初めて会った時の殺気を思い出した徹は、この時改めて彼を二度と怒らせないようにしようと心に固く誓った。
「ヌエベも分かったか?」
「……ちっ。分かったから襟を掴んでいる手を離せ。首が締まって息苦しい」
忠告に従い口論を止めた二人の態度を確認したトゥレスは掴んでいた襟を開放すると、ヌエベは不機嫌オーラを垂れ流しながら、乱れた襟元を乱暴に正した。それに続き、徹も伸びた襟元を丁寧に直す。
「これから話す話はお前にも関係がある。本を読みながらでもいいが、俺の言葉はちゃんと頭に入れとけよ」
少し離れた本棚の前で本を読み続けるセイスに声をかけるトゥレスだが、セイスは一瞬本から顔を上げただけですぐに視線を本へと戻してしまい、再び本を読み始めてしまった。
「全く……あいつの態度はいつになっても変わらないな」
「あんな奴の事を気にかけるだけ時間の無駄だ」
セイスの姿を一切見ようとせず、机の上に飛び乗るヌエベ。机の上で胡座をかき頬杖つく彼の姿はさっきより機嫌悪そうに感じ、双子なのに仲が悪いのかなぁと思いながら徹はヌエベから少し離れた席に腰を落ち着けた。トゥレスは三人が見渡せる場所である机に少しだけ腰を置き、三人の姿を見据えた。
「まず一つ確認だ。ヌエベとセイス。お前達は今任務中だよな」
突拍子もないトゥレスの台詞にヌエベは「はぁ?」と呆れた声を吐き出し、入ってくる言葉にだけ耳を傾けているセイスの手もピタリと停止した。しかしセイスはトゥレスの質問に答えないまま、再び手を動かし本を捲る。逆にヌエベは今にもトゥレスに掴みかかりそうな勢いで、口から言葉を巻くし上げた。
「何当たり前の事今更澄ました顔で抜かしてやがる。だから任務中はここに来るなって何度も忠告してんだろうが!任務中にここに来たってお前と喋ることなんて出来な……どういう事だ?」
突然言葉が止まり、疑問を口にするヌエベ。彼の表情は信じられないとばかりに目が見開かれており、徹は変わっていく彼の表情を黙って端から観察していた。
「時間帯を考えればお前は今だけ時から解放されている。だからお前が自由に話せるのは理解できる。とはいえ、オレ達が時から開放される時間はもっと先。なのに何故オレ達は任務中なのに普通に会話する事が出来てるんだ?どう考えたってありえねぇ。おかしいだろ……」
呟くヌエベの言葉を拾う徹。だが正直、何故ヌエベが普通に会話出来ているのがおかしいと呟く意味が全く理解できない。話したら普通は話し返すし、そうやって言葉を積み重ね会話が成立していくはず。
それなのに会話が出来ているのがおかしいなんて意味不明の事を呟かれても、こっちはチンプンカンプン。むしろ会話できない方がおかしいだろうと徹は心の中で突っ込んだ。
「おい、どういう事なんだトゥレス。何故オレ達はこうやって会話出来てる」
「そう、俺達時を縛られている人間にとって任務中に会話するなんて普通あり得ない事。だが、トオルが側にいればそれは可能になるんだ」
いきなり話を振られ動揺する徹。二人の会話に話がついていけない徹は内心戸惑った。
「はぁ?地味顔が近くにいて、なんでオレ達が自由に話す事が出来るんだよ」
「……彼はボク達のように時の束縛を受けていない。だから時に縛られない異世界の彼が側にいる事で、ボク達も自由に話したり動く事が出来る。そうですよねトゥレス」
無言を貫き通してきたセイスがいきなり会話に乱入し、3人は驚きのあまり同時にセイスへと顔を向けた。セイスはいつの間にか本から顔を上げ、3人の姿を瞳に映している。
しかし、ヌエベはセイスの澄ました態度が気に食わなかったのか、作った握り拳を勢いよく机に叩きつけ大きな音を醸し出した。
「誰もお前なんかに解説頼んでねぇんだよ。……分かったんなら2度と会話に乱入するな。お前の声聞くたびに苛々する」
なんという恐ろしい殺気。彼が殺気を放つたびに、掌に尋常ではない汗が溢れ掌を濡らす。彼らは血を分けた双子の兄弟。なのにどうしてヌエベはセイスに対し殺気を放ち、怒りを込めた瞳で彼を睨みつけるのだろう。徹は思わず席を立ち、トゥレスの側に歩み寄った。
「なぁ、なんであの二人あんなに仲悪そうなんだ?血を分けた兄弟なんだろ?」
二人に聞こえないようにこそっと耳打ちする徹。徹の問いにトゥレスは眉間に皺を刻み、双子の姿を視界に入れると、そっと溜息交じりに呟いた。
「セイスがヌエベをどう思っているかは知らないが、ヌエベは見たとおりセイスを嫌ってる。きっとあの様子じゃ、顔には出さなくてもセイスはヌエベを敵視しているんじゃないか?まぁ、俺が二人と出会った時には既にあの状態だったから何とも言えないが、一つだけ言えるのは、二人は憎しみ合っているということだけだ」
憎しみ合っている。その言葉が徹の胸の中にずんっと鉛のように落ちてきた。ヌエベの瞳に宿る憎しみや怒りは半端ではない。セイスも彼と同じように憎しみを抱き怒りを心の中に秘めているのだろうか。
2人の中に秘められる謎の過去。今は何も聞ける状態ではないと、徹は唇を噛みしめた。
セイスは一言だけ「すみませんでした」と謝罪の言葉を述べると、何事もなかったかのように本を開き読み始めてしまった。そしてヌエベもセイスに背を向け、トゥレスと徹に視線を戻す。
少し残る緊迫した空気に最初は誰も口を開こうとしなかったが、最初に沈黙を打ち破ったのは他でもない。緊迫した空気を作りだしたヌエベだった。
「地味顔が近くにいれば、オレ達は自由に行動できるのは分かった。それでディエスが時を開放してほしいって?」
「また地味顔って!あぁ、もう!確かにディエスは俺に時を開放してもらいたいって言ったけど、さっきから二人の会話おかしくて意味が分からないんですけど。俺が近くにいると自由になれるってどういう事だよ。それに、時に縛られてるってどういう意味?まずは俺に分かるように説明してくれ」
自棄になり自然と早口になる。けれどもうこれ以上分からない事を増やすのは御免だ。まずは一つずつ問題を処理していくことが大事だと、徹はこの際脳の中で整理し切れていない情報を整理しようと意気込んだ。
「説明不足で悪かったなトオル。実は俺達この世界の人間は皆、ある人物によって体内に存在する本来自由でなければならない時を支配されているんだ。この話はディエスが言っていた時を開放してほしいという言葉にも繋がる。そして、時を縛られた人間は命令された通りにしか動くとことが出来ず、言葉も機械のようにインプットされた言葉しか使う事しか出来ない」
「え?でも俺が街の店主に話しかけた時、普通の言葉が返ってきたけど。親切に道を教えてもらって助かったし」
あの時店主に道を聞いたから今トゥレスと知り合えたわけで、あの店主がトゥレスの言っているように時を支配されているとは到底考えられなかった。
「さっきセイスが言ってただろ。お前は時の束縛を受けてないって。つまり、お前は唯一この世界で自由な存在。しかも、人の時を縛っている支配を狂わせる力があるって事だ。多分そこら辺はディエスがお前をこの世界に呼ぶときに理由を聞いてたんじゃないか?」
「あ」
言われて思い出すディエスが自分を選んだ三つの理由。最後の理由にはブチ切れたが、確かに自分を選んだ理由に時に縛られていないっていうのがあった気がする。
「……じゃあ、時計が壊れたのもそのせいって訳かな?」
「時計が壊れた?何言ってんだお前。この世界の時計は奴が強力な魔力をかけてる。そう簡単に壊れる訳ねぇよ」
「む。でも俺が触ったら煙を噴きだして壊れたんだ!……って、これは秘密の事だった!」
時計を壊した事は絶対に心の中に封印しておこうと決めておいたのに、ポロッと口に出してしまった自分って馬鹿じゃないのか。両手で頭を抱え自分の馬鹿さを恥じる徹だが、この言葉に2人は固まり、セイスも読んでいた本を床に落としてしまっていた。
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