
通い慣れた道をゆっくりと歩き、外の空気を肌に感じる徹。軽快に家を出たはいいが、先ほど家の中で母親節を繰り広げていた母親のあり得ない態度をふと思い出してしまい、徹は思わず深い溜息を吐き出した。
「全く、とんでもない危険人物だよなあの人は。……あれでも一応、俺を生んだ立派な一児の母親だっていうのに、情けない……」
もう少し母親らしくしっかりしてほしいものだが、あの調子だと何年先になっても異常過ぎる性格は改善されず、今の状態が永遠と続きそうだ。そうでなくても、母親事態自分の性格はまともだと勘違いしているし、改めて注意したところで今の性格を直す気なんてあの人には毛頭ないだろう。悲しいが、やはり母親は我が道を行く人、ゴーイングマイウェイだ……。
母親が今まで冒してきた駄目っぷりの数々を走馬灯のように思い出してしまった徹はさらに深い溜息を吐くと、がっくりと肩を落とした。まるで、鉛が肩に乗っかったかのように。
「あーー!!何で俺がこんなに悩まなきゃいけないんだよ!」
このままでは父親の二の舞になってしまうと、徹は慌てて両頬を叩いて気合いを入れ直すと、俯き加減だった顔の位置を空がある頭上へと移し変えた。
空には雲一つない澄んだ青色が壮大に広がっている。母親は「雨が降るかしら」などと、ふざけた事を言っていたが、この様子なら雨は降りそうにない。
すがすがしい、気持ちの良い晴天だ。
「あー、……癒される」
温かい太陽の日差しは荒んだ心に優しく入り込み、嫌な気分を一掃してくれると共に安らぎを与えてくれる。
「早く家を出るっていうのも、なかなかいいものだなぁ」
家を出る時刻を少し変えただけで、いつも通っている道がまったく別の道に感じる。肌に感じる太陽の日差しも、風に乗って流れてくる緑の匂いも、道路の横に並ぶ家の風景なども、今まで登校していた時に見ていた物とは全く違う。
通い慣れた道のはずなのに、すごく新鮮な気分だ。
「まぁ、いつも遅刻ギリギリで、爆走しながら学校に通ってるから当然と言えば当然か」
入学してから今まで、いつも遅刻ギリギリで家を出て学校に登校する徹は、遅刻阻止のため必然的に走らざる負えず、まともに歩いて学校に登校した記憶がこれっぽっちもない。
早く起きようと目覚ましを早めの時間にセットし、就寝前は明日こそはと意気込み眠りにつく徹なのだが、いざ当日になってみれば布団の気持ちよさに骨抜きになり、あともう少しと布団の中から出れず寝過ごしてしまい、結局同じ行動をここ一年ぐらい続けてしまっている。
けれど今日はあの夢のおかげで歩いて登校し、朝の気持ちよさを肌で感じることが出来ている徹は、早起きの良さに感動を抱いていた。
「夢は本当に最悪だったけど、こんなにいい気分で歩けるならこれからは頑張って早起きしてみようかな。その方が周りをゆっくり観察しながら登校できるし、あの夢は早起きしろってお告げだったのかもしれないし」
けど、早起きは苦手なんだよなぁ……と、これからの朝についてどうしようか考えながらコンビニに立ち寄った徹は、手軽に食べられるおにぎりとお茶を購入すると、通学路を歩きながら買ったばかりのおにぎりにかぶりついた。
行儀悪いと思うが、空腹には勝てない。なんせ自分は育ち盛りの食欲旺盛な高校二年生。
「……うめぇ〜な〜おにぎり!母さんの手料理より確実にうまい!」
空腹で餓死寸前だった徹にはおにぎりの美味しさが身に沁み、やはり人間食が大事だなぁと改めて食の素晴らしさに感謝した。
母親の料理はうまい時はうまいのだが、たまに塩を入れる所に砂糖を入れたりと、べたな間違いの味付けをし、日々母親の料理はロシアンルーレット状態。
酷い時にはさっきのようなビスケット一枚なんてことも度々。徹にとってコンビニなどの弁当類の方が安心して食せて、お腹一杯ご飯を食べられるのだ。
口一杯におにぎりを頬張りながら学校への道を歩いていると、見慣れた男子生徒の姿が横道からすっと現れ、前を行く人物に対し徹は口の中の物を素早く飲み込み胃の中へと流し込んだ。
「そっか、蓮川はこの時間帯に登校するんだな」
前を行く生徒、蓮川大紀は徹にとって何でも相談でき、頼れる人物。いうなれば親友だ。
しかし、何でも相談でき、親友と呼べる彼にも困ったことが一つだけある。それは……。
「おっす、蓮川!」
「宮野下?……ずいぶんと早い登校だね。今日は雨でも降るのかな?」
母親と同じような発言をする事。
毎度のことながら、似た思考を持つ二人には呆れ、涙が出そうになる。
「やっぱり同じような台詞を言うか。その言葉は朝起きた時に母親に言われたよ。蓮川も同じような事言うなよな」
「そうだったんだ。でも、今日は本当に早い登校だね。いつもなら遅刻ギリギリで慌てて教室に入り込むのに……珍しく早起きした理由でもあるの?」
「よくぞ聞いてくれた蓮川大紀!それがさ……」
『きゃーーーーーーーーーー!!!!!』
突然どこからともなく突然巻き起こった黄色い悲鳴。
徹の言葉は黄色い悲鳴によって見事にかき消され、悲鳴のもの凄さに徹の体は背中を押されたかのように前のめりになり、前に扱けそうになってしまった。
「な、何だ!何事だ?」
慌てて周囲を見回し、最後に後ろを振り返ると、大勢の女子が手に何か持ち、自分達が立つこの場所へ全力疾走し近づいて来るではないか。
それも目をハートマークに変えて、ハートを周囲にばら撒きながら。
「目当ては蓮川か!」
徹は女子の群れがこっちに到着する前に隣りにいた蓮川から慌てて距離を取ると、その1秒後に、女子は蓮川に群がるように彼の周りをぐるっと取り囲み、蓮川は群れの中心に取り残されてしまった。
間一髪蓮川から逃れられた徹の額には、女子の気迫の凄さにやられ冷や汗が浮き出てしまっている。
「……相変わらず、すごい人気」
徹の顔は一般からいえば平凡な顔つきで、徹自身自分の地味顔にコンプレックスを抱いているが、蓮川の顔は徹とは違い女子がいかにも好きそうな整った綺麗な顔つき。いわゆる美形。女子の間では彼のかっこよさに熱を上げている者が大勢いる。
しかも蓮川人気は学園内に治まらず、他校の女子や小さな子供、さらには奥様方にも蓮川の美貌が知れ渡り、噂では女子内の間にファンクラブまで存在し、大抵の女子はそのファンクラブに加入しているという噂がある。
ここまで大々的となると、彼の人気はアイドル並みの凄さに匹敵する。きっと色々な事務所からオファーが来ているに違いない。
一瞬で蚊帳の外に弾き出されてしまった徹は、この凄まじい状況をどうする事も出来ず、傍から見ている事しか出来ないでいた。
「おはよう蓮川君!」
「おはよう大紀くん!これ作ったの。よかったら貰って!」
「これもこれも!」
「はぁ……」
可愛い女子に囲まれてハーレム状態を堪能しているのにも関わらず、蓮川の態度は全くといっていいほど変わらない。
それどころかさっきより不機嫌になっている……ような気がする。
大量に、それも一方的に押し付けられるプレゼント類に蓮川の体は徐々に埋もれていき、離れた場所で蓮川の事を見守っていた徹は、プレゼントの山に埋もれる蓮川の事を少しハラハラした状態で見守っていた。
女子に囲まれるのは男として羨ましいが、流石に毎日こんな凄まじい光景をまじかで見せられると、だんだん彼が哀れに思え、モテ過ぎるのも厄介な事なんだと感じずにはいられない。
大勢いた女子が徐々に減り始め、最後の1人が大量のプレゼントの上にプレゼントをそっと置き顔を赤らめながら颯爽とその場を立ち去ると、嵐が立ち去ったその場にぽつんと残された蓮川は見事にプレゼントの山に埋もれてしまっていた。
顔の位置の高さまで積み上げられたプレゼント。グラグラと不安定なプレゼントの山はいつ崩れてもおかしくない。
肝心の蓮川の顔はプレゼントで隠れ、今彼がどんな表情を浮かべているのかさっぱり把握できない。
徹は壁のなくなった蓮川に駆け寄れば、彼の周りには両腕に抱えているプレゼントの山から転がり落ちてしまったプレゼントが無残にも地面に散らばり、せっかく可愛くラッピングした包装紙に汚れがついてしまっている。
「ったく、しょうがねぇな」
徹は渋々落ちているプレゼントを拾うと、持っていたコンビニ袋にプレゼントを詰め込んでやった。しかも、ゴミのおまけつきで。
これぐらいしたってバチは当たらないだろう。
逆に「よくぞ道を綺麗にしてくれた!」って感謝してもらいたいぐらいだ。
「ありがとう宮野下。助かったよ。でも、どうして俺ばっかりこんな目に合うんだろう?」
女子が群がる理由が分からないとばかりに首を捻る蓮川に対し、徹はプレゼントを拾っていた手をピタリと止めた。
「あのな……顔良し、性格良し、しかも成績優秀者。そんなお得物件のお前が人様にモテない訳ないだろう。そんなお前がモテない方が大問題だ。それに、大抵の女子はそういうお得物件に弱い生き物なんだよ。覚えておけ」
「そういうものなのかな?俺は宮野下の方が断然いいと思うのに……」
「はぁ?」
あり得ない発言に、徹は思わずプレゼントの入った袋を落としそうになってしまった。
だが次の瞬間、徹は袋を持っている手で頭を抱え、蓮川の発言に異論の議を唱えていた。
「あのなぁ、蓮川。冗談は止めてくれ。お前に言われると余計虚しくなる。いいか、よーく聞け。俺はな、小さい時から周りに地味だ地味だと言われ続け早17年。顔は地味だが性格だけは地味にしないように明るく振舞い、陰で努力してきたかなり危ない奴だぞ。自分で言ってて悲しいが、こんな地味で何の取り柄もない奴、誰も相手にしてくれねぇよ」
「そうかな。俺はそうは思わないけど。だって宮野下は……」
「お前がどうこう言おうと、俺はモテない地味男なの!女の子に全くモテないの!この話はこれで終わり!終了!ほら、プレゼント持って、さっさと学校行こうぜ。荷物半分持ってやるからさ」
蓮川はまだ何か言いたそうだったが、徹はこれ以上自分のコンプレックスに触れて欲しくないと話を無理やり打ち切り、蓮川から荷物を半分ひったくるようにして彼の手から奪い取った。
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