
懐かしそうに目を細め、表情は無表情のまま変わらないが、トゥレスとかいうまだ見ぬ謎の人物の性格を思い返し、嬉しそうに彼の事を口にするディエス。……だが、何故だろう。
いたって普通の、出会ってから今まで散々拝んできた感情の読みにくい無表情な彼の横顔なのに、シルクハットを目尻深く被る彼の横顔が悲しみを帯びているように感じ取れた。彼の事を口にするディエスの口調も何十年も彼には会っていないような物言いで、他の人物が彼の言葉を聞いてどう感じ取るか知らないが、最低でも徹の耳にはそう聞き取れてしまった。
ふとした瞬間に彼の眼に宿る悲しみ。それと同時に、暗い影が彼を覆い隠すように包み込む。
側で彼の変化を目の当たりにしている徹は、彼の感情の変化に少しだけ眉を八の字に顰めた。
先程から何度も感じ思っている事だが、彼には負の感情は似合わない。本人に直接この事を暴露したら鎮圧なオーラで押しつぶされ、猛毒よりはるかに毒素の強い毒舌が何倍にも我が身に跳ね返ってきそうだが、そう思い感じてしまうのだから仕方無い。
本当はもっと詳しく彼が口にしたトゥレスという人物の特徴諸々を根掘り葉掘り聞きたかったが、彼があまりにも懐かしそうな目をするので、徹は出しかけた言葉を口の中に閉じ込め、息と共に言葉を喉の奥に飲み込んだ。
長年会っていない旧友という処か?それにしては、表情が異常に悲しみで満ちている気がする。
会えない寂しさからだろうか。
「それにしても……」
この世界に連れて来られてからというもの、一度も彼の笑顔を拝んでいない事に徹は気付いた。ディエスが顔に表す主な感情といえば、無表情か悲しみを帯びた暗い表情そのどちらか。どちらもいい感情とは言い難い。しかも、彼がたまに現す悲しみの表情は自分が彼から感じ取るだけで、本人にはその気が全くなく、彼はいつもの無表情を浮かべているつもりなのかもしれない。
もしそうだとしたら、彼は何故笑顔を作らないか?感情表現が苦手……とか?
それとも、相手が自分だからワザと笑顔を見せないとか?だとしたら立派な詐欺だ。というか、軽く落ち込むかもしれない。
脳内で徐々に話の路線がずれ始め、今のままでは話が脱線したままだと焦った徹は、なんとか脳内で話の流れを軌道修正し、気を取り直しごほんと咳払いした徹は改めてディエスと向き合った。
相変わらず蒼白い肌をし、顔色が冴えないディエス。徹の視線に気付いたのか、ディエスはゆっくりな動作で正面に向き直すと、徹が口を開く前に、先制を打つように血の気のなくなった唇を開口し始めた。
「よく聞け宮野下徹。これからお前は色々な奴と遭遇し、あらゆる困難にぶつかっては、それに立ち向かう事になるだろう。だが、それを乗り越えてお前には何としてでも時を解放してもらいたい」
真っ直ぐな曇りのない瞳。説明を十分に受けていない徹にはやはり、何の時を解放するのかさっぱり理解できていないが、彼は真剣に自分に時を解放してほしいと願い頼んでいる。
彼の切なる想いが肌を通して心にダイレクトに伝わってくるが、説明不足でまだ納得がいかない徹には「はい分かりました。俺が時を解放します」と、素直に首を縦に振れないでいた。
少しの間2人の間に流れる重い沈黙。その間徹は自分はどうするべきか悩み、答えを見いだせない辛さに唇をきつく噛みしめたが、やはり自分には訳の分からない厄介事を背負う勇気はないと最初の時と同じ答えを導き出した。
「……あのさ、俺!」
ここは相手が納得するように丁重にお断りするしかないと声を荒げかけた時、両肩をがしっと力強く掴まれ、肩に食い込んでくるディエスの指に徹は痛みで顔を歪めた。
「頼む!お前だけが時を解放できる唯一の人間なんだ!残された時間を費やし、夢を渡り歩き、やっと時に縛られていないお前に辿り着いた。それに……僕にはもう時間がない。時間がないんだ!」
「じ、時間がないって、そんな訳の分からない事言われても……っ!!」
無理と否定の言葉を口にしようとした瞬間、徹の体が大きく後ろに倒れかかった。
肩を痛い程強く乱暴に掴んでいたディエスの手が、勢いよく自分の両肩を後ろへ押したのだ。
バランスを失った体は徐々に後ろへ後退し、驚きで目を見開く徹の背後では、ギギギッと重たい金属音が暗い空間内に響き渡った。
体はそのままに顔だけで後ろを確認すれば、背後にはいつ現れたのか巨大な鉄扉が自分を待ち構えるかのように大口を開けて聳え立ち、バランスを失ったままの体は開いた扉の入口にまるで吸い込まれるように入っていく。
「なっ!!」
「僕は一緒に行けない!だから、向こうに着いたら真っ先にトゥレスを探して、さっき渡した紙を手渡せ!トゥレスは全てを話してくれる!」
切羽詰まった声を聞くと同時に扉の中に不本意に入り込んだ体。その直後、体全体がぐんっと後ろへ強引に引っ張られ、扉の外にいるディエスとの距離があっという間に開き、離されていく。
「ディエスーーー!!」
小さくなっていく彼の名を必死に叫び、流れに抵抗し暴れる徹だが、体が引っ張られる威力は全く衰えない。それどころか、2人が繋がっている世界の扉を遮断しようと、分厚い2枚の壁が大きく開いた口に塞がるため、騒音を立て閉じられていく。
狭くなっていく扉に更なる焦りを感じ、流れに抵抗しながらディエスの名前を大声で叫ぶと、閉じられていく扉の向こうで自分を見つめていたディエスと視線が絡み合った。
「頼んだぞ宮野下徹。必ず時を解放してくれ!」
「ディエス!!」
これを境に彼の言葉は大きな音と共に閉じられた鉄扉によって阻まれ、徹達は別々の空間に切り離された。呆然とする徹の体は今なお後ろに移動し続けているが、徹は逆らう気力を失ったのか、暴れていた時とは対照的に今は流れに身を預けきっている。
「なんだよあれ」
扉が閉まる寸前の彼の表情。ディエスはほんの少しだけだが、顔に笑みを浮かべていた。
初めて目にした彼の微笑んだ姿。本来の自分なら、微少だが笑顔が見れたと素直に喜ぶんだろうが、全く喜ぶ気になれない。あんな笑み反則だと、徹は悔しそうに唇を強く噛みしめると、不自然に痛みだした心臓を制服の上から鷲掴んだ。
「無理してんの、丸分かりなんだよあの馬鹿」
最後にディエスが見せた顔。それは、とても悲しい悲しい微笑みだった。
心配かけまいと無理やり笑みを作ったんだろうが、あんな悲しそうな笑顔を見せられたら逆に心配になる。それに、まだ青白かった顔。辛そうな息遣い。足元がふらつき、安定感のなかった体。
自分の事を気遣う前に、自分の心配が先だろと言ってやりたい。
何もない空間にディエスへの愚痴を絶えず漏らし続ける徹だったが、あの毒舌が跳ね返ってくる事はなかった。
「あーあ!容赦なく俺の事振り回しやがって!これじゃあ巻き込み決定じゃんか!」
この様子だと、自分が元の世界に戻れるのはずいぶん先。自分はまんまとディエスの思惑に乗せられてしまったようだ。ディエスという奴はとんだ策士様だ。
徹はくるっと体を半回転させると、移動先が分かるように前へ向き直った。
「ん?」
何もないと思われていた黒い空間に差し込む僅かな光。進むにつれ輝きを増す光は徹の姿を次第に照らし出し、徹の体はその光へ向かって突き進んでいく。どうやらあの光の先に出口があるらしい。
「ここで愚痴を言っててもしょうがない。もうなる様になれだ!」
徹は半分覚悟を決め、大きくなっていく光の中に身を投じた。
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