鍼灸師が聞いた話、見(診)た話
【No.113】 アフガニスタン(カブール)
バーバー山脈やヒンドクシュ山脈の6−7,000メター級の山々に屏風のように囲まれ盆地の様になっているカブールは人口200万以上も有る大都会。 標高も1,700メーター有るために大分に涼しい。 見渡せば周囲の山脈は夏というのに雪化粧をしている。山々の余りの高さにてっきりヒマラヤ山脈と勘違いをしました。
カブールの泊まりもウルフ(友人)と同室にする。ウルフに腐れ縁だといわれる。 最終目的地は日本だとの事で日本では面倒を見なければ・・・と、思う。
到着2日目に物凄い腹痛に見舞われた。 但し下痢、吐き気は無し。只、腹が痛むだけ、てっきり食中毒と思いカブールで一番大きな病院に行くと、外国人専用の病院を紹介してくれる。 幸いな事に日本人の医者がいる。 一目見て、黄だんが出ているとの事で直ぐに血液検査になり入院になりました。 旅行保険に入っていて良かった。 自分の持ち金では安心して入院出来ないところだった。
2日後に検査結果が出た。 GOT,GPTは普通は30以下なのに300をオーバーしている。その場で絶対安静を言い渡される。 尚、流行性の肝炎で俗に言うA型肝炎であった。A型は治ると完全に元通りになる。 一安心である。 潜伏期間から考えて初日(ヘラート)の水が原因と思われる。
ウルフは初日、二日と見舞いに来たが、三日目に腹痛で入院をしてくる。やはり肝炎との事で病院に話をして同室にしてもらう。 尚GOT,GPTは400をオーバーしているとの事で私よりひどい。 それにしても落ち込んでいるので、原因を聞くと、旅行保険に入っていないと言う。 で、明日にもスエーデン大使館に相談に行くつもりと話している。 翌日言うにはお金は貸してくれなかったそうですが、支払い保証書を書いてくれたので、病院に入院できる事になったそうです。 ウルフはスエーデンのお金は持っているが、悲しい事に日本円の様に国際通貨で無いので周辺の国しか通用しない。
翌朝から二人で市内観光を始める。 男性の5人に3人は銃を持ってウロウロ歩き回っている。 さすがに後にアメリカと戦争するタリバンだけの事が有る。 勿論女性の姿は見られないし、木々も無し。代わりに麻薬(アヘン)を採るための大きな美しいケシの花は彼方此方の畑で満開である。 大きな河川敷を持った川が有る。川幅は兵庫県の武庫川ほど。但し水量は殆ど無し。此の辺は標高が1,000メートルほど有るので、少し涼しく過ごし易い。
街角に水売りはいないが、水道があちこちの広場に建っている。 試しに水筒に水を入れると、30分後には底の方に濁った水の層ができる。これではとても飲めない。しかし飲まなければ死んでしまう。 路上で西瓜(スイカ)を売っているのを見つけた。これは水代わりになる。 ウルフはスイカは始めて見るとの事で私ほどは喜んでいない。 一抱えも有る大きなものが5プルス(25円)である。 2個購入して二人で一個づつ運ぶ。 その他の買い物はらくだの総革のリュックサック。日本円で3、000円ほどした。 (今迄のは税関等の検査で取っ手の紐が、縫い目の所から切れていた) 首から掛ける皮製の貴重品袋は400円ほど。
市内観光からホテルに帰り、何年振りかのスイカを食す。 中身は赤色、美味いの一言である。ウルフも美味いと喜んでくれた。 アフガニスタン滞在中は毎日食った。夕方になるとスイカの中身を大きく、くり抜き、翌朝は水分が溜まり飲める。 これで塵交じりの汚い水を少し飲まないでいられる。 ウルフは常時、大麻を吸うようになった。何が良いのか、タバコを吸わない者には判らない。 二日間滞在しただけなのに、訳も判らない者がホテルに尋ねてくる。気持ちが悪い。 ウルフと相談して、明日の朝一番のバスで首都のカブールに出発する事にする。
翌朝5時30分発のバスでカブールに向かう。 ホテルのフロントには北部のダムを見学に行くと嘘の話をしてあるので、誰か尋ねて来たら話してくれるだろう。 ダム湖は道路が行き止まりになっていて必ず元の場所まで返って来なければならない。 運良く誰にも会わずに出発出来た。 バスが出発すると一安心、何せ追いつく方法が無い。 ロバのタクシーではどうにもならない。
アフガニスタンは一口に言えば丸いゴツゴツのジャガイモの様な形をしていて、中央は山岳地帯で道路が無く、バスが通れる主要幹線が丸く輪になっていて、外輪を走る事になる。 出発地のヘラートから首都のカブールに行くには二通り有り、北回りか南回りかどちらかである。距離はほぼ同じ。普通は道路事情が良い南回りを通る人が多い。 私も南回りにした。道路がU字型で通っていて、一番底の部分がカンダハールになる。 アルダンガブ渓谷に街は広がっているが、日本の渓谷を想像しては勘違いを起こす。 今までの禿山が消えて、なだらかに平地を成している感じがするだけ。 隣席のウルフも調子が良いのかバスが発車してからは、喋る喋る。 いい加減に黙らんかと思う感じがするほど。 途中は相変わらず禿山が続く。 バスの屋根に乗せている羊が、屋根を踏む音がガリガリする。
途中で食事タイムで大きな広場に食堂がくっついた所に駐車した。 砂 漠を走るので、ほとんどトイレ休憩が無い。乾燥してる為か?とに角ほとんど出ない。 私が手を洗いに行ってたら、先に食堂に行ったウルフが飛んで来て、食事は要らないと青い顔をして言う。何が気にいらなかったのか?バスに引き返していく。 原因は食堂で判明した。 大きな鉄鍋に羊の肉をぐつぐつ炊いている。中を覗くと大きな羊の頭蓋骨が二匹分、目玉をどろっと出して、こちらを見ている。 食堂の親父さんはこの辺は美味い部分だと言いながら、私のお皿に目玉を入れようとする。 「ノーサンキュウ、アイドント、イート、イト」(其れは食べません)思わず大声が出た・・・・ 私は足の方を指差し「そこそこ」と日本語で指示する。 食いたくないが食わなければ死んでしまう。 それとナンと芹に似た生野菜。 食べ終わったお皿の底には砂が残っている。とに角、炊く前に洗って欲しい。 バスに戻るとウルフがナンを食っている。
バスは夜も走る。 場所は不明だが、何のアナウンスも無く、突然に夜中に道端にバスが止まり、乗客はぞろぞろ降りていく。月明かりも電灯も無い。あるのは星明りのみ。 目の前の地面の凹凸が見えないほど。此の時に初めて7人ほどの外国人が乗っている事が分かった。 お互いに顔を見合すだけ。誰も理由が分からない。 みんなリュックを背中に慌てて附いて行く。 30メーターも歩かない内に広場に出て、やがてコーランのお祈りが始まった。 この広場は変わっていて、まるで日本の相撲の土俵の様であるが、飛び出ていなくて、返って掘り込んである。
日本のお経を美しいと思ったことは無いがコーランは美しい音楽に聞こえる。