つくしが丘鍼灸院(はり・きゅう)神戸市北区|しびれ・肩こり・腰痛・ぎっくり腰・坐骨神経痛・膝の痛みなどは針治療が効果的!

つくしが丘鍼灸院(神戸市北区) 当院は予約制です
まずは、お電話ください

TEL 078(581)9200
予約受付はAM8:00〜PM8:00
つくしが丘鍼灸院(はり治療)
神戸市北区筑紫が丘9丁目4-16
つくしが丘鍼灸院トップページ鍼灸とは?鍼灸院の選び方鍼灸治療についてのよくある質問アクセスお気軽にお問合せください
  
鍼灸師が聞いた話見た話

捻挫(足首)
そけい部痛
   (足の付け根痛)
うつ病・神経症
頭痛、首、肩こり
    (眼の奥の痛み)
顔面神経麻痺
不整脈
背中痛
手のしびれ
ぎっくり腰・腰痛
坐骨神経痛
膝痛(一般的)
足のほてり
生理痛
筋肉がだる痛い
骨の上の一点痛
   (あらゆる個所)
胃腸の不調
お腹の痛み
   ( 腹壁の痛み)
寝違い
失禁
顎関節症
五十肩

鍼灸師が聞いた話、見(診)た話

【No.1〜10】  【No.11〜20】  【No.21〜30】  【No.31〜40】  【No.41〜50】  【No.51〜60】 
【No.61〜70】  【No.71〜80】  【No.81〜90】  【No.91〜100】  【No.101〜110】  【No.111〜120】 
長い鍼灸師の生活の中での自分自身の体験談ですので、無論主観も入っております。
もし、当てはまる方がおられましてもご容赦お願いします。

【No.110】
アフガニスタン(ヘラート観光)

ウルフ(スエーデン人)とホテルを探しに行き、ヘラート市内の同じホテルの同室に落ち着く事が出来ました。
翌朝8時頃に起きだしたが、ウルフがベッドでぐずぐずするしているので問い質すと腹が痛くて下痢をするとの事、原因は昨日の水に相違ない。早速に正露丸を差し上げる。 早速メイド(男性)さんに水を沸騰してもらい水筒に詰めて一人で市内見学に出発する。

ヘラートの街は100〜150メーター程の小高い禿山に半分ほど取り囲まれていて、川は一っ有った川幅50メートル程で河川敷が広く真ん中を心細く水が流れている。
他には見当たらない、川らしい物が有るが枯れている。
後はイランの街と変わらない。
昼食はレストランと言うか?食堂で久しぶりに焼肉(ジンギスカン)である、名も知らない野菜を生で食べれる。匂いも味も素晴らしい。

見学を済まして帰宅したらウルフがボカ〜ンとしている。
ウオッツ、ズ、マタ〜ウイズユー?(どうしましたか?)と、聞くと、今までハシシ(大麻)を吸っていたとの事、どおりでボヤ〜とした顔をしている。
いかにして大麻を手に入れたか?分からなかったが、夕方に疑問が氷解した。
現地の人がホテルの部屋に尋ねてきて、私の顔を見るや上手な日本語で「大麻があります気持ちが良くなりますよ」「頭痛薬があります。直ぐ痛みが消えます」・・・・と話しかけてきた。頭痛薬を見て驚く。
一昔前の大きさも形も日本の固形石鹸そっくりである。但し色は黒に近い茶色、俗に言うアヘンである。
日本の腹巻そっくりの物にポケットをつけて差し込んでいる。
西部劇に出てくるガンベルトの感じ。
日本人も沢山買ってくれるとの事。ま〜この国は麻薬は合法で有るので、その方面は心配ないが、これだけ日本語が上手いとは、日本人と話す機会が多いのだろう。 

無論購入はお断りしたと言うか、私はタバコが嫌いだから購入する気にならない。
後日、日本人のグループが何度も吸う現場に居合わす事がありました。

【No.109】
アフガニスタン入国

昨年の6月にイギリスを出発して早くも1年1ヶ月。
今日は7月の中頃になりましたが、未だイランとアフガニスタンとの国境地帯をうろついています。
バスでイランのメシャドからアフガニスタン(ヘラート)まで乗る。
途中は緑が所々に見える田園風景です。 よく見ると主にブドウを植えてある。

国境迄のバスは各国からのバックパッカー(リュックサック等バッグ一つで旅行する人々、若い人が殆どだが50代の人もいる)が多く乗っている。 その為に車内は英語が共通語になっている。
車内で横に座ったスエーデン人にアフガンは過去が現在に生きる街でショックを受けるだろうと言われる。

税関は二階建てで外見はがっしりしているが、干しレンガの上にモルタルか?泥を塗っている。
着いた日には通関してくれず、翌日になる。当日の泊まりは税関前の広場に各自が寝袋に入り眠る。 夜、寝袋ががさがさ言うので眼を覚ましたら握りこぶしの半分位も有る蜘蛛が歩いているのにびっくりである。
税関を見たら電気が点いていない真っ暗である、つまり電気が来ていない。 
だが星空は美しかった。
通関は思っていた以上に簡単です〜と通る事が出来た。
ここ(税関)からヘラートの街まで又、バスに乗る。

ヘラートは大きな街で人口35万人以上との話を車内ではしている。
家々の庭には木々が大きく道路にはみ出して、イランのメシャドの街にそっくりである。
街にはタクシーが見当たらずロバに引かした馬車が目に付く。
一番気になったのはコーラーやミネラル、ウオターを売っていない。代わりに広場には水売りが立っている。
早速スエーデン人と水筒を買いに走り回る。日本の100円ショップに売っている様なプラスチック製の物を購入した。安いし何よりも軽いので気に入った。 水売りの水樽は羊一匹の皮で出来ていて足と尻尾は縛り、首の所から水を出してくれる。
水は水筒一杯で1プルス(5円)で有る。
思ったとおり水は濁っている、せめて沸騰した水を飲まなければ病気になる。
外国では間違っても水道水は飲んではいけない事は鉄則であるが、どうにも成らない事もある。
頼みは正露丸だけ。
歩道にはサイダーの空瓶に水を売っているが、蓋が無く、在っても栓をのせてるだけ、黄色や青、赤色で着色しているがとても飲めない。
今まで通過した国々ではコーラーか瓶入りのミネラルウォーターを飲んできたのだが、この国ではそうは行かない感じがしてきた。

【No.108】
メシャド

翌朝、昨日通訳してくれた軍人が食堂車に行こうと誘ってくれたが、昨日のカメラの事を思えば、気分が悪いのでお断りした。
一人の方がどれだけ楽しいか。

メシャドでは医者の姉弟の家に一泊することになりました。
メシャドは宗教都市で小さなモスクが多い多い。
家は比較的ゆったり建っていて家々の庭から緑の木々が塀越しに見ることが出来る。
緑を見ると気分がすっきりする。
しかし、一度もコーラン(日本で言う所のお経の様なもの)を聴くことが出来なかった。

家は市の中心部に在り、上から見ると四角形になっており、又中心部には四角形の中庭があり、井戸もここに在る。 つまり外側から見えるのは壁で窓が無い。
壁は干しレンガでその上に土か?モルタルを塗り固めてある。これでは地震に弱いだろうなと思った。
二階建てで、どの部屋からも中庭が見える。
中庭の井戸の近くに人の腕ほどの木が二本植えてあると言うか、生えている。
根元に半畳程に背丈30センチ程の雑草が生えていて、ここで雨蛙がいるのを見つける。珍しい・・・・聞いてみると蛙はイスラエルから持ち帰ったと言っていた。

到着早々に水浴びをさせてもらう。思ったより水が冷たくブルブルするほどであった。
ついでにジーパンを洗い下着も洗濯する。
とにかく、部屋に入ったら壁も土間も分厚いペルシャ絨毯に覆われている。値段が高いだろうな〜と驚く。
さすがに靴では入室できず、ルームスリッパーを履かせられた。
この間に着替えて来たのか、黒色のベールを脱ぎ赤い柄のスカートを穿いている。
余りの違いに、これにはびっくり。尚、頭には起きている間スカーフを巻いている。
姉(医者)は絨毯を指差して、これはシルクで出来ていて1、000.000リアル(約300万円)した。これは何百万リアルと自慢された。
日本に帰ってきたら似ても似つかぬ安物のカーペットが流行っている。 食堂は絨毯を敷いてなく板張りになっていた。 そうだろうな〜食事中に食べ物を落としたら大変だ。

夕食は相変わらず羊の煮物とパン、パンに煮汁を付けて頂く。
喉が渇くので水を所望したらキュウリのお化けの様な瓜を出してくれる。
今考えると、はるかトルコに上陸した時に一輪車に山盛りにして売っていた。その時は瓜の用途が分からず不味いなと思って食べた覚えがある、勿論ここで食べても不味い。
ここでやっと、この瓜の用途が判ったが瓜に水分が多い訳ではない。

【No.107】
砂漠横断

ノフラテイーさん宅に3日間お世話になり、テヘランから列車でメシャドまでイランを西から東に約900キロを横断する。
コンパーメントは6人乗りの個室で3人掛けの皮製の椅子が向かい合っている。
床は板でわざと凸凹にしてある。今晩は床に寝転んで寝れない事を覚悟する。 入り口には扉が付いている。
同室には、30歳前後の医者の姉弟と年齢不詳のベールを被った女性1名(どれだけ見ても年齢はおろか眼の色も不明)、40歳代の男性一名の私を含めて計5名の客。内、医者の姉弟はブロークンでは有るが、英語が出来るので楽しい旅が始まった。

大砂漠である。 何処まで走っても草木が無い。おまけに岩石は少なく鳥取砂丘の様な砂(色はもっと白い)で出来ている。
途中で列車が止まったので先頭に見に行くと、線路に溜まった砂を人力でドラム缶に入れている。 勿論その辺の線路脇には砂を詰めたドラム缶が並んで砂の流入を止めている。

例によって途中でお祈りの為に停車するが、イランでは駅にモスクがくっいて建っている。 時間で判るのか?場所で判るのか?放送が無いので私は皆がぞろぞろ下車して行く迄判らない。
医者の姉弟も降りて行った。つまり車内には私一人になった。
珍しいので砂漠の中の駅(と言ってもプラットホームが2本あるだけ、単線であるがこの辺だけが複線になっており列車が交差出来る様になっている)で写真を撮るつもりでリュックサックから写真機を出して窓から身を乗り出した所、ピ〜と大きな笛の音が響き駅員か?警備員かが3〜4名大声を出しながら駆け寄ってくる。
あいた〜、しまった〜と思ったが、ばれたら仕方が無い。
実は入国の時に係官から絶対に駅と列車を写すなと言われていた。
3人の警官か?が乗り込んで来て大声で何かを言う。
しばらく押し問答をしていたら、見ただけでも分かる軍人(やはり此の列車にも軍人が乗っている)の偉いさん?が入って来て通訳をしてくれる。
「イランではどんな小さな駅でもネイション、シークレット(国家機密)です,カメラに入っているフイルムを抜き取りなさい」との事、36枚撮りでシリヤ及びイラクと今日までのイラン(カスピ海を含む)国内分まで入っている・・・・・此れには焦った焦った。
どうにかなりませんか?と言ったが、どうにも成らない。
何でプラットホームだけの駅が国家機密なのか?
皆の前でフイルムを抜き取る。ガックリ来た。

早速、列車内でノフラテイーさんへお詫びの手紙を書く。
駅を写した事でフイルムを没収された件を(ノフラテイさん宅には家族の写真が無く、その分も入っていた)書き、終着駅メシャド駅で投函する。

【No.106】
ノスラテイーさん宅

テヘラン中央駅からバスで約30分、山の中腹にある。(高級住宅地、駅から北側の高台にある3階建てで、普通の庶民は駅から南側の低地に住んでいる)
奥さんと中学生位の息子さんの3人暮らし。
家はレンガで出来ていて、家の大きさは約50坪程で使用人が一人居た。
奥さんはスカーフを頭と首筋に巻いているだけ、外では見た事が無いので不明。

早速にシャワーを使わせてもらう。
2階の、土間も壁もコンクリートを塗って出来ている、約20畳の部屋の右側にシャワーがある。反対側の奥にトイレ(便器は無く30センチ位の穴が開いているだけ)がある。
他に何の家具も無く、シャワーからは生ぬるい水が出てきた。

夕食は一階に有る大きな居間の大きなテーブルで、羊の肉を煮込んだものと例の野草とナンだけ、手で千切って肉汁をつけて食べる。
デザートはナツメヤシの実やブドウ、名も知らない果物・・・・・中央に大きな柘榴(ざくろ)のっていた。余りにも珍しいので一個頂き、かじるとびっくり、種が無い。まるで柿を食べている様な感覚。ざくろに種が無いとは所変われば食い物も変わるである。
ノスラテイーさんに種の無い事を話すと、奥さん(少し英語が解る)が、「ざくろに種が有るのですか?」と言う。と言う事はこの辺は此れが普通なんだ。

翌日の夕方前、テヘランの街の一番高い所で又一番奥で台地になっていて、その奥が谷になっている所に連れて行ってくれた。
谷の奥からは涼しい自然の風が吹き上がってくる。
其処に在った店先でサクランボを買う。
70リアル(約210円)で大きなお盆に一杯に入っている。ノスラテイさんと二人で食べたが、結局は食べきれず残りを紙袋に入れて持って帰った。
勿論その夜は正露丸のお世話になった。
帰りに気が付いた事があった。
道路の真ん中の並木は抱えるぐらいに大きく高い。日本ではどこにでもある背の低い雑木は一つも無く、根元は水が流れる様に自然の溝になっている。
そうだろうな〜水が流れなければこの辺では木々は枯れてしまう。

【No.105】
又もテヘランへ
サーリーの街に一泊して翌日、アフガニスタン経由してパキスタンに出る予定で、又もバス停をうろつく。
切符売り場はやはり英語が通じない。
仕方が無いので私の地図を見せて私の指で国境の町メシャド(アフガニスタンとの国境に有る大きな街)を指して 日本語でここ、ここ、と言うがどうもおかしい。 奥で相談したり電話であちらこちらと連絡をしている。
やがて一人の上司らしい人物が出て来て私の地図のメシャドまでの途中の道路に色鉛筆で大きく、×印を書き込む。
言葉が通じないから不明であるが道路が通行出来ない様だ。
しかしバスなので通れないのなら迂回路が有ると思うのだが、言葉が通じないので、どうにもならない。
三角形の一辺迄行って元のテヘランに逆戻りである。
時間がかかったが、無事に首都のテヘランに着いた。
サーリーも暑かった(日本の近畿地方の夏位か?)が、また砂漠に逆戻りしたので暑い暑い。
今度は直行の列車でメシャドに行く事にしてテヘランの中央駅に切符を購入に行く。
駅の構内でインフォメイションが有る事に気付く。
50歳代の男性の案内人が一人で居て、何日か振りに英語が通じた。
ドイツ語も話せるとの事、助かった。
色々の情報を手に入れる事が出来た。
最後に2〜3日我が家に泊まりなさいとの事、喜んで招待に応じる。
【No.104】
カスピ海
イランの首都、テヘラン北側の世界最大の湖?、カスピ海に行く事にして乗車券を求めて市内を走り回る。
全く英語は通じない・・・・で、ドイツ語の観光辞書を出して来て話しかける。
何故ドイツ語が通じるかは不明だが、2割位の人に単語がどうにか通じる。
カスピ海近くのサーリーの町まで約300キロ、バス料金は200リアル弱(日本円で約600円程)高いか?安いか?全く分からない。

途中にエルブルス山脈があり道は曲がりくねっている。
下界は砂漠で猛暑であったが峠を越す頃には冷たい隙間風が入ってくる。
車の振動でぐっすり眠っていたが、気が付くと犬ではないが鼻が気持ち良い感じがし始めて眼が覚める。
周囲はヨーロッパを出て一ヶ月ぶりに見る緑の田畑である。
林も森も有る、砂漠の国では珍しい。
多分カスピ海から雨を含んだ風がエルブルス山脈に当たり雨を降らし、山脈を越えた乾いた風が砂漠の方に吹き降ろすのだろう。
よく見ると稲を植えている田んぼが有る。
日本を出て約4年半ぶりに見る景色。水分を含んだ空気は肌にも気持ちが良い。
ふと右側を見ると線路が走っている。
こんな事が判っていれば列車で来たのに後で気が付く。
途中左側にイランで一番高いダマバンド山(5,600メートル)が雪を被ってそびえている。富士山より遥かに高く、おそらく万年雪に包まれているのだろう。
途中の車中で前部の乗客から大歓声が上がった。
私は後部座席だったので最初は理由が判らなかったが、良く見ると雨がフロントガラスに当り始めた。
日本人の私にとっては、何と言う事はないがイラン人にとっては珍しい事なのだろう。

朝方出発したバスは昼過ぎにサーリーの町に到着。
カスピ海行きのバスを探すが言葉が全く通じない。
仕方が無いので私の地図を見せて、私が指をさして、ここ、ここ、と日本語で問いかける。何しろバスの行き先版には例のミミズが這った様な文字が付いているだけ。
せめてローマ字でも有れば思うがどうにもならない。
ペルシャ語と言うかアラビア語で判るのは数字の1〜100番迄で有る。
これは絶対に必要でこれが判らないと列車やバスの座席に座れない。

迷い迷いしながらも無事に湖の?沿岸の砂浜に到着。
これはイラン人が言う湖でなく海だ、対岸は全く見えないし大きな波が打ち寄せている。
日本で、日本人が海を見ているのと全く変わりが無い。おまけに水を舐めてみると塩水である。沖合いではチョウザメの(後から魚を見せて頂いた)漁をしているのが見える。

【No.103】
頭痛
ナンバー26、31、38,48で以前にお知らせしました後頭部の一点痛ですが、その後ペインクリニック(痛い所に歯科医が抜歯する時に使用する麻酔薬を打つ)に痛い時のみ通いだしました。
結果は吉と出て頭痛は2ヶ月〜6ヶ月に一回位に激減しました。
ただ注射後、半日位は頭全体がボ〜ンと痺れた感じがします。
結果は正解でしたが又頭痛が起きるのではないかと、頭痛薬はポケットから手放されません。
これからも頭痛時は通院するつもりです。
【No.102】
交通事故
先月の初め頃(2011年5月)に7歳の少年が父親と来院した。
昨年の10月に交通事故に遭い、以後、首が痛いと時々声を出して泣き叫ぶとの話。
この少年の第一声が「おっちゃん首が痛いから頭から取り替えて欲しい」と訴える。
大人だったら痛くなくても痛いと、嘘を言う事も考えられるが、7歳では真実だろう。
取り合えず首の痛い所の治療をした所、直後に痛みが大分に少なくなったと言う。
今日(6月末)迄、一週間に2回は来院している・・・・・しかし治療を続けたら治るものだろうか?不明な為、父親には正直に言ってある。

子供の交通事故は怖いものです。
自分の子供でも他人でも乗用車にはなるべく乗せない様に思う毎日です。

【No.101】
イラン
イランの税関も大理石で出来ている。ここもひんやりして心地良い。
夕方出発の首都テヘラン行きのバスが発車するまで昼寝である。
入国は荷物検査が無くパスポートにスタンプを押して終わり、ホッとする。
バスにはクーラーが無いが、夜走る為に暑くて困る事は無かった。

テヘランには昼前に到着する。
早速、東京銀行テヘラン支店を探す。友人及び実家からお金、手紙を支店宛に送っているからである。
市内で20代の男性に場所を聞いたのが失敗であちこちと色々問い合わせてくれるが、ヒル(蛭)の様に私から離れない。なにせ銀行の支店内の偉いさんの前迄付いてくる。
2階に居た日本人の偉いさん(40代?で支店長の次ぐらいの地位に居る人)に理由を説明したら幾らかのお金を渡し大声で追っ払ってくれた。やはり同国人は頼りになる。
家からとマリアンから2通の手紙が届いていた。
次はインドのニューデリーの中央郵便局止めで送ると書いてある。
マリアンにはその日の夕方に、もう送るなと返事を書いた。
家から届いたお金をイランのリアルに換える時に、偉いさんの机の上に在るソロバンを借りる(当時は電卓の無い時代なので)。
周囲はイラン人の女性職員ばかり何十人といるが、私の手元を注視しているのが感じられた。
この方から「今晩は私の家で泊まりなさい」と、お誘いがあったがお断りした。
理由は私なりに現地の事情を知りたかったからである。

【No.1〜10】  【No.11〜20】  【No.21〜30】  【No.31〜40】  【No.41〜50】  【No.51〜60】 
【No.61〜70】  【No.71〜80】  【No.81〜90】  【No.91〜100】  【No.101〜110】  【No.111〜120】 
 
HOME 鍼灸とは? 鍼灸院の選び方 針治療Q&A アクセス 個人情報の取扱 お問合せ
 (C) Copyright Tukushigaoka Shinkyuin All Rights Reserved
つくしが丘鍼灸院 神戸市北区筑紫が丘9丁目4-16   TEL 078-581-9200