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[ 校長室からこんにちは♪ ]

ごあいさつ

 

 

 夢・いのち・笑顔 輝く子どもたちを

        

 校長  遊 佐  靖 彦       

 本校は、宮城県との県境にそびえる霊峰「御所山」の麓、そして清流「丹生川」沿いに建つ創立123年の歴史と伝統のある学校です。四季折々の美しい自然に囲まれ、子どもたちは伸びのびと生活しています。

 小中併設校ですので、入学式や卒業式、運動会や文化祭など様々な活動を小中合同で行っています。小学生は中学生に学び、その小学生はやがて中学生になり小学生

の手本となり、世話をするという好循環が繰り返されることを期待しています。

 少人数ですので、意図的に学年や年齢の壁をなくして、できるだけ多くの人とかかわりあいをもたせ、様々な考え方や生き方に触れさせ、体験させることで、幅の広い柔軟な考え方のできる人間に育ってほしいと願っています。

 また、保護者や地域との連携も大切にし、地域の自然や人材を最大限に生かした総合的な学習や教科の学習に取り組んでいます。自分たちが生まれ育った地域を知り、好きになり、感謝し、やがて地域のために貢献できる人に成長してほしいと期待しています。

 

学校便り「御所山」

 

  鶴子学園歌(校歌)にも歌われている霊峰御所山を名前にした学校だより「御所山」を毎月発行しています。内容は校長の思いと、子どもたちの学校生活や対外的な運動・文化面での活躍の様子、保護者や地域の方への学校からのお願い等々を載せています。

 生徒を通して地区内全戸に配布しています。学校と保護者、地域の連携を大切にしたいと思っております。

 

地名伝説「鶴子〜つるこ〜」  山形新聞07.1.21の記事より引用)

 

 尾花沢市の中心部から南東へ約15km、県道尾花沢鶴子線沿いに集落が点在する「鶴子地区」。藩政期は山形藩領から幕府領となり、明治の半ばに常盤村に属し、1959(昭和34)年に尾花沢市の大字名になった。現在の世帯数は153で、約650人が生活する。

 鶴子地区は、岡田、堀ノ内、瀧ノ上、中里、久保、川原、紅内、市野々の小字からなる。1636(寛永13)年の領地目録には「鶴之子」ともあり、地名の発祥は、新潟県佐渡市佐和田町の「鶴子(つるし)銀山」からの移民説が語り継がれる。

 

 尾花沢歴史文化専門員の梅津保一さんは「"鶴子"の地名は、鉱山用語で鉱脈のことをいう『鉉(つる)』が語源。また、山岳修験時代に水神信仰が芽生え、水源地である山手の土地のことも指し、"ツル"とかかわりを持たせたほか、子孫繁栄に縁起のよい"鶴の子"を意味づけたらしい」と説く。

 

  ちなみに鶴子銀山は1542(天文11)年に、外 山茂右衛門という旅の商人によって発見されたという。江戸期は銅の鉱石も盛んに採取され、日本五大銀山の1つに数えられた。その鉱山で働く人たちが尾花沢の「延沢銀山」に移り、当地を開拓して永住するようになった。移民たちは、佐渡島の"鶴子銀山"を思い出しては望郷の念にかられ、同じ「鶴子」の字を地名に当て"ツルコ"と呼ぶようになったという。