■アルコール依存症・引きこもり体験を経て、
  心身障害者のパフォーマンス集団「こわれ者の祭典」代表として
  活動する月乃光司の情報発信基地

月乃光司 江口歩
 
月乃光司(つきの・こうじ) 
1965年生まれ。高校入学時から対人恐怖症により不登校になる。引きこもり生活、通算4年間を過ごす。24歳頃より連続飲酒状態になりアルコール依存症になる。自殺未遂により新潟市内の精神科に措置入院。27歳から酒を飲まない生き方を続ける。自らのアルコール依存症体験を基にした小説「窓の外は青」(新潟日報事業社)を2001年7月に出版。2002年5月「こわれ者の祭典」に「アルコール依存症・引きこもり自慢」として出演。新潟日報に「心、晴れたり曇ったり」を連載中。

江口歩(えぐち・あゆむ) 
1964年生まれ。レコード会社に勤めながら、1986〜89年 劇団遊◎機械/全自動シアターに所属し舞台に立つ。その後出身地新潟へ戻り1997年 お笑い集団「NAMARA」結成。数々のイベントを企画、編集、総合プロデュース。ラジオ、TV番組への出演ほか、司会、執筆など様々な活動をしている。「こわれ者の祭典」に「司会」として出演。



江口 「こわれ者の祭典」のきっかけは、FMけんとのラジオだよね。今は無き「ふるまち喫茶室」のゲストに来られて。
月乃 本「窓の外は青」が売れなくて、多量の在庫が残り、宣伝に努めていた時に、知人が「古町喫茶室」に出演して、「出る人を探してるみたいですよ」、と言うから、ぜひお願いして、江口さんにも一回お会いしたいなと思って、出るように推薦してもらったんです。出演は楽しかったんですけど、江口さんが初めの打ち合わせの時に、これからなんかやりたい事あるんですかと言われて、ノイローゼ自慢で出る木林おず君という男がいるんですけど、彼と二人で病的なライブを考えていると言ったら、江口さんがそれはいいと賛成してくれて、本番中にもいきなり「イベントをやります」と言ったり、俺としてはホントにやるとは思ってみなかったから、頭の中でそういうのがあったら楽しいかなと、イメージがありました。
江口 もともと興味があって、そういう事をしたいなと考えていたんだけども、どうお声掛けしていいのやら、そうしたら向こうから現れて、しかも「自分もそういう事をしたい」、じゃあやりましょうよ、とすごく早かったですね。
月乃 「新聞見ていてくださね、告示が出ますから」、それでも帰る時に冗談だろうなと思って、松井さんに「ホントにやりますからね」と念を押されて。
江口 「私も司会をやりますから」みたいな感じにね。
月乃 あっ、二人は本気なんだ 社交辞令ってあるじゃないですか。いつか一緒にやれたらいいですねみたいな、そういうんだろうな。でも本気でした。それから考えたんです。それが一回目の「こわれ者の祭典」になったんですね。
江口 ある意味、月乃さんの本の販売促進運動だと思って。
月乃 まだ在庫が500冊。新潟日報事業社の倉庫に。1500冊刷って1000冊売れましたけど、在庫が500冊。その500が売れたら私の活動は終わるですけど。
江口 そしたら次の出版が待っている。
月乃 またそれを売るために。
江口 そろそろ本出しましょうよ。
月乃 初めはどう進行していいのかよく判らなかったですよ。病気ぽい集まりにしようというのがあって、病人が出て体験談を話してパフォーマンスをするみたいな事をしようと言うことでした。言い出しっぺの木林君がノイローゼだったんで、それとアル中の俺が出るという、二人でした。あと出れる人がいないかなと探しました。結構断られたんです。いっぱい。
江口 断られた。
月乃 境界性人格障害の女の子。その子は一回しかお会いしたことがなかったんですけど、すごく可愛い女の子だったんで、また会いたいなと思って、まずはその子が頭に浮かんだんです。
江口 イベントを口実に会おうと。
月乃 そうそう。電話する口実が出来る。手紙を書いたり、電話をしたら、断られちゃった。
江口 理由はなんだったんですか?
月乃 俺達が怖かったからか分からんけど。
江口 主旨に反対ということじゃなくて
月乃 人前で病気の状況を話せる状態じゃないとかで、残念でした。
もう一人、知り合いの友達がいました。彼は性欲が強いと噂には聞いていて、実際にそうみたいだから、色情狂自慢で誰か出てくれないかなと思って。色情狂自慢、いいじゃないですか。色情狂ぶりを話してもらおうかと。S君なんだけど。
江口 誰だかすぐ判ります。
月乃 彼に会って色々と話していたら、大学生の時にストーカーと間違えられて女の子からすごく警戒されたとか。
江口 間違えられたというより、ストーカーですよ。
月乃 ストーカーだったらしいんだわ。だから色情狂自慢をやめて、ストーカー未遂自慢で出て貰おうと思って、それで決まってたんですけど、彼の噂を聞いていたら、イベントになるとすぐに下半身を露出するとか、会った時に彼が「何をやってもいいんですね、月乃さん、何をやってもいいんですね」。なんか俺怖くなってきて。彼は面白いけど、なんか微妙に集まりとは違うので。
江口 NAMARAでも舞台に出した事があるんですよ。「なにやってもいいよ」と言ったら、舞台でウンコし出して大変でしたよ。
月乃 そういう噂を聞いて、それは面白いことは面白いけど、イベントの主旨とは違うんじゃないかと思って。彼は病気とは違って健康だから、別に病気にかかった訳でもないし、具体的に病名が付くのと違うじゃないですか。その頃から考えていたのが、なにかしら精神科にかかったとか、服薬していたとか、入院レベル。その方が病気イベントとしての主旨が出来るんじゃないかと。それでその色情狂の彼はその意味で健康だからということで、出なかったんですけど。
江口 キャスティングはみんな月乃さんにおまかせですよね。
月乃 それが去年(2002年)の3月ぐらいの話で。
江口 まだ1年経っていないんだっけ。
月乃 もうちょいで1年。
江口 5月だもんね。
ずいぶんやっているような気がするから。
月乃 そうですね。
江口 今度ね、ちょっと考えているのはNAMARAの芸人と絡むと、新鮮で、客層もガラッと変わるんじゃないかと、出演者も。僕だと毎回司会で絡んでくると予定調和になって出ているし、NAMARAの芸人もいい勉強になるし。
月乃 それはいつでも。
江口 NAMARAの芸人のファンのギャルで、お客さんのテンションも上がるじゃないですか。そういう刺激を与えていった方がいいじゃないですか。
月乃 具体的には誰ですか。
江口 ヤングキャベツとか。
月乃 いいですね。最近ちょっとマンネリですからね。
江口 何だかんだ言いながら、さくさくっと物凄い勢いで作られていきましたよね。
月乃 そうですね。最初はね。
江口 で、結構リハーサルもやったんだよね。
月乃 やった。
江口 久しぶりに稽古をしたという感じだったよね。
月乃 結構集まりましたね。5回ぐらいでしたか。NAMARAの事務所にみんなで集まって、自分の病気の話しをしたりとか。ずっと参加してた人がリハーサルの時が一番面白かったと言っていました。結構本音が出てたからね。1回目の出演者に、私の教会内の知り合いの中村正人さんがいますが、彼が教会の証しで、幻聴幻覚体験を話しているのを聞いて、すごく好男子の彼が、全然そんな風に見えなくて、結構パフォーマなんだよね。教会のクリスマス会の演劇とかに主役をやったりするから、すごくいいなと思ったりして。
江口 あの時の人選はよかったね。
月乃 1回目の時は、個人的に中村さんが良かったと思うんです。あと、金長男君。金長男君とは何回か映画塾関係でお会いしたことはあっても、特に話したことはなかったんですが、ある日、「窓の空は青」を読んで、涙が止まらなくなったという手紙を貰ったんです。私はうつ病になってしまって、薬を飲んでたいへん苦しんでいます、という手紙を貰ったんですよ。この集まりがあった時に、その事が頭に浮かんで、連絡を取ってみたら、今は元気でいるということなので、話してみたら、表現手段として映画みたいな映像を撮ったものがあるので、これはいいなあと思って、それでメンバーになってもらい、おず君、中村さん、金長男君、俺というメンバーができたんです。
江口 僕は入退院を繰り返してはいないけど、若干病気の部分もあって。病気を病気として作ってしまう病気みたいなところが。自分で病気を演出しているみたいなところがあるのかもしれないけど、自虐的なところがある。でもね、「こわれ者」をしていくと、結構いろんな意味で面白かったですよ。
月乃 出てることで癒されるというか、今も思っていますけど、自分の病気の事を人前で話すということは治療効果があるから。俺個人もやっぱり1年くらい何回かやりましたけど、その中で、人の話を聞いたり、自分の話をする事は癒し効果があると思いますけどね。アルコール依存症と神経症の自助グループに入っているんですけど、それはやり方としては同じで、自分の病歴を話して人の病歴を聞くみたいなやり方なんです。それをお笑いとパフォーマンスを交えてエンターテーメントに消化したのが「こわれ者の祭典」で、出ている本人、見る本人になにかしらの癒される効果があるんじゃないかと思っています。でも、それも賛否両論あって、よく言わない人の話も2、3聞いていますけどね。
江口 こればっかりはあるよ。
月乃 逆にそうじゃなけりゃ面白くないよ。変な事で笑ったり、下ネタも多いし、怒る人もいるし、病人を笑うみたいにね。
江口 俺の耳には入って来ないのよ。それは何故なのかな。むしろ面白がっている人は寄ってくるというか、だから、やな人は避けているからこっちに届かないのかもしれないけど、でもさ、窓口になっているから、ふざけんなと言われてもね。うちのほうにも来てもいいようなものなんだけど、現場にいるからなのかな。
月乃 間接的には何人か、やり方に対する批判はあって。
江口 例えばどんな感じ。
月乃 差別撤廃の運動をしている人で、テレビのお笑いみたいに笑うことは意味があるとは思えない、と言っていましたね。彼の好きなやり方というのは、もっと真面目に。軽い調子みたいのがあまり好きではないと言っていましたね。それは一つの意見として聞きましたけど、
江口 俺なんかいろんなアプローチがあっていいんじゃないかと思っている。では、うちらがやっている事が差別が無くならない運動なのかね。
月乃 俺はそう思っていませんよ。だから、自分の中の主旨として、世の中に犯罪があって、精神病院に入院歴がある男が出て、精神科に入院した人は怖いというイメージがありますよね。別にその人が、例えば、実際よく言う話だけど、統合失調症の人が犯罪を犯す確率と一般人が犯罪を起こす確率ならば、一般人が犯罪を起こす確立が高いんですが、たまたま統合失調症の人が犯罪を犯すと、病院に入院歴のある人が犯罪ですとなるから、その人が風邪をひいていたら、風邪をひいた男が起こした犯罪ですと言わないわけじゃない。偏見を助長していてて、「こわれ者の祭典」をやっていて、自分がこうなればいいなと思うのは、みんな気のいいあんちゃんやねえちゃんじゃないですか。中村君、金長男君、おず君、和枝さん。ある意味、好青年であり、その辺の身の回りにいる感じのいいお兄さんみたいな人ですよね、出る人が。だから、そういう人が笑いながらもヘビーな話をするわけじゃないですか。その時に、俺差別撤廃ということで偏見をなくすととはこんな人だったのか、精神科に掛かった人、入院歴がある人、特に俺や中村君なんか強制入院ですからね。すごく怖いと思うけど、実際にはその辺にいるちょっと面白いあんちゃんみたいな人だと。俺のやり方としての偏見打破。軽い乗りって大事な事で、ちょっと明るいあんちゃんみたいなのがそうだったみたいなのを、それを偏見打破にしたいと思っています。
江口 そこは共通項なんですよ、僕なんかと。僕が疑問に思うのは、僕らのやっている事が差別を撤廃しようとしている人から見るとなんで違和感を覚えられてしまうのかということ。「差別を撤廃しよう」の逆行しているのなら、俺らがそういう動きなら文句を言われてもいいんだけどさ、そんなことさらさら思っていない上に、僕なんかもむしろ、極端なことを言うと、「こわれ者」前後というぐらいに見方がガラリと変わるではないかと思うぐらいなんですよ。だから、そこの部分を見て欲しい。笑いというのは一つの手法でさ。
月乃 本人がやっている事だからね。それも大事な事ですけど、やりたいと言うのは自分達でやっている訳だから。誰にやらされている訳でもないし。
江口 肌が合う合わないとかあって、俺はこういう形で差別撤廃運動をやっていく。あなたちの手法でそれをやってくれ、応援するからだったらいいんだけど、それは「不登校」の時に感じたものね。自分の中のやり方ってあってさ。
月乃 賛否両論はあって、ないとあれだよね。1回目のアンケートを見せて貰った時に、ほとんどが賛が多くて、ホントなのかな、と疑問に思って、こんな変な集まりなのに、感動しましたみたいなものに疑問に思っていて、しばらくしたら2、3否の方が入っていて、逆に安心しましたけどね。
江口 僕なんか最低だというバッシングがありましたからね。それはそれで受け止めていましたけど。
月乃 オナニーがどうしたとか、ウンコがどうしたとか、そんな事ばっかり言ってるですから。全体のトーンとしてはそうじゃないですか。オナニーネタが多いですけど。
江口 「こわれ者」だからと関係ないわけよ。俺らのライブでやったって同じ事で、お堅いPTAが来れば怒られるわけですよ。それは「こわれ者」だとか「こわれ者」じゃないとか、全然関係ないからね。生理的なものだから。
月乃 集まりがあるとオナニーの話をしたくなるんですけど、なんでかと言うと、ここまで言っていいとか、言っちゃはいけないとかを乗り越えたい時に、いきなり40近い私がオナニーの話をすると、ここまで言えないのが乗り越えられるんです。それを個人的に心掛けているんです。中華料理って無礼講の料理だそうで、中華料理通の人はわざとこぼすんだって。こぼすと、もうこぼしてしまったんだから行儀良く食べましょうとか、そういうのがなくなるんだって。それと同じように、初めにこぼすようにオナニーの話をしちゃえば、いまさら汚れたって。
江口 それはよく女性に使う手口ですね。いきなり自分の負を見せる事により、自分のランクを先に下げて、後は昇るだけ。いきなりいい状態から行くと、それをずーつとキープするのは難しいから。テクニックですよ。
月乃 そんなこんなで1回目があって、私個人としてはあれで終わりにするつもりだったんです。タイプ的に人前でなにかをするタイプじゃないから。で、1回目はすごく面白く、なにが起きるかどうなるか判らないところあったじゃないですか。お客さんが少ない予定だったのに。
江口 めちゃくちゃ来てしまいましたからね。入れなかった人がいる。立見が出て、170人が入った。スゴイよ。70人の所で100人余計に入っちゃった。
月乃 終わった時にこれで止めようと思ったんですけど、しばらくしたらやっぱりまたやりたいな、と思って。結局「こわれ者」と付くものは何回もやっちゃいましたね。
月乃 ひきこもりが100万人いて、アル中が200万人いるらしいですから。
江口 間違いなくもっと増えるよ。この世の中。どう考えても「こわれ者」量産体制になっているから。ここで今の行政の手法だとか、社会情勢を考えても、どんなカンフル剤を打てるのかも見当たらないしさ、減少するきっかけには何があるのと想像つかないんだよね。悪くなる一方というところしか見当たらないしさ。そこでうちらがそれを減少させるおこがましいことなんか考えていないんで、若干のクッションにはなるのではないかと
月乃 俺が今を生きられるようになったのは、病人がかってダメになって、回復していった話で、こういうきっかけで、いろんな事があって回復したという話を聞いて、生きられるようになったんです。自助グループ活動の中で。例えば、第1回目の「こわれ者の祭典」で話した、中年の紳士が女子校生を見ながらオナニーはしません、という話しによって、俺自身がプライドを捨てた生き方というのを、それまではプライドが高くて変な事を言わないタイプだったんですよ。それが生きるヒントになったので、だから病人が回復した話は、今苦しんでいる人に生きるヒントになる。「こわれ者の祭典」もそのように用いられる事を、これからはイベントだけじゃなく、いろんな表現手段があると思うんです。CDとか、映像、本をだすとか、それで行きたいんですよね。そこを崩すとダメになって自滅すると思うんです。やっぱりメッセージとして、今苦しんでいる人のためのメッセージを持ちながらいるとだんだん用いられる機会も増えてくるんじゃないかと。そこを見失わないように。
江口 「ばかの祭典」をやりません。
月乃 いいですねえ。
江口 ある意味ばかじゃないですか。いい大人がずっとオナニーの話しばかり。だからオナニーをしまくっていいコーナーですよ。ばかの祭典。
月乃 俺は会社行くのが死ぬほどイヤなんですよ。なぜイヤだかって言うと、まず「忘れる」「無くす」「間違える」。
江口 それってダメ人間じゃないですか。
月乃 毎日会社に行くってのは、俺にとってその証明なわけです。回りももうあきらめていて、あいつはアブナイから何もやらせない方がいいと言われてて、やだなぁと、行きたくねぇなあと思っていて、なんでこんなに会社に行きたくねえかというと、ばかであることが証明されて、だからヤダなあ。それで今は自分でも納得してるんですけど、イヤだなあと思いながら、ばかでない振りをしてさ、自分はばかじゃないんだと言い聞かせているよりも、露骨にばかであると証明されると、それが俺な訳だから、俺はこうなんだなと判る場所ってありがたいじゃないですか。会社がなかったら、俺は頭がいい、となっちゃうしさ。
江口 「ばかの祭典」だと、こんどはNAMARAの芸人と共存できるんじゃないかと。比較的に「こわれ者」だと芸人が脚光を浴びないしさ、司会役の俺なんか浮いちゃってるしさ、こわれ者が賞賛されて、すごく嫉妬する訳ですよ、こっちとしては。だけど「ばかの祭典」だったら、同じ土俵にあがれるんです。
月乃 ……
江口 「ばかの祭典」やりましょうよ。ハゲってのも限定しているし、みんな月乃さんがおいしい土俵を作ってしまっているんですよ。
月乃 俺はオナニストだから、如何に自分が酔うかということに興味があるんです。
(2003年2月12日)