■アルコール依存症・引きこもり体験を経て、
  心身障害者のパフォーマンス集団「こわれ者の祭典」代表として
  活動する月乃光司の情報発信基地

 
 
生きることが苦しくて「死にたい」と思ったことは何回もあった。十五歳の時に関屋分水に飛び込もう、と真剣に考えたことがあった。

死ねことができず、四十一歳まで生きてきた。今は、生きていることに感謝している。最近のいじめが原因の自殺連鎖には本当に心が痛む。
そんな思いから、「生きてマ復讐(ふくしゅう)しよう」という題名の詩を書いた。

いじめられて死ぬくらいなら、学校に行くのをやめよう。いじめられて死ぬくらいなら引きこもりになろう。
自分の部屋へ、勇気ある撤退だ。布団にくるまって、ゆっくりと一人で作戦会議だ。

誰かに相談できたら、一番いいだろう。でも、僕が十代の時だったら人に相談することはできなかったかもしれない。自分のことを話すことが一番苦手だったからだ。
中学生の時に、Mという同級生が「月乃を泣かす会」を作っていた。Mに何度も泣かされた。僕の記憶の中ではそれは「いじめ」になっていなかったが、最近、人に話したところ「それは、間違いなく、完璧(かんぺき)な、誰がどう考えてみても、いじめだ!」と言われた。

僕の心の中に「いじめ」として記憶したくなかったのかもしれない。僕の屈辱の傷口がうずくからだ。僕はMにいじめられていたんだ! Mは会社員になり、結婚もして、もう十八歳の子供もいるらしい。
 

自殺して復讐するのじゃなくて、生きて復讐しよう。
自殺して問題を起こすのじゃなくて、生きて問題を起こそう。
自殺して注目を集めるのじゃなくて、生きて注目を集めよう。
Mへの復讐。

Mは結婚生活も長くマ倦怠(けんたい)期かもしれない。独身の僕が、魅力的な彼女を作り、ラブラブになる復讐。僕が幸福になる復讐。僕が生き延びていく復讐。

いつか、スヌーピーのイラストとラブラブ写真の入った「結婚しました♪」っていうハガキを送ってやるぜ! 倦怠期かもしれないMはギャフンと言うだろう。

いじめられて死ぬくらいなら、学校に行くのをやめよう。いじめられて死ぬくらいなら引きこもりになろう。

生き延びて、いつか幸福になる復讐をしよう。
 
新潟日報「心晴れたり曇ったり」

人と比べない生き方が大切なんだ。

今から十四年前、二十七歳の僕はアルコール依存症者の治療施設に入寮していた。Kさんという四十代の元アルコール依存症の男性が施設長だった。

Kさんはかなり節制した生活をしていた。いつも弁当を持参して外食はしなかった。車で遠出をするときは、高速道路は料金がかかるので早めに出かけて一般道を利用していた。穴の開いてほころびたジーンズをいつもはいていた。施設を運営することは経済的にも大変で、同世代の人よりも低所得のようだった。

Kさんの唯一の趣味は釣りで、うきの先が折れたものを接着剤で補修していた。「買った方が早いんじゃないですか」と僕が言うと、「物には命があるんだ。最後まで使い切ってやることが大切だ」とKさんは語った。

僕はとてもみじめな気持ちだった。質素な生活が苦痛だった。それまでは、親がかりだったために経済的な苦労をほとんど知らなかった。

街にはおしゃれな若者たちが歩き人生が楽しそうで、僕と比べてみたときに悲しい気持ちがした。そのことをKさんに話した。

「俺は比べるのは自分の一番どん底だったときと今を比べるんだ。お酒が止まらなくて一文無しになったとき、孤独だったときと比べたら、今は随分と幸福じゃないか。人のお金や着ている服とは比べないで自分の過去と比べてみようよ!」とKさんは言った。

僕はそのときから僕の過去と今を比べるように心がけた。引きこもりで何もできなかったとき、入院して絶望に打ちひしがれていたときに比べたら、今はどんな時でも幸福だ。そう考えると一番辛かった時間がとても大切なものだと思えるようになった。

人と比べて僕が優れていると思い満足しても、それは劣等感の裏返しに過ぎないのかもしれない。その人その人の生き方があり、比べようのない尊さが一人一人にあるのだ、と思う。
人と比べない生き方が大切なんだ、そう思うようになった。
 
新潟日報「心晴れたり曇ったり」より

駄目な自分が嫌いじゃない、そう思った。

三交代制の作業員として会社に勤めている。夜勤業務の時に、会社で失敗を繰り返した。

朝の八時に仕事が終わり、なんとなく落ち込み、このまま自宅に帰るとますます気持ちが暗くなりそうなので、二十四時間営業のインターネット喫茶へ行った。

平日の朝のため、あまり人もいず、パソコンの置いてある個室に入ると淋(さみ)しさが増してきた。
インターネット上に公開された、人気アイドルの小倉優子さんの写真をじっくり眺めた。本当に可愛(かわい)かった。可愛さに、淋しさが少しまぎれた。
この店では、ソフトクリームがセルフサービスで取れるようになっていた。どんぶりのような茶碗(ちゃわん)に、機械からなみなみとソフトクリームを流し込み、むさぼり食った。

三杯食べたら、心が甘さで一杯になり、ようやくホッとしてきた。
トイレに行って鏡を見ると、無精ひげのはえた口元にソフトクリームが付いていた。

会社の失敗で落ち込み、インターネット喫茶の個室でアイドルの写真を穴があくほど眺めた後に、山盛りのソフトクリームを食べる薄毛の無精ひげ独身中年男、もうじき厄年の元アルコール依存症の会社員…、それが僕の姿だ。

その姿を考えると僕は「プッ」と笑ってしまった。そんな駄目な自分が嫌いじゃない、そう思った。かつての僕だったら駄目な自分を受け入れることができなかったと思う。これは僕の成長だ。

五年の間、お世話になりました。「心晴れたり曇ったり」は今回が最終回です。駄目な人が必ず立派な人にならなければいけないことはなく、駄目な自分を好きになっていくこと、自分を愛していくことが幸福への道ではないか、と僕は思っています。

アルコール依存症でも、引きこもりでも、脳性まひでも、神経症でも、体や心に障害があっても、統合失調症でも、人格障害でも、摂食障害でも、筋ジストロフィーでも、どんな病気や「生きづらさ」を持っていても、自分を愛していくこと、「生きづらさ」を受け入れていくことで幸福になることができる、と僕は信じています。

また、どこかでお会いしましょう!
 
新潟日報「心晴れたり曇ったり」最終回