本吉郡南三陸町のマンホール

2005年10月1日、志津川町と歌津町の合併で南三陸町となった。
南三陸町のマンホール 南三陸町
・青地に水玉模様、町章入り空気弁蓋。

・撮影日:2015年10月16日  
・撮影場所:宮城県本吉郡南三陸町R221荒沢神社先にて  
・撮影者:ザキヤマさん提供
南三陸町のハンドホール ・青地に水玉模様、町章と「仕切弁」「200」の文字入り仕切弁ハンドホール蓋。

・撮影日:2015年10月16日  
・撮影場所:南三陸町R221荒沢神社先にて  
・撮影者:ザキヤマさん提供
南三陸町のマンホール 旧志津川町
・中央にモアイ像、その周りにギンザケやホタテ、ワカメなどが描かれています。 「志津川」の表記。
デザインのモアイ像は、1960年(昭和35)年のチリ地震津波から30年後、復興と友好の証として チリから南三陸町へモアイ像が贈呈されたことから、ギンザケは志津川町がギンザケ養殖発祥の地であることから。
汚水管マンホールの蓋

・撮影日:2013年5月10日  
・撮影場所:宮城県本吉郡南三陸町(志津川)  
・撮影者:syuukouさん提供
南三陸町のマンホール
「3.11大津波で被災した南三陸町の防災庁舎遺構敷地内にも、 マンホールはきっちり残っておりました。大津波に耐えたこのマンホールも震災遺構と思います。 震災地は津波の運んだ泥で土ぼこりもうもうの状態で、きれいな写真が撮れませんでした。 それでもなおマンホールは残っていたのでちょっと感動しました。 たくさんの訪問者に見ていただいて、復興に思いを感じていただければさいわいです。 」と提供がありました。 上記と同デザインの蓋ですが、HP上に残したく掲載します。
汚水管マンホールの蓋

・撮影日:2014年4月16日  
・撮影場所:宮城県本吉郡南三陸町志津川字塩入77  
・撮影者:酔いどれ探検家さん提供
南三陸町のマンホール
・穴あきテトラポット模様に志津川町章。受枠には山型と谷型の様な模様。
汚水管マンホールの蓋

・撮影日:2015年10月16日  
・撮影場所:役場周辺で  
・撮影者:ザキヤマさん提供
南三陸町のマンホール
・町章の周りに「SODEHAMA KANKYO」の文字、その周りにギンザケが3匹描かれたカラー版です。

・撮影日:2015年10月16日  
・撮影場所:浜辺沿いのR221荒沢神社先にて  
・撮影者:ザキヤマさん提供
南三陸町のマンホール
・上記のノンカラー。

・撮影日:2015年10月16日  
・撮影場所:浜辺沿いのR221荒沢神社先にて  
・撮影者:ザキヤマさん提供

南三陸町のマンホール 旧歌津町(うたつちょう)
・アンモナイトをくわえたウタツサウルス(歌津魚竜)の周りに町の花ツツジを描いたカラー版。 ウタツサウルスは、歌津町館崎の海岸に露出した地層で最初の化石が発見された、中生代三畳紀前期に生息していた水棲爬虫類で、初期の魚竜の属の一つだそうです。
汚水管マンホールの蓋

・撮影日:2015年10月16日  
・撮影場所:宮城県本吉郡南三陸町歌津  
・撮影者:ザキヤマさん提供
南三陸町のマンホール ・上記と同じ物で着色部分が互に剥離した物と思われますが、二つ併せて見ると絵柄全体の様子が良くわかると思います。
汚水管マンホールの蓋

・撮影日:2015年10月16日  
・撮影場所:南三陸町歌津  
・撮影者:ザキヤマさん提供
南三陸町のマンホール ・上記のノンカラー。
汚水管マンホールの蓋

・撮影日:2015年10月16日  
・撮影場所:南三陸町歌津  
・撮影者:ザキヤマさん提供
南三陸町のハンドホール ・上記のハンドホール。
汚水管ハンドホールの蓋

・撮影日:2015年10月16日  
・撮影場所:南三陸町歌津  
・撮影者:ザキヤマさん提供
南三陸町のマンホール ・上記の親子。親蓋は変形テトラポット模様。
汚水管マンホールの蓋

・撮影日:2015年10月16日  
・撮影場所:南三陸町歌津  
・撮影者:ザキヤマさん提供

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