茂木健一郎氏「生きて死ぬ私」輪読会


 テレビでもおなじみの茂木健一郎さんは、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードに、脳と心の関係(心脳問題)を研究している脳科学者です。現在はソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員、東京工業大学大学院連携教授。  駒場祭では、「生きて死ぬ私」というエッセイを通して、講演をしていただきます。

 そこで、そのプレ企画として、『生きて死ぬ私』の輪読やディスカッションの場を設けましたo(^_^)○
 なんと、特別ゲストとして、東大の大学院で脳科学の研究をしている、シンヤくんにも来てもらいました!!o(*^^*)o

 以下、本書から一部抜粋を紹介いたします。


「人間が幸福であるための条件」

 人間は、さまざまな機器やシステムがうまく動くためにはどのような条件を整えればいいか、 客観的かつ合理的に判断する能力を持っている。
 たとえば、コンピュータが快適に動く環境がどのようなものか、それはわかっている。

 計算速度の速いCPUを搭載していること。
 大容量のハードディスクを内蔵していること。
 インターネットと大容量の回線でつながっていること。
 安定した電源が供給されること。

 そのような条件を整えさえすれば、コンピュータは快適に機能してくれる。
 同じように、人間の幸福のために必要なファクターは、案外とはっきりしたものだ。
(中略)

 たとえば、大きな広々とした空間のある家。
 家族や、心の通い合う友人たちや、あるいは恋人と過ごすゆったりとした時間。
 好きな時に、好きな場所に行ける手段と余裕があること。
 将来の目標についてある程度の展望があり、その目標に向かって、少しずつでも進んでいるという感覚のあること。

(中略)
 ちょうど、どのような環境を整えればコンピュータが快適に働くかがわかれば、後はそのような条件を整えることに努めればいいように、人間が幸福であるための条件がわかっているのならば、後は、そのような条件を整えるように努力すればよい。
 だが、人間の場合、なぜかことはそのように簡単にはいかない。なぜならば、私たちは、どんなに幸福な環境に置かれたとしても、次のような質問をしてしまうからだ。

 たとえ物質的に満たされていても、必ずしも幸せとは言えないのではないか?
 私はどこから来て、どこへ行こうとしているのか?
 人間は、死ぬとどこへ行くのか?
 人生の究極目的は何なのか?





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