
第1講 「協働の仕組み〜思想と制度」 北海学園大学教授 森 啓

文責は,事務局にあります。
※以下は,講演などの概要を紹介していますが,講演を聴いたスタッフが個人的にこう理解した
という内容で,講師の真意と齟齬がある場合があります。詳しくは,後日出版される地方自治土曜講座ブックレット(公人の友社)をご参照ください。
協働という言葉がたくさん自治体のHPにでている。この言葉が広がりはじめたからは,あまり期間がたっていないであろう。言葉が一人歩きして,市民自治
とか、主体はだれかという議論が横にいっているのではないかという方もいる。参加から参画へ,参画から協働へという説明もあるがそういう安易な考え方では
どうか?
言葉では参加だが、制度では形骸化して,実質的には行政主導ということにていることがある。ある人は,コラボレーションの翻訳が協働であるという。すべて
訳語として済ましてよいものだろうか。
70年代、文化行政が自治体の重要な課題と位置付けられはじめたころ,自治体に、文化行政のセクションができた。行政が文化行政を行うことは批判があっ
た。 行政は安定性、公平という常に重視する価値に、文化にはなじまない。 クリエーティブで、数量化できないものを対象に、もっというと異端である。
柔軟性がない行政に文化に向かないという批判、疑念があった。
しかし,文化行政の黎明期、
施設をつくるときに文化性を考慮するなど行政がかかわるべきところはあるということが言われた。
機能ばかりではなく,面白さ,地域性などを考慮することはできる。私が編著した本の中では,行政の文化化を行政文化の自己革新と解釈している。行政の文化
革新と文化行政の再定義をした。 行政のあり方を問い直す前に文化を考えるのではなく、行政文化の自己革新が基本にあらねばならない。
住みつづけたい,住んでいることを誇りに思える地域をつくるためには,行政のあり方を問い直し、変革なくして意味ある文化行政はできない。行政が企画す
るものではなく、住民や地域と協力してできるものである。そのためには行政の自己革新がなければならない。そういう意味をこめて,行政と住民の「協働の営
為」と称した。
協働という言葉には様々な背景があるが,協働という造語の意図は何で、今はどのようになっているのか。 かくも流行するのはいかなる意味なのか。
地域では信頼関係をもってやっていかなければならない。しかし,信頼関係というならば、信頼関係の確立が大事だとする資料の中では横文字がやたらでてく
る。 カタカナを,意味を明確にしないでつかっているのではないか? そのような言葉を無神経に使いながら信頼関係を云々するのはいかがなものか?
次に,具体事例で協働ということを検証する。アーバンデザインの専門家が来られて,馬車道商店街と伊勢崎町とで歩行者天国をはじめた。車社会で歩道が少
なくなって人通りが少なくなった。警察が許可しないことに対して,警察に座り込みまでやった。何かをしようとするときに様々な壁がある。知恵を働かせるこ
とで,それを乗り越えることによって地域の人も行政の人も成長する。それぞれが自己革新するのである。
旭川市の買い物公園であるが,これは国道であるがこれを旭川の顔にしようとした。実現には建設省、警察、道庁という壁があった。いまだに官が民を抑える
のかと言って,何日間の試行をした。マスコミが注目の中で,国道をストップしてイベントが大成功した。国道を市道に切り替えて実施した。制度的にできない
ではなく、それをどう乗り越えるのか、それぞれが工夫を重ねて壁を乗り越えた。それが全国に衝撃的なニュースとして流れた。双方の主体的な自己革新が
これを生んだのである。
三セクは悪いところをもちよったことによって失敗している。しかし,長浜市の黒壁は、まったく民間に任せた。客には女性が多いということで社員を女性に
して、出展の商品を任せた。石畳をつくるなど歴史的なものは行政がやっている。この社員の方がこう
言った。「よそでうまくいていないことをやろうと思った。チャレンジする課題がそこにある」と。行政はお金を出すが口は出さないことによって成功した三セ
クの数少ない例である。道内では,富良野市で劇場をつくってNPOの演劇工房に運営をまかせた。行政と市民の新たな関係をつくり、ともにこれまでのやり方
を変えていくことが協働なのである。
神奈川県では情報公開条例をはじめて取り組んだ。県政への県民参加のプロジェクトの一環であったが,当時は公開というのは遠い外国の話であった。職員の
自主研究グループが取り組んだ提言のひとつだった。実際の条例では公開しなくてもよい事項が多かったが,全国の流れを自らつくったというということを自覚
した。地域に政策をつくれるという自信を与えたことは大きかった。
川崎市のこどもの権利条例では,どれほどの手間と時間がかかるのであろうか。子供からも意見を受けた。ものすごいエネルギーがかかる。こういうものをま
とめ,旧来型の文化ー統治行政を変えていくことは時間がかかる。米原町では,常設型の住民投票条例をつくった。先進的な事例である。外国人住民にも投票を
認めた。様々な批判があったが,これにより町長さん自身が自己革新をして,使う言葉も本物になったと感じている。
これら事例は先進的でものである。あえて問題点を指摘すると
,えてして条例制定が流行になって制定が目的化している。条例制定ははじまりと書いてあるが、できて終る。その人は異動して普通の公務員がやってきて運営
することになる。
制度として条例化していれば首長が変わっても否定できない。 条例はその歯止めになる。
条例をつくるプロセスの中で関係者の考え方ができる。
関係者や組織内にもさしたる変化もないのに条例をつくたといっている。そんな例がある。そして,カタカナ用語が多い。
作った人も異動すると普通の公務員に戻る。
協働という言葉もそうであるが,流行語を安易につかう。カタカナ語を平気でつかう。できることなら,実際の住民、現場で直面している問題を正面にすえ
て,どうやったら打開できるかを自身の問題を考えればよいのでないか。 現場におきている問題を解決することに力を注ぐことが大事ではないか?
例えば何かといわれたときに具体的にいえないことが多いのではないか。抽象用語ではなく,具体的な現場の問題で例えばということで考えていかなければな
らない。言葉だけ先行して、現場に何が起きていることを知らないのではないか。
学者は現場に密着していない。外国の背景も異なる概念を持ち込んでいる。どうして行政職員まで真似をするのか?
なぜカタカナ言葉をつかうのか、優越感、自己満足か、 まちの人が分からなくてもかっこよければよいのか。
日常の具体的な場面で、そのときに「そうだよなあ,そうすべきであるなあ」ということがある。今までと異なってもこれを何とかしなければならないと思うこ
とが原点である。
上司に聞くというのは、自己責任で自分の仕事をしていこうと言う考えがない。その瞬間は上司に責任をとってもらう。自己責任を回避する。前例のないこ
と、不確定要素があることは拒否的に反応する。しかし,自己責任で処理する思いがなければ協働ということは困難である。
職場も統治型で,上司は間違いのない公正な判断をするというあるもしない擬制でなりたっているのが公務員の世界である。組織の活性化を阻んでのは管理職
にある。行政への長年の不信は、自ら判断できることを放棄してきたことによる。
信頼関係を確立するというのならば,自らの責任でやっていくという倫理観がなければ協働ということにはならない。
学校給食の問題は経費や内容の面でも民間がやった方がよいという状況にある。ごみ収集も然りである。福祉の分野でも介護保険のサービスでは,民間が乗り
出してきている。図書館でも今の司書ではという議論がある。もはや公務員がやっていたほうがよいとする分野はあるのかないのか。自分たち自身がそこまでき
ていることを問題にしなければならない。
行政の体質は,ピラミッド型で誰も責任をとらない。ここを何とかしなければならない。信頼関係をつくる上で,協働のしくみをつくるために,抽象的な訳語
は止めなければならない。何が問題になっているのか。それは合併である。協働のまちづくりといいながら,合併が避けれらないだろうとして協議会をつくり、
地域の住民が無関心なことをよいことに簡単なアンケートのみというのはどこが協働なのか。住民相互に意見を述べ合う機会をつくらず、自治省が考え,道庁作
成した資料を配る協議会は,協働に逆行しているのではないか。
合併が避けられないのではなく、交付税削減が避けられないのではないか。地方分権はそもそも自分たちの問題を解決すること。町村は窓口事務のみになっ
て、再編成したらよいのではないかと国は言っている。そもそも自治権を奪うことを,道庁が推進することはいかがなものか。
都道府県、自治労、学者が総崩れで,合併に反対の学者がいない。2級町村制の復活とはと
んでもない話である。自分のまちを守っていこうという市町村があるのに,合併はやむを得ないというのはいかがなことか。
協働の可能性は,職員の文化化と行政の機構・運営の文化化と,行政総体の文化化とよく以前書いたものである。一人一人の自治体職員が,ふるさとをどうつ
くりかという事務局職員という意識をもって,行政と住民が役割分担して担ってもらう。参加から協働へというが、はたしてそうか。双方の主体の自己変革が必
要だ。双方の変革のない協働は意味がない。双方が工夫して壁を乗り越えたときに協働の関係が生まれる。自分自身が一歩踏み出すこと,枠組み認識をもつこと
によって踏み出すことができる。
全身丸焼けの玉砕はよくない。でも,何もしないで課長になってからではたらもぬけのからである。日常具体的なプロセスの中に様々な課題が見えてくる。そ
れを自らの才覚で乗り越えることをやったことで,その人に協働の自己革新がある。
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