64-川越線を走ったDC

   ・川越線は大宮〜高麗川の間をキハ35系気動車が2〜7両の編成で電化(85年9月末)までの間走っていた。
    この車輌は1961年に作られ通勤近郊型ベンチシートタイプで3扉の車輌で、撮影を始めた75年頃は高崎第一所属で当時約80両(キハ20を16両含む)が在籍し
    35系は川越・八高線に活躍してた。 中でも車体をステンレスとした901〜910番は気動車として最初にスレンレスを採用し無塗装で有ったが後に通常の色に塗装された。



                  ・懐かしいデビュー当初のツートンカラー車とステンレスボディー車です。   74.11〜12  武蔵高萩・笠幡



                  ・雪の中を進む、既に通称たらこ色に塗装変更が実施されている。    78.01  的場・笠幡



                  ・荒川鉄橋を渡る4連。    82.10  指扇・南古谷




                 ・川越線の電化に伴い車輌基地(川越電車区:ハエ)の建設が始められた。    85.01  指扇・南古谷




                 ・高碕第一のキハ35にも若干の変化もあり新潟より500番台が8両配置された。
                  500番台は寒冷地仕様で外観的には屋根のベンチレーター形状が一般とは異なっていた。    85.08  指扇・南古谷



                 ・新たに建設された電車区を跨ぐ陸橋より、試運転及び乗務員訓練用としてか、先行で103系3000番台が入線してる側を
                  残り僅かな35系が行く。 南古谷駅は前方の林の右側で後方奥が川越方面。    85.08  指扇・南古谷