76-磐西のDC

   ・風光明媚な磐越西線ではどんな列車でも美しく撮れるのであるが、DD51機関車撮影の合間には数少ないDCも少しは撮っていた。
    DCの大半は急行であったが後に快速に変更となり、このころは小さな駅でも職員が配置されており人と人との繋がりが多くあった時代であった。



                  ・日出谷のホームでは駅前に旅館を営んでる駅弁屋さんが首から駅弁売りの箱をぶら下げて、普通列車のお客に帽子を取って礼を
                   急行はタブレットを取るところ、そして急行の右奥の建物は給炭施設が見えその先にはターンテーブルがあった。
                   80・05  日出谷



                  ・通過駅のためタブレットを「つる」に投げ入れるところ、駅員の直立不動?が鉄道員を感じる。      80・05  徳沢



                  ・8両編成の急行「あがの」が行く、ここ日出谷のカーブは長い編成写真には背景も良く楽しかった。
                   81・08  鹿瀬・日出谷



                  ・雨上がりの中を走り去る、この「赤岩橋」まで車で来られた。     81・10・10  日出谷・豊実



                  ・このころは鉄度写真のファンと会うのはまれで旅館(日出谷)に泊まると必ず渓流つりですか・・・とよく聞かれ
                   いや鉄道写真なんです、と答えるとキョトンとしていた。   82・08・06  日出谷・豊実



                  ・正確な時期は忘れてしまったが車で初めて日出谷に訪れたとき、夜間走行で鹿瀬・日出谷間にトンネルがありその内側は素彫りで
                   表面が岩でゴツゴツして崩れるのではと恐ろしかった。         82・08・06  日出谷・豊実



                  ・急行から快速と変更となり編成車両数も半減となった。    85・11・02  鹿瀬・日出谷



                  ・冬の遅い日差しを受けてキハ40は新津に向かう。    85・11・02  鹿瀬・日出谷




                  ・右側の桜の大木は見事に咲くのだが残念ながら今回は見られなかった。
                   地元の人によると左側には以前「桐」の大木があったとか・・・      86・05・01  鹿瀬・日出谷



                  ・会津若松駅を出発する、左後方は貨物扱い当時のヤードである。    86・05・02  会津若松