Amazing Grace
「・・・なんだか、下が騒がしいですね・・・」
“三叉の鉾”
サガ達が聖域を発ってから数時間。
雨は弱まりつつある。
それと反したように、聖域の周りはにわかに騒がしくなった。
そんな状況を決定付けるかのように、白羊宮の入口に立つ私の元に雑兵が駆け込んできた。
「アリエス様!」
「様子はどうです?」
「海側の結界付近で戦闘が起こっています! 恐らく海界の・・」
「そうか。」
聖域にアテナが居ない今、結界は弱くなっている。
破られるのも時間の問題か・・・
白銀や青銅の聖闘士達もほとんどが復興任地に赴き、聖域が手薄なのは否めない。
無駄に食い止めて、怪我人を出すよりも確実に始末する方が得策か・・・・
見ればその雑兵も腕にかなりの傷を負っている。
これではアテナが戻られた時に、悲しまれるだろう・・・
「貴鬼。」
私は後ろで身を固くしている弟子に呼びかけた。
「ムウ様?!」
「お前は神殿へ行っていなさい。 私は下を食い止めてくる。」
「え! でも、おいら・・!」
「いいから。 神殿へ行く途中で、デスマスクとシャカに私が宮を離れる事を伝えなさい。」
「・・・そんな。」
振り返ると、その大きな瞳に不安の色を宿した幼い顔が眼に入る。
「行きなさい。」
「・・・・・・・はい・・・・・・・」
「私は大丈夫だから。 さあ。」
僅かに微笑むとその小さな顔を頷かせ、貴鬼は背中を向け走り出した。
その後姿が金牛宮への石段を登り始めたのを確認すると、私は白羊宮を後にした。
むせ返る様な血臭。
海側の結界である断崖に近付くと、その岩肌は真紅に染まっていた。
「ぐはあぁ!!」
足元に倒れ込む雑兵を抱き上げる。
「大丈夫か。」
「・・・ア・・アリエ・・」
「いい、喋るな。 結界は通さぬから、安心しなさい。」
その言葉に雑兵が眼を閉じた時だった。
「あはははははーーー! てんで相手にならないねー。」
癇に障る甲高い声。
その声の主は、血に染まった岩肌に無造作に足を組んで腰掛けていた。
跳ね上がった短い髪は、染めたかの様なオレンジ色。
ヘッドパーツから覗く顔には幼さが残るように見えた。
その体に纏った鱗衣には其処彼処と返り血が付いている。
だが、彼はそんな事は気にも留めぬ様子で、笑い続けていた。
「弱い、弱い、弱いー! ま、うちの海闘士もやられちゃったけど。」
「・・・これは全てあなたが?」
「そうだよ。 あんた、誰?」
「相手に名を尋ねる時は、まず自分から名乗るのが常識ですよ。」
「うわあ、怖い顔しちゃって・・・」
クスクスと笑いながら足を組みかえる。
そんな相手の態度に頭に血が上るのを感じる。
「名前ねぇ。」
「言わなくても構いませんよ。 口が利ける内に聞いておこうと思っただけですから。」
「ふん。 じゃあ、あんたが名乗った方がいいんじゃない? 口の利ける内に。」
そう言った青年は徐に岩の上に立ち上がった。
「ま、アテナが居ない聖域なんて用は無いんだけどさ。 これもポセイドン様の為だからねー。」
「やはり海闘士ですか。」
雨粒に濡れた顔で不適に笑う。
「そうだよ、海闘士。 あんたは聖闘士?」
「そうですよ。 ・・・・黄金聖闘士、アリエスのムウ。」
「名乗ってくれんの? じゃあ僕も教えてあげようか? 僕はね・・・」
風が舞い上がり、雨が逆流するように荒れ狂う。
一気に高まったその小宇宙で、周囲の空気が歪んだように見えた。
「・・・くっ!」
一瞬の差で放たれた拳から身を翻す。
拳圧で崩れた断崖が海へと落下していった。
「・・・避けれたんだ。 じゃあ、ご褒美に教えてあげるよ。 僕はアティス。 海闘士、トリアイナのアティス。」
トリアイナ・・・?
なんて攻撃的な小宇宙だ・・
まるで破壊しか知らぬような一直線の攻撃。
「名前知ったばかりで悪いんだけど、死んでもらうね? アリエスのムウさん。」
甲高い笑い声と上昇する小宇宙。
これは・・・!
「死んじゃえ! スレイブファジスネーションーーー!」
「クリスタルウォール!」
凄まじい威力で放たれた攻撃的な拳を水晶の壁が弾き飛ばす。
その拳圧の強さに、体が後退し手が痺れを覚える。
「・・・・何それ? すごいなぁ。」
戦いの緊張感が感じられないその声音に、私の神経が逆立つ。
「・・・今度はこちらの番ですよ・・・」
「うわっ!」
「スターダストレボリューションーー!」
「あっ! う・・・ うわあああああーーー!」
無数の流星に捉えられたその体は、岩肌に叩きつけられた。
「・・・っ・・ いってぇ・・・」
「まだ立ち上がれるのですか? ならば、一気に止めを刺してあげましょう、トリアイナのアティス。」
「・・くそっ!」
振り上げた腕に小宇宙を集めた時---
「あははー! アティスったらやられちゃってんの! かっこ悪い!」
「笑うなよ、ロイ・・・ でも、おっかしいのー! あはははは!」
「・・・な!」
背後から聞こえてきたその声は・・・
先程まで聞いていたあの声音と同じものだった。
「あの人驚いてるよ、ベルタ。」
「ほんと。 アティス一人だと思ってたんだね。」
そこには、まったく同じ姿、同じ髪色、同じ笑い方の青年が二人。
そして、私の足元にも苦痛に顔を歪めながらも、立ち上がろうとする同じ顔の青年。
「・・・三つ子?!」
「あれ? 知らないの? 教えてあげなよ、ベルタ。」
「うふふー。 そうだね、折角だから教えてあげるよ。 僕達トリアイナは三叉の鉾って意味。 三人で一つの鉾なんだよねー。」
「そ、ポセイドン様の三叉の鉾!」
確かに神話の時代より、海皇はその手にトリアイナと呼ばれる三叉の鉾を持っている。
それが姿を変えたものが、彼らだと言うのか。
・・・一人でもあの実力だ。 三人とは・・・
「いってぇ・・ もう、ロイ、ベルタ! 邪魔するなよ!」
「何言ってんだよ! やられちゃってたくせに!」
「やられてなんてない! くっそー! 覚悟しろよ! ムウ!!!」
「時間無いから、三人でやっちゃおうよ。 アティス、ベルタ。」
口元を拭い、立ち上がったアティスの横に並ぶ不適な笑みは、全くと言っていいほどに同じだった。
身を翻し、彼らと距離を取る。
至近距離から受ければ、冗談では済まない。
それほどの攻撃的な小宇宙。
瞬時に高まったその小宇宙を防ぐ為に、自らの両手に結晶が集まる。
来るか----
「トレスファジスネーションーーー!」
「クリスタルウォール!!!」
「くっ・・!」
渾身の力を込めた水晶の壁は、辛うじてその技を抑えるが威力に押されていた。
ピリ・・ ピリ・・・
亀裂が走るような音と、両手に増す衝撃波。
「いっ・・・けーーーー!!!」
くそ・・・! もう無理か・・・・!
「天魔降伏!」
「なんだぁ?! ・・う、うわああーー!」
「あああああー!」
「・・・くっ!」
突然の横からの衝撃に弾き飛ばされたのは、敵だけではなかった。
「く・・・はあ・・」
「おい、ムウ。 あんなガキ相手に何やってんだよ。」
顔を見なくても分かる、その口調。
「・・別に・・・ ちょっと遊んでただけ、ですよ・・」
「そうかね? まずは助けた私に感謝するのが先であろう?」
「助けるのなら、もう少し優しくやって下さい、シャカ。」
立ち上がった私の前には、デスマスクとシャカの姿。
「・・・あなた達、十二宮が空っぽですよ。」
「あ? 教皇が居るだろうが。」
「ふむ、珍しく聖衣を纏っていたから、案ずる事は無い。」
「まあ、いっつも机に噛り付いてるから鈍ってるかもしれねえけどよ。」
居ねえよりましだろ?
その赤い瞳は意地悪く言った。
そんな私達を睨む六つの眼。
トリアイナの青年達は怒りの色を露にし、さらに暴言を吐いた。
「てめえ! 汚ねえぞ! 横から邪魔すんなよ!!」
「そうだ! 誰だよ、お前らっ?! 赤目! 目・・・閉じてるヤツ!」
「・・・ボキャブラリーが少ねえ奴らだな。 海闘士ってのはあんなんばっかりか?」
「そんな事はどうでもいいですよ。 早く片付けましょう。」
「待て、ムウ。 アイオロスからの伝言でな。 少しばかり面倒なのだ。」
「面倒? なんですか?」
シャカは閉じたままの瞳をトリアイナに向けた。
「トリアイナ・・・ 海皇の三叉の鉾。 それは海皇の魂を封じる唯一の術なのだ。」
第八十二話